先生が連れて来たガキは自殺志願者だった。
「うっわ……」
焼死体が床を這いずっている。
今日だけでもう4回目の光景なので流石に慣れた。ダクソにこんな敵居たなぁなんて思いながらリンゴを差し出す。ここ数日ですっかり剥くのが上手くなってしまった。
焦げた肉塊はずり……ずり……と這いずってリンゴに噛り付く。トンデモない執念である。
ちゃんと飲み込んだ事を確認してから換気扇を回した。焦げた人肉は鼻が曲がる程に臭い。ついでに辺りをファブっておく。
振り返ると焼死体は人の姿に戻っていた。
「ッあ゛~〜〜、死ぬかと思った」
「キララが居なけりゃとっくに死んでんだわ。つか服着ろや。汚いモン見せんな」
「へぇへぇ」
キララとかいう胎児の個性は服までは直せない。肌に貼りついている服だった炭を叩き落とし、燈矢はシャワーを浴びに行った。
戻って来るなり冷蔵庫を漁り始めたので、一旦休憩に入るらしい。自分はゲームに戻った。
数日前にやって来たこのイカレ野郎は延々と焼身自殺を繰り返している。
聞けば、一度死ぬ寸前まで炎熱系個性を使った時に氷冷系個性が発現したらしい。それを再現したいのだとか。
そのために3分以内の傷なら全て治せる最上位治療系個性こと「キララ」がレザーフェイスから貸し出されていた。おかげで死んでさえいなければ3分以内の傷は何でも治る。
しかし3分から1秒でも遅れたらどうしようもない。
そもそも後から治るにしたって、生きながら燃やされる痛みに変わりはない。
そんな最悪のチキンレースにコイツは日に何十回と挑んでいる。しかも笑顔で。紛うことなき狂人である。
「栄養バランスがクソだろ。もっとマシなもんねぇの?」
「カップラーメンの何が不満だよ」
「全部」
真顔で宣いながら燈矢はカップラーメンにお湯を注いだ。待つ間にプロテインバーと栄養ゼリーを口に詰め込み、「野菜が欲しい」と酷く真面目ぶった事を言う。
「コンディション整えたいのに食事がクソ過ぎる。せめて冷凍野菜くらいストックねぇのか」
「あと数日で死ぬのに栄養バランス気にしてどうすんだ」
「人生賭けた一回こっきりのチャンスだぜ?全力じゃなきゃ意味ねぇだろ」
「でも氷冷系個性はまだ発現しないんじゃねぇか。もう無駄だから諦めろよ」
ここまで必死になっているのに燈矢の努力は一向に実を結ぶ気配が無い。
しかし全く気にしていない様子で、「おう」と燈矢は鼻を鳴らした。
「時間が足り無さ過ぎるからな。そもそも発動条件が不確定過ぎる。出来りゃあラッキー程度だ」
「ンな不確定なモンのために毎日焼死体になってんのか。頭おかしいんじゃねェの?」
「ここまで来て妥協する方が頭おかしいわ」
清々しい声色だった。燈矢は隣に座ってラーメンを啜り始める。
「コレ何?」
「LOL」
「フゥン」
「……テメェはオールマイトと一緒に暮らしてたってのに、イカレた脳ミソは矯正されなかったんだな」
「あいつの方が俺よりイカレてるトコあったし。別に」
オールマイトについて喋る声はあっけらかんとしている。テレビで見るファンのように興奮している訳でもなく、ヴィランのように忌々しさが滲んでいる感じも無い。
コイツは殆どの時間を個性訓練に費やしているが、偶に話すこともある。
聞けば先生に会うまでオールマイトの元で保護されていたらしい。
どう見ても頭のネジが吹き飛んでいる様子からして、ヒーローの元での生活はさぞ窮屈だっただろう。四角四面の正義面は自分達のようなハズレ者を「矯正」して「普通」にしたがる衝動に満ちている。
しかし燈矢はオールマイトへ悪感情は抱いていないようだった。
むしろ逆だ。それが苛々した。
「でもどうせ『お父さんと殺し合いなんて駄目だ!話し合って解決しよう!』みたいな、分かってねぇ感じだったから此処に来たんだろ?」
「言われてねぇよンな事」
「猫かぶってた?」
「いんや。100%オリジナル原液の俺」
