地獄より我らが父へ   作:XP-79

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No.11 地獄は「そこ」にある

 

 

 

 

 あの頃、定期テストより怖いものなんて何も無かった。

 家と学校、それから近所のゲーセンが少年たちの全てだった。

 夏休みより先の未来は地平線の向こうにあって、3人揃ってヒーローになる夢なんて道端に転がっているものだと、疑いもせず信じていた。

 

「────で、3人で事務所作ったら一回くらいオールマイトとチームアップしてみたいよなァ。ヤバいヴィラン相手にヒーロー達が大集結、オレ達もそのメンバー!みたいなさ、」

「何言ってんだバカ」

「お前こそ何言ってんだよショータ!男なら皆アヴェンジャーズ好きだろ~」

「てか極悪ヴィラン相手にオールマイトと共闘して『今日は君が居てくれて助かった。君は最高のヒーローだ!』ってサムズアップして貰う妄想は皆するくね?」

「………」

「この顔は妄想したことがある顔だな」

「分かりやっす」

「うっせぇ。そもそもオールマイトはチームアップなんてしねェだろ。一人で全部やっちまうんだから」

「そこは想像力だぜショータ」

「そうそう。ヤバい個性持ってるとか、人質捕られたとか、S.H.I.E.L.D.にヒドラが入り込んでたとか、列車から落下した親友が実は生きてて洗脳されてたとか」

「世界線が迷子になってねぇか」

「でもピンチのオールマイトを『抹消』で助けるショータとか熱い展開じゃね?」

「主人公を食う勢いで人気のサブキャラっぽい」

「何時まで馬鹿な妄想してんだよ。現実見ろ現実」

 眉を顰めると「夢がねェ~」と、すかさずブーイングが飛ぶ。

 

 まったくコイツらは。自分なんて中学生の頃には止めちまった妄想を高校生になっても引きずっているなんてガキ臭い。

 

 そう呆れていた自分は、しかし、2人とおんなじガキだった。

 現実は恐ろしく冷たい。道は果てしなく、地平線の向こうなんてありはしない。

 オールマイトが見せてくれる夢から醒めてしまえば誰もヒーローなんて目指しはしないだろう。

 

 

 

 

 

 

 ───ショータ、おいショータ

 

 控えめに揺さぶられる。

 瞼を開くと、警察署の白い壁を背景に親友の顔があった。

 呼び出しの待機時間に寝こけてしまっていたらしい。パイプ椅子の硬さが背中に食い込んでいた。

 身体を捩じりながらマイクを見上げる。

「……どうなった」

「轟燈矢は捜索中。まだ見つかってねぇ」

「そうか」

 重い頭を振る。青白い夢と疲労のせいで頭に泥でも詰まっているような気がする。

 

 燈矢が誘拐されてから三日間、捜査本部に缶詰だった。だが事態は一向に動いていない。

 72時間を過ぎ、誘拐被害者の生存率の低下が頭を過る。今は只管に現場に出たかった。

 

「俺も出る。捜索範囲を教えてくれ」

「いや待て待て、」

「何だよ」

「寝ぼけてんのかよ。オールマイトから連絡事項があるから待機してろって言われてンだろうが……てか、あのさ、俺は今呼ばれたばっかで、状況がまだ分かってねぇんだけど。お前、アイツを……」

 口を重くする親友に、ああ、と応えた。

「見たよ。あれは白雲だった。黒い霧みてぇな外見してたけど、確かに白雲だった」

「……見間違い、」

「だったら俺を殺してくれ」

 この3日間、警察でもヒーロー協会でも何度も証言した。

 見間違いを幾度も疑われたが、間違える筈が無い。

「何回アイツの顔を夢に見たと思ってんだ。あれが見間違いってんなら、俺の頭は狂ってらァ」

「……そうだな。そうだ。悪かった」

 山田は口を掌で覆ってその場に蹲った。言葉にならない様子だった。

 期待するにはあまりに情報が少なく、大人になった自分達は悲観的な思考が板についてしまっていた。

「外見を変える“個性”を持つヴィランか、もしくはアイツが洗脳されたか」

「分かんねぇな。状況が不明過ぎる」

「………何で轟燈矢を誘拐したんだ」

「知らねぇよ」

「それはこちらでも調査を進めている」

 低い女の声に顔を上げる。レディ・ナガンだ。

 物音も立てずに扉を開け、青い顔をした男達を石の顔で見下ろした。

「イレイザーヘッド、プレゼント・マイク。別室でミーティングが始まる。すぐに来い」

「何でアンタが」

「これでもヒーローなんでな。子供を助けるのは私の仕事の範疇内だ」

「レザーフェイスに殺される胎児はカウント外って?」

「何とでも言え。社会のためだ」

 言外に貴様とは違うと告げながら公安の女は踵を返す。

 

 

 轟燈矢誘拐事件に対する捜査は秘密裡に行われていた。

 組織的な犯行である可能性が高く、情報漏洩のリスクが高かったためである。また被害者がNo.2ヒーローの息子であり、メディアによる捜査妨害が強く懸念されていると警察からは説明された。

 しかしレディ・ナガンが現れたということは公安が関与している案件なのだろう。表沙汰にしたくない厄介事を今回の事件は孕んでいる。

 

 部屋に集まっていたのはオールマイト、ナイトアイ、塚内、レディ・ナガン、山田と自分、小柄な老人と、エンデヴァーのみだった。

 エンデヴァーを見れば、如何にも他人事らしい乾いた顔で腕を組んでいる。

 此の男は警察の取り調べに対してもアレは自分の息子ではないと頑として認めなかったらしい。

 すましたツラを思いきりぶん殴ってやりたい衝動にかられた。だがその役は燈矢に任せるべきだとも思ったので、目を逸らしてオールマイトを見れば、こちらの表情は“無”だった。

 オールマイトの容姿は古代の彫刻染みて温度が無い形をしている。容姿も精神構造も現実味が薄い人だ。親しみやすさを演出する笑顔が消えると途端に近寄り難くなる。

「ありがとう筒美君。これで全員集まったね」

「言った筈ですよ。轟燈矢は家族の元に帰るべきだと」

「うん。私の落ち度だ。すまない」

「………あれは燈矢ではない」

 独り言のようにぼやいたエンデヴァーにレディ・ナガンが思いきり鼻を鳴らした。

「だから何だ。少なくともヴィラン側があの子供を『轟燈矢』と認識しているのはほぼ確定している。何より、サンサン晴明がそう証言した」

「サンサン晴明というのは燈矢を保護した孤児院の?」

「ああ。ヤツの証言から孤児院の大量誘拐事件に、轟燈矢誘拐事件、そしてレザーフェイスの誘拐が繋がった。一人のヴィランが全ての事件に関与していたんだ」

 塚内の言葉を受けてオールマイトが僅かに眼を伏せた。

「公安は知っているだろう。ヴィラン名はAFO、本名は死柄木全。日本で最も凶悪なヴィランであり、私がずっと追っている男でもある」

 

「……AFO?聞いたことが無い」

「表舞台に出る男じゃないからなァ。そのせいで俺と俊典は20年以上も探し回ってる」

「公安は知っているのか?」

 視線がレディ・ナガンに移る。ふるりと紫の髪が揺れる。

「長らく捜索はしていた。しかしあらゆる場所にヤツの“スポンサー”が居るせいでその実態も掴めていない。レザーフェイスと同じだ。恩恵に与っている連中がヤツを庇っている」

「そいつが燈矢を誘拐した黒幕だと?」

「可能性は高い。それとAFOにはレザーフェイス誘拐の疑いもかけられている。移送中の被疑者を堂々と強奪出来る男はヤツくらいだ。あと相澤君が見た誘拐犯の中に、」

「白雲です」

「うん。白雲朧君……雄英生だった子だね」

 あのオールマイトの口から親友の名前が出て来るのが妙に不思議だった。

 白雲が聞いたら大はしゃぎだぜ、と、幼い自分が呟いた。

「遺族の同意を得て彼の遺骨を調査したところ、埋葬されていたのは別人だった。搬送先の病院で彼の遺体がすり替えられていた可能性が高い」

「……アイツの遺体が盗まれてたって?」

 隣でマイクが耐え切れずにその場に座り込んだ。

 オールマイトがその肩を緩く撫でる。

「様々な可能性が考えられる。その黒い霧のようなヴィランを調べなければ詳しい事は断言出来ない。だが、相澤君が見た白雲君は見間違いでも別人でもない可能性は十分にある」

 頭の中が白くなった。

 嬉しいのか悲しいのかも分からない。

「ヤ、あ、でも、じゃあ、、……アイツがまだ生きてるっ、て可能性もあるって?」

「それも未だ分かっていない。だけど、」

「死体が生き返ることはない。過剰な期待をするな」

 俯く相澤とマイクを一瞥し、エンデヴァーはオールマイトを睨んだ。

「それよりAFOとやらの居場所は?」

「ヤツの拠点は未だ不明だ。しかし白雲君の遺体が搬送された病院、孤児院の関連施設、それに孤児院に寄付をしている政界関係者を総ざらいして有力な候補地が二カ所見つかった。これに対し、今から大規模なチームアップ作戦を行う」

 喉が詰まる。脳の底に蟠っていた青い春が泣いていた。思わずマイクの服の袖を引っ張る。

 ああ、と弱弱しいマイクの声が耳に響いた。

「二面作戦だ。現場指揮官は一方は私、もう一方はエンデヴァーにお願いしたい」

「作戦本部指揮はオールマイト事務所がSKである私、ナイトアイが務めさせて貰う。今回は非常に機密性が高い任務になる。多くのヒーローに協力してもらうが、詳しい任務の内容はこの場に居る7名だけに留めておきたい」

 

 あの頃の自分達がこの場に居たらなんて思っただろう。

「………青い夢だ」

「悪夢みてェな気分だよ、俺は」

「一カ所は神奈川県横浜市神野区。そしてもう一カ所は、」

 

 

 ヤバいヴィラン相手にヒーロー達が大集結、オレ達もそのメンバー!みたいなさ、

 

 

「蛇腔病院」

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 眼を開けると、黒い霧が人の形を取って佇んでいる。

 そうしていると異形型の男は洒落たインテリアみたいに見えた。「おい」と声をかけても何の反応も無い。

 周囲を見回す。窓が無い。地下なのだろう。コンクリートが剥き出しのブルックリンスタイルで、部屋の隅にはカウンターキッチンがあった。

 背の高い男が慣れた手つきでコーヒー豆を挽いている。

「………アンタ、誰だ」

 思っていたより低い声が出た。

 男は淡いグリーンのカーディガンを着て、俳優の休日のように華やかな色合いをしている。

 こちらを振り向いて「やぁ」と微笑むと、それだけでピタリと男に焦点が当たった。頭の上に専用のスポットライトを持って産まれて来たに違いなかった。

 

「手荒い招待になってしまってごめんね。私はAFO。オールマイトの古い友人だよ。君は?」

「どうせ知ってんだろ?」

「おや、賢い子だ。燈矢君はブラックとカフェオレどちらが良い?」

「いらね」

「緑茶にしようか。良い茶葉があるんだよ」

 AFOはケトルに水を注ぎながら、コーヒーミルの隣に置いてあるガラス瓶を撫でた。

 雫型のガラスの内側には巨大な眼球が浮いており、赤く光る瞳孔がじっと燈矢を見据えている。

 炎を出そうとするがウンともスンとも言わない。

「レザーフェイスのオトモダチか」

「ビジネスパートナーさ。彼のお陰で色々と方針を変えざるを得なくなってしまってね、私も困ってるんだよ」

 全く困っていなさそうな声色だった。AFOは「座ろうか」と燈矢に革張りのソファを勧めた。

 

 そうして机越しに真正面から顔を見れば、AFOはちょっと現実味が無い程の美形だった。

 皮膚の下に水銀でも走っているのかという無機質な美貌だ。顔立ちは派手だというのに、外見の印象はクラシカルで仄暗い。曜変天目を人間にすればこんな男になるのだろうという具合である。

 この外見があれば人心を操るのも他愛ない事だろう。声の色からして、相手が自分の言う事を聞いて当然という調子があった。

「怪我は無いかい?黒霧はああ見えてまだ赤ン坊でね、ちょっと手荒なところがあるんだ」

「此処は」

「私の別荘の一つだよ。悪いけど、暫く君にはここで暮らして貰いたいんだ」

 AFOは微笑んでいる。完璧に計算された“親しみやすい笑顔”である。

「俺のリターンは?」

「話が早くて助かる。君には私の手助けをして欲しいんだ。個性研究のためにちょっと血を貰ったり、訓練したりね……これは君の為でもあるんだよ」

「相互利益っぽい話の切り出し方すんなぁオイ。悪党の話し方だぜ」

「君には“冷”の個性がある」

 脳がその言葉を理解するのに数秒を要した。時計の秒針がカチコチ鳴る音が嫌に響いて聞こえた。

 

 燈矢は一つ息を吐き、AFOに向かって椅子を蹴り飛ばした。

 同時に緑茶の入った湯呑を“ケンタ君”へ投げる。

 

 だが湯呑と椅子は空中で爆散した。木片と割れた陶器が部屋中に飛散する。

「危ないなぁ」

「ライン超えたなオイ。テメェはぶっ殺す」

「落ち着きなよ。私は嘘を言った訳じゃない」

「、ざっッけんなよ!俺が、俺がどンだけこのクソみたいな体質に振り回されたと思ってんだ!万が一にでも俺が半冷半燃だったらこんな羽目に陥っちゃいねェんだよ!どうせ人のコンプレックスに付け込んで思い通りに操んのがテメェの常套手段なんだろうが!」

「証拠ならあるさ。レザーフェイスの検査結果だ」

 激昂する燈矢を前にして、まるきり他人事みたいな口調でAFOは肩を竦めた。

「瀬古杜岳で君を助けたのは私だからね。あの時の君はどう見ても助かるような状態ではなかったのに、此処まで回復するとは驚いたよ。それでレザーフェイスも興味が湧いて、ちょっと強引に君を自分の遊び場に連れ込んでしまったらしい」

「人の話聞けや。つか、睡眠薬嗅がせて誘拐して手足拘束してナイフでぶっ刺すのは『ちょっと強引』じゃ済ませらんねェンだわ」

「うん。でもそのおかげで君の人生は変わる。君の血液から僅かに氷冷系個性が認められたんだよ」

「嘘だ」

 

 あんな狂人の言葉を信じる訳が無い。

 睨みつけると、AFOは「良かったじゃないか」と眼を瞬かせた。

「君はエンデヴァーを殺したいんだろう?氷冷系個性があれば君の勝率は上がる。突然のことで信じられないのも無理はないが、」

「殺したいんじゃねぇよ。殺し合いたいんだ」

「……殺し合いたいのなら、この機会は猶更大事にした方が良い。ヒーロー側に居たら君の願いは決して叶わない」

 長い睫毛を伏せるとAFOは心底燈矢のことを憂いている善人のように見える。

 最も性質の悪い悪党の顔だ。

「超火力のエンデヴァーと、それ以上の火力を持つ君が全力で殺し合いなんてしたら周囲に被害が及ぶ。殆ど大災害だ。ヒーローがそんなことを許す訳がない」

「……ンなコト知るかよ」

「ソコだよ。私が君を此処に呼んだ理由は───ヴィランとヒーローの差は、社会正義だとか、法律による認可だとか、色々とある。実際、9割9分のヴィランとヒーローはそれで区別出来る。でもね、どうしようもなく狂っているのが偶に居るんだよ。オールマイトとかね」

 オールマイトをこんな声色で呼ぶヤツは始めてだった。さらりとした声の裏側に斑色の鬱血が染みついている。

「アレは人を救うことが好き。私は人を脅かすのが好き。我々は方向性が異なるだけで同程度に狂っている。つまり、我々は産まれた時に向いていた方向が違っただけの同種族だ」

「誇大妄想が趣味か?」

「事実さ。分かり易いオリジンがあるヒーローやヴィランは多い。異形差別で苦しんだ末にヴィランに堕ちたとか、ヒーローに救われて憧れたなんていうバックストーリーのあるヒーローなんかは大衆のウケが良いだろう?だが、そうでない者もいる」

 

「そういった連中はね、純粋に、そうするのが楽しいのさ。私もそうだ。人の未来を阻むことは星のついたレストランで食事をするように楽しい」

「………」

「誰に何を言われても我々は止まらない。オールマイトが人の役に立ちたがり続けるのと同様に、我々のような者は人を害し続ける。故に、説得も個性カウンセリングも無駄だ」

「………さっきからテメェは誰のことを我々っつってんだよ」

「君もそうだろう?オールマイトとイレイザーヘッドにまるで家族のように大事にされて、心の傷は癒されたかい?父親に拘るのを止めようと前を向けたかい?────否、君は変わらなかった。あんなに大事にされたのに、相も変わらず実父との殺し合いを望んでいる。周囲に被害を齎すと分かっていて尚も変われない」

 

「君は私達と同類なんだよ。だからきっと仲良くなれる。君が望むなら、私は君にチャンスを与える用意がある」

 

 

 微笑みを浮かべるAFOの視線に肌がひりつくのを感じながら、冷静になれと己に言い聞かせた。

 本当に氷冷系個性の才能があるとは限らない。この男が自分を都合の良い駒にするためのブラフの可能性だってある。

 いずれにせよオールマイトに保護されていた自分を利用する算段であるのは間違いない。

 

 だが焦凍の顔が脳裏にちらついてならなかった。

 焦がれ続けていた半冷半燃の最高傑作という立場がポンといきなり投げ渡されて、受け取ることばかりに意識が向く。

 

「テメェの味方になれってか」

「私に賛同する必要は無い。ただ、君の個性を研究させて欲しいんだ。具体的に言うとね、君の“氷冷系”個性が発現するよう色々と試したい」

「……お前に何のメリットがあんだよ、ソレ」

「個性研究の一端だよ。私は個性の可能性についてより深く知りたいんだ」

 手の内を明かすつもりは無いらしい。睨みつけると余裕の顔で微笑まれる。

 

 自分など此の男にとっては偶然拾った駒でしかないのだろう。

 そうと容易に分かる程、AFOはコミックスそのままのヴィランだった。絶対に逆らってはいけないラスボスだと丁寧に磨かれた爪の先に刻んであるようだ。一切信頼出来ない。

 しかし気まぐれで拾った駒にすら見栄を張れない程にダセェ男にも見えない。

 

「お父さんと殺し合う機会をくれるんだな?具体的にはどうやるつもりだ」

「ヒーロー協会と警察は君を捜索している。そうすると間違いなくエンデヴァーは君の捜索メンバーに加わるだろう」

「オールマイトが救けに来てくれる可能性の方が高ぇだろ」

「わざと掴ませてあげた情報からして、彼らは二面作戦を取る。そうなると、一方はオールマイト、もう一方はエンデヴァーが主戦力として組み込まれる」

「……あの霧野郎か」

 部屋の端に佇んでいる黒い霧を睨む。

 AFOの忠実な犬なのだろう。ピンと背筋を張って微動だにしない。

「どちらがどちらになるのか凡そ予想は出来るよ。だが、もし予想が外れたとしても彼の“個性”で君を送る。君達親子が2人きりで『楽しめる』ようにすると約束しよう」

 

 さっき己を誘拐した手際からして、あの霧の男の“個性”はテレポーテーションめいたものだろう。

 エンデヴァーの襲撃場所に自分を送ることは可能であるように思える。

 だが自分とエンデヴァーが殺し合いをするとして、周囲への被害はどうなるのか。下手な場所では大火災で死人が出る。

 

「まさか君、周囲への影響なんて考えたりしないだろうね。君はそういうタイプじゃないと思っていたけれど、私の勘違いかな」

「テメェの勝手なイメージで話すんじゃねぇよ」

 気を抜けば全てが相手の思惑通りに流される。わざと行儀悪く足を組んでAFOを睨み返した。

 

 確かにコイツの言う通り、3か月前であればお父さん以外の人間なんて気にも留めなかっただろう。狂った家で育った自分の眼には家の外の人々なんてNPCとしか映らない。

 3か月も前の話だ。振り返ると遠い。

 

「そりゃあお父さんのためなら俺ァ何億人だって鏖に出来る。狂ってるっつぅのは、まぁ、テメェの言う通りだろうさ」

「そうだろう?なら、」

「でも俺は、相澤とオールマイトが嫌がることはしたくない」

 自分の口から出たとは思えない、親に従うちいちゃい子供みたいに素直な言葉だった。

 滑稽だと思う。しかし撤回はしない。

 

 産まれた意味を与えてくれたお父さんを世界で一番愛している。

 しかしお父さん以外にも沢山の大人が居て、家の外の世界は案外広かった。

 一番が此の世の全てではない。二番目以下だって確かに存在している。相澤とオールマイトは、一番ではないが、大事な人になった。

 自分が無関係の人々を殺してしまって、あの2人が責任を感じて、苦しい思いをするのは嫌だった。

 

「それは君の錯覚に過ぎない。疑似家族を形成したせいで生まれた弊害さ。彼らは君の父や兄らしく振舞って、普通の人間に矯正したがっただけだ」

「疑似家族………疑似家族、ねぇ」

 優しいばかりの声色で話すAFOを鼻で笑う。

「そりゃあ傍から見れば俺達は本物の家族には見えなかっただろうよ。疑似家族っつったらその通りだ。でも轟の家だって普通じゃなかった。波風を立たないように何にも見ないフリをしてた。不満は山ほどあっただろうにさ」

「それでも君にとっては轟の方が本物の家族なんだろう?」

「本物だからなんだってんだ。俺は上位互換を経験しちまったんだ。今更もう戻れねぇ」

 

 この3か月間、大事にされているという実感が身に余る程だった。

 彼らは優しく、寛容で、間違いを犯せば叱った。家族として果たすべき役割を果たした。

 彼らはいつも燈矢を見ていた。

 産まれた時から当たり前にこの幸せを与えられていた人間が大半なら、そりゃあ誰もが社会を維持しようと躍起になるだろう。今の幸福と平和を維持するためなら何だってやるだろうさ。

 そんな普通の人間の思考を理解して尊重しようと思えるくらいには幸せだった。

 

 だから今更轟家が一致団結家族円満になったところで興味もない。

 どう考えてもそれはオールマイトと相澤以上に「普通の家族の幸せ」を与えてくれやしない。

 

 エンデヴァーに求めているのはそんなものではなく、狂った実父の濁った視線だ。

 それが無ければどうやったって自分の人生のケジメはつかないのだ。

 

「俺は誰も巻き込まない。他人のために思考を使いたくねぇんだ。お父さんのコトだけを考えていたい」

 ぐちゃぐちゃになった顔で自分だけを見つめる父を想像する。下っ腹が熱くなって、顔が勝手に笑い始めた。

 AFOに言われずとも分かっている。自分はまだ狂っている。

「最初で最後のデートだ。他人も、オールマイトも、相澤も、テメェも邪魔なんだよ───それが約束出来ねぇってんなら、生憎、ご期待にゃあ沿えねぇぜ」

 

 

「うん、よく分かったよ燈矢君」

 AFOは往年の名作映画を見終わった顔で小さく拍手をした。

「君の力は『執念』なんだね。個性より何より、その執念こそが君の炎を際立たせている。うん、惜しいな」

「……そりゃどうも」

「やはり、まだ早過ぎる。これからの君の成長が楽しみだよ……黒霧」

 黒い霧の形をした男が頷いた。部屋の外に繋がる扉を開ける。

「君が望む通りの舞台を用意しよう。君はただエンデヴァーと戦ってくれれば良い。それまでに氷冷系個性が使えるようになるかは、君次第になるだろう」

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 

「ココ。暮らす。シンプル?」

「シンプルどころか牢獄じゃねぇか。せめて絨毯ぐらい敷けや」

 黒霧に案内された部屋はコンクリートが剥き出しの、窓の一つも無い息苦しい空間だった。家具らしい家具なんて机とテレビとソファしか無い。生活感という概念がハナから欠けている。

 舌打ちする燈矢に黒霧は「しょうがないなぁ」と肩を竦めた。仕草が洋画めいて五月蠅い男だ。

「何がしょうがねぇんだよ。誘拐するにしたって健康で文化的な最低限度の生活ぐらい保障しろや。ベッドは?」

「個室、別。ココ、トモダチ、共同空間」

「オトモダチなんざいねぇよ」

「トモダチ。大事」

 物知り顔で深々と頷く。幼児のようにたどたどしい言葉遣いと年長者らしい態度がトンデモなくミスマッチだ。

 ぶすくれた顔の燈矢に、黒霧は部屋のど真ん中でテレビゲームに夢中になっている子供を指差す。

 肌荒れの酷い子供は夏君と同じ年頃に見えた。小学校高学年か、中学生といったところだろう。

「テメェ誰だ?」

「………」

「返事しろやクソガキ」

「うっせぇ。テメェもガキだろ」

 がちゃがちゃがちゃとコントローラーを必死に動かす姿は年齢より幼く見える。

 

 此処に居る次点でマトモな生育環境ではないだろうが、それにしたって不健康な顔つきをしている。

 背後から画面を見る。熱心な割にゲームの腕はヘタクソだった。PvPで散々タゲ取りをミスった挙句に狙い撃ちにされ、あっという間に死んでいる。

 

 そもそもレベルが低い癖にチームも組まずに格上に突っかかって行ったのだから死んで当然である。

 You Loseの表示が出ると子供は悪態を吐いてコントローラーを投げた。

 

 燈矢はコントローラーを拾い上げて、その真正面にドカッと腰を下ろした。

「俺は轟燈矢。お前は?」

 子供は思春期ど真ん中らしい生意気そうな顔で、しぶしぶと口を開いた。

 

「死柄木弔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

序、疑似家族編 終

 

 

 

 

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