地獄より我らが父へ   作:XP-79

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No.13 神野区

 

 志村奈々の脳無

 志村奈々の孫

 “抹消”の個性

 ハイエンド

 足手纏いが犇めく病院の地下空間

 

「これだけの準備をしておいて、コレか。本当に、ヒーローってのはイヤになるね」

「喋るでないAFO!肺に穴が開いておるのだぞ!?」

 

 殻木に言われなくとも分かっている。酷い有様だ。

 呼吸をするたびにヒュー、ヒュー、と音が鳴る。胸に空いた孔から空気が漏れていた。半分に割れた頭蓋からは血液と髄膜液が現在進行形で噴き出ていて、殻木が顔を真っ赤にしながら懸命に処置している。

 だというのに引きちぎられた腹からまろび出た小腸は健気に蠢いていた。命ってスゴイ。

 思わず触ると遠慮なしに手を叩き落とされた。見れば必死の形相である。

 まあ、そりゃあそうだろう。この男が居なければ己はとっくに死んでいる。

 そしてこうなる事を半ば予想していたからこそ殻木を待機させていたのだ。

 

「まぁ目的は達成した。あとは時間が解決してくれるだろう。ところで神野の方はどうなっているのかな?内冷外燃はちょっと惜しい個性だったのだけれど……」

「だったら早く奪っておけば良かっただろう!!」

 叫ぶ殻木に苦笑する。寿命を延ばして現状を維持する“摂生”という個性の通り、殻木はリスクを徹底的に厭う。

 リスクなんてハナから勘定に入れていない燈矢の執念を彼では決して理解出来まい。

「僕じゃああの個性は伸ばせない。頭のイカれた偏執狂が持っていてこそさ。むしろ弟君の個性の方が魅力的だね。アレはあれで欲しいんだけどな」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!喋るな動くな触るな!!死にたくなければそれを見ながら大人しくしておれ!!」

「ありがとう。君は僕のかけがえのない親友だよ」

「リップサービスなら後にしてくれんか!?」

 怒鳴りながら殻木はYouTubeを流してくれた。やはり思った通りの動画が投稿されている。凄まじい勢いで拡散された動画のコメント欄は眼がおっつかない速度で荒れていた。

 きっと明日、世界は一変している。

「ンフフッ、いやぁ、やっぱり惜しいなあの子」

「笑うな!!折角戻した腸がまたこぼれ出るじゃろうが!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半分の視界が晴れた空を映す。細く千切れた雲が円柱状に弧を描いている。

 変な形の雲だなぁと思い、ああ、オールマイトが吹き飛ばしたんだな、と頭の端っこが答えた。

 高校生の頃は白雲が「オールマイトが吹っ飛ばした雲を待ち受けにしたら運勢上がるんだって!」なんて言って、同じような形の雲をSNSで探していた。

 真下から見るのは初めてだ。二度とは見たくないなと思った

 

