地獄より我らが父へ   作:XP-79

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破 自我受精編
No.12 蛇腔病院


 

 

 

 静岡県立総合病院内で「轟燈矢」の誘拐事件が勃発。

 

 また「静岡県立児童養護施設院長、兼プロヒーロー サンサン晴明」の証言により、「蛇腔病院理事長 殻木球大」に児童売買の嫌疑がかかる。

 

 行方不明の児童複数名と殻木球大が接触していた事実が判明。

 同上児童養護施設で保護されていた轟燈矢の治療を行っていた医師が殻木球大であることが判明。

 

 蛇腔病院から神野区工業地帯へ頻回な運搬作業が行われていた事実を確認。

 

 蛇腔病院及び神奈川県横浜市神野区周辺に対する秘匿調査を実行。

 

 蛇腔病院地下に未申請の地下施設を確認。

 

 神野区廃倉庫内に多数の生体反応を確認。

 

 上記情報を公安委員会よりヒーロー協会、及び各ヒーローへ通達。

 

 轟燈矢誘拐事件より1週間後、作戦決行。

 

 

 

 

 

 

■ チーム:蛇腔病院 

 - オールマイト

 - イレイザーヘッド

 - グラントリノ

 

 

 雰囲気が良くない。

 仮にも作戦決行前のプロヒーローがオールマイトを見て、ワアワア、きゃあきゃあと。

 これならインターン生の方が余程緊張感がある。

 相澤が舌打ちすると同時にグラントリノが鼻を鳴らした。

「作戦前だってのにこの調子か。こりゃあ8割が足手纏いだろうなぁオイ」

「ぐ、グラントリノ、声を抑えて下さい。聞こえてしまいますから……」

 しぃ、と人差し指を当てるオールマイトだが否定はしない。

 この人は脳筋ノンデリ野郎に見えて空気は読める。士気の低さに気付いていない訳がなかった。

「ジーニストの他にまともなのはプッシーキャッツ程度か。避難誘導のための人員にしたって質が悪い。ミルコとかいう新人は?」

「彼女はデビューしてまだ半年だからね。今回の作戦は見合わせて貰ったよ」

「そういやまだそんなでしたっけ……」

 頭を掻く。新人はAFOとの繋がりの否定が難しい。このため今回の作戦では公安が選抜した、実績のある面々ばかりが招集されていた。

「それでこの体たらくかい。俊典、お前最近の若いモンをちっくと甘やかし過ぎなんじゃねぇか?いい加減に下を育てることを考えるトシだろうによォ」

「彼らは頑張ってくれていますよ。ただ公安からAFOについての情報規制があって士気が上がり切らず……」

「………そういや俺は良いんですか?色々と聞いちまいましたが」

 今更過ぎるが、新人の域を出ないイレイザーヘッドがオールマイトの補助役として駆り出されるのは異例の抜擢である。

 

 そのためにナイトアイも相澤を『予知』してからAFOについての情報を与える腹積もりであったのだろう。

 それがひとっとびに此処迄の事態になってしまったのだから、今頃捜査本部で椅子の男をやっている嫌味メガネは相澤に中指でも立てているかもしれない。

 

「3か月以上も一緒に暮らしておいて何言ってんだい。私は君のヒロスを手洗いしたことだってあるんだよ」

「アンタが勝手に洗ったんでしょうが。あんなもん洗濯機に突っ込んどきゃいいのに。燈矢にはそうして貰ってましたよ」

「燈矢少年が私のスーツ(7桁万円)を洗濯機に突っ込んだのは君の影響かぁ」

「?何か駄目だったんですか」

「うん。今度3人でちゃんとしたお店でスーツ作ろうか……それにしても燈矢君と仲良くなったねぇ」

「誰かさんが滅多に家に居ないもんで」

「ご、ごめん」

 相澤の言う事は最もである。繊細で危うい子だと分かっているのに十分な時間を確保できなかった己だ。

 

 俯くと脇腹を殴られた。一切容赦がない勢いだった。

「俺に謝罪してどうすんですか。それは燈矢に言って下さい」

「うん」

「そんでこれからはちゃんとアイツのために時間作って下さいよ。アンタが休んだら平和ボケした馬鹿共も少しはケツに火が付くでしょう」

「うん、そうだね」

 

 

 