嘘を言っている様子はない。手の中でコントローラーが軋む。
ンなコト言って、どうせヒーローの前では良い子ちゃんぶってたのだろう。半端野郎め。
そう思う隣で燈矢はカップラーメンを啜りながら平坦な声で喋り続けた。
「相澤もそうだったなァ。そりゃ肯定はされなかったけど、否定もされなかった。案外喋れるヒーローも世間にゃ居るもんだぜ」
「だから何だってんだよ。『頑張ればお前も社会で生きていけるよ』って?ウゼー」
「やりたい事やれば?って話ぃ……お前って夏君とおんなじくらいなんだよなァ」
燈矢は弔の肩に勢いよく体重をかけた。年上の青年は自分より体格も良く、ソファに倒れ込む。
「ンだよ!重いんだよバカ!」
「テメェが貧弱なんだよ。インドア派でも筋トレぐらいしとけや」
雑な手つきで頭を撫でられた。
多分、今、自分は夏君とかいう弟と同じように扱われている。
手つきには微塵の遠慮もない。他の誰かにもこんな風に撫でられた事がある気がして、心臓が痛くなった。
昔の事なんて何にも覚えていないのに。
「俺はイカれてるし、ヒーローってガラでもねぇからさ。お前のために何かしてやれる訳じゃねぇけど。それでもちょっと気にかかるワケ」
「………さっさとどっか行けよ。マジでお前の死体臭ェし」
「冬美ちゃんの気持ちが今になって分かるわ。これは心配になる」
「うるせェ!」
燈矢は悪態を吐く弔の白い髪を掻き混ぜた。白い髪はごわついている。
もっと良いトリートメント使えば良いのに。そう思ってしまうのはきっと、オールマイトの世話焼き癖がうつったせいだ。
「俺は、お前がやりたい事を見つけられたらいいなって思ってるよ。そんでお前が、それを楽しめたらいい」
「お前は?」
「ん?」
「………お前は、楽しいのかよ」
「おう。楽しいぜ」
「俺は今、人生で一番楽しい」
『────これは僕と、エンデヴァーこと轟炎司のDNA鑑定結果です。99.99%一致しています。それでも捏造を疑われるでしょうが、僕は信じて貰えるよう話すしかありません』
『エンデヴァーは力に焦がれた男です。オールマイトを超えられない絶望から、より強い“個性”を持った子を作る為、氷叢家から無理矢理妻を娶りました』
『僕は父の利己的な夢の為に作られた』
『しかしどうやら僕は失敗作だったようで、程なくして見限られ、捨てられ───今はもう、己の子だとすら認めて貰えない有様です』
『エンデヴァーはその後も母に子供を2人産ませましたが、どちらも失敗作だった』
『そうしてとうとうあの男はヴィランに頼った。ご存知の方もいらっしゃるでしょう。レザーフェイスです』
『レザーフェイスは注文通りの“個性”を持つ受精卵を選別して金で売るという、人道に悖る商売をするヴィランです』
『もうお判りでしょう。エンデヴァーはヴィランに頼み、自分に都合の良い“個性”を持つ子供を手に入れました』
『そうして作った待望の最高傑作すら、己の意の儘にならないと手を上げています。僕は何度も見てきました』
『個性社会はここまで来てしまった。皆を救うヒーローが、家族を護るべき父親が、“個性”で子供の価値を決める。そんなヤツがNo.2として不動の地位を築いている。では、これ以下のヒーローは?一体誰がこのヒーロー社会で信ずるに値するというのでしょうか』
「───燈矢は死んだ。許されない嘘だ」
「俺は生きてる。許されない真実だお父さん……アァ、まだ信じられないってンなら昔話でもするか?お父さんが俺に産まれた意味をくれて、瀬古杜岳に俺を捨てるまで。情熱的なメモリアルだ。一晩中でも話せるぜ俺ァ」
いけない。なんだか愉しくなってきて、心臓が踊るように跳ね回る。
だってエンデヴァーの両眼が自分を見ている。トンデモない熱量で、自分の一挙手一投足全てを網膜に焼き付けようとしている。
焦凍ですらこんな視線を向けられたことは無いだろう。脳細胞全てをフル稼働して、自分のことだけを考えているお父さんの顔ときたら!