「生きてンのかよ偽善野郎」

 瞬きすると、小柄な子供が如何にも不機嫌そうな顔で自分を見下ろしている。

 弔と言ったか。薄暗い地下空間から出て、顔と腕にくっついていた手首が無くなるとただの陰気な子供に見えた。

「お前皮膚科行けよ。アトピー酷ぇぞ」

「ア?病院行くのはテメェの方だろうが……」

 爪を噛んでイライラしているが、敵意は無い。周囲は病院の瓦礫で埋め尽くされている。

 何故生きているのだろうか。

 理由は直ぐに分かった。自分と弔の横に小柄な老人が倒れていた。

「ッ、グラントリノ!」

 脈を取ろうと身を捩るが、動けない。

 見れば、片足が瓦礫に挟まって潰れている。裂けた肌の隙間から鬱血でドス黒く変色した筋肉が見えた。

 グロい外見の割に痛みは薄い。壊死しているのだろう。ベールを被った重石が体にくっついているようだった。

「グラントリノ、おい、返事をしろっ」

「死んでねぇよ。頭ぶつけただけ。呼吸はしてる」

 弔はグラントリノを仰向けにして口に掌を翳した。胸は僅かに上下に動いている。

「そう、か……お前は?」

「あ?」

「お前に怪我はねぇのか?」

 弔は餌を投げ渡された野良猫の顔をして、すぐさま「バカじゃねぇの」と気まずそうに吐き捨てた。

「俺が壊したんだぜ。怪我なんてする訳ねぇだろ。そ、そこのジジイが邪魔しなけりゃ、もっとぶっ壊してたんだ」

「そうか」

「ッ、お、俺がコレやったんだぜ。ヒーローの癖に止められなかったんだ。ざまぁ見やがれ。なっさけねぇのオ……」

 唇を尖らせている。どう見ても頑張って悪ぶっている中学生である。

 そもそも会話慣れしていないのだろう。罵声に勢いが無い。ゲーセンにたむろするヤンキーよりお上品な罵倒である。

「ヘタクソかよ。折角燈矢に会ったんなら罵倒の基礎くらい教えて貰っとけや。アイツは罵倒のプロだから」

「……あ゛?」

「AFOを先生っつうくらいなら罵倒の作法くらい学んどけってんだよ。学んでそれならもうヴィランの才能ねェわ。さっさと諦めて救助されろやクソガキ」

「もしかして俺を説得しようとしてんの?子供の相手ヘタクソ過ぎねぇ?」

「俺が下手なんじゃねぇ。ガキ相手に言葉を選ばなきゃならねぇ風潮の方が間違ってんだ。俺はガキに過保護が過ぎる現代社会に異議を申し立てたい」

「なんだコイツ」

 呆れた顔の弔は燈矢と比べれば格段に素直だった。恐らく人身売買の犠牲者の一人だろう。

 幸い、近くにAFOの姿は無い。オールマイトに敗北し、疾うに撤退したらしい。

 

 今の内に保護しなければならない。しかし身動きの一つも取れず、救援を呼ぼうにも通信機はない。

 ぐずぐずしている内に揺らめく黒い霧が突然に現れる。それは形を作ると同時に弔の背中を撫でた。

 歪んだ眼球の焦点がカチリと黒い霧に合った。どこを見ても黒いばかりで白い髪の一筋も無かった。

 

「お、おっせえぞ黒霧。何やってんだ!」

「……おい、白雲」

「先生は目的を果たしたんだろ?ケンタも潰れちまったし、もう此処に居る意味はねぇんだよな?」

「……白雲、白雲!白雲なんだろう!?」

 呼び掛けると、漸く顔らしき部位がこちらを振り返る。

 しかし言葉を返す様子は無い。そういう風に設定されたロボットのようだ。

 

 地下空間で増産されていた異形の生物は人間の死体を加工したモノらしい。

 つまり、そういうことだ。僅かな希望を抱いた己がバカだった。エンデヴァーの言う通りだったのだ。死人は生き返らない。

 あの時自分の名前を呼んだのだって、燈矢を確実に攫うために生きているフリをしただけだった。

 自分はまんまとそれに引っかかった。その有様が此れか。

 足が潰れ、眼球が歪み、子供の保護も儘ならず、親友の死体を取り返すことも出来ない。

 

「───白雲ォ……そのクソガキ、ちゃんと護れよ」

 なんて馬鹿だ。意志なんて残っちゃいないだろう白雲の死体に頼むなんて、どう考えても意味なんて無い。合理性の欠片も無い。

 だが他に自分に出来ることも思いつかなかった。

 黒霧と呼ばれた脳無は静かに頷いた。次の瞬間には弔を連れて消える。

 

 

