地獄より我らが父へ   作:XP-79

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No.20 志村転弧:What if

 

 

 

 

 お母さんはいっつも時計の秒針みたいにチクチク歩く。

 

 ええ、突然具合が悪くなってしまったみたいで。ちょっと病院に行かないと、はい。ええ。いえ、午後からは出勤出来ます。すみません、身体の弱い子で……

 

 電話が終わるとお母さんは私を車に乗せた。

 何処に行くのかは聞かない。どうせカウンセラーの先生だ。お母さんは私を“普通”にするために色んなカウンセラーを渡り歩いている。

 

 ああいう職業の人達って本当にかぁいくない。服は形の決まったモノトーンで、アイシャドウは淡いブラウン、ネイルは淡いピンクのトップコート。

 喋るコトも、血を飲むのは普通じゃないとか、そんなんじゃトモダチなんて出来ないよとか。どんな馬鹿でも分かる正論ばっかり。

 それとも、私ってそんな馬鹿に見えてるの?

 

 ヤな気分になっちゃったので、寝そべって燈矢の動画を再生する。投稿されて1ヵ月以上が経つのに再生数はまだ伸びている。

 お母さんはこの動画を観て「頭がおかしい子」だと言った。多分そうなんだろう。お母さんは正しい。

 

 自分とお揃いだ。大好き。

 

 

 到着したのは孤児院だった。庭では子供達が遊んでいる。楽しそうなはしゃぎ声を聞きながら施設に踏み入る。

「勝手に入っていいの?」

「黙ってなさい」

 母を見上げると怖い顔だ。しょうがなくついて行く。

 

 入口辺りはクレヨンで殴り書きした絵や、ペーパーフラワーなんかが飾ってあった。如何にも児童施設といった明るい雰囲気。

 しかし奥に進むにつれて足元が暗くなる。細い廊下はイキモノの血管みたいに暗い。お母さんのヒールだけが遠慮がちに鳴る。

 

 そうしてとうとう、灯りも窓も無い、どん詰まりみたいな最奥に辿り着いた。

 そこには全身タイツ姿のお兄さんが立っている。

 どこからどう見ても花丸満点の不審者である。

「児童誘拐犯……?」

「ンなわけねぇだろガキ」「正しい対人評価だ。長生きするぜお嬢ちゃん」

 お兄さんは違う声色で2回喋った。お母さんがびくっと震えて手を強く握る。

 痛むくらいの力に、アア、このお兄さんは“こっち側”なんだなと察した。

 

「アンタ、渡我だな?そっちの子が渡我被身子ちゃん?」「まだガキじゃねぇか」

「………はい。こ、こちらで、矯正訓練を行っていると聞いて……個性のせいで頭がおかしい子を、その、“普通”にして貰えるって……」

「ン?その子小学生くらいだろ?」「個性カウンセリングとか個性相談所とか、タダで使える公的な支援がたんまりあるじゃねぇか」

「ぜ、全部試しました。個性カウンセリングも、有名なセラピーも……でも、まだ、この子、ぜんぜん、普通じゃなくって、」

「そりゃ個人差の範疇だ」「しょうがねえさ。生まれつき頭がオカシイヤツって居るもんなァ」

「そ、そうなんです!お金も手間も時間も、惜しまずに使って、そ、それでもダメなんです!私はただ、普通の、普通になって欲しいだけなのにッ、」

 

 わっと母は両手で顔を覆った。ディズニープリンセスみたいに泣き崩れる姿は堂に入っている。

 母の勢いに完全に食われたマスクの人はポカーンとしていた。

 

「でも、ここならッ、ここなら、訓練が終われば誰もが普通になれると伺いました!こちらなら完璧に、“個性”のせいで頭がオカシくなってしまった子供を矯正して貰えるって!」