「良い顔だ。焼死体になる度に夢に見たよ、その顔を……」
「さが、捜したんだ。あの時、俺は───おまえが、生きていると信じて、」
『オールマイトなら信用できる?ええ、確かに彼は理想のヒーローでしょう。事実、オールマイトはレザーフェイスを何度も捕まえ、その所業を司法に訴えた……しかし司法は、政府は、その度にヤツを釈放している。それは何故でしょうか』
場面が変わる。
つい先ほどの、人工子宮に揺蕩う胎児達へエンデヴァーが炎を放った映像が流れる。
異形の胎児達は断末魔の叫びを上げ、のた打ち回り、しかし逃れることも出来ず、次々に黒い炭と化していく。
エンデヴァーの顔は只管に平坦で、死にゆく胎児達に視線すら向けていない。
『アレは海外では広く使用されている人工子宮です。つまり、あの中に居るのは何の罪もない胎児達だ。エンデヴァーは、未だ産まれても居ない胎児達を問答無用で焼き殺したのです。暴力が生活の一部になってしまっているから、こんな悍ましい所業すら平然と実行できてしまう』
『そして気付いたでしょうか。あの胎児達の姿……あれらはレザーフェイスが注文されて作ったものです。誰があんな注文を?人間としての領域を超えて迄、強い“個性”を持つ子供が欲しい者とは?』
『僕は以前、レザーフェイスに誘拐されました。手足を拘束され、足を刺され……それでもヤツは何の罪にも問われず、犯行は記録にすら残らなかった。さらに誘拐された僕を救ってくれたヒーローが、レザーフェイスを捕縛しようとした時、とある人物がそれを妨害した』
『そう、公安です。政府こそがヴィランたるレザーフェイスに依存している。この社会は既に、取り返しのつかない所まで来てしまっているのです』
「陰謀論だろそりゃあ!!」
ギガントマキアと奮闘するマイクの叫びを燈矢は一笑に伏した。
「レザーフェイスに関する証拠は幾らでもある。何ならもうネット上で公開済みだ。動画からツリーを辿りゃあバカでも分かる」
「誰がンなもん信じるってんだ!!いくら個性社会だからって、自分の子供を“個性”で選別するヤツらばっかりじゃ、」
さらに画面が変わる。
大通りのど真ん中で、足を切り落とされた女性に近寄ろうとする子供が映る。
凄惨な現場だった。野次馬がスマホで撮影した映像なのだろう。動画はオールマイトの登場でぶれ、母親に寄り添う父親に焦点が移る。
父親がオールマイトに抱えられた子供を睨む。
『お前みたいな個性の子なんて、作らなきゃ良かった……』
「………なんだァ?続けろよ。自分の子供を“個性”で選別するヤツらは、何だって?」
こんな事件は珍しくない。ヒーローならば見慣れている。
笑いながら中指を立てる燈矢にマイクは歯を食いしばった。どう言葉を続けて良いか分からなかった。何を言っても嘘になる。
そう、嘘ばかりだ。ヒーロー社会は既に限界なのだ。
オールマイトのおかげでなんとか保たれているだけ。
ほんの少しでも目端の効く者なら既に気付いている。
燈矢の笑い声がどこまでも届く。
ギガントマキアの破壊音も、ヒーロー達の悲鳴も超えて、母の足を切り落としたあの子供にまで届いているのではないかと思った。
「俺だって分かってるさ。責任がアンタらヒーローにある訳じゃねぇ。ただ単純に、個性の進化に社会のシステムが付いて行けてないだけ。人類の基準が“オールマイト”にはなれないというだけ───でも、ソイツは別だろ?」
No.2ヒーローを指差す。現実を突きつけられて呆けた男。
オールマイトに最も近いヒーロー。孤児院から逃げた俺を救けに来てくれなかった父親。
全てが手遅れになるまで我が子を見ようともしなかった男。
「テメェは、俺が、どうして存在するかも分かンなくて、毎日夏君に泣いて縋ってた事も知らねぇだろ。夏君が、どれだけアンタを嫌ってるかも。冬美ちゃんがどれだけ耐えてるか、焦凍がどれだけ苦しんでいるか。どうしてお母さんがレザーフェイスに縋っちまったのか……」