 遠くからヒーロー達が救助活動をしている声が聞こえる。地下空間のすぼまりに置き去りにされた自分は1人だった。

 途端に胸の底が痛くなる。己の口を両手で抑えた。嗚咽が零れてしょうがなかった。

 エンデヴァーが燈矢の生存を信じられない理由が分かった気がした。半端に抱いた希望が取り上げられるのは辛い。

「キッツ……」

 涙がぼたぼたと落ちる。燈矢のことを思う。あの病院で父親に否定された燈矢もきっと辛かった。

 自分がちゃんと護ってやらなければならなかった。それが、親友が生きているかもなんて希望を抱いたせいで、連れ去られて、今は何処に居るのか。

 まさか病院の地下には居なかっただろうか。潰れてやしまいか。探さなければ。

 辛さなんて後で感じれば良い。今はそれどころではない。ヒーローなのだから。

 

「相澤君!!グラントリノ!!」

「………オールマイト、あんた、」

「話は後だ、ちょっと耐えろよ!すぐに救助が来るからな!」

 空から舞い降りたオールマイトは瓦礫に潰された脚を見るなり、有無を言わさずヒロスで太腿を締め上げた。

 純粋な痛みで涙腺が引き絞られる。

 だが文句を口にするより先に瓦礫をどかされ、足に溜まって腐った血液が体へ還った。悪寒が全身を這いまわる。

 その場に這いつくばってげぇげぇと吐いた。胃液ばかりがボタボタと落ちる横にオールマイトが膝をつく。

「すぐに救助が来る。君とグラントリノはそのまま病院で治療を。私は神野に行く」

「ッ、オ゛、オ゛オェ゛ッ、……ハッ、お、俺の眼が確かなら、ゲホッ、アンタ、腹に大穴空いてますよ……」

「大丈夫だよ!あんまり痛くないし!」

 ぐっとサムズアップする。その声があんまりにも普段通りで、相澤は吐きながら笑ってしまった。プロ意識と呼ぶには畏れの感情が強かった。

 

 へし折れた肋骨がヒロスを突き破って飛び出している。その下からピンク色に蠕動する消化管が零れているし、歩くたびに足の形に血の跡が残っていた。

 だというのに、笑顔だ。この場に残される自分を不安にさせないためだけに笑っている。

 何なんだこの人。狂ってる。

 

「アンタも、病院、行きましょうよ……それは、無理です」

「さっきからナイトアイもインカムの向こうですっごい怒ってる。でも、うん。神野に燈矢君がいるようだ」

「ッ、燈矢が!?」

「そう。こんな私でも説得ぐらいは出来る。だから行って来るよ」

 何とも無い様な口調に、ふざけるな、と思う。

 立ち上がろうとする。しかし足はピクリとも動かず、そのまま無様に地面に激突しそうになった。

 倒れる寸前にオールマイトが受け止める。

「無茶だよ相澤君」

「うるせぇ。アンタが、アンタが燈矢を最優先にしろっつったんだろうが。俺が行かねェでどうすンだ」

「状況が変わったんだ。君は下がるべきだ」

「俺ァ物見遊山で来たんじゃねぇぞ……」

『オールマイト!!イレイザー!!』

 インカムがハウリングする。

 塚内と言ったか、作戦本部の刑事が悲鳴を上げていた。

 

『大変だ!レザーフェイスが……神野が!!』

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 ■ チーム:神野区

 - エンデヴァー

 - プレゼント・マイク

 - レディ・ナガン

 

 

 □ 蛇腔病院突入より少し前

 

 

 神奈川県横浜市神野区は横浜の内陸北部に位置している。

 東京湾からも羽田空港からも距離があり、鉄道駅すら若干遠い。近年は寂れる一方で廃倉庫が目立つ。

 公安の調査により、レザーフェイスの目撃情報があった付近の廃倉庫がAFOの拠点と目されていた。

 寂れた地区の夜に近い時間帯であり、周囲に人気は無い。

 