「あ~うん、そうだったか?」「マァそうかもな。多分そう」

「ああ、良かった!噂は本当だったんですね!ありがとうございます!どうぞこの子をよろしくお願いします!」

 反論を許さない速度で母は頭を下げて走り去った。「ごめんね、治ったらすぐに迎えに行くからね!」と言っていたけれど、嘘だろう。

 迎えに来るならそもそも捨てやしない。

 

 

 ポツンと取り残された同士で顔を見合わせる。

「えーと、トガちゃん?」「ヒミコちゃんだろ」

「はい、トガちゃんです!」

「そっか!俺はトゥワイス。よろしくな!」「気味悪いガキだぜ」

「よろしくです!」

 イエーイ!と一緒にピースする。

 お兄さんことトゥワイスは声が大きく、身振り手振りが派手でかぁいい人だった。

 多分、凄く気が合うタイプ。

「それで、エート、君は今お母さんに捨てられたワケなんだけど、別に酷いトコに連れてかれる訳じゃねぇからな」「困ってるヤツのための個性矯正訓練だぜ」

「お兄さんは人身売買をやっているヴィランなんですか?」

「ンなワケあるか!どっちかってぇと保護活動だ!」「俺達も保護されたんだ。動物園の檻の中さ」

 トゥワイスは自分の手を引いて、どん詰まりの奥の部屋を開けた。

 

 

 部屋は思っていたより広い。そこだけを切り取ったらシェアハウスに見える。

 コーヒーの匂いや、ちょっと破れた壁紙なんかから生活感が滲んでいた。

 部屋の中央には黒い霧のような人が佇んでいる。

「おヤ、お母さんハどうしマしたか?」

「帰っちまったよ」「捨てられたんだ」

「さっきお母さんに捨てられちゃいました!初めまして!トガヒミコです!」

 元気よく笑顔で挨拶する。

 大人は、元気で素直そうな子供を好むから。

 

 黒い霧の人は高い背を緩く屈めて、黄色い蝋燭みたいな瞳でこちらを見た。視線に敵意は感じない。

「………はじメマしてトガさん。ワタシは黒霧。貴方方のサポートをする者です」

「AFO、あ、俺達の雇い主はイイ人でさ。個性差別を無くすために“個性”の研究してるんだ。俺はその助手だぜ!」「まだ何の仕事もしてねぇけどな」

「個性の研究?」

「燈矢の動画知ってるだろ?」「知らなきゃモグリだ」

「知ってる!何度も観ました!」

 学校の授業の時みたいに大きく手を上げる。

 トゥワイスはちょっと身を屈めてハイタッチしてくれた。

「あの動画が切欠で、AFOは“個性”で苦しんでる人を助ける活動を始めたんだってさ。世の中には“個性”が原因でフツーに生きられねぇヤツが多いから、そういう奴らに住居を提供したり、仕事を斡旋したりしてるんだ」「偽善だぜ」

「ココの孤児院もそうなんですか?」

「おう!“個性”で苦しんでる子供から“個性”を取り除いて無個性にしてるんだ!」「勿論違法だ!碌でもねェ!」

「………私の個性も取り除いちゃうんですか?」

 

 それは嫌だ。私はそのままでいい。

 そのままの自分が好きなのだ。

 “普通”のために削れる程、自分の存在は安くない。

 

 そう思っていると、黒霧が「イエ」と、妙に硬質な声で否定した。

「トガさんが望まナイ事はシマせん。むしろ、そうでスね。トガさんには我々の仲間になって貰いたイです」

「仲間?仲間って何ですか?」

「そうですね。死柄木弔を護る……そう、オトモダチです」

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 テレビはニュースを流している。手元には黒霧に集めさせた大量の新聞。

 大量の情報で脳ミソを洗いながら髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。

「マジで先生、どうしちまったんだよ」

 

 AFOはコトを起こす時には間に何人も人を挟み、己の存在を匂わせることがない。計算高く、やりすぎなくらいに慎重なのだ。だからこそ長くヴィランとして活動出来ている。

 それが最近では、“個性”差別で苦しんでいた子供が突然無個性になっただの、優秀な“個性”を持っていた人物が突然失踪しただの、最早隠すつもりが無い。この分ではヒーローとの衝突も近いだろう。