轟の家を出て、ヒーローの夢を追うのを止めて、自分の視野は確かに広がった。
そうして見回すとこの社会に適応出来ない人々が嫌でも見える。
それでも平和なのは、キレイ事が蓋をしているからだ。蓋をされた方はいつまでも暗いまま。
「お前は何も見ちゃいなかった!!ただ自分に都合の良いことしか見ていなかった!!何もかも、何一つとして良い方向になんて行っちゃいないってェのに!!テメェは自分のアタマん中しか見ちゃいねえ!!」
暗い夜を火種が照らしている。足が自然とリズムを刻んだ。
お父さんに手を伸ばす。ダンスに誘う。
「平和の象徴に勝つ?お笑い種だぜ!!今この時から、テメェはヒーロー社会の限界の象徴だ!!過去は消えない!!お前が家族に払わせて来た犠牲が、今、全てがお前に還って来る!!ザ!!自業自得だぜ!!」
『悪が栄えるんじゃない。正義が瓦解する時が来たのです───これからは、キレイ事なんて吹いて飛んでく未来が訪れる事でしょう』
伸ばした手が燃える。熱い。嬉しい。痛い。崩壊する。
お父さんはさっきから立ち竦んでいた。硬直して、ぶっ壊れたお人形みたいにプルプル震えている。
しかし瞳はこちらを向いていた。罅割れたビー玉みたいに濁った視線が心地良い。
絶望の顔だ。ずっと見たい顔だった。どうしようも無い現実を見てしまった顔。
でも未だ地獄の縁に立ったばかりでしかない。お父さんが、お父さんの意志で俺を殺せば、きっと地獄の底に堕ちる。
手に手を取って墜落する。きっと甘美な終結になる。
「さあ続きだ。もっと踊ろう。もっと堕ちよう!地獄で息子と踊ろうぜェ!!!」
視界全てが燃える。全身の細胞がハイになっている。愛のためだ。
これ以上に誰かを愛することはきっと生涯無い。
「赫灼熱拳、プロミネンス───……」
「───賢者の心は右へ。愚者の心は左へ。僕の心は斜め右。どうもどうもコンバンワ。アこちら、皆の心のお父さんことレザーフェイス。御視聴の方はちゃんねる登録とイイねボタンをお願いします」
炎が消える。
血の気が引いた。
振り返る。崩壊した廃倉庫に満面の笑みを浮かべたレザーフェイスが立っていた。
その手の中には“抹消”の個性を持つ眼球が収まっている。
最悪だ。
「ッ、フー」
高揚していた思考を即座に切り替える。ギガントマキアを見る。ヒーロー達はこちらに気付いていない。
しかし、何故だ。レザーフェイスが此処に居ると言ったのはレディ・ナガンに対するブラフであって、既に黒霧によって退避させられている予定だった。
つまり、ほぼ間違いなく己の知らない計画が進行している。
AFOに腹案が無いなんて甘い予想はしていない。だが寄りにもよって今、邪魔をされるとは思っても見なかった。
「………邪魔すんじゃねぇよ殺すぞ」
「個人製作にしては良い動画だったねぇ。けどありきたりって感じ?告発動画って思想が強いとダレるし、僕的にはロッテントマト53%」
「そいつを下ろせ」
「や~なこった!あっかんべ~」
べろべろと舌を出すレザーフェイスの隣にはレディ・ナガンが佇んでいる。
こちらを攻撃する様子はない。しかしレザーフェイスを止める様子も無い。公安から何を指示されているのか予想がつかない。
どうする。
お父さんを見ると、幸い、まだ硬直していた。レザーフェイスの登場に思考がついて来れていない上に、“抹消”はお父さんにも効果を及ぼしている。
だが素の殴り合いで自分がお父さんに勝てる訳が無い。加えて他のヒーロー達は“抹消”の効果範囲外だ。彼らがこちらに気付けば自分はあっという間に拘束される。
「約束しただろう。氷冷系個性の訓練の代わりにお父さんと、」