 それでも念のために付近の倉庫をヒーロー達がチェックしている間、エンデヴァーは廃倉庫の前でレディ・ナガンに声を向けた。

「何故、公安はそこまでレザーフェイスに拘る」

「何の話だ?」

「とぼけるな。レザーフェイスの目撃情報がある神野区に貴様を派遣してまで奪還を目論むとは。相応の理由があるのだろう」

 レディ・ナガンは無表情のまま現No.2の詰問をマバタキ一つで聞き流した。

「神野区の倉庫から生体反応があったと報告されただろう。私は誘拐された子供達の保護のために神野へ派遣されたまでだ。厳つい男共より女の方が子供も安心しやすいからな」

「……難儀な女だ」

「何?」

「意志と立場が噛み合っていない。トップヒーローがそんな体たらくでも務まるとは、近年のヒーローの質の低下は酷いものだ」

「ま、まぁまぁ」

「No.2がよりにもよって虐待毒親クソ野郎なんだから質も低下するさ……なんだ?公安がお前の動向に気付いていないとでも思ったか?」

「あれは個性訓練だ」

「そう言えば許されると思ってる所がみみっちいンだよ」

「公安の意向であれば許されると思っている女がよくも言えたものだ。貴様らは一体今まで何人、」

「ま、まーまー!!レディ・ナガンもね!?お二人ともね、大人だからね!?協力しようZE!!We are TEAM!!」

 2人の間に入って「HEY!」とハイタッチを求めるとプイっと横を向かれた。

 結果として1人でグリコのポーズを取っている人になる。「ショータ代わって」と心の中でぼやいた。

 

 チームの雰囲気が悪い。そりゃあトップヒーローともなれば癖が強いのは当たり前で、何なら我も強いヤツが大半だが、この2人はそもそもの相性が決定的に悪い。

 片や不動のNo.2。片や公安所属のスナイパー。揃って職人気質で拘りが強いスタンドアローンなヒーローで、協調性を求められる立場にはそもそも無い。有能な一匹狼共である。

 

 とはいえ神野の現場指揮官であり、大規模事務所の顔でもあるエンデヴァーの方がまだ幾分か大人だった。

 眉間に皺を刻みつつ嫌味の応酬を溜息一つで止めにする。

「こちらは子供の保護が作戦のメインになる。レザーフェイスを発見しても暴走はするなよ。目的を見失うな」

「………分かっている。そこまで腐っちゃいない」

 レディ・ナガンの片腕が銃に代わる。

 

 作戦開始前の連絡がインカムから聞こえた。その時になってもヒーロー達の顔に大した緊張感は無い。

 公安絡みで色々とあるらしいレディ・ナガンが最もピリついている。

 自分だってそう緊張してはいなかった。AFOというヤツがトンデモなくヤバいというのは聞いていたが、事前調査からしてココには子供しかいない。

 

 周辺住民の避難が完了したという報告を受け、廃倉庫のシャッター扉を破壊する。

 警報器は鳴らない。トラップは無し。エンデヴァーを先頭に押し入るとツンと鼻を突く薬品の臭いがした。

 

「………HA?」

 息が止まった。異様な光景が広がっていた。

 

 広い空間に雫型のガラスが整然と並んでいる。ガラスには淡黄色透明の液体が満ち満ちていて、悪魔の幼体達が泳いでいた。

 他にどう形容したら良いものか。進化論では説明のつかない、生命を冒涜する禍々しい生物ばかりだ。

 大量の眼球が埋め込まれている本やら、虹色に光るメビウス帯やら、どう見てもキモイ巨大な爬虫類やら。

 それらは壁に投影されたカートゥーンアニメを楽しむように蠢いている。趣味の悪いホラー映画の一場面のようで、現実味のない悪夢だった。

 