「まさかそれが目的なのか?ヒーローとの全面対決が?」

 だがハイエンドの数はまだ揃っていない。ザコ脳無なんて時間稼ぎにもなりゃしない。

 レザーフェイスの作る胎児は所詮“抹消”のようなギミック要素で、自律的な戦闘は望めない。

 

 比べるとヒーローの数は圧倒的で、何よりオールマイトが健在である。いくら先生が強くても自殺行為だ。

 何かしらの計画があるのだろうが、予想もつかない。問い詰めて喋ってくれるような人でもない。

 

 テレビから聞き覚えのある声が流れて視線を向ける。

 燈矢の動画が放映されていた。灰色の火傷が特徴的で見間違いようもない。

 自称有識者が動画を背景に、個性社会の闇とかヒーローの責任とか、バズッたSNSをそのまま垂れ流している。

「チッ、どいつもコイツもトーヤトーヤうるッせぇな。アイツは悲劇の主人公かよ……」

 動画が投稿されてから数ヵ月。今や燈矢は世間から随分と持ち上げられている。

 

 理由はなんとなく分かる。火傷の目立つ外見に、個性婚によって産まれた被虐待児という悲劇的な生い立ちから、虐待親のNo.2ヒーローエンデヴァーに真っ向勝負を挑み、政府とヒーロー(エンデヴァー)を大っぴらに批判した展開まで。

 轟燈矢は社会に不安を感じる大衆にウケる要素がてんこ盛りの男だ。

 実際は頭のイカれたファザコン野郎だっていうのに。

 

 テレビを切る。燈矢を持ち上げる声が増えるにつれて、エンデヴァーを筆頭としたヒーローの株は下落している。

 ざまぁ見ろ、と鼻で笑おうとした。しかしイレイザーヘッドの顔が思い出されて下唇を突き出す。

 

「………まぁ、あいつはカッコ良かったけど………」

「帰りましタヨ弔。ちゃんとお昼のオムライスはあったメテ食べましたか?」

「なんでお前はふわトロオムライス作れるんだよきめェわ」

 

 

「え、黒霧さんふわトロオムライス作れるんですか!?私も晩御飯はオムライスがいいです!」

「とーぜんケチャップライスだよな!」「は?チキンライスに決まってんだろ!」

 

 聞き覚えの無い声が2人増えている。

 振り返ると金髪の女子小学生に、全身黒タイツの変態が居た。

 どう見ても誘拐犯と被害者の女子児童だ。

 

 2人を連れて来た元凶は「お二人共、まずは自己紹介デスよ」と常識人顔ぶっている。

「………は?いや、は?」

「そうでした!トガです!トガヒミコ!さっき親に捨てられちゃいました!燈矢様の動画が好きです!燈矢様をちうちうしたい!よろしくお願いします!」

「トゥワイスだ!AFOからお前の護衛を頼まれたぜ!ちなみに前職は強盗犯だ!」「つか護衛って何すんの?一緒にゲームとか?」

「マリカ同梱版Switch2あるんで一緒に遊びマショ」

「いや、オイ、オイ、まて。それ俺が抽選当てたヤツ……」

「え!マリカ初めてです!!」

「マジかよトガちゃん!マリカめっちゃ楽しいぜ!」「スプラの方が面白いだろ!」

「弔、少なくともマリカとマリパとスマブラはオトモダチと一緒に遊んだ方が楽しいデスよ。練習中は除いて。練習中のトモダチはハードを取り合う敵です」

「トモダチってこんな強制的に増やされるもんなの?????」

 

 呆然とする自分の前で、女子小学生と全身ラバースーツのオッサンが同じテンションではしゃいでいる。精神年齢が同程度なんだろう。

 そうして目の前で開封されるSwitch2。

 新聞をよけて飲み物とお菓子を準備する黒霧。

 ニュースを消して着々とSwitch2を接続するトゥワイス。

 どこからかクッションを取り出して尻に敷くトガ。

 

