地獄より我らが父へ   作:XP-79

15 / 34
No.15 巣立ちの朝

 

 

 

 

 

 家族なんて碌なもんじゃねぇ。

 

「ナァにがお父さんだ、夏君だ、知るかってェの……」

 画面の向こうでショットガンを連射する。

 個性社会の発展に伴って銃の脅威度は低下の一途を辿っているが、ゲームでは未だに大人気だ。

 

 理由は分かる。誰が撃っても平等に殺せる銃は罪悪感が薄い。

 ゲームであれど“個性”を使った殺しは感触が生々し過ぎる。

 

「……ァア゛!?」

 別方向から撃たれて死んだ。チームを組んでいたらしい。

 You Loseの表示が出るより先に電源を切る。悪態をついてコントローラーを投げると、黒霧が無言でキャッチした。

「何すんだよ!」

「コワしちゃダメ」

「うるせえ!」

 叱り飛ばしても黒い頭は静かに佇むばかりで苛々する。

 

 ずっと気分が悪くてしょうがなかった。あのイカレ野郎が馴れ馴れしく頭を撫でて、父親と殺し合うために出て行ったせいだ。

 あれだけ狂った訓練を続けていたのに、結局燈矢に氷冷系個性は発現しなかった。

 二度と会う事は無いだろう。燈矢は父親に殺されるんだ。自業自得だ。清々する。

 それなのに苦しい。

 

「悲しイ、ネ。トモダチ、行っちゃッタ」

「トモダチじゃねぇよ!脳ミソ腐ってんのか!」

「脳、腐ってナイ。毎日ゲームばっかりだカラ口が悪イ。偶には外に出テ遊びナサイ」

「お母さんかよ!?」

 怒鳴りつけても黒霧は一向に堪える様子が無い。間違いなく脳が腐っている。

 

 燈矢のせいだけではない。様子のおかしい黒霧も最近神経に触る。

 元々は自我の発露も未熟な脳無であったのに、燈矢の誘拐をしてからまるで親みたいな物言いが増えた。

 散々改造された実験体がこちらに“普通の子供”を押し付ける挙動は気持ちが悪いなんてもんじゃない。

「テメェマジいい加減にしろよ。先生の指示が無かったらお前なんてとっくにぶっ殺してるんだからな」

「(ハァ~)」

「肩竦めて首振るの止めろ。思春期の子供に困る親っぽい仕草を全般的にやめろ」

 単なるバグか、それとも誰かに触発されでもしたのか。何にせよ黒霧の家族みたいな距離感には最早我慢の限界だった。

 多少手荒であってもコイツのバカな家族ごっこを止めさせなければコッチの頭が腐りそうだ。

 

「………燈矢の家の電話番号って分かるか」

「?ワカル」

「じゃあアイツの家に燈矢の居場所を教えてやれ」

「ナンで?」

「そうすりゃ家族なんてロクなもんじゃねェってテメェの腐った脳ミソでも分かるからだよ」

 ヒーロー側は既に蛇腔病院と神野区への二面作戦を計画している。

 作戦決行が寸前に迫った今、燈矢の家族にアイツの居場所を教えた所でこちらの不利になる事は無い。

「燈矢の場所が分かったところでアイツの家族は誰も来ねぇし何もしねぇ。どうせ結局“ヒーロー”任せで、狂ったガキなんて誰も助けちゃくれねぇんだ」

 現実なんてそんなモンだ。所詮、オールマイトという夢に眼が眩んだ他人事の観客集団でしかない。

 

 黒霧の手からコントローラーを取り上げて再びテレビ画面に向かう。非現実的な場所で没個性の銃を構える。

「そうしたら黒霧、お前も家族ごっこなんて止めろよ。ンなモン、なんにも価値なんてねぇんだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ数日、エンデヴァーは仕事のために家を留守にしていた。

 その隙に轟家の3姉弟は祖母の家へ移り住む準備を終え、今日が決行日であった。

 この家を出ていくのに一番乗り気であったのは夏雄である。諸々の手続きに奔走する冬美の代わりに荷物を纏め、指折り数えてこの日を待っていた。

 