「なんっだコレ!!キッショ!!」

「殻木の実験生物だろう。子供は……居ないな。調査が間違っていたのか」

 ガラスに近寄ると、闖入者を歓迎するようにバケモノ達は三者三様の反応をした。

 胃袋を吐き出して洗ったり、エノク語を体に浮かばせたり、己の脊髄を引き抜いたり。

 正しく悪魔の展覧会だ。胃液を喉元に感じたマイクは思わず掌で口を覆った。

 レディ・ナガンだけが痛ましい顔でガラスの群れを眺めている。

「……違う。これは殻木じゃない。こちらで処理する」

「何だと?」

「話す事は出来ない。ともかく、此処は私が預かる。お前達は本部に戻れ」

「い、いやいやいや、納得出来るわけないでショ。誘拐された子供達が居ないにしてもさ、大人数で詳しく調べた方がイイんじゃねぇの?絶対にヤベェだろココ」

「それには及ばない。これは、」

 

 パァンと音が鳴った。

 反射的に振り返ると、ガラスが一つ割れていた。おぎゃ、と、巨大なハダカデバネズミの産まれ損ないのような生物が地面に落ちる。

 それは地面に落ちた衝撃でダニのように蠢き、おぎゃ、おぎゃ、と一人でコーラスを奏で始めた。口が3つあるのだ。背中には4対の眼球があり、視線の焦点がピタリとエンデヴァーに合う。

 おぎゃあと笑う。

 

「ッ、」

「エンデヴァーさん!?」

 パァンと、さっきと同じ音がした。同時にエンデヴァーの頬が僅かに焼け焦げる。

 マイクは地べたを這いつくばるバケモノから一歩退いた。何の“個性”かは分からないが、あのエンデヴァーに火傷を作る攻撃など直撃すれば常人は死ぬ。

「熱線の個性か。生体兵器の増産でもしているのか?碌でもない」

「待てエンデヴァー!」

 レディ・ナガンが止める前にエンデヴァーの炎がバケモノを焼いた。バケモノは悲鳴を上げる間もなく炭と化した。

 あまりの高温に飛び散ったガラスすら溶け始める。周囲のガラスも砕け、床を這うチューブが燃えた。

 途端に廃倉庫には胎児達の大合唱が響き始めた。声ばかりは人間の赤ん坊にそっくりで、薄気味の悪さに鳥肌が立った。

 

「エンデヴァーさん、勝手に焼いちゃまずいんじゃ……」

「他にも攻撃的な個体が無いとも限らん。逃がして一般人に向かう可能性もある」

「止めろ!!すぐに止めるんだ!!この子達には何も罪は無い!!」

 必死に叫ぶナガンにエンデヴァーは思いきり眉を顰めた。

「だからどうした。俺でなければ死んでいてもおかしくない攻撃だった。治安維持のためには野放しに出来ん」

「いや、それは……だが、だからと言って、しかしッ」

 

「───そう言ってくれると信じてたぜ、おとーさァん♡」

 甘ったるい声が響く。

 途端にエンデヴァーの炎が消えた。パチパチパチ、と、軽やかに拍手をしながら、高校生ぐらいの子供が炎の向こうから歩いて来る

 手には小さい雫状のガラスを持っていた。中には巨大な眼球が浮かんでいる。

「………貴様は」

「待ってたぜ。イヤぁ遅いから焦った焦った。このまま来なかったらマッジでどうしようかと」

 酷い火傷痕に掠れた声は、間違いない。轟燈矢を名乗る子供である。今回の作戦の保護対象だ。

 しかし顔の片方だけを釣り上げる笑い方はどう見ても保護対象ではなかった。

 むしろ頭のネジが飛んだヴィランだ。燈矢は生きながら焼き殺される悪魔の幼体達の断末魔を恍惚とした顔で楽しんでいた。

「レザーフェイスは此処に居る。ここで本気で戦うとアイツ死ぬぜ。アイツ自体はクソザコだからな」

「………君はAFOに誘拐されたのではなかったか?」

「誘拐はされた。でも拷問も洗脳もナシだ。俺は元から壊れてンのさ……」

 訥々と喋る燈矢は隙だらけだ。“ラウドヴォイス”で無力化しようと息を吸い込む。

 