「…………就業時間過ぎました。正面エントランス、あと5分で閉まります」

「手術室より、最後の手術が終了しました。予定している緊急手術は他の病院の手術室を既に確保しています」

「救急外来は落ち着いています。ICUに移動困難な程の重症例は無し」

「横浜市の全救急車へ蛇腔病院への救急搬送禁止を通達しました」

「リカバリーガール含め他治療系個性のヒーロー、スタンバイ完了」

「病院内は普段通りです。こちらに気付いている様子は無し」

 

 作戦本部からGOの合図を受けて、オールマイトが立ち上がる。

 その横に並ぶと「君は燈矢少年の保護を最優先にしてくれ」と静かに命じられた。

「彼はきっと、君の手なら拒まない」

 

 

 

 

 

 

「私が来た!!」

 静かな院内に大声が響く。見ればテレビで見慣れた姿があった。

 その場に居た人々は「ア、今日はボランティアでオールマイトが来る日だったのか!」と黄色い声を上げる。

 オールマイトの慰問は医療施設には珍しくないイベントなのだ。そう思ってスマホを向けるが、彼は普段のようなファンサをせず、代わりに大きく息を吸った。

 

「この病院に危険物が仕掛けられている!!ただちに避難しなさい!!」

 

 エントランスロビーに大声が反響する。その場に居た全員が産まれたばかりの赤ン坊みたいな顔をした。

 あんまりに想定外のコトが起きると人は頭を真っ白にして動きを止めるのだ。

 

 その隙にヒーロー達が彼らを一人残らず誘導する。

 唯一無垢な顔で「オールマイトだ!」とキラキラ眼を輝かせる子供に手を振って、しかし、オールマイトは真っ直ぐに霊安室へ跳んだ。

 

 漸く思考がおっついて騒ぎ始める人々を後輩達が宥めすかせる声が聞こえる。グラントリノはああ言ったが、やはり実績のあるプロヒーローは行動に無駄がない。

 彼らはパニックを最小限にしながら、事前に準備した通りのルートで患者と職員を避難させている。

 

 それら全てを置き去りにして霊安室の奥扉を蹴り破った。自分を止める人々の声より速く駆け抜ける。

 公安の調査通り、地下に繋がる廊下があった。

 建築法を無視した剥き出しの配管に、医療施設にはあり得ない埃臭さ。秘匿している設備であることは間違いない。

 

 カメラを起動。作戦本部から「感度良好」の返事があると同時に、暗がりの奥から人語の崩れた唸り声が聞こえた。

「おや。お迎えかな?」

 眼を細めるとSFホラー映画に登場してきそうな生物が見えた。

 剥き出しの脳ミソだけが鮮やかなピンク色で、肌は全て黒い。廊下は彼らによって埋め尽くされていた。アリの巣穴を覗き見たような光景である。

 動き方は機械的だ。意思が無い。人間ではない。

 つまりヴィランとは違って手加減が要らない。

 

 襲い掛かって来た先陣の胴体に拳を打ち込む。

 そのまま振り抜くと胴体が上下に千切れた。ピンク色の内蔵が飛沫を上げて周囲に飛び散る。

 派手な血飛沫が上がったが、他の個体は動揺する素振りすら見せない。さらに上半身だけになった個体は内臓を引きずりながら“個性”を使って周囲の仲間ごと攻撃してくる。

 生存本能の欠けた虫のようだ。生かしたままの無力化は難しい。

 

「熱烈な歓迎だな。君達の御主人は何処だい?」

「き、きー。あ、うりゅ、ぶりゅぅるう、」

「ころしてい?い?いよね?ねねね?」

「あばぁれ、ほし、ほしいいいいい!!!」

「意思疎通はムリだね。ナイトアイ」

『画像解析の結果、類似したヴィラン情報はヒットしない。殻木の実験産物だろう。人間ではない……病院内にも同様の生物が出現してきているな』

「それは、」

『俺に任せろ。こっちにゃジーニストも居る』

「お願いしますグラントリノ」

 しがみ付いてきた個体の脳を潰す。

 腐りかけたトマトのような感触が拳を撫でた。動きが完全に止まる。

「脳を潰せば止まるようだね。情報共有を」

『既に』

「流石。殻木は?」

『所在不明。先ほどまで回診をしていた映像が残っているが、突如として姿を消した』

「気付いて逃げたか。燈矢少年を誘拐した個性と同じかな?」

『調査を進めておく。気を付けろオールマイト』

「ああとも」

 手加減しなくて良いなら、むしろ普段相手にしているヴィランより楽だ。這い出て来る敵の脳を潰しながら走る。

 