 揃いも揃ってイカレた自由人だった。なんでこいつらは初対面の相手の家でこうまで好き勝手やれるんだ。

 当たり前みたいにプロコンを差し出されたので思わず受け取ってしまう。ボタンの配置もついでに確認すると、黒霧が「私はウシがいいでス」と当たり前みたいに隣に座った。

 

「……いややるとは言ってねぇよ!!俺がアホみたいな倍率の抽選当てたのはDuskbloodsのためだ!!マリカなんざオマケに決まってんだろ!!」

「来年なんですカラ店頭販売を待てば良かったでしょウに。哀れな地底人でスね」

「なあ黒霧このポテチ食っていい?」「コントローラ汚れるからダメに決まってんだろ!」

「弔くんはコーラとオレンジジュースどっちが良いです?私はオレンジ!」

「コーラ!!うるせぇ地底とナイトレインを永遠に走ってる俺の気持ちがテメェに分かってたまるか!!つかなンでテメェはパーティーゲームに詳しいんだよ!!」

「ンン……?」

 黒霧はそういえば、と首を傾げた。

 

 なんだか前にもこんなことがあった。

 それが楽しかったから、どうしても弔に、トモダチを作って欲しくて、トガを連れて来た。

 

 

 

 ────そう、トモダチは良い。

 永遠でなくとも。

 そのクソガキちゃんと護れよ。

 

 ちゃんと護る。ちゃんと、とは。精神も含む。

 ならば友達を。自分が死んでも彼を護ってくれる人を。

 つまり、死柄木弔が護りたいと思える人。“こっち側”の同類たち。

 金髪。賑やかな男。黒い色。白い髪。子供。ゲームとポテチとコーラとジュース。五月蠅い声。冷めた態度。取り成す自分。

 

 器用な癖にゲームはバカみたいに下手だった。肩を組んで一緒に指を差して笑った。

「そういえば、ゲームは苦手だったな」

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 ■ 静岡県木椰区 ショッピングモール

 

 

「俺はゲームしませんよ。苦手なんです」

『え~上司命令なのにぃ~?Switch2買って来てあげたのにぃ~?』

「いつからアンタが俺の上司になった」

『私、ヒーロー歴10年以上のチャート4位、オールマイト事務所SK。君、チャート圏外。オールマイト事務所の臨時雇われ新人ヒーロー』

「………縦割り社会って日本の悪習だと思いませんか」

『反論はそれだけかい?可愛い男の子だね』

 

 ぐうの音も出ない。つい最近まで公安の犬だった癖に経歴が強すぎる。

 レディ・ナガンは世間話用の呑気な声でお喋りを続けた。

 

『まあゲームは冗談として、子供達と接する時間はちゃんと確保した方が良い。よく知りもしないヤツに護衛されるって神経疲れるだろ?』

「時間がありません。ナイトアイの“予知”と氷叢家から得た情報の精査のために人手が要るんです。ただでさえあと1年も無いってのに」

『そりゃ大人の事情さ。子供には関係ない。ただでさえ長男がリスク承知でエサになる決断をしたんだ。あの子達のケアも私達のお仕事だろう』

『ナガンさーん!お味噌汁が冷めちゃいますよー!』

『たきこみご飯、鱈のホイル焼き、ほうれんそうの胡麻和え、高野豆腐、』

『待て焦凍。みんな揃ってからいただきますだ』

『悪ぃすぐ行く……何かあったらすぐ連絡しろ。“予知”を信じるなら、そこそこ大規模の事件になるんだろ』

「分かってます。ナガンさんも3人をよろしく」

 インカムが切れる。視線を燈矢の方に向けた。

 

 距離にして40m先、待ち合わせに使われるモニュメントの下に燈矢は立っている。

 平均的な身長の彼は深めにパーカーを被り、黒いマスクをすれば平凡な高校生にしか見えず、ともすれば見失いかねない。

 そのせいで一度逃げられた事を思い出して唇を引き結んだ。

 