 しかし、出来ない。個性が使えない。

「無駄だぜ。コイツは、あー、ケント君だったかケンナちゃんだったか……とにかく“抹消”だ。便利だから量産したんだってよ。イカれたヴィランは救いようがねぇよなァ」

「今すぐ投降しなさい。しないというのなら貴様をヴィランと看做す」

 エンデヴァーの剣呑な眼光に、しかし燈矢は「ヤッバぁ♡」と笑みの湿度を高くした。

 

「ッ、ち、ちょっとエンデヴァーさん!?」

「此処にレザーフェイスが居るのなら逮捕しなければならん。それを妨害するのならこいつはヴィランだ」

「いやでもAFOに誘拐されたんでショ!?」

「だからどうした。脅されている訳でもないのだろう。自分の行動の責任は自分で取れ」

「お、言質取ったぜ。『自分の行動の責任は自分で取れ』。なら取って貰おうじゃねぇの」

 

 燈矢が指を鳴らすと同時に、誇張でなく大地が揺れた。

 床に罅が入り、砕けて落ちる。個性で対抗しようにも、燈矢の持つ眼球は真正面から押し入ったヒーロー全員を視界に入れていた。

 罅が広がると未だ炎に焼かれる悪魔達がそのまま地獄へ落ちて行く。赤ン坊の泣き声が次々にぐしゃ、ぐしゃ、と潰れて数を減らす様を聞きながら、マイクは必死に逃げた。

 

 

 外へ飛び出して道路に転げる。途端に背後で廃倉庫が崩壊し、瓦礫混じりの風圧が全身を叩きつけた。

 視界はゼロ。轟音による耳鳴りが方向感覚すら奪っている。

 地べたに這いつくばって、どうかこの、何が起こっているのかすら分からない状況が一刻も早く納まることを祈った。

 

 “個性”が使えない人類というのはここまで無力な生物だったのか。

 次の瞬間に殺されていても何もおかしくはない程に弱い。身体の中心が空洞になったようだ。

 瓦礫が額にぶつかり、暖かい血が流れた。その感触に安堵した。まだ自分は死んでいない。

 

 

 そうして数秒か、数分経ったか。全身を叩きつける暴風が納まる。恐る恐る顔を上げた。

 廃倉庫があった筈の場所に巨人が立っていた。災厄を形にしたような生物だった。

「ンだありゃ……」

 巨人は足元に散っている砂粒のようなヒーロー達を気にも留めていない様子だった。大型の草食動物のようにゆるゆると首を振って、呑気に空を眺めている。

 だが首に下げているラジカセから声が流れると様子が一変した。

 

『可愛いマキア。暫く、ヒーローの相手をしてあげなさい』

「───オオ、主よ。仰せの通りに」

 

 巨人が咆哮する。音圧だけで恐怖が肌を刺す。

 だがマイクは怯えかけた己の頬をパァンと張った。

 この程度で怯えてちゃあヒーローなんて名乗れない。

「ヒーロー舐めんじゃねぇZE!」

「健闘を祈ってやるよ」

 中指を立てたマイクに燈矢は恭しく一礼し、ガラスを床に置いた。

 巨人の影に眼球が隠れる。“個性”が戻る。ヒーロー達が立ち上がる。

 

 

「───でもお父さん、アンタは別だ」

 燈矢はエンデヴァーの方を向いた。

 既に父は臨戦態勢である。自分が声をかけるより先に赤い炎が上がっていた。 

「既に忠告はした。手加減はしてやるが、命の保証は出来ん」

「ハッ、この世で一番要らねぇモンだ!!メルカリにでも出品しとけ!!」

 全身から蒼い炎が噴き出る。しかし、頭はまだ冷静だった。

 まだ本番じゃない。

 

