地獄より我らが父へ   作:XP-79

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No.2 新米教師のイレイザー

 

 

 日本家屋の冬はよく冷える。

 父はしかし、冬の寒さなどものともしない様子だった。いつも通り薄いシャツに秋物のジャケットを羽織って、それで何ともない顔をしている。お母さんの個性なんて全く効きもしないのだろう。

 仕事用の鞄を手渡して、冬美は「本当に行かないの?」と、ここ1ヵ月で何度も聞いたことを再び聞いた。

 エンデヴァーはやはり、冬美の訴えに何ともない顔をした。

 

「燈矢は死んだ。もういない」

「でも……」

「あれだけの山火事で生きている筈がない。散々探して見つからなかったんだ。余計な希望は捨てろ」

「……でも、」

「気になるのならお前だけで行け。俺は行かない」

 父の返答はにべもない。

 冬美は俯いて制服の裾を握った。

 無言の抗議を一瞥もせず父は家を出て行った。ガラガラピシャンと扉が閉まる。

 

 暫く冬美はその場で突っ立っていた。

 父の足音が遠くなってから、ゆるゆると時計を見上げる。6時になろうとしていた。

「……ご飯、作んなきゃ」

 学校に行く前に弟2人の朝食を作らなければならない。

 

 そう、ご飯だ。焦凍は最近毎日のように吐いているらしい。

 らしいというのは、その場を見ていないからだ。

 

 

 焦凍は離れの別棟で暮らしている。

 しかし小学生の焦凍に一人で生活が営める筈もない。

 お手伝いさんが年齢を理由に辞めてから1日2回、休日は3回の食事をそこに運び、訓練場も含めて週に2回は掃除をしている。

 そしてここ最近、訓練場に入るとすっぱい臭いがした。

 同じ臭いを覚えている。焦凍が産まれてから暫く、母は鬱が酷くなって頻回に吐いていた。

 

 吐瀉物が無いのは焦凍が掃除をしているからだろう。タフな弟だ。あの父が掃除なんてするとは思えないので、焦凍は吐くまで絞られた後、自分で床を拭いている。

 とはいえ限界まで酷使した体は食事を摂取するのも難しいらしく、よく食事を残している。

「………お粥なら食べられるかな」

 根菜にひき肉も混ぜればバランスも良い。くたくたになるまで煮れば胃にも優しい。

 

 キッチンで中学校の制服の上にエプロンを身につけながら、夜はうどんにしようと思う。

 帰る時にスーパーに寄って買い物をして……軽く掃除もしないと。夏くんの授業参観もあった。お父さんの代わりに誰か来てくれないか親戚にメールをしなければならない。

 あと、お父さんのスーツがそろそろクリーニングから戻って来る。週末にはお母さんのお見舞いに行かなきゃいけないから、その時に取りに行こう。お母さんには保湿クリームを持って行って、気分転換のために本とお菓子を差し入れて、着替えも交換しないと。

 

 ア、お医者様からお母さんの容態について一度話をしたいと言われたけど、未成年じゃダメだと言われていたんだった。

 早くお父さんにスケジュールが合う日を尋ねておかないと。それと、お医者様に貰ったお母さんの血液検査結果を見て貰わなきゃ。それと────

 

「……燈矢兄。生きてるのかな」

 にんじんを煮ながら独り言を呟く。最近、めっきり独り言が多くなってしまった。

 

 良いニュースの筈だ。でも、あんまりにも現実離れした話で信じられない。心の内側が3年前から疑り深くなっている。

 この3年間、燈矢兄が死んでからお母さんは入院して、お手伝いさんも居なくなって、夏君はずっとむっつりしていて、焦凍はご飯をあんまり食べなくなった。

 自分はずっと奔走するばかりだ。家の外のことがあんまり考えられない。

「……ダメね、こんなんじゃ」

 家族のことなんだからしっかりしないと。

 

 そう思いつつ、どんな人が「しっかり」した姉なのか分からなかった。

 少なくとも死んだと思った兄が生きていたという連絡を無視するような女ではない。

 分かっている。

 

 