「その約束をしたのはAFOだ。僕には関係ナッシン。そもそも僕はAFOからバカンスに誘われただけの一般人さ。僕の目的はコッチ♡」
レザーフェイスは“抹消”の隣にもう一つガラスを置いた。
淡黄色の人工羊水に白い肌の胎児が浮かんでいる。外見は普通だ。小さな手足をむずむず動かしている。
「燈矢君、君の推測は“当たり”だ。政府は僕にとある胎児を注文した」
「………それで?」
「あのね、政府は世間が思うよりバカじゃないんだよ。君が危惧したヒーロー社会の不安なんてとっくに予想している。そして君とおんなじ結論に達したのさ」
胎児は、臨月だろうか。既に顔の形も分かる程に人間らしい。
「異形型個性『オールマイト』の試作体───君の言う通りだよ、燈矢君。全人類の基準がオールマイトになれば全ての問題は解決する」
レザーフェイスが恭しく人工子宮を開いた。
零れ落ちる羊水と共に胎児が吐き出される。べちゃりと瓦礫に落ちた胎児は「う゛にゃあ」と産声を上げた。
「───とはいえ、生まれながらに『オールマイト』の力がある子供が産まれちゃったらどうなるかなんて僕も予想がつかないけどね。普通にオブジェクトクラスKeter案件でしょ?コレで人類滅亡したらウケる(笑)」
「ッ、はァ!?」
何か言いたげにしながらも沈黙を守っていたレディ・ナガンが、その一言で血相を変えた。
「どういう事だ!!こ、公安はそれを知っているのか!?」
「え~?『治安維持のためにオールマイトを量産したい。人類丸ごとオールマイトにおんぶに抱っこ状態が永遠に維持出来るようにしたい』、っていうのがキミタチの注文でしょ?」
「知らん!私はただ、貴様の作る胎児が、平和な社会の礎になると公安からッ」
「僕が受けたオーダーはそれだけだよ。君が勝手に勘違いしただけ。もしかして脳ミソついてないタイプの人?」
白い顔をしたレディ・ナガンが息を詰める。
その隣でレザーフェイスは伽藍洞の頭蓋骨みたいに笑った。
「『オールマイト』っていう異形型個性の御注文を頂いてから早10年!アア、僕って天才だけどコレばかりは骨が折れた!」
レザーフェイスの足元を黒い霧が攫う。
黒霧だ。そうか。最初からAFOはコレが目的だったのか。
量産可能な『オールマイト』による、エンデヴァーの殺害だ。
エンデヴァー由来の炎のデータはその息子の個性訓練から大量に取れる。さらにその息子をエンデヴァーとの前哨戦に使えば火力を削ることも出来る。
そうしてレザーフェイスが作った
あの動画で世間の注目も集まっているだろう。公安の隠蔽も無理だ。
「俺を利用しやがったな」
「人聞きが悪いなぁ。しょうがないでしょ?何せ人は皆、泣きながら産まれてくるンだから。阿呆ばかりの世界に絶望する、フェーズ3の開幕さ………ンじゃバイなら。試作品のフィードバックをシクヨロ。ASAP!PDCAサイクルを回せ!」
ピースサインと共にレザーフェイスは黒霧に連れられて姿を消した。
その手にあった“抹消”も消える。
同時に、地べたでうみゃうみゃ言っていた赤ン坊がうっすらと瞼を開いた。
生命力が脈打ち、磁場を歪める。赤ん坊を中心として三次元の空間が捻じ曲げられ、虹色に乱反射を始めた。
膝が震える。これは駄目だ。
「ッ、ギガント、」
振り返る。巨人は既に姿を消していた。黒霧が既に連れ去った後だった。
そしてギガントマキアは仕事をこなしていた。ヒーロー達は地に伏して倒れている。
次の瞬間、全ての音が一本の線になって地面に落ちた。
虹色に光る子供を見る。うびゃあああああと本格的な産声を上げ始めている。
その産声が固形物になる。灰青色の産声が瓦礫に墜落して砕け、空気を白く酸化させる。
世界が白く変色する。全てを飲み込んでいく。
物理法則がおかしくなっていた。白い世界に液状化した夜が満ちて、星が石ころのように地べたへ飛散している。
抵抗しなければならない。
直感的に理解した。この
あらんかぎりの力で叫んだ。叫ばなければ自我すら白く溶けて消える気がした。
炎を出す。熱で茹る頭を回す。
レザーフェイスはこいつを異形型個性『オールマイト』だと言った。異形型には“抹消”は効かない。
だが『オールマイト』だと宣う以上、筋力増強系の個性ではあるだろう。常識外れだろうが何だろうが、つまりはエネルギーだ。物理法則を捻じ曲げる類のものじゃない。
ならエネルギーで対抗できるはずだ。少なくとも、影響範囲を狭くすることは出来るのではないか。
「お父さん!!お父さん!!おい!!」
「ッ、ああ、分かっている!!」
エンデヴァーはぐちゃぐちゃの思考回路を全て脇に押しやった。
炎を出さなければならない。何も事態が理解できないが、あの胎児を止めなければ燈矢が死んでしまうことだけははっきりと分かる。
自分以外のヒーローは気絶している。そもそもエネルギー系統の個性持ちは自分達の他にプレゼント・マイクしか居ない。
奴を起こせれば戦力になるだろう。だがその隙が無い。
エンデヴァーはインカムを起動させた。
「作戦本部、緊急事態だ!プレゼント・マイクを叩き起こしてくれ!!それと追加のヒーローの派遣を、」
『メーデー、メーデー、メーデー。実の息子がヤバいと思ったらそれ以上にヤバい事が起きちゃった!誰か可哀想なボクチンを助けて~っていうお便りですね。はい本日二度目のコンバンワ。こちら緊急速報係のレザーフェイス……』
耳障りな声だった。燃える己の身体がさらに熱くなる。
「貴様!!何のつもりだ!!」
『イヤイヤイヤ、僕ちゃん親切心で連絡したんですよォ。托卵され男のエンデヴァーがあんまりにも可哀想で。ホラ、同じ父親としてね?』
「ッ、焦凍は、俺の子供だ!!」
『法律的にはそりゃそうだ。でも種の出所はどうかしらん?』
「気にならん!!焦凍は、焦凍はッ」
脳が熱い。頭が沸騰して吹き飛びそうだ。
白んだ視界の中に末子の顔が浮かぶ。
思い浮かぶ顔は憎々し気だった。あの子の他の表情を自分は知らない。
見ていなかったからだ。見ようともしなかった。
冷ではない。増してや冬美でも、燈矢のせいでもない。
自分だ。
最初から、全て自分のせいだった。
「ッ、血縁なんてどうでも良い!!俺は焦凍の父親だ!!」
『冷さんの注文は“最高傑作”だったけど、出来れば父親は轟家の人間から選んでくれって頼まれてたんだ。愛だよねェ、出来れば旦那さんの血を継いであげたいっていう妻の優しい心遣いだ……』
「そもそも冷がお前に頼ったのも、俺が追い詰めたせいだった!今更、誰が焦凍の父親だろうと俺に気にする権利は無い!」
『とはいえ“最高傑作”とまで言うからには、単に炎熱系個性と氷冷系個性が半分ずつって訳にはいかない。メチャクチャ強い炎熱系と氷冷系から選ばなきゃ。マ、冷さん以上の氷冷系個性の血統なんて居ないから彼女はネ?』
「五月蠅い!!黙れ!!」
『じゃあ父親は?………そう、個性は世代を経るごとに強くなる。そして僕は依頼人の希望は完璧に叶える天才だ。ねぇ、エンデヴァー……』
『燈矢君って、個性訓練でよく火傷をして、病院に通っていたよね』
心臓が止まった。耳の奥が痛くなった。
力が入らなくなってその場に膝を付く。
燈矢が何か叫んでいるが、聞こえなかった。インカムの向こうから聞こえる声だけが鮮明だった。
『焦凍君の父親を“気にしない権利”なんて贅沢、君には与えられちゃいないのさ。ねえエンデヴァー、轟家の血縁者で、若い世代の炎熱系個性で、君より強い炎が出せて、焦凍君によく似ている男の子ってぇ……だ~れだ♡』
───焦凍もあたし達も、お父さんじゃないの!!お父さんが何を考えててもあたし達には関係ないのよ!!