 

 お父さんと戦いながら、時間を確認する。同時に最高のロケーションまで徐々に移動。

 ギガントマキアは予めAFOに頼んでいた通り、住宅地まで進まないよう、無暗にヒーローを殺したりしないよう、ノロノロと動いてくれている。

 遠距離戦にて最強のレディ・ナガンが参戦すればギガントマキアの制圧は容易だろう。

 だが予想通り、彼女は崩壊した廃倉庫に突入してレザーフェイスを捜索していた。ギガントマキアの相手をする余裕はない。

 

 そしてお父さんはこの場で主犯格と看做されている自分につきっきりだ。

 自分達の戦闘の余波で周囲は派手に燃えている。しかしこの辺は廃倉庫ばかりである。

 加えてヒーロー達が作戦前に避難誘導をしているので、一般人に被害が及ぶ恐れはない。

 

 ここまで計算通りだ。気持ちが悪い程に協力的なAFOのおかげである。

 絶対に何か裏があるとは分かっている。しかし目の前にお父さんがいるので詮索する余裕がない。

 

 お父さんがまっすぐに自分を見て、自分と戦っている。お父さんの炎が肌を焼く。痛い。肌が焼ける感覚が脳が白む程に気持ち良い。

「貴様の目的は何だ」

「あと少しさ」

 しかしまだ足りない。焼けた肌の感覚だけでも分かる。

 お父さんは俺を殺すつもりで攻撃していない。まだ「保護対象」だという認識が残っている。

 それに俺を“轟燈矢(失敗作)”だと認めていない。

「ああ、でも。コレもイイな。短い邂逅だ。モブショッカー役っつーの?雑な攻撃がジャンクフードみたいでクセんなる。これスポッチャになんねぇかな」

「これだけの火力と才能を持ちながら何故ヴィランに組した!」

「ッ、あッはははハハハ!!!録音しておくぜエンデヴァー!!!」

 

 あれだけ死ぬ思いで鍛えたってのに、自分よりお父さんの方が火力が高い。

 でも無駄だ。だってお父さんの炎に焼かれるのは痛くっても嬉しいから。

 燃えながら笑うとエンデヴァーが悍ましいものを目の当たりにしたように視線を歪める。

「貴様、狂っているのかッ」

「そうとも、俺ァ狂ってんのさ……産まれて来てからずーっと、アンタのことばっかり考えてたせいだ……」

 炎を放つ。肌が焦げて炭化する。

 それでも出来損ないの氷冷系個性は発現しない。

 結局、間に合わなかった。やっぱり自分は失敗作だった。

 

 前は失敗作の自分が嫌いだった。嫌で嫌でしょうがなくって、瀬古杜岳で一度死んだ。

 しかし今はもう失敗作でなんにもかまわない。

 一度死ななければ今の自分には成らなかったのだから。

 

「考えたさ。考えた!あの日以来ずうううううううっと考えた!どうしたらお前が苦しむか。人生を踏み躙れるか!」

 丁度時刻は逢魔時を過ぎた頃で、辺りは既に暗かった。

 大型のプロジェクターがあちこちの倉庫をスクリーン代わりにして起動する。

 ピースサインを掲げた。

「フェーズ2だ。気張れよ“ヒーロー”」

 

 テレビ画面が薄暗い夜に投影される。

 視界に入る全ての倉庫に同じ画面が映っていた。同じ動画がたった今YouTubeに、その他ありとあらゆるSNS媒体にも投下されている。

 ギガントマキアと奮戦するヒーロー達ですら否が応でもその映像が眼に入った。

 

 映像の中で燈矢がソファに座り、俯いていた。

『───僕、轟燈矢はエンデヴァー家の長男として生まれました。今此処で、皆様に“ヒーロー社会”の真実をお伝えします───』

  

 

 

 

 

 

 

 

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