No.22 継承者会議
火葬場に行ったことはあるだろうか。
幼い私は火葬場を知らなかった。あの頃の死体は合葬という名の野焼きで処理されていた。
死体を捨てるための穴が公園や川べりに掘られていて、炎熱系個性の人が定期的に燃やしてくれていた。
死体を燃やす光景は凄まじい。水分と腐敗ガスを含む死体を無理やり燃やすので、偶に爆発する。その度に肉片が弾けて散乱するのだ。
死肉目当てに集まっているカラスや野犬も容赦なく一緒に燃やすので、動物の悲鳴が響き、周囲は地獄のようになる。
美しい母がそうなってしまうのは耐え難く、私は山に遺体を埋葬することに決めた。
しかしそう決めた所で、すぐに実行するのは不可能だった。死後硬直が残る遺体を担いで運ぶのは大人でも難しい。
私は3日待った。
漸く関節が動かせるようになった母を背負うと、嫌な臭いのする液体が背中を伝って尻まで濡らした。
当たり前だ。排泄物を包んだ生肉を常温で3日放置したのと同じ状態であるのだから。
しかし血は全部抜けていたので、随分と軽かった。
霧雨の深い夜に家を出た。
丸い土の匂いをよく覚えている。雨の日を選んだのは、ヴィラン以上に野犬が恐ろしかったからだ。超常黎明期に放棄された飼い犬が、私の時代には完全に野生化していた。
ヤツらは人を襲う。子供どころか大の男でも喰い殺される事がよくあった。しかし雨の日は、野犬は軒下から滅多に出てこない。
山の中腹で私は穴を掘り始めた。山中だというのに全く静かではなかった。遠くから銃声と、犬の遠吠えと、誰かの叫び声と、車のスキール音と、子供の泣き声が聞こえた。
それは毎日起こる悲劇のはじっこが鳴っているに過ぎず、明日も同じ音が聞こえるに違いなかった。
必死に穴を掘った。
本当は野犬に掘り返されないよう、深い穴を掘りたかった。
疲れて手が動かなくなるまで頑張って、しかし、母が体育座りで寝転べる程度の大きさの穴が限界だった。
柔らかい土の中に母を横たえた。
爪の間には土がびっしり入り込んでいて、全身が鉛のように重かった。
私は倒れるように母の隣に寝ころんだ。
雨が耳に入り込んで、溺れているような音がした。頬を包む濡れた土は優しい手のようだった。あまりの心地良さに眼を瞑った。
瞼の裏に瞬く天の星が見えた。
長い道が一本、星に向かって伸びていた。
美しい母が爽やかな初夏の草原を行き、空高い星に向かう後姿を見た。
私は道の傍らに生えた木の陰から、母を見送っていた。
ああ、いなくなってしまったな、と思った。
八木俊典の命を惜しむ者がいなくなってしまった。
たった一人、無個性で、天涯孤独で、心と体ばかりが強い子供が残ってしまった。
そう、私は、貧しい環境にあったとは思えない程に健康体で、さらに今思えば少し恐ろしい程に、心が強い子供だった。
母を永遠に失う寂しさより、母が命懸けて護った己が何も為さず終わる方が、余程恐ろしかった。
私はバチッと音が鳴る勢いで瞼を開いた。母の後を追う選択肢は頭の端にも上らなかった。
見開いた先の現実には優しい手も天の星も無く、腐って萎びた母の死体が朝露に濡れていた。
小さな穴から身を起こし、さっきまで寝転んでいた場所にアンパンマンの絵本を置いた。
絵本を抱く母を濡れた土に埋めた。
母を救えなかった八木俊典はそこに置いて行った。
足場を見れば打ちっぱなしのコンクリートで、見上げると天井の無い野晒しである。
中途半端に周りを囲んでいる壁は罅割れていた。その向こうは嵐のようにモザイク模様が飛び交っている。
懐かしい夢の続きにしては脈絡が無い。
パチパチとマバタキを繰り返していると、目の前に見覚えの無い青年が居ることに気付いた。
小さな体を豪奢な椅子にすっぽりと納めて座っている。
「やあ、初めまして八木くん」
ニコッと笑われて、反射的にニコッと笑い返す。
青年は年齢の割に幼い笑い方をした。
「こちらこそ初めまして。失礼ながら、あの、どちら様でしょうか?」