 違法に増築したのか、それとも現行の建築法が成立する以前に作ったのか。

 細い廊下の床には蜘蛛の巣のような配管が走る。天井の照明は極限まで光量が引き絞られ、異形の生物達は暗い影のように襲って来た。

「アイツの趣味だろうなぁ」

 一匹残らず潰しながら、速度は緩めず走る。

 こういう、あからさまなヴィランっぽい演出が好きなヤツだった。

 違法の地下施設で人体実験なんて趣味丸出しにも程がある。

  

 

 廊下を突破するとドーム状の空間に出た。

 地下3階分はあるだろう高さぶち抜いて筒状のガラスを一面に並べている。それらの一つ一つに先ほどの生物が浮かんでいた。

「ナイトアイ、画像解析を」

『ああ……ガラスは、人工子宮ではないな。むしろ、』

「むしろ?」

『生命維持装置に近い。中に浮かんでいるのは死体のような……そうか、あれらは全て死体だったのか。死体を動かしているんだ。しかも生前の個性が使える状態に維持している』

 インカムの向こう、ナイトアイの声の後ろで怒号が上がる。

 

 混乱を通り越して発狂せんばかりの騒ぎようだ。しょうがない。死体の“個性”を使える技術など、広まってしまえば“個性社会”はひっくり返る。

 嫌な予感がした。胎児を資源にする技術を持つレザーフェイスがその有用性から見逃され続けているように、死体を資源にする殻木もまた見逃されるのではないか。

 眉根を顰める。本当に、ロクなもんじゃない。

 

『───技術は常に進歩する。今更この程度で騒ぎ立てるとは、社会はあまりに足が遅い。なんとも度し難い』

 微かにノイズ混じりの声が響いた。あちこちに設置されたスピーカーがこちらを向いていた。

「殻木球大だね。お年の割に随分と逃げ足が早い」

『ワシの力が及ばずハイエンドの量産が間に合わなかった。苦渋の決断じゃ」

「ハイエンド?さっきの脳ミソが丸出しの生物かな。もうかなりの数を作っているように思うんだけど、まだ満足できない?」

『ッ、嗚呼、可哀想に!ジョニーちゃんも、エマちゃんも、健気な良い子だったのに、貴様に殺されてしもうた!このバケモノめ!恥を知れ!!』

 

 ヒステリックに喚く声に怒りはあれど、恐怖は無い。

 殻木球大は蛇腔病院から撤退済みと考えてよいだろう。ならば病院の方に戻るか。

 ジーニストとグラントリノが居るとはいえ正体不明のイキモノとの戦闘は想定していなかった。後輩達が心配だ。

 

 殻木から情報を引き出して、その後は作戦本部に任せよう。挑発的に笑って肩を竦める。

「そういうことは直接話したいな。此処には来れない?私がそっちに行ってあげても良いけど」

『異常者め!時代遅れの偽善者が!』

「会ったことも無いのにそこまで嫌う?話そうよ。お茶でもしたら意外に気が合うかもしれないじゃないか」

「───私はそうは思えないな。君達両方を知る者として言うけど、君達って相性悪いよ」

 

 良く通る美しい声である。

 反射的に声の方向へ拳を振り抜いた。

 地面が裂けて割れる。ガラスが飛び散る。老人の声が甲高く響く。

 

 広大な地下空間の半分を消し飛ばす拳を真正面から受けて、男は小動もしなかった。秀麗な顔に微笑みを貼り付けてこちらを見ている。

 紛れもなくAFO、死柄木全である。

 長年探し続けた男が無防備にそこに立っていた。

 

 何故此処に。

 今なら倒せるか。

 逸る心を抑えて耳を澄ました。地下空間にAFOとあのバケモノ以外の生命体の気配を感じていた。

 物陰に隠れて、子供が近くに居る。僅かに聞こえる息遣いからして燈矢ではない。誘拐された孤児の1人だろうか。

 何より頭上には病院がある。まだ退避が完了していない。

 全力で戦えない。

 

「………Whoa、久々じゃないか。どうしたんだい?引き篭もりの君が人前に出るなんて珍しい」

「君とお茶をしたいと思ってね。アメリカかぶれの君に紅茶の味が分かる筈も無いけれど」

「HAHAHA!お前とお茶するくらいなら雑草を煎じて飲んだ方がマシだ」

 割れたガラスから脳が剥き出しの生物がおずおずと這い出て来た。

 襲って来る様子はなく、AFOに従うように首を垂れている。AFOは新作のオモチャを紹介するように指をさした。

「そうそう、彼らは脳無と言ってね。命令されなければ動かない無害な子達だよ。君は随分と彼らに酷い事をしたようだけれど」

「死者を冒涜したのか」

「個性のリサイクルだよ。大事だろう?SDGs」 

 

 声色は一定。動揺は無い。自分の襲撃を知った上で待ち構えていたのだ。

 情報漏洩があったか、それとも最初から仕組まれていたのか。

 今はどうでも良い。病院の退避完了の連絡は未だ無い。

 こいつが本気になれば病院なんて跡形も無く消える。時間を引き延ばさなければ。

 

「君が何を考えているか分かるよ。悲しいねぇ、私を殺せる貴重なチャンスなのに全力を出せないとは」

「私は常に全力さ」

「そうかい?頭上の病院を気にしているだろう?私と君が本気で戦ったら周囲にどれだけ被害が及ぶか、君が考えた事が無い筈がない」

 なんなら試しても良いよ、と笑みの一つで人を殺せる顔で宣う。

「ナイトアイ」

『あと5分はかかる!』

「足手纏いばかりで君も大変だな。何なら手伝ってあげようか?此処が丸ごとクレーターになれば彼らの平和ボケも少しは治るだろう」

「止めろ!」

 

 拳を握る。しかし、力が湧かない。

 40年以上振りの感覚だった。身体の内側が空っぽで、仄かに漂っていた歴代継承者達の気配が消え去っている。

 AFOの隣に子供がひょい、と姿を現した。顔と両腕に手首がしがみ付いている奇妙な恰好をしている子供だ。

 小さい腕に雫型のガラスを抱いていて、ガラスの中には巨大な眼球が浮かんでいる。燈矢少年の話を思い出した。

「ッレザーフェイスの、ケンタ君か!」

「正解」

 一息でAFOが迫る。

 掌が視界を覆った。この掌に首を絞められた師匠の背中が点滅する。

 

「人を置いてくんじゃねぇよアンタは!!」

 この3か月間で聞き慣れた声に頭を殴られると同時に、伸ばされた掌が急激に萎んだ。

 痩せ枯れた腕を力任せに捻り上げると「うぐッ」と人間らしい呻き声が上がる。

 そうしている間にもAFOの若々しく、端整な面立ちが早回しのように痩せ枯れた。

 超常黎明期より120年。“抹消”で引きずり出されたAFOの姿は骨に張り付く皮ばかりの老爺であった。

 

「先生!」

「SHIT!!油断し過ぎた!!ありがとうね相澤君!!」

「そりゃどうも!!そいつはレザーフェイスが作った胎児か!やっぱりてめえらグルかよ!」

「ッ、人聞きが悪いな。ビジネスパートナーと呼んでくれ」

『AFOになんと酷い事を!!ハイエンドや、あやつを叩き潰しておくれ!!』

 

 殻木の言葉が響くなり、それまで大人しい小動物のようだった脳無が相澤へ襲い掛かった。

 此処に到るまでの脳無は全てオールマイトが潰していた。まさか突然動き出すようなモノとは思わず、相澤の反応は遅れた

 咄嗟に捕縛布で絡めとり個性を“抹消”する。

 だが個性由来でない怪力が捕縛布を引きちぎり、赤々と光る眼球に向かって拳を振り抜いた。網膜を走る血管が千切れ、視界に靄が掛かる。

「ッガ、」

「相澤君!」

 間違いなく骨が折れた。ひしゃげた眼窩の中で眼球が歪む。個性の精度が著しく下がる。

 自分が居なければAFOが個性を使う。オールマイトは個性が使えない。頭上には病院がある。まだ退避は完了していない。

 それらの情報が脳の表面を滑り、相澤はケンタとオールマイトの斜線上に体を投げ出した。

 アレがいなけりゃ、オールマイトが戦える。そうなれば負ける筈がない。

 

 だってオールマイトだ。オールマイトなんだぞ。

 オールマイトが負けるなんてありえない。

 

 捕縛布をガラスに向かって投げる。背後で“抹消”の個性から脱したオールマイトが、ハイエンドと呼ばれた生物を一方的に殴殺する鈍音が鳴り響く。

 AFOが遠い異国の楽器のような声で笑った。

「ケンタ君は君の子供だろう。それなのに殺すのかい?」

「知るか!!邪魔なんだよ!!」

「そうか。悲しいね、弔……やはりヒーローというものは、己の子供であっても邪魔なら殺してしまえるんだ」

 真珠のように哀れっぽい視線を向けられて、ガラスを抱える子供は歯を剥き出しにした。

 その顔に相澤は病院で父親と邂逅した燈矢を思い出した。

 子供が5本の指で捕縛布を握り締める。布が崩れて砂に代わる。

 子供は相澤を心底憎々し気に見つめていた。

 

「………燈矢の言ってたこと、やっぱり嘘かよ」

 

 燈矢。

 脳の端が弾かれたように閃く。歪んだ視界を気合のみで安定させて真っ直ぐにAFOを見た。

 年老いた姿のAFOはさらに皺を深くするように笑う。

 

「お前、燈矢を知ってンのか?あいつは無事か!?」

「今頃地獄で遊んでるぜ。あのファザコン野郎、マジで気持ち悪ィ……」

 子供は5本分の爪を全部口の中に突っ込んで噛んでいた。噛み癖があるのだろう。爪が短く、指先はヤスリみたいに荒れている。

 その指で子供は眼球の標準をオールマイトへ合わせた。

 

 最早原型も保っていないハイエンドの死体の傍らで、おや、とコミカルに微笑む。

「随分頑丈だったが、もう遅いよ。君、投降しなさい。事情は知らないが───」

「事情を知らない?なんて酷いんだ。君のお祖母さんは弟子に何も伝えていなかったんだね。平和の象徴を作り上げるのに必死で、家族のコトなんて気にも留めていなかったんだ」

「オールマイト、アンタは先に眼球を叩き潰して下さい。俺はAFOを」

「…………」

「オールマイト?」

 

 精度の低い“抹消”のせいでAFOは美々しい壮年期と皺に塗れた老年期を行ったり来たりで点滅している。

 そのAFOの隣に座り込む子供をオールマイトは凝視していた。個性が使えないオールマイトの姿は案外に普通で、瞳ばかりが爛々と輝いていた。

 

「志村奈々は、君よりずっとオールマイトの方を大事に思っていたんだね。だからあんなに惨めに死んでしまったんだ」

「その子は、」

「ヒーローなんてそんなものだ。華やかな称賛の裏で、邪魔な失敗作は無かったことにする……可哀想な弔、君のことも、誰も助けてはくれなかっただろう」

「少年、君は、」

「そう、志村奈々のお孫さんだよ。今は私が保護者代わりをしているがね」

 ねえ、と親し気にAFOは子供に微笑みかけた。

 粘度の高いイヤな笑い方だった。

「この子はあまりに酷い目に遭った。ヒーローと、ヒーローを賛美する社会のせいで……そしてそんな社会を作ったのがこの男さ。志村奈々、君のお祖母さんが愛情込めて育てたオールマイトが、君を否定するばかりの社会を支えているんだよ」

「ッ違う!少年、聞いてくれ。師匠はずっと息子を愛していたんだ。だから会えなかった。彼を護るために……」

「それは志村奈々の都合だろう。母に捨てられた息子の悲しみは何処に行った?志村奈々のせいで悲劇を迎え、誰にも救われないこの子の苦しみはどうなる?」

「どの口が!元々、全て貴様のせいだろうが!!」

『行け!』

 

 激昂したオールマイトの背後から脳無が襲い掛かった。脳無の細い腕が首に回る。

 だが無個性であっても八木俊典の体格は人並み外れて優れていた。弱点である脳を即座に叩き潰す。

 

 自分を抱きしめたまま脳無が動きを止める。

 それは最後の力を振り絞って、至近距離で自分の名前を呼んだ。

「俊典」 

「───お師匠?」

 

 振り返る。女盛りの美しい顔があった。

 崩れ落ちる脳無を抱き留める。

 子供の頃は大きく見えた彼女が、腕の中にすっぽりと納まった。こんなに小さい人だったのか。

 ツヤツヤした黒髪の隙間を覗くと、自分が叩き潰した眼球が飛び出して、もの言いたげにこちらを見上げていた。

「ア、」

 心臓が寒くなった。オールマイトの顔が破れてしまって、ただの八木俊典が強く死体を抱きしめた。

 

 その一瞬に決死の顔のAFOが手を伸ばす。

 

 

 

「オールマイト!!」

 敵を前にしてオールマイトが動かない。有り得ない事だった。

 一瞬でもオールマイトが気を抜けばこの社会は崩れてしまう。その事は彼が最も理解しているだろうに、迫るAFOを彼は認識していない。

 

 どうすれば良い。時間が無い。“抹消”の個性が不安定だ。AFOを見続けることが出来ない。

 ヤツが一瞬でも個性を使ってしまったら終わる。

 今の己に出来る最善は。

 

 相澤はAFOから顔を背け、弔と呼ばれた子供の方へ跳んだ。

 小さな腕の中から雫状の人工子宮を強引に奪って叩きつける。

 ケンタには呼吸器が存在しない。ただの眼球でしかないのだ。生物として救いようのない失敗作だった。人工子宮から出れば数秒で死ぬ。

 だがその数秒すら惜しくって、地べたに転がった眼球を踏み潰した。

 

「あ、」

『病院から全員退避完了!今グラントリノがそちらに、』

「救けて下さいよ!!早く!!」

 

 ケンタの“抹消”から解放されたオールマイトが“オールマイト”の姿に戻る。

 そして彼は、顔面が半分へしゃげた相澤と、その隣で青白い顔をする小さな子供を見た。

 

 次の瞬間にはオールマイトは腕に抱えていた志村奈々の死体をかなぐり捨てた。そうして何も無かったように完璧な笑顔を顔に貼りつける。

 愛する人の脳ミソがへばりついたままの拳を平和のために振り上げる。

 

 

 それが死柄木弔には何より恐ろしく見えた。

 燈矢に、ヒーローの話を聞いた。だから少し期待していたのかもしれない。

 だが事実はどうだ。先生の言う通りじゃないか。

 

 ヒーローは邪魔なら、愛する人だって、子供だって、殺してしまうんだ。それが正義みたいな顔で、全部忘れて、笑ってまた暴力を揮う。

 平和のためなら何をしたって許される。だから平和を乱す失敗作はヒーローに救って貰えない。

 産まれた価値が無いから。

 

 ───ああ、痒い。

 痒い。

 痒い、痒くてたまらない。

 頭も痛い。気持ちが悪い。吐き気がする。

 瞼の裏が眩しくって、全身に張り付いた手首が煩わしくって、オールマイトが投げ捨てた死体が目障りだ。

 脳が潰れて眼球が飛び出た死体が自分に似ているような気がしてならない。

 何もかもが厭わしい。

 

「ッ、あ゛あ゛あ゛あああァッ、あ゛ー!!」

 

 知らない家が瞼の裏で明滅する。お父さんが怒っている。写真の向こうであの死体が笑っている。

 華ちゃん……華ちゃん、どうして嘘をついたの?モンちゃん、どうして華ちゃんはあんなこと言ったのかな。

 ねえお母さん、お願い、僕はオールマイトみたいなヒーローを目指したいんだ。

 誰でも、僕でも、お父さんでも救ってくれるようなヒーローに。どうしてダメなの?

 

 砂嵐。土煙が何もかもを飲み込んでいく。過剰電力で瞬く電球みたいに、脳神経がバチバチと火花を上げている。

 触る全てがざらざらしていた。何もかもが流れていく。救けて、たすけておとうさん!!

 手を伸ばす。顔の歪んだお父さんが剪定鋏で僕を殴る。

 

 自分で殴った癖に、じっと睨むと、「あ、」と気まずそうな顔をして、お父さんは顔を逸らした。それは子供が親に叱られている真っ最中みたいな顔だった。

 思えばお父さんはいつも、僕を酷く叩いた後はおんなじような顔をしてどこかに行ってしまっていた。

 

 ちゃんとお話ししようとすると、お父さんは、お父さんのクセに、子供みたいな顔をする。

 痛いのは僕なのに、どうしてお父さんは、自分の方が可哀想みたいな顔で、いつも僕から目を逸らすのだろう。

 

 

 

 

 

 相澤は地下空間が崩壊するのを見た。

 子供を掴んでいた幾つもの手首が崩れ、座り込んでいたアスファルトが崩れ、壁を伝い、頭上にある病院そのものが落下してきていた。

 

 さらに目の前で“抹消”から解放されたAFOとオールマイトが対峙している。

 それは戦いというより自然災害の方が近しいものだった。

 二人から放たれる不可視のエネルギーは空中で衝突と離散を繰り返し、その余波が白い光となって周囲へ散乱している。

 行き場を失ったエネルギーが周囲に励起状態を齎しているのだ。あらゆる物体は放射線を吐き出しながら形を失い始めている。

 あの二人以外の全てが壊れていく。

 

 

 

 死を覚悟した。

 

 

 

 だから相澤は、最期に子供を抱きしめることにした。

 掌の下から現れた子供が、救けを求めているように見えたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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