 鍋をくるくるとかき混ぜながらオールマイトからの手紙を思い出す。

 昨今珍しい手書きの便箋だった。燈矢と思われる少年を保護したとあり、加えて自分達を心配する言葉が詰め込まれていた。

 

 暴力行為、暴言、無視、無関心。これらすべては虐待行為であるので、心当たりがあれば自分に連絡すること。『オールマイト』に言い難いようであるのなら信頼できる大人に頼る事。

 

 最後にはメールアドレスとオールマイト事務所の住所がキッチリと書かれていた。大柄な男性にしては柔らかい字を書く人だと思った。

 

 当然、自分達は虐待なんてされていない。

 むしろ金銭的には恵まれていて、進路に口を出されることも無い。SNSで親の文句を呟く同世代の子よりずっと恵まれている。

 お母さんも入院してからはお父さんに暴力を揮われなくなったし、自傷癖も吐き癖も治まった。

 夏くんはお父さんと顔を合わせたくない様子だけれど、男の子の思春期なんてそんなモノだろう。

 燈矢兄だってお父さんとはよく言い争いをしていた。思春期を過ぎればきっと良くなる。

 焦凍だって、きっと、もっと大きくなって、強くなれば、お父さんがあんなに過激な訓練をする必要もなくなる。

 今はちょっと、ほんのちょっとタイミングが悪い時期なだけだ。

 もう少しすればきっと全部解決する。

 

「大丈夫、大丈夫」

 口の中でもう一度繰り返す。大丈夫。私達は大丈夫。

 小皿に粥を取って味見して、塩を追加して掻き混ぜる。

 

 しかし、どうしよう。精神病棟に入院しているお母さんに燈矢兄のことなんて話せない。間違いなく病状が悪化する。最近ようやく安定してきたのだから絶対に刺激したくない。

 とはいえオールマイトに連絡するのも憚られる。万が一にでもお父さんにバレたら焦凍はもっと酷い目に遭う。

 しかし信頼できる大人に相談するといっても……身の回りの大人なんてみんなヒーローのお父さんを信じている。

 自分が、あのオールマイトが書いたとはいえ、高が手紙一通で燈矢兄が生きてるだなんて思い込んで大騒ぎして………それをお父さんが知ったら、お父さんはどうするだろう。失望されるだろうか。

 

 ───これ以上に失望されたらお父さんは焦凍だけに執心して、自分達姉弟がいることすら忘れないだろうか。

 最後にお父さんが燈矢兄の仏壇に手を合わせるところを見たのは何時だろう。

 あの人はまだ燈矢兄のことを覚えているのだろうか。

 

「大丈夫、大丈夫……」

 小さく呼吸を繰り返す。最近はダメだ。色んな事を考えると呼吸が疎かになる。

 そう、自分達は大丈夫。今のところ、普通の家庭だ。

 粥に卵を2つ落とす。白身がくつくつと白濁する。

 

 そもそもお父さんの言う通り、全てオールマイトの勘違いで、燈矢兄と思われていた人がただの他人である可能性が一番高い。

 オールマイトは燈矢兄に会った事もないんだから。分かるはずがない。

 連絡なんてしなくて良い。関わらなければ、少なくとも今の生活は続く。

 そうすれば今よりは悪くならない。今は大丈夫なのだから、リスクを負いたくない。

 

 冬美は出来上がった粥を2人分の皿に盛った。どうにも自分は食べられる気がしなかった。

 

 

 

 

 まだ焦凍も夏雄も寝ている時間帯なので、湯気の立つ粥はそのままに、父に見て貰わなくてはならない母の検査結果を居間まで取りに行く。

 縁甲板の廊下は残酷なくらいに寒い。外を見れば雪が玉砂利の庭を白くしている。

 ファイルを纏めてある棚をかじかむ手で引っ張り出した。

「あ」

 勢いが良すぎた。ガターン、と、音を立てて引き出し棚が落ちる。

 その衝撃でファイルが外れた。畳に家族全員分の健康診断結果がぶちまけられる。

「あー……あちゃぁ………」

 溜息をついて、冷たい指を擦りながら母の検査結果を探した。

 しかし床を埋めているのは6人家族、今は5人家族の数十年にわたる健康診断や定期健診の結果である。

 さらに定期的な健康診断が義務付けられているプロヒーローの父に、入院期間が長い母、火傷で頻繁に病院に通っていた長兄、毎日のように怪我をする末弟によって素晴らしく嵩増しされていた。

 畳を覆う書類の山をぺらぺらと捲るも、全員分がぐちゃぐちゃになっているせいで何が何やら。適当に纏めておいたツケだろう。

「うーん」

 

 もう帰ってからにしてしまおうか。急ぐことでもないし……

 そう思いながら紙の山を捲る。

 一枚の紙に眼が留まった。

 

 焦凍の血液型検査結果だった。

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 オールマイトの養子が一人増えた。

 

 そう連絡を受けたオールマイト事務所の職員は「あぁまたか」とだけ思って、ナイトアイから年齢、性別、身長と体重、個性なんかを聞き出した。

 それから病院からカルテを取り寄せ、別宅の準備をして、衣服と生活用品の手配をする。

 行政にも連絡する。しかし相手も慣れたもので、「いつもの1人分お願いします」「あ、はい。いつものね」のやり取りだけで孤児一人分の必要書類を即日全て通してくれた。

 オールマイトのぶっ飛んだ社会的信用度と、1年に数回は要保護児童を拾って来る習性による合わせ技だった。

 

 

 家庭事情が複雑だったり、福祉施設で暮らすには個性が特殊だったりする子のための専門施設が日本には幾つかある。

 言ってしまえば幾つかしかない。その貴重な施設は常に満員である上にスタッフの人手は常に足りていない。

 なにせ専門施設のスタッフは個性教育資格取得者に限られる。決して待遇が良いとは言えず、危険性も高い福祉施設で働きたがる個性教育資格所有者なんてそう多くは無い。

 ヒーロー資格を持っていれば個性教育資格は比較的簡単に取得できるらしいが、そもそもプロヒーローは地味な福祉関連には行きたがらない。

 

 このため、明らかに専門の治療を必要とする孤児があぶれる。

 オールマイトが救助したは良いものの、親類縁者が悉く亡くなっているか引き取りを拒否され、受け入れ可能な福祉施設も見つからない孤児が宙ぶらりんになる事態は珍しくもなかった。

 こういった子供はオールマイトを臨時の養父として事務所の庇護下に入る事がままあるのだった。

 

「しかし法的に独身男性は養子をとれないのでは?」

「そこは名誉と権力とコネの使い所ってね!それにしても本っっっ当に助かったよ相澤君。君みたいな希少な人材が来てくれるなんて心っ底ありがたい!」

「イレイザーヘッドです」

 運転をする自分の隣、白い捕縛布の下で口がもごもご動く。年齢は23歳と聞いていたが外見はそれより若く見える。

 

 燈矢との生活のために用意したセーフハウスは住宅街から少々離れた平凡な一軒家である。

 森の傍に佇み目立たないものの、少し行けば大きめの商店街もバス停もある。広めの庭には花壇が備えられていた。今は冬の寒さにも負けず雑草が茂っている。

 オールマイトは駐車場に車を停めてキーを相澤に渡した。

「はい、あげる」

「は?」

「新車だよ。免許持ってるよね?」

「いや、はぁ、免許はありますが……」

「でも車は持ってないんだよね。相澤君には燈矢少年の送り迎えをお願いすることになるし、コレは必要経費だよ」

「イレイザー……もういいや。じゃあ有難く」

 相澤は不服そうな顔で手渡されたキーをポケットにしまった。

 若いが気は強いらしい。

 良かった。これなら要保護児童というだけで燈矢少年を甘やかすことも無いだろう。

 

「………根津校長から聞きましたが、貴方はこれまで何人もの要保護児童を引き取って来たんでしょう。なんで今更人員を増やすことに決めたんですか」

 車から降りてぶつくさ呟く。不機嫌という訳ではなく、こういう喋り方が癖らしい。

「増やすというか、これまでは殆ど名前貸しみたいな有様でね。資金や住居の支援はさせて貰ってたけど子供の対応はプロのカウンセラーさんなんかにお願いしていたんだ」

「マァあんたに育児する暇なんて無いのは分かりますが……」

 

 家の中に入る。玄関前の壁が盛大に焦げていた。花火を一袋丸々爆発させたような跡である。

 相澤は深く息を吸って、吐いた。

「あれは何ですか」

「燈矢少年の個性だよ。凄く強くてね、頑張って訓練したんだろう」

「割とそこらへん焼いちゃう感じの子ですかね」

「最初は目に入るもの全部焼く!って感じだったけど、今はそうでもないよ。少しは落ち付いたみたい」

「少しかよ……」

 オールマイトはHAHAHAと笑いながら先を歩く。否定しないんかい。

 

 シンプルな内装の家を歩く。オールマイトは2階に向かって声をかけていた。

「燈矢少年~新しい先生が来たよ~」

「先生じゃないです」

「じゃあ新しいお友達かな」

「友達でもないです」

「じゃあ何のポジションがいい?私はね、通りすがりのオジサンAなんだって」

「そのまんまじゃないですか。無気力な家政夫あたりでお願いします」

「家政夫!相澤君って家事出来るの?」

「一切出来ません。レンチンが俺の最大家事力です」

「だから無気力……!」

「アンタら何やってんだ」

 

 コトコト足音が鳴る。

 階段を見上げると、髪から肌から真っ白な子供が居た。

 元々は英文学にでも登場しそうな少年だったのだろうが、今は火傷が目立って痛々しい。

 しかし生意気そうに吊り上がった目尻が一切の弱弱しさをかき消している。

「おはよう燈矢少年。良い朝だね!」

「腹減った」

「よし、朝ごはんにしようか。相澤君も一緒にどうだい?」

「拒否権ある感じですかね。ゼリー飲料しか朝は食えねェんで」

「君ってもしかして結構変わってる?味噌汁くらい飲んでおきなよ。体が資本の仕事なんだからね」

 お母さんみたいな小言を言うオールマイトに「やっぱり拒否権ねぇんじゃねぇか」と愚痴りながら相澤はノソノソと廊下を進んだ。

 

 

 元々は5人くらいの家族が住む想定をされた家のように見える。部屋数は多く和室もある。

 燈矢はシンプルな木目のテーブルの端っこに座って出された朝食をモソモソと食べていた。

 箸使いは上手い。よく見れば髪は梳かしているし、服は着替えてある。

 オールマイトは昨晩から出動しっぱなしで一度も家に帰っていない。自分で支度をしたのだろう。

 自分で日常生活は送れる程度の能力はあると分かって相澤は息を吐いた。

 悲惨な目に遭った孤児の世話と聞き重度のPTSD患者を想像していたが、予想していた程に手厚いケアが必要という訳でもないらしかった。

 

「此処は元々とあるヒーローの持ち家だったんだけどね。ヒーローを引退したのを機に引っ越したからウチが買い上げたんだよ。今はセーフハウスとして使ってる」

「俺の部屋はどこになります?」

「どこを選んでも良いよ。どの部屋にも最低限の家具はあるけど、本格的に住むとなったら足りないだろうからまた週末に買いに行こう」

「なぁコイツ誰?」

「この前に話したプロヒーローのイレイザーヘッドだよ。今日から私達と一緒に住むんだ」

「マジ?俺とトシ変わんなくねぇ?」

「バカ言うな俺は23だ」

「ウッソだろ。ツラがガキに見える」

 完全に相手を舐め切った口調に、ああこういうタイプか、と思考を切り替える。

 

 自分は哀れな孤児の介護ではなく口の悪いクソガキの矯正要員として雇われたらしい。

 そうと察するなり肘をついて鼻で笑った。ガキ相手に初手で舐められたら後が面倒くさい。

「お前は16歳だったか。ツラだけじゃなく本物のガキなんだな。舐めた発言しても相手が我慢してくれる年齢は気楽なもんだ」

「ぜんっぜん我慢出来てねぇじゃん。アンタの発言の全部が大人気ねぇわ。無駄に年齢だけ重ねて中身は大人になれてねぇタイプ?」

「3年間寝たきりで年齢だけ重ねたヤツは流石に言う事が違う。大丈夫だ。3年の遅れは3年かければ取り返せる。多分。これから一緒に頑張って行こうな」

「オールマイト!!」

「何だい?」

「俺コイツ無理!!」

「うん。私もちょっと不安になってきた」

 

 オールマイトは3人分のお茶を注ぎながら、なんというか、思ってたより尖ってる子だなぁと相澤への印象を変えた。

 燈矢に指差されながら朝はゼリー飲料しか食べないと言った口を大きく開けて鮭を齧っている。性根が図太いのだろう。

 

 とはいえ、空になった食器を何も言わずに回収してシンクで洗うところからして、全くの無神経な青年という訳でもない。

 そもそも厄介な背景を持つ子供の面倒を見るという案件を請け負った時点でお人好しなのは間違いない。

 ただ、きっと、単に、ちょっとばかり言葉選びがヘタクソで、コミュニケーション能力がちょっと低めなのだろう。

 悲惨な目に遭った子のケアを任せるには致命的な欠点だった。

 これでケアの対象が轟燈矢でなければ相澤君には帰って貰っていたかもしれないなぁと暢気に思う。

 

 全員分の食器を洗い終わった相澤はノソノソと机に戻った。

「それで今後はどうするんですか。アンタは何時招集されるか分からないんですから手短にお願いします」

「うん。燈矢少年はリハビリと個性訓練をしながら学業も進める予定でね。相澤君には通院の送り迎えと、それに住み込みの家庭教師を頼みたいなと思ってるんだ。私が行ける時は行きたいんだけど」

「アンタはクソ忙しいでしょう。俺がやりますよ」

「ありがとう。スケジュールは冷蔵庫に貼ってるからね」

「分かりました。ただ家庭教師については初経験なんで俺のやり方でやります。SA●IXも真っ青なスパルタ方式で良いよな?」

「今からでもコイツ替えらんねぇ?」

「う~~~~ん」

 

 隙があればジャブの応酬が飛び交う。

 波長が合うのか。軽口のレベルが同程度なのか。年齢が近いせいか。

 きっと全部だろう。悪い傾向じゃない。のんびり眺めながらお茶を啜った。

 

「個性教育資格持ってて住み込みで働けるヤツがンな簡単に挿げ替えられる訳ねぇだろうが。諦めて俺の手を煩わせないように俺が辞めるまでは大人しく良い子に成りすましとけ。お小遣いやるから。オールマイトさんが」

「コイツが教育資格持ってるのが社会のバグだろ。面接とか無かったのかよ」

「あるに決まってんだろ。社会人は面接の瞬間だけ全身全霊で表情筋とおべんちゃら使う生き物なんだよ。その後遺症で俺も今やこの有様だ」

「こんなヤツにヒーロー免許渡しちまうようならもう日本はダメだ。オールマイト、財産全部海外に移した方が良いぜ」

「違うからね燈矢少年。誰もがそうじゃないから。相澤君はもうちょっと発言をオブラートに包もうか」

「辞めさせられるんでしたらあの車は貰っても良いんですか?」

「判断が早すぎるよ?辞めさせないよ?」

 最近の子ってみんなこうなんだろうか。熱いお茶を舐める。

 

 自分が若い頃のヒーロー業界は物凄い体育会系で、先輩の言う事にはハイor YESしか返せないガッチガチのブラック体質だった。逆らおうものなら「かわいがり」一直線だ。

 それがいつの間にここまでフランクになったのか。

 良い事なのだろうけれどオジサンにはついてけない。

 これが時代の流れ……

 

「いや時代の流れ云々関係なくコイツの頭がおかしいだけじゃねえかな」

「よく言われる。俺のせいでみんな苛々するから大人しく黙っとけって」

「言われて改善しようとかは」

「……?なんで他人の苛々のために俺が何かしてやらなきゃならねェんだ?セルフコントロールすらできねぇヤツはママのおっぱいでカルシウム補充しとけよ」

「うん!暫くは試用期間ってことで!よろしくね相澤君!!」

  

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 マイトタワーの天辺は見晴らしが良く住み心地も良いが、居住地には向かない。

 なにせこれまで何万枚と脅迫文が届き、数千回は爆発物が送られた建物だ。なんなら上空から空爆されたことすらある。

 平和の象徴が目障りな人間は多い。とても子供を住ませられる場所ではない。

 

 そして何より、子供には聞かせたくない話が飛び交う場所でもある。

「児童売買について、例の孤児院の周りは洗えた?」

「はい。院長のサンサン晴明と、里親達数名に事情聴取を行いました。しかし目ぼしい情報は無し。行方不明になった子供達についても家出の一点張りですね。警察も口裏を合わせている」

「その院長が関係している可能性は」

「十分あります。里親の中にも脅されている者達が居るでしょう。より詳しい調査が必要ですが、先ほど公安からストップがかかりました」

「公安から?」

 聞きたくなかった名前に思わず腰を上げる。

 昔から公安とはウマが合わない。ナイトアイは「ダメですよ」と先手を打った。

 

「大事の為に些事を切り捨てるのは悪ではありません。貴方の気には喰わないでしょうが、彼らは必要悪です」

「分かっている。しかし悪に必要と形容詞を付ける発想が私に合わないんだよ。大体、個性社会において些事と大事の区別は不可能だ。今は個人が大規模テロを可能な時代じゃないか」

「だとして何もかもを完璧に解決するのは不可能です。貴方ですらそれは難しい。加えて、彼らはヒーローじゃない。ある程度の妥協は必要ですよ」

 妥協。これも嫌いな言葉だ。

「その孤児院は公安と繋がりがあるのかい」

「公安というより、政界の何人かが支援しているようです。此処だけでなく幾つかの孤児院に……万が一にでも自分達が支援している施設がヴィランに利用されていたとなればメディアが騒ぐでしょう」

「選挙に影響する?」

「与党が危うい政情ですからね。過剰反応しているのでしょう。わざわざオールマイト事務所を名指しで釘を刺す程に」

「それじゃあ君の方から「良い感じ」に公安へ返事をしておいてくれないかな。私が直接出たら角が立つしね」

「────了解しました。「良い感じ」に返しておきます」

 相棒の返事を万事理解したという顔でナイトアイが眼鏡を光らせた。

 

 ここ数年、公安とオールマイト事務所は寄らず触らず関わらずの関係を保っている。

 コチラは公安に暴力的な遣り口で事件を引っ掻き回されたことが幾度もあり、そのせいでヴィランを取り逃がしたり、無用な被害者を出したことがある。

 アチラはアチラで名目上政府の指揮下にある分際で度々命令を無視し、政治バランスやら対外関係やらに何度もヒビを入れながら支持率No.1を突っ走るオールマイト事務所に苦虫を噛み潰しているだろう。

 

 お互い、関わらないで良いものなら永遠に関わりたくもない間柄である。

 

 それが久々に横槍を入れてきた。しかも単なる選挙活動への配慮にしては随分と動きが早い。

「人身売買の国内ルートはもう粗方潰してある。海外の市場へ橋渡しをしているヤツが政府に居るのか、それとも国内のルートを新規開拓しているヤツが居るのか」

「しかし人身売買の市場はお隣の中国が世界最大手ですよ。今更国内ルートを開拓しても価格で勝てる余地は無い。だったら精子や卵子の売買ビジネスの方に流れるでしょう。手間はかかるがローリスクだ」

「レザーフェイスが儲かる訳だよ。あの時も公安に邪魔をされたが、本当にブリーディングでもやるつもりか」

「個性の進化と共に出生率が異常な速度で下がっていますから、否定もできませんね。それに個性の選別は我欲だけの問題でもない。個性事故での死亡者が増加する現代でレザーフェイスの擁護者を一方的に非難するのは、」

「……あの、入っても」

「あ。ゴメンね、どうぞ入って入って」

 扉の向こうから断りを入れた男が所長室に入る。

 

 黒い目に黒い髪をした、美形でも不細工でもない男だった。トドメに服までノーブランドの黒スーツにストライプのネクタイで、没個性を極めたような外見は現代では逆に珍しい。

 良くも悪くも警官らしい固い男に見えた。洒落っ気も無ければユーモアも無い。ナイトアイは無表情の下で「つまらなそうなヤツ」と評した。

「話は聞いているよ。田沼さんの部下なんだってね」

「っはい、塚内直正です。児童売買疑いのある孤児院調査についての報告のためお邪魔させて頂いております」

「ありがとう。まずは座って、お茶で良い?」

 塚内はあのオールマイトに声をかけられたということで全身を硬直させ、「失礼します」と行儀よく頭を下げた。躾けられた犬みたいな男だと思った。

 

 

「田沼さんから話は聞いてるかな。公安から……」

「はい。ウチの失態です。申し訳ない」

 勢いよく頭を下げる黒髪に若干ナイトアイの好感度が上がる。

 

 いくらオールマイトであろうと所詮ヒーローは準公務員だ。立場は警察の下部組織に過ぎない。

 頭の固い警察上層部などは「芸能人気取り」だとオールマイトを毛嫌いする風もあるが、塚内はそういった古臭いタイプの警官ではないようだった。

 

「話が早くて助かりますが、具体的にはどんな失態で?」

「ウチの上層部が圧力に負けた……負けていたんです。全国の孤児院で起こった児童誘拐について以前から情報が上がっていたらしいんですが、全て握り潰されていました。轟燈矢君の事件が発覚したおかげで警察庁でも大規模犯罪が疑われ始めてはいるんですが、捜査を始めようにもストップがかかってしまって」

「あからさまだね」

 肩を竦めると塚内は更に頭を深く下げた。

「恥を忍んで申し上げると、こういった案件は珍しくありません。老人を轢き殺した大臣やら、児童買春をやらかした検察官やら、裏で握り潰された悪事なんて幾らでもある。だから警察庁でもあまり疑問に思わないヤツが多いんですが、今回は規模がおかしい」

「君が推測するにどの程度?」

「分かりません。孤児院ですからね、本当に家出の可能性も高い………しかし燈矢君から聞いた話が本当ならば、相手は児童誘拐に慣れている」

 塚内は孤児院の外観が映る写真を出した。

 飾り気のない建物だった。広めの庭にクリームイエローの外壁は幼稚園のようにも見える。ただ正門付近が焦げていた。

「例の孤児院です。エンデヴァーは燈矢君が個性事故に遭って行方不明となった直後、あらゆる伝手を使って彼を捜索していました。そんな彼を秘密裡に保護し、さらには致命傷を負っていた彼を治した。加えてこの3年間一切の情報が漏れていない。身元の隠蔽に慣れている証拠です」

「初犯ではなさそうだね」

「はい。今はあの孤児院の子供達について情報を集めています。あの子達も燈矢君のように身元が隠されている可能性がある」

「バレたら君も危ないんじゃない?」

「俺は刑事ですので。危険は承知の上です」

 背筋が定規でも差し込んだように伸びる。

 苦労するタイプの子だなぁと苦笑した。

 ナイトアイはその笑みを見て、「あ、オールマイトに気に入られたな。コイツは苦労するぞ」と気の毒そうな顔をした。

 

「分かった。じゃあこれからよろしくね。私の方で分かった情報は君に渡すから、」

「こちらも、公安が隠している情報があればお伝えします。まぁ、俺は下っ端なんであまり期待はしないで欲しいんですが……」

「田沼さんの部下でしょ?期待してるよ。そういえば君の個性は……」

「『嘘発見器(ポリグラフ)』です。会話している相手の嘘を見抜くもので、電話越しでも使えます」

「それは凄い」

 掛け値なしの本音だった。これ程調査に有用な個性も無いだろう。

 しかし塚内は「いえ、」と気まずそうに肩を竦めた。

「会話の内容が嘘かどうかしか判別できないので、黙り込まれると無力なんです。それに純粋な暴力の前では何の意味も無い」

「それは私達の役目だね」

 ぐっと拳を握る。塚内は深く頷いた。

「燈矢少年は私のところで保護する。君は調査を続ける。役割分担ってヤツだ」

「ええ。彼の話が本当なら再び狙われる可能性もある。公安にとっても証人に成り得る彼は厄介でしょう。貴方の元なら安心だ」

 そう言われてオールマイトはHAHAHAと笑いながら、エンデヴァーのことを思った。

 

 きっと燈矢が生きていると知れば、彼は燈矢を護るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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