「私は死柄木与一。死柄木全の双子の弟で、OFAの初代にあたる者だよ」
「似てない!!!!!!」
諸々すっとばして本音が出た。
しかし堪え様が無かったのだ。
葉巻とワインとゴールドの指輪が似合うゴリゴリのマッチョ野郎と、このサンリオピューロランドでパフェをつついていそうな儚い美青年が双子の兄弟だなんて、あんまりにも信じ難かったのだ。
青年は複雑そうな顔で「いや、あの、嘘じゃなくってね……」としょんぼり俯く。
そうなると猶更似ていない。しおらしいアイツなんて想像しただけで往復ビンタでぶっとばしたくなるのに、この青年には只管に申し訳なくなる。
「あ、ワ、その、す、すみません。あの、疑った訳じゃないんです。ただあのクソ野郎、じゃなくて、死柄木全、さん、の弟さんにしては儚げというか、人が良さそうというか……」
「うん……あの兄を止められなかった貧弱な弟で申し訳ない……」
「いえいえいえいえ!!むしろ無個性の私に力を貸し与えて下さって、与一さんには本当に感謝しかありません。是非一度お会いできればと以前から思っておりまして、」
「こちらこそ感謝しているよ。もっと早く会いたかったのだけれど、どうしても特異点が越えられなくってね。とうとう30年以上も経ってしまって、本当に今更で、」
「いえ私など、30年以上OFAを保持していながら未だ死柄木全を逮捕出来ず、歴代の皆様には本当に申し訳なく、」
「それを言ってしまうとそもそも弟の私が兄さんを止められていれば、」
「いやいや私が不甲斐ないあまりに、」
「………万縄さーん」
「万縄、何してる」
「出番ですよバンジョーさァん」
「俺ァ楽器じゃねえよぉ……ほら初代と八代目も、話が進まないから一旦その謝罪合戦止めようや。他の継承者も困ってるからさぁ」
豪奢な椅子は合計で8つあった。
その内の一つに座っているスキンヘッドの男が、困った顔で与一と自分を交互に見ている。
「というか八木は事情が分かってねぇだろうし、時間もねぇしさ。取り合えず説明から先にしようや」
「うん………うん………」
「与一はダメだ。なんか地雷踏んだ」
「じゃあ駆動さんが説明役ですかね?二代目なんだから」
「パス。ソイツとは性格が合わねぇ。ブルース」
「私もパスで。ガラじゃないので」
「お見合いじゃねぇんだわ」
殺伐とした景色に囲まれながら、全員がさっぱりとした声である。圧し潰さんとするモザイクの空を鼻で笑う気風の良さだ。細かな事に悩むようなヤツが居ないのだろう。
黙って俯いているのは2人だけだ。その内の一人は女性だった。
女性は気まずそうにポリポリ頬を掻いている。パステルイエローの手袋が鮮やかで、心臓がドッと鳴った。
まさか、と声を漏らす。聞こえたのか、女性はちょっとだけ顔を上げて、口の端でニヤッと笑った。
「デカくなったなァ俊典。おひさ」
道半ばで斃れたとしても、ワン・フォー・オールの中でまた逢える。
ロマンだよ。
震える掌を口に当てた。恐る恐る近付く。
「────師匠?」
「30年振りか。まぁずっと見てたから、私の方は久し振りって感覚無いンだけどな」
手が伸ばされる。反射的に握り返した。
筋張った大きな手は記憶のままだった。
「師匠」
「おうとも」
「夢ですか?」
「夢のようなものだ。此処はOFAの内側で、私達はOFAに染みついた個性因子の名残に過ぎない」
そう言われても、目の前の師匠は生前そのまま姿だ。
切れ長の目尻は鋭く、穏やかに笑っていてもどこかピリッと張りつめている。
間違いなく師匠だった。志村奈々その人だ。
「でも、師匠です」
「うん。あのな、一応言っておくが、お前からの謝罪は要らないぞ。私がAFOに殺された時の事とか、脳無に改造された私の事とか、転弧の事とか」
「予防線が早い……」
「そりゃ、全部背負わせたお前に謝られたら、私の顔が無くなっちまうだろ」
泣くなよ、と頭を撫でられる。