 その夏雄は電話が切れるなり荷物を全てその場に放り投げた。

「行って来る」

 一切の躊躇いは無かった。燈矢が誘拐されたと聞いてから、機会があれば絶対に連れ戻すと決めていた。

 でなければ瀬古杜岳を繰り返すことになる。燈矢を見捨てた父と同じになる。兄を放って地獄から一抜けすることになる。

 いずれも、死んでも御免だった。

 

「焦凍は残れ。お祖母ちゃんの家に行くのは俺達が帰ってからだ」

「僕も行く」

「駄目だ。お前はまだガキだから」

「や、行く」

 焦凍は家を出ようとする夏雄に思いきり抱き着いた。

 比べると冬美は幾分か慎重で、眉を顰めてスマホを握り締めている。

「でも、本当に信じられるのかしら。罠だったりとか……」

「じゃあ親父に相談すんのかよ」

 有り得ねぇ。夏雄はそう断じて既に靴を履いていた。

「アイツは燈矢兄が生きてることを認めてない。俺達の話を聞くわけもねぇし、時間の無駄だ」

「僕も行く!」

「お前は駄目だって!」

「やー!!燈矢兄のトコ、行く!!」

 個性訓練に人生を捧げた焦凍の腕力は平凡な中学生では太刀打ちできない。無理に引き剥がせる訳も無く、夏雄は足を止めるしかなかった。

「僕のせい、僕のせいなの!だから燈矢兄のトコ、行く!!」

「別にお前のせいじゃねぇだろ!つかメンタルギリギリの燈矢兄がお前に何するか分ッかんねぇし、最悪燈矢兄にお前が殺されるかもしんねぇんだよ!アイツかなり頭オカシイからな!?」

「燈矢兄はおかしくなんて無いよ!」

「おかしいよ!アイツはマジで頭イカレてるんだよ!だから俺が止めに行かなきゃならねぇんだ!」

 

 夏雄の訴えは切実だった。兄が抱える最高傑作への劣等感と、ネジの外れた行動力を夏雄はよく知っている。

 しかし焦凍にとっての燈矢は強く優しい兄でしかない。

 燈矢は迷子の自分を導いて、お母さんを虐めるお父さんを言葉だけで止めてしまった。誘拐されるその時ですら自分を逃がそうとした。

 怯えて縮こまっていた自分よりよっぽどヒーローだった。

 

「でも、僕、僕がッ、」

「タクシー呼んだわ。行きましょう」

 黙ってスマホを操作していた冬美が断言する。

 先程までの狼狽っぷりは何だったのか。目が完全に座っている。

「夏君が行くなら私も行く。それに、この3人の中で一番強い“個性”は焦凍でしょう。燈矢兄を助けるためなら連れて行った方が良いわ」

「でもコイツはまだガキだろ!」

「私達だって世間から見たら子供よ。なら私は少しでも後悔の少ない方を選ぶわ───焦凍」

「う、うん」

「一緒に来るのなら、戦えるわね?」

 細い指が脅迫めいた強さで肩に食い込む。

 至近距離で見る冬美は寒気が走る程に美しい女だった。焦凍は息を呑み、ゆっくりと首を縦に振った。

 縦に振らなければ二度とこの人の弟だと胸を張って言えない気がした。

「うん。戦う。戦える」

「じゃあ次は一緒に戦いましょう。でも無理はしないこと」

「分かった」

「いや、でも!」

「夏君、私は焦凍を連れて行くわ。もう二度と焦凍を此処に置いてけぼりになんてしない」

 冬美はもう片方の手で夏雄の肩を掴んだ。桜色の爪が肩に深く食い込む。

 

「もう……もう、私は二度と焦凍を隔離なんてさせやしないわ。燈矢兄を一人で燃やさせたりしないし、絶対に4人揃って家に帰る。普通の家族になりたいからじゃない。誰のためでもない。私がそうしたいの。そして私がそうすると決めたんだから、燈矢兄にだってそうさせるわ」