とにかく、あなたが望むような個性があることをユウセン条件にしたから。
自分の行動の責任は自分で取れ。
過去は消えない。
頭が白んだ。呼吸が出来ない。何が起こっているのかも分からない。
唐突に、疲れた。何もかもに。何も考えたくなかった。ただ、ただ白い世界に、子供のように蹲ってしまいたかった。
今は、今だけは、何も見たくない。
エンデヴァーが突然崩れ落ちた。
何故だ。周囲を見るがヴィランの存在は無い。ただ死んだように何も反応がない。
視線を向ければ罅の入った陶器人形の顔である。壊れてしまった顔だ。燈矢の存在なんて、頭の中から消え失せてしまったようだった。
「何してんだお父さん!!俺一人じゃ無理だ!!おい、応援は!?誰か来てくれんのか!?」
自分の肌が自分の炎で焼ける臭いがする。弔が嫌がった臭い。
しかし痛みを感じる余裕が無かった。本当に限界を迎えた人間は神経からダメになっていく。
「頼む、動け!!戦ってくれ!!オイ!!後にしてくれ!!」
失敗作の自分では
既に三次元世界には上も下も無く、地面を踏みしめている感覚も無い。黒蝶貝色の夜の粒子が瞬くように飛散している。
遠くに見えるベッドタウンの街灯りは茫洋として、白い海に飲まれようとしていた。
「い、イヤだ、イヤだ、ヤだあ!!」
このまま死にたくない。まだ何も果たしてない。
お父さんと最期まで殺し合ってない。
まだお父さんに見て貰ってない!!
だがいくら叫んでも、既に体は限界を通り越えている。アタマの裏側がチリチリした。焼死体になる予兆の感覚だった。
この感覚がしたら即座に炎を止めてキララの個性に頼らなければならないと、何十回と繰り返した訓練で体が覚えている。
しかしキララは居ない。
「待って……」
お父さん、お父さん。お父さんは俯き、白に飲まれようとしている。
お父さんはやっぱり俺を救けてくれない。
───ならばもうここで、お父さんと死んでしまおうか。
胸に浮かんだ妥協は優しかった。
此処には焦凍は居ない。自分とお父さんの2人だけで、寄り添って死んでいく。
それならば、きっと一緒に地獄へ行ける。
せめて最期はお父さんの隣に頽れようと足を引きずる。
その足を掴む手があった。俯くと赤白の頭の子供が居た。焦凍だった。
「……あ?」
見れば、向こうから冬美と夏雄が駆け寄ってきている。
2人ともワケが分からないという顔で、しかし、白い世界の波をかき分けながら真っ直ぐこちらに向かっていた。
「イヤ、おい……は?何で、」
「燈矢兄!!がんばれ!!」
がんばれ!と焦凍があらんかぎりの力で叫ぶ。
自分の足に思いきりしがみ付いて、それしか頼りが無いと言わんばかりに、必死の形相で喚いている。
そうして追いついた冬美と、夏雄も、焦凍と一緒に一つの塊みたいになって、自分の身体を支え始めた。
「踏ん張れテメェ!!」
「燈矢兄!がんばって!」
焦げ始めていた身体が冷える。弟妹達の個性だ。
チリチリ痛んでいたアタマが澄む。炎が勢いを増して、白い世界に抵抗していた。
嗚咽が喉の奥に滲んだ。何故だろうか。お父さんは自分を見てやしないのに。
何も報われてなんていないのに。
「がんばれ、がんばれ!!」
涙は零す端から蒸発している。視界はクリアだ。前を見る。
そう、まだ、何も報われていない。何も果たしていない。
ここまで来て、妥協するにはもう遅い。