それが物凄く久し振りで、涙が溢れた。
涙腺が動いたのは何十年振りだろうか。師匠の脳無を潰した時ですら涙は出なかった。
それなのに師匠の笑い声は豪快で、何も変わっていなかった。
「おうおうおう。相変わらずよく泣くなぁお前は」
「ッ、そりゃ、泣きますよ。泣くに決まっているでしょうッ」
「お前はす~ぐに我慢しちゃうからナァ。寂しんぼの癖に30年も独りぼっちで、カノジョの一人も作んないんだから見ててずっと心配だったよ」
「デリカシー……」
師匠は何も変わらず男前で、しかし鋭い目尻に涙が浮かんでいる。
それを誤魔化すように頭を乱暴に撫でられた。
「本当に、頑張ったよお前は。偉いよ。本当に偉い」
「、もう、私は子供じゃありませんよ。近々50歳になります」
「まだそんなか。たった30年で良い男に育ったもんだ。この勢いだったらトム・クルーズやキアヌに並ぶイケオジになるぞぉ」
「それは師匠の趣味では?」
「偶に容赦ないツッコミするよなお前は。いや、本当にさ、お前の成長が間近で見れなかったのが残念だよ。空彦が羨ましい」
カラッとした声だった。師匠は本当に、何の後悔も無く死んだのだ。
志村転弧を除いては。
師匠はここで自分を30年見ていたと言った。ならばあの子のことは知っているだろう。
木椰子区のショッピングモールを崩壊してから彼は行方不明のままである。
両眼に残った涙を拭った。
「ッ、私は、師匠が、私を選んだことを誇りに思えるよう、成せることは成して来たつもりです」
「うん」
「しかし私の力が足りず、師匠の孫である志村転弧はAFOに誘拐され、さらにAFOは未だ健在。最近は活発に活動を繰り返しています。加えて、私はあと半年以内に死が予知されている。これらは全て私の不明によるもの。弁明のしようもありません」
「お前は良くやっているよ。転弧は、そもそも私が判断を誤った」
「いえ、あの時代においては至極当然の判断でした。私が燈矢少年達を匿えているのは安定した社会情勢によるもの。そしてこの時代に私がOFAを保持している期間こそが、AFOを打破し、転弧少年を救う大きなチャンスだと理解しています」
それで、と周囲をぐるっと見回した。
「今、OFAに何が起こっているのか説明して下さい。何故継承者の皆さんが、私の夢に」
「うん。説明しよう」
与一が、椅子に座って俯いている最後の一人を睨む。
「全て、兄さんが原因だ」
■ ■ ■
「まず、ここはOFAの中だ。そして我々はOFAに焼き付いた個性因子の残像だ」
「……つまり、死者の会議と」
「まぁ9と4分の3番線って言えば分かるだろ」
「急にファンタジーになった」
周囲の椅子にはそれぞれに継承者が座っている。
そして椅子は8つあった。
「しかし私は八代目ですよね。私も含めると、この場には9人居る」
「それが問題でね。蛇腔病院で君が兄さんと戦ってからもう半年は経つだろう?」
頷いた。この短期間で、AFOは今までになく表立って事件を幾度も起こしている。
全国の孤児院を襲撃し、子供の誘拐事件も多発。大規模なテロすら勃発した。
自分が赴いた現場では犠牲者は出なかった。
しかしどう足掻いても手が足りず、自分が行けなかった事件もある。多くの被害者が出てしまうこともあった。
そして現場に現れるAFOは全てが“複製”されたものであり、本人の居場所は未だ杳として知れない。
「蛇腔病院での戦いの時、兄さんは君に一つの“個性”を押し付けた。それがこの男だ」
「……この人は」
「“ALL FOR ONE”だよ」
俯く頭は白い。色合いは与一に似ている。
そしてよく見れば均整な体つきをした、豪奢な椅子が素晴らしく似合う男だった。
「は?え、こいつが?」
「そう、この人は兄さんなんだ。蛇腔病院で君が与えられた個性は、殻木に複製させた“AFO”だったんだよ」
椅子の背もたれに与一が手をかけた。
弟に見下ろされたAFOは身じろぎもせず、じっと足元を見つめている。