「ッ、でも燈矢兄が素直に言う事聞くわけ、」

「聞かないんだったら外部の人に頼む。家の外にはね、私達みたいな子供のために地位と権力と名声を使ってくれる大人が居るのよ」

 

 声に一切の澱みが無い。そういえばこの姉はあの兄の妹であり、あの父の娘だった。

 目的のためなら手段を選ばない轟の血は姉の中にも流れている。

 

「一応何か起こった時のために行き先はお父さんの事務所にメールしておく。でも2人共、危ないと思ったら逃げてヒーローを呼ぶのよ」

「うん!」

「あ゛~もう!!分かったよチクショウ!!さっさと靴履け!!」

 夏雄は焦凍を急かし、そのまま3人で走り出した。

 

 そうして神野区に向かう最中、燈矢の流した動画が世界中に溢れ返った。

 

 

  

 

 

「───動画、見た!!見たよ!!燈矢兄、ごめんね、1人で戦わせて、本当に、ごめんね!!」

 冬美ちゃんの触れている場所から急激に体が冷える。

 焦凍も炎で抵抗していた。夏君は炎熱系に傾く焦凍の身体を冷やしている。

「ヤ、え、いや、え、な、なんで居んの?」

「此処に燈矢兄が居るって聞いた!!だから来たの!!」

「クッソ、何だよコレ!どうなってんだ!」

 冬美と夏雄の身体は凍り付きながら焼けている。

 個性訓練をしたことのない2人だ。焼け付く燈矢と焦凍の身体を必死で冷やそうとしているが、2人と比べると個性があまりに弱い。

「いや、、、ヤ、ダメだって!逃げろよ!燃えてンじゃん!マジで死んじまうぜ!?」

「どこに逃げんだよ!!どうしようもねぇだろ!!」

「つか何で来た!?動画見たなら分かってんだろ、俺ァ別に助けなんて、」

「だって───だって!!一人にしたから!!」

 

 

 神野区に向かうタクシーの中で、3人寄り添って動画を観た。燈矢は真四角の声で色んなことを訴えていた。

 ウチが狂っていること。ヒーロー達が実はそんなに清廉潔白じゃあないこと。社会がもう色々と限界なこと。

 それらしく訴えてはいたものの、燈矢の主張は決して公平公正ではない。そこそこに誇張が混じっているし、根拠の無い推測だって多い。

 子供の自分達ですらそう感じるのだから世間が気付かない訳が無く、既にSNSでは兄への糾弾と誹謗中傷が嵐のように吹き荒れている。

 

 しかし独りぼっちで喋る兄の動画を眺めながら、頭に浮かんだのは全く別のコトだった。

 

 

「ずっと……ずっと、一人にして、ごめんね……」

「……冬美ちゃ、」

 細い身体が崩れ落ちる。自分に抱き着く腕が焼け爛れて真っ赤に変色している。

「な、夏君、夏君!!冬美ちゃん連れて下がれ!!焦凍ももういい!!帰れ!!」

「ッ、やだ、」

「焦凍!!」

「やだァ、燈矢兄、連れて帰るの……」

 泣き喚きながら、しかし焦凍はとうとう頽れた。

 傑出した才能に小学生の未熟な肉体が追い付いていない。夏雄が冷やしきれていない皮膚が焼け爛れる。自分にしがみ付く紅葉のような手の皮がフツフツと沸騰する。

 

 それでも自分にしがみ付く弟の顔は、お父さんに縋り付く自分と全く同じ顔をしていた。

「………救けて……」

 それだけ言って瞼を閉じてしまった焦凍を抱きしめる。焦凍を冷やそうと必死の形相の夏君も、自分に抱き着いたまま動かなくなってしまった冬美ちゃんも。

 腕の中に全員を抱える。自分のために此処に来て、自分のせいで死んでゆく、小さな弟妹達。

 

 背後から白い世界が迫る。

 ああ、こんな気持ちか、と、分かった。

 

 ヒーローを待ち望む気持ち。

 

「─────ッ、救けて、オールマイト!」

 

 

 

 名前を呼ぶと風が吹き荒れた。重力が数倍にまで膨れ上がる。

 白んでいた世界に圧力がかかり、粒子崩壊の寸前に色彩が蘇った。

 見上げると昏い天が裂けていた。純度の高いエネルギーが目視できる程の密度で飛行しているのだ。

 エネルギーは人の形をしていた。聞き慣れた声が耳を震わせた。

 

「私が、来た!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっという間だった。体感では数秒と経っていない。

 白んだ世界はオールマイトの拳で砕け散った。圧倒的なパワーを更に上回るパワーが物理法則を超え、全てを消し飛ばしていた。

 瓦礫すらエネルギーの余波で粒子状態にまで崩れている。周囲は核爆発の跡地のようで、非現実的なまでに虚無に近い景色が広がっていた。

 気絶したヒーロー達と胎児の死体だけが地べたに転がっている。オールマイトは物言わぬ胎児を静かに抱え上げ、薄い瞼を撫でた。

 

「な、なあ、息しろ。おい。生きてるよな?」

 腕の中で蹲っている弟妹達の頬を叩いた。反応は無い。

 だが3人とも呼吸はしていた。気絶しているが、生きている。

 

 胸を撫で下ろした。ならこのまま気絶している方が良い。3人を地面に横たえて踵を返す。

 未だ項垂れた父が居た。

「おい」

「………燈矢」

「ハッ、漸く認めたかよ」

 声をかけると、こちらを見上げる。

 消沈した顔色ではあるが眼はまだ死んでいない。良かった。

 レザーフェイスの横槍のせいで壊れちまっていたら目も当てられない。唇を大きく釣り上げる。

「よし!じゃあ再開だな!邪魔は入ったが未だどっちも死んでねぇ。続けようぜェお父さん!」

「、と、燈矢、すまなかった。俺はお前になんてことを……」

 ありきたりな謝罪を呟いてお父さんは顔を覆った。

 火曜サスペンスみたいなワンシーンがお父さんにはあんまりにも似合っていなくて鼻白む。

「お前に気付けなくて……それに、あの子達にも、冷にも、」

「あ?そういうの良いから。つか虐待親の謝罪とかアレ拭ったティッシュみてぇなもんだろうがよ。テメェがすっきり気持ち良くなった残骸貰っても、その、何だ。困る」

「………謝罪して、許して貰えるとは思っていない。ただ謝りたかったんだ」

「だ~か~らァ、俺をお父さんのオナサポにすんじゃねえっての。それより殺し合おうよ。さっきみたいにさ。あとちょっとじゃん!」

 手足を動かす度に痛みが走る。限界を超えた出力の蒼炎が肌を焼いていた。

 黒く焦げていない肌面積の方が今は少ない。焼死体寸前といった有様である。

 

 そう、ギリギリセーフだ。まだ生きている。

 今ならまだお父さんに殺して貰える。地獄の底はすぐそこにある。あとはお父さんに堕とされるだけで良い。

 お父さんが俺を殺した感触を抱えて生きれば、何時かは自分と同じ地獄に堕ちる。

 まだ間に合う。良かった。

 ずっと頑張って来て本当に良かった。

 

 

 笑いながら漸く顔を上げたお父さんを見る。

 お父さんは、子供を想う真摯な親の顔をしていた。

「俺を殺したいなら殺してくれて構わない。でも燈矢、お前はちゃんと治療するんだ」

「……ハぁ?」

 

 

 耳を疑った。

 鼓膜まで焼き付いてダメになってしまっていることを期待したが、お父さんの顔はキリリと引き締まっている。敵意の欠片すら見当たらない。

「俺の遺産は好きに使ってくれ。何かあればSK達に相談しろ。オールマイトの方が信頼できるというなら、それでも良い」

「……いや、オイ、」

「冷は、退院したらどうか……いや、お前達が背負うことじゃない。俺の事も、冷の事も、全部忘れてくれ。お前達は自由に生きろ」

「や、黙れよテメェ。ふざけんなよ……」

「あの子達に直接謝れないのは残念だ。しかし今、お前が俺を殺したいのなら、」

「黙れっつってんだろ!!」

 

 誠実に見せかけた責任放棄。お前がそうしたいのならそうして良いという責任転嫁。

 軟弱な台詞はどれも「エンデヴァー」が口にして良いものではない。

 

 握り締めた拳から炎が零れる。

「ヤ、違うだろ。お前、エンデヴァーだろ。オールマイトを超えるために妻も子供も利用したDVクソ野郎だろ!!」 

「その通りだ。お前に殺されてもしょうがない父親だ」

「なら、オイ、いや、何で、素直に殺されるなんて言ってんだよ……これまで積み上げて来た名声やら、見栄やらがさ、こう、ぶっ壊れて、オールマイトは超えられねぇって……それで、お前が苦しんで、後悔して!」

「そんなものはどうでもいい。お前達の苦しみに比べたら、大したものじゃない」

 

 何だそれは。

 今更マトモな親ぶって何を言っているんだ。

 そんなもののためにお前は俺達を作ったんじゃないのか。

 それは、こんなに簡単に捨てられる程度の価値しかなかったのか。

 

 

 では自分は、今までの人生は、一体何だったんだ。

 

 

 燈矢、と。お父さんが聞いたことのない声色で自分を呼ぶ。

 緊張の混じった、涙混じりの気遣わし気な声で、父親らしいことを恥ずかしげも無く口にする。

 

「お前が生きていて、本当に良かった」

 

 ぎこちない手つきで自分の髪を撫でながら、お父さんは泣いていた。青い瞳はもう濁っていない。ありきたりな“普通のお父さん”という顔でしかない。

 きっとこの男は、今迄の行いを悔い改めて家族に償おうとか、オールマイトを超えるのは諦めようとか、そういう、百人いれば百人が思うだろうことを考えている。

 だからこいつはエンデヴァーじゃない。

 コレは産まれた目的を与えてくれたお父さんではない。

 

 脳の回路がバツンと閉じる。何もかもが遠く聞こえた。

 涙を零す余裕も無い。

 絶望を感じた。

 

 

「じゃあせめて一緒に死んでよ」

 体はとっくに限界だ。小さな炎を灯すのでも辛い。

 しかし自分の命を此処で終わらせるぐらいの事は出来る。

 

 愛する人が永遠に居なくなってしまって、呼吸をするのも辛かった。もう一瞬たりともこの世界で生きていける気がしない。

 ならせめてお父さんの残骸を貰って行こう。そのくらいの雑な気分で、頭を撫でる手を振り払い、お父さんの顔を両手で包んだ。

 自分の腕ごとお父さんの顔が燃える。

 

 お父さんは抵抗しなかった。ただ黙って瞼を閉じた。それが腹立たしくって、ここにナイフの一本でもあれば生きたまま腸を引きずり出していただろうというくらいに情けなかった。

 こんなのお父さんじゃない。

 

 

 

 ───炎がフ、と消える。今日、この個性に一体何回邪魔をされたのだろう。

 最悪の日だ。空を仰いだ。

「燈矢、止めとけ」

「……いい加減にしてくれよ」

 振り向くと、相澤が居た。オールマイトが連れて来ていたのだろう。

 酷い有様で、足が一本変な方向に曲がっている。オールマイトに肩を借りて“抹消”をこちらに向けていた。

 しかし赤い瞳は信号みたいに点滅している。よく見れば顔の半分がへしゃげていた。

「他人の家に余計な口突っ込むより先に病院行けよ。ボロッボロじゃん」

「余計なお世話はヒーローの本質……ってこの人がインタビューで言ってンだよ。俺みたいな若輩者は先輩の方針に従うしかないんでね」

「ロクなもんじゃねぇな。転職しろ」

「足がコレだぜ。労災出るまでは死んでも辞めねぇ」

 軽口を叩きながらも相澤の表情は険しい。個性の発動が不安定なのだろう。これなら隙を突けば焼身自殺程度は出来る。

 しかしオールマイトの方が問題だった。あんな神話の英雄みたいな野郎の隙が突ける気がしない。

 

 だからもう説得するしかなかった。自分は死んだ方がマシだから、お父さんの残骸を道づれに焼身自殺することを許して貰うしかない。

 分かって貰える気がした。自分がどれだけお父さんのことを愛しているか、この2人は知っている。

 死にたいぐらいに辛い自分をきっと許してくれる。

 

「………あのさ、見逃しちゃ貰えねぇかな。誰にも迷惑なんてかけないし。いや、そりゃ冬美ちゃんと夏君はショックだろうけど、遺産は十分あるからなんとかなるだろ?」

「お金の問題ではないよ燈矢少年」

「お金しか問題じゃねぇんだよ。俺はもう3年前に死んでる筈だったし、お父さんが死んでもウチの家族的にはメリットしかねぇじゃん。『ヴィランに加担した息子の責任を取るために心中』って方が世間体は良いだろうしさァ……」

「そういう問題じゃないよ」

 眉間に皺を寄せたオールマイトは怒っている顔ではなかった。しかし理解してくれる様子も無い。

 まぁコイツはしょうがない。No.2のエンデヴァーが死んで一番負担が増えるのはコイツだろうし。

 

 相澤を見る。相澤は、数学の授業でトンチンカンな答えをしてしまった時と同じ顔をしていた。

 何も知らない子供に何から話そうか考えている、優しい顔だった。

「諦めろ」

「あ?」

「諦めろ、燈矢。もう生きるしかねぇんだ」

「………」

「分かってるだろ。そういうもんなんだよ。今のエンデヴァーを殺して何になる。何にもならねぇよ」

「俺の気は晴れる」

「晴れねェさ。死んだら晴れも雨もねぇ」

「お前のド正論マジで嫌い」

「死人は生き返らない」

 深い息を吐いた。

 

 相澤は燈矢を説得しているようで、見ているのは自分の皮膚の裏側だった。

 白雲は生き返らない。

 

「今のお前に死ぬ権利は無い。動画であれだけぶち上げたんだ。キレイ事なんて吹っ飛ぶ未来をお前は確認する義務がある」

「……義務なんざねぇよ」

「いや、ある。お前のせいでヒーローの信頼が揺らいだ。お前は責任を取らなきゃならねぇ」

 

 蛇腔病院では多くのヒーローが殉職していた。

 脳無に殺害され、崩落した病院に巻き込まれ、未だ全貌すら把握できていない。

 

 神野もそうだ。

 ギガントマキアに気絶させられたヒーローが何人もあの胎児によって消滅している。

 彼らは遺体も残っていない。恐らくは粒子になって今でもそこらを漂っている。 

 

「父親の呪縛は全部忘れろ。お前にはもうそんな権利は無い。エンデヴァーの息子ではなく、一人の人間として、お前は、自分の行いに責任を取らなきゃならねぇんだ。もう子供じゃねぇんだから」

「法律的には子供だろ」

「16歳だ。一人前の男だ。もう自分の事だけ考えてりゃ良い年齢じゃない」

「きびし……」

「甘えんな。それだけの事をしたんだ────帰ろう」

 

 オールマイトの肩を借りた相澤が燈矢に手を伸ばす。

 燈矢はエンデヴァーと、相澤と、オールマイトを交互に見た。

 エンデヴァーは自分より小さな手に顔を包まれたまま、ゆるりと瞼を開き、静かに「燈矢」と呼んだ。

 

 

 その声に、ああ、お父さんは死んでしまったのだと思った。

 お父さんはこんなに静かな声で自分を呼ぶ人ではない。

 瀬古杜岳で轟燈矢が死んでしまったように、自分が愛するお父さんは、神野で死んでしまった。

 自分が殺したのだ。死人は生き返らない。

 

 

「どこに帰るんだよ。今更」

 一歩踏み出すと粒子が舞う。それが雪のように見えた。

 燈矢の手を握り、相澤は、ぐっと引き寄せて抱きしめた。

 

「俺達の家に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。