「監査官、到着されました!」
緊急連絡を受け、司令室がバタバタと騒がしくなる。
提督は机に突っ伏していた頭を上げ、ぼさぼさの髪を整えながら呻いた。
「……来たか。敵か味方か、さて……」
「“味方だった例は過去データに存在しません”」
「ヴァルキューレ、その情報いらない!!」
制服を慌てて整え、書類を抱え、提督は桟橋へと急いだ。
降り立ったのは、黒の軍服に身を包んだ白髪の男。
鋭い目。堅く結ばれた口。
それだけで「絶対面倒くさい奴だ」と分かるオーラを放っている。
彼の名は――
「舞鶴鎮守府、臨時監査に入る。案内を」
低い声で、それだけ言った。
「……はい、こちらへどうぞ」
提督は汗をにじませながら頭を下げた。
後ろでは艦娘たちが壁から顔を出して、興味津々にこちらを見ている。
「うわ、めっちゃガチの人きたにゃしぃ……」
「き、緊張する……!」
「絶対余計なこと言うなよ、睦月」
「にゃしぃ……!」
雨宮は無言のまま施設を回る。
壊れた廊下、
手作りで直した司令部、
ペンキ跡がまだ乾ききっていない浴場、
古びたドックで油まみれになりながら艤装を磨く夕張。
何も言わない。
ただ、その目だけが静かに“何か”を見つめていた。
「えっ監査官ってマジの人!? 那珂ちゃん芸能履歴しかないよ!?」
「ぶちのめしてもいい?」
「お茶ですにゃしぃ~!」
睦月が全力でお茶を運ぶ……が。
バシャッ。
雨宮の軍服に思い切りかかる。
鎮守府、氷点下の静寂。
「……にゃ、にゃしぃ?」
「死んだ……俺たち終わった……」
「……熱くなかった。問題ない」
無表情でそう言った男を見て、提督は思った。
(つ、強ェ……!)
施設視察の後、提督はヴァルキューレと共に用意した資料一式を差し出した。
「こちらが、復旧状況報告書、ならびに艦娘たちによる証言記録と、
舞鶴鎮守府の日常を記録した映像です」
雨宮は無言でそれを受け取り、報告書をめくる。
数分後、映像が再生される。
映るのは、日常の光景。
掃除に明け暮れる艦娘たち。
笑顔で走る睦月。
ぶっきらぼうに手伝う曙。
ツッコミを入れながら整備する浦風。
歌う那珂。
それを見守る由良。
そして、彼女たちの中心にいる提督の姿。
「ここには、“生きてる艦隊”がある」
その言葉に、
雨宮が少しだけ、笑ったような気がした。
すべての確認が終わり、雨宮が背を向けようとしたその時。
ヴァルキューレが、静かに一歩前へ出た。
「……雨宮中将、よろしいでしょうか」
「許可する」
「私は、正式な艦籍にも、配属記録にも存在しません。この鎮守府の書類にすら、私の名はありません。それでも私は、ここにいて、提督と、艦娘たちと、共に生きています」
雨宮は一瞬、ヴァルキューレをじっと見つめる。
「記録にない存在でも……声は、確かにある。ここは、そういう鎮守府だな」
それだけ言うと、雨宮は再び無言で去っていった。
数日後、提督のもとに一通の公文が届いた。
『舞鶴鎮守府、仮運用からの正式復帰を承認す』
『引き続き観察対象とするが、独立運営を認可』
提督はその紙を読み上げ、手を高く掲げた。
「よし!!! やったぞお前らあああああああ!!!」
「おおーー!! にゃしぃーーー!!」
「うっさい!! でもまあ……やったわね」
「これで那珂ちゃんの全国ツアー計画がッ!」
「違う。断固、違う」
ヴァルキューレは、皆の騒ぎを静かに見ながら、
そっと微笑んで呟いた。
「……届きましたね、私たちの声」
提督は、ぐしゃぐしゃの顔で笑った。
「……ああ。しっかり、ぶちかましてやったさ」