「さらに“複製”された兄さんがこの半年で何度も個性を渡して来ただろう。木椰子区でも……あれは全て複製した“AFO”だ。この兄さんは、君が押し付けられた複製“AFO”の集合体さ」
「……何故ヤツはそんな事を」
「OFA継承者の一人に己を組み込むためだろうね。いくら複製とはいえ、何度も押し付けられたせいで兄さんは確実にOFAへ定着して来ている。まだ人格までは再現されていないけれど……」
そこで、何故椅子に座っている男がAFOだと気付かなかったのか分かった。
どう集中してもAFOの顔に焦点が合わないのだ。写真の背景のように解析度が低い。
「それも時間の問題だ。今や兄さんは疑似的なOFAの八代目継承者として此処に根を張ってしまった。つまり、君はOFAの九代目継承者だ」
「後から列に割り込まれたみたいなモンさぁ」
「それは……それで、OFAにはどんな影響が?」
「特異点を迎えた」
特異点、と繰り返す。
与一は深刻そうな顔で深く頷いた。
「特異点が来ると、何が起こるんですか?」
「まず、個性因子に過ぎない我々が意思を持つようになった。今やOFAの中で会話も出来るし、君に喋りかけることも出来る」
「プライバシーは守るからソコは安心してくれや」
「そうですか。他には?」
「近々、君は我々継承者の個性が使えるようになる。これは特異点を迎えたOFAの最も大きな長所だ………が、君にどこまで意味があるか」
「え?」
苦笑する与一を除き、皆はケッと舌打ちしていた。師匠ですらむっと下唇を突き出している。
「だって、お前もう空跳んでるだろ。跳ぶってより殆ど飛んでンだろ。“浮遊”が使えて何になるってんだ」
「既にパンチ一発で天候を変えられるんだろう。“発勁”が要る場面が思いつかない」
「地力でマッハ10出せるヤツが“変速”使う意味って何だよ」
「マイトセンスって何?」
「意味不明で怖い」
散々な言われようである。
しかし彼らはオールマイトが薄幸の美少年だった時代から、アメリカかぶれのゴリマッチョになり、平和の象徴にまで至る40年の道筋をずっと見ていた面々だ。
あまりに長い間積もりに積もった申し訳なさやら畏怖やら感謝やら愛おしさやら、いろんな感情がぐっちゃになってしまって、行き先が迷子になっちまったのである。
加えてオールマイトが強過ぎるので、自分の個性があんまり役立たないかもしれないというのがちょっと悔しい。
ブーイングを上げる継承者達へ、与一は「つまり、君が心配だったってことだよ」と苦笑しつつ兄を見下ろした。
「まぁ、我々は良いんだ。問題は兄さんなんだよ」
「AFOが、何か」
「歴代の継承者の個性が使えるようになるって言っただろう?君は九代目で、兄さんは八代目だ。つまり、」
与一は黙ったままのAFOの頭をくしゃっと撫でた。
「このままだと、八木君はAFOが使えるようになるかもしれない」
「あ、はよ。珍しいな寝坊すんの」
「……おはよう、燈矢君。皆も」
「はよざいます八木さん。珍しいですね」
「、はよォ……ざます……」
「焦凍、食べながら寝ないの」
リビングには相澤とレディ・ナガンが居て、当たり前みたいな顔で子供達に挟まってパンを齧っていた。
このメンバーでの生活はもう半年になる。子供達にはもう緊張も不安も無く、生活を護る大人達には純度の高い信頼があった。
なので焦凍は半分寝たままレディ・ナガンに寄りかかってヨーグルトを舐めているし、冬美と夏雄は「あ、今日部活で帰り遅くなります」「俺も。試合近いから」と喋りながらトーストにバターを塗っている。
「部活に熱心なのは良いが、暗くなる前には帰れよ。最近危ないから」
「ん。ナガンさんに送ってもらうから大丈夫」
「どうせだから外で食べて帰らない?燈矢兄と焦凍も一緒に」
「良いぞ。冷さんにも連絡するか?」
「母さん居るなら和食にしよ~」
子供達の隙間にある、一つだけ開いた椅子に体を納める。相澤がじろっとこちらを見た。