 ナイトアイの“予知”によれば、今日、此処でヴィランが騒ぎを起こす。

 

 燈矢がこれから会う予定の男は、ナイトアイによると主犯の一人らしい。

 異形系差別の酷い田舎に住んでおり、年齢はまだ中学生。燈矢がSNSで接触しただけで大歓喜して田舎から遥々やって来るという。

 燈矢の役割はその中学生の保護。

 自分の役割は、騒ぎが起こった場合の燈矢の保護だ。

 

『イレイザーヘッド、対象と思われる人物が到着した。燈矢少年は?』

「集合地点に居ます。通りすがりの男に話しかけられている様子」

『話の内容は?』

「聞こえない。相手の男は釣り用具を背負っている。不審な行動はなし」

 

 

 

 

 

「───ハァ……轟燈矢だな……」

 間近から聞こえた声に燈矢はインカムを起動させようとしたが、それより早く全身が硬直する。

 見れば腕に小さな傷があり、男は気配もなく血の雫を指で掬って舐めていた。火傷の後遺症で感覚が死んでいるせいで気付かなかった。

 眼球だけで相澤の方を見る。死角になっているのか、気付いている様子はない。

「オイ、誰か知らねぇが燃やすぞ」

「……貴様は粛清対象ではない……」

「ならどっかに行け。なんでショッピングモールで釣り竿背負ってんだテメェは。変装するにしてもTPO考えろや」

「ハア……個性は、使うな……俺は何時でもお前の首を斬り落とせる……」

 

 あながち嘘とも言えない。いくら感覚が死んでいたにしろ、この至近距離で微塵も反応出来ないというのは相当に手練れである。

「アンタ誰だよ」

「……スタンダール」

「ああ、ウチの家燃やしたヤツね。お母さんを人質にとった癖に結局お父さんにボコされて逃げたって聞いたけど」

「詰めが甘かった。次は粛清する」

「ふぅ~ん。好きにすればぁ?」

 お父さんの報告書を信じるのなら、冬美ちゃん、夏君、焦凍にも危害を加えるつもりは無いらしい。

 お母さんは家の再建が終わるまでエンデヴァー事務所に寝泊まりしており、安全は保障されている。

 お父さんは、どうでもいい。考えたくもない。

 

「父親に復讐する意思は」

「無いよ。もうねぇ。新しい人生が忙しくってね」

「では今の貴様は英雄の贋物か。自身の信徒をヒーローに差し出し、正義の皮を被るつもりか……」

 声に敵意が混じる。背負っている釣り竿のケースをゆっくりと下ろす。

 報告書からするに、日本刀だろう。額に冷や汗が滲む。

「……俺は、ヒーローにはならねぇよ。やられっぱなしなのが気に喰わねぇだけだ」

「そのためにオールマイトを利用すると?」

「そんな、………そうとも言えるか。アイツが勝てば気分が良い。俺のためにもオールマイトには是非勝って欲しいね。そのための協力は惜しまねぇさ」

「気分が良くなるだと?貴様はオールマイトの拳を己の破壊衝動を満たすために使うつもりか」

「自己紹介には遅くねぇか?」

 

 軽口を叩くと、スタンダールは分かり易く怒気を発した。

 オールマイトの狂信者か。咄嗟に口を噤む。

 

「己の衝動は己で始末を付ける。英雄に己を重ねる程、(スタンダール)は堕落してはいない」

「そ、うか」

「貴様はどうだ。父親に復讐するためとはいえ、一度はヴィランの甘言に乗った身で何故今更英雄の後ろを歩く」

「悪いが動画みたいにペラペラ筋道立てて喋れねぇよ。あれ結構リテイクしたんだぜ」

「それで?」

 

 じ、と至近距離で睨まれる。

 急かされているのは分かるが、理由を一から全部話すのは難しい。ここ数ヵ月の出来事はあんまりにも濃かった。全てを言語化するのは無理だ。

 それにこの厄介オタクは己の波乱万丈な人生譚を聞きたい訳でも無いだろう。

 

 下手なことを言えば斬られる。しかし気に入る返答も思いつかない。

 釣り竿のケースが地面を叩く。焦って開いた口の奥から、思いもよらずちっちゃい子供みたいな声が出た。

 

「人生どん底お先真っ暗って時に、ちょっと遠くで綺麗な星が光ってたら、誰だってそっちの方向に歩くだろ」

「………」

「それだけ」

 

 スタンダールは真顔のまま、暫く釣り竿のケースを手の中でクルクルと回していた。抜刀しないかどうかこちらは気が気ではない。

 

 だが唐突に手を止めて、「勝つとは、AFOのことか」と平たい声で喋る。

「知ってんのか?」

「名前は耳にしたことがある。最近は派手に動いているようだが、ヤツの本質は地下を泳ぐ魚のまま変わらない。本命の動きは悟らせないよう立ち回っている……」

「本命の動き?」

「俺も知らん。知らんが、碌な事ではあるまい」

 心底うんざりした声だった。見れば、釣り竿のケースを再び肩に担いでいる。

「お前はヴィランじゃねぇのか?」

「同類にされるのは心外だ………オールマイトに伝えろ。AFOはヒーローを監視している。魚は魚に任せた方が良いと、」

 スタンダールは相澤の方向へ眼をやった。

 黒一色の相澤が暗がりからこちらを見守っているらしいが、全く気配がない。

 しかしスタンダールには見えているのだろう。「気付いた」と呟いてこちらに背を向ける。

 

「おい待て、」

「完璧なヒーロー以外は皆、毒の詰まった瓶の底に生きている。悪は弱きが故に身を寄せ合い、不満が故に大義を求める。貴様は腐敗を提示した。しかしその先は示さなかった。偏に貴様の大義無き故……」

 唐突に身体が動くようになる。すぐさまインカムを起動させた。

 

「ッ、相澤、こいつスタンダールだ!ウチの家燃やしやがったヴィジランテだかヴィランだか、」

『追うな燈矢。危険だ』

「いや、でもっ、こいつお母さんを、」

『プロに任せろ。エンデヴァーが取り逃がした相手だ。危険過ぎる』

「大儀無き自己の追及。空っぽの器に“個性”だけあって何になる。自己と“個性”を同一視する短絡さ。救い難き現代の病……」

 スタンダールが振り向く。賑やかな人混みの中にあって尚も不気味で、一本の線のように周囲から浮いていた。

 

「俺は貴様を見ている。英雄が泥を被って迄救った貴様が、それに値する善を成すか否か。成せば良し。成せぬ時は」

 

 フ、と。スタンダールの姿が行き交う人の中に紛れて消えた。

 線香の煙のような消え方だった。

 それなりにサイズのある釣り竿とクーラーボックスを抱えていたのに、視界のどこにも姿が無い。

「相澤、監視カメラ!」

『塚内さん解析を。応援をお願いします。ええ、スタンダールです。エンデヴァーの家を襲撃した……燈矢、お前は一旦戻れ。周辺の安全を確保する』

 

 了承の返事をする前に「あの、」と遠慮がちな声がした。

 視線を下に向けると、自分よりやや小さい子供がこちらを見上げている。

 二足歩行のトカゲみたいな外見で、紫色の髪が眼に痛い。

「あ、あの、と、轟燈矢……だよな?」

「……ああ、そうだ」

 当初のターゲットだ。事前情報通り、トカゲの異形型個性の子供。

「その、お、俺、今日すごく緊張して、あの、会ってくれるって聞いて、う、嬉しくて……」

 SNSでは過激な発言で周囲の全てに噛みついていた癖に、現実ではあんまりにも声が小さい。

 ちっちゃい脳ミソに不満ばかりを詰めた、どこにでもいるようなガキだ。

 まさか今日此処で騒ぎを起こすヴィランには思えない。

「………ガキがどうして俺に会いたいってんだ。反個性差別の旗頭になってくれとでも言うつもりか?」

「あ、その、確かに俺のSNSグループじゃそんな意見もあるけど、そうなってくれたら、俺も燈矢の力になる。でも、」

「発言全部が他力本願だナァオイ。いっそ感心するぜ」

「あ、す、すみません……」

「………お前の名前は?」

 こりゃ、“予知”はハズレだ。

 

 あからさまに肩を落とした燈矢へ弁明するように、少年は声をいきなり大きくした。

「い、伊口!!伊口秀一だ!!この社会を良くするためにやれることは全部やるつもりで来た!!お、おれは命を懸けてでもやってやるぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オールマイト、緊急で仕事を追加して悪い。だが、』

「丁度時間が空いたから大丈夫だよ。そもそも私は燈矢少年の保護者なんだし……それで、塚内君。スタンダールだって?」

『ああ。調査中の轟燈矢に接触して来た。あのエンデヴァーが取り逃がした男だ。君が対応するのが一番安全に済む』

「初犯でエンデヴァーを狙うなんて随分と度胸があるね。燈矢少年はもう撤退したかい?」

『いや、捜査を続行してもらうことにした。下手に騒ぎが起きるとスタンダールが暴走する恐れがあるし、“予知”が崩れる恐れがある』

 

 ショッピングモールの上空を飛ぶ。スタンダールの姿は見えない。

 施設内に入ったか、人混みに紛れて既に逃亡したかだろう。エンデヴァーの話からしてかなり慎重な性格をしている。既に逃亡した可能性は高い。

 

「子供にリスクを負わせる捜査には反対だね。そもそも、ヴィランが事件を起こすと“予知”されていたんだろう。何故一般人を事前に避難させなかった」

『“予知”に沿わない行動をしたらどう未来が変わるのか予想がつかない。それに事件を起こす子供の“個性”は壁に貼り付く程度のものだ。その程度の“個性”で大きな被害は、』

「待て」

『どうした』

「ショッピングモール西、スタバの正面街路樹下ベンチ」

 

 反応が返る前に地面に降りる。

 監視カメラを確認したのだろう、インカムの向こうで塚内が息を呑んだ音がした。ナイトアイが猛烈な勢いで指示を出し始める。

 

 ベンチには壮年の男が座っている。外見年齢だけなら己よりやや年下。手にはアイスカフェモカのグランデ。

 砕いた頭蓋骨は治ってしまったようだった。手術痕が片目を潰し、額を通って頭にまで残っている。

 真正面に立つと、「遅かったね」と唇の片方を釣り上げた。

 

「………此処で何をしているAFO」

「君と同じさ。子供の引率だよ」

 

 まさかここまで大胆な行動に出るとは思わなかった。

 インカムの向こうは突然の緊急事態に怒号が飛び交い、目の前には家族連れが買い物を楽しむ平穏な光景があり、ミスマッチさに脳が変に冷静になる。

 AFOは長年の友達みたいな声色で緩く笑った。

「君のせいで眼が一つ潰れてしまったよ。頭も半分ハゲてしまったし」

「私はお前のせいで肋骨が減った」

「2本減ったのに増えた女は1人だったね。エンデヴァーの子を保護するとは随分と余裕がある」

 口調は軽い。こちらに攻撃してくる様子も無い。

 AFOは紙コップに口を付けて「甘過ぎる」と鼻を鳴らした。

「与一なら好きそうだけど、私にはキツいな」

「………初代か?」

「察しが良いね。そう、私の可愛い弟だ。あの子はこういう甘いものが好きだった。僕は与一のためにあちこちを探して歩いたものだよ」

「今日は随分と口が軽いな」

 AFOはこちらを見た。初めて真正面から死柄木全の顔を見た。

 プラスチックの箱みたいな顔だと思った。

 

「そりゃ、君のお陰で僕はまた弟に会えるんだからね。嬉しくってならないのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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