「どうしましたか?顔色悪いですけど」
「うん。相澤君、ちょっと良いかな」
「トラブルですか」
「ちょっとね。ナイトアイとグラントリノにも報告する」
声に不審なものを感じたのか、ベーコンを咥えたまま燈矢は片方の眉をくいっと持ち上げた。
「俺も行ってやろうか?」
自信満々な口調に思わず苦笑した。
この半年でこの子は本当に成長した。
「勿論だよ、“荼毘”君。君の協力が必要だ」
■ ■ ■
「う、産まれたって!!??」
レザーフェイスは世の一般的な父親と同じく、我が子の誕生にびゃっと跳び上がった。
そのまま座る気にもなれず、パタパタと部屋を歩き回る。広い部屋には注射器やら試験管やらが散らばっていて、歩くたびに足にぶつかった。
「無事!!そうか、良かった。うん。それが何よりだよ。アア、ごめんね、立ち合いたかったのに……」
電話の向こうで妻が笑う。
出産直後で疲れているだろうに、声は底抜けに明るい。
「女の子だよね。うふふ。そりゃ勿論さ。ベビー服もオモチャも女の子用でもう揃えちゃったもの。名前だってネ、もう女の子で考えてるんだから」
妻の声が電話口に響く。
足がピタッと止まった。
「────そろそろ帰れるよ。仕事がね。うん……僕は大丈夫さ。何もトラブルなんてないよ。もうすぐ終わるから。本当だよ。僕だって赤ちゃんに早く会いたいもの。ああ。勿論。愛してるよ。じゃあ……」
妻に不自由はさせていない。金も、使用人も、家も、何も不都合が無いように全て揃えてある。
とはいえ、赤ン坊を産んだばかりの妻をほっぽって夫が家に帰って来ないなんて尋常ではない。
妻はストレス耐性が低い女だ。まさか夫がレザーフェイスだなんて知れば赤ン坊を捨てて逃げ出すだろう。
電話を切って息を吐く。目の前にはずらっと人工子宮が並んでいる。
可愛い胎児達だ。胎児は何も悪くない。無垢で純真な『オールマイト』達。
可愛くないのは大人達だ。
「………いくら僕ちゃんが天才でもさぁ、この短期間に『オールマイト』を大量生産とか馬鹿じゃねぇの?もしや僕のことを叩けば胎児が産まれる金玉袋と思ってらっしゃる?」
ぱったりその場に倒れる。
疲れた。
「マァ“複製”のおかげで出来ちゃったんだけど………でもそもそも、バカンスなんだよねコレ?」
気付けばここ数ヵ月、怒涛の勢いで仕事をしている。
AFOからの依頼に加え、公安へ納入予定の『オールマイト』も無理難題であるし、氷叢家がバラしたせいでセーフハウスの大半が潰れてしまったし、我が子の名前も考えなきゃならない。
そりゃあAFOからは報酬に大金を貰った。あらゆる“個性”の精子や卵子を提供して貰った。良いビジネスが出来たと思う。
しかし度重なるクソ納期は頂けない。
AFOと違ってこちらは長期目標を立てているのだ。派手な活動は割に合わないのである。
「辞めるか~」
潮時だ。
そうと決まったのなら早く逃げなければ。ヨイショっと体を起こす。
「………ンだよ、コレ」
「あ、弔君。おっはー!」
片付けの真っ最中にAFOのオモチャが遊びに来た。
ひらっと手を振ると、死柄木弔は整然と並ぶ人工子宮の隙間を縫うように近付いて来る。
薄く開いた瞼から滲む赤い眼光は鋭い。
え?AFOにバレた?早くない?
「ヤ、あの、アノネ。僕ちゃんは逃げるんじゃないのよ。というかAFOから任されたお仕事はもう全部終わってるからね。契約は円満終了。今後のご活躍を祈念しておりますっていう、」
「この赤ン坊は何だ」
「何って、量産型の『オールマイト』だよ。神野でトライアルが爆発四散したの知ってるでしょ?威力がスゴイって分かったから需要がバカ上がりしたんだよ」
「………そんな事のために」
「今更何言ってんだい。君だってAFOに言われてケンタ君を利用しただろ?そのせいであの子はイレイザーヘッドに踏み潰されちゃったんじゃないか!」
弔は唇をめいっぱい噛み締めた。言い返す言葉を思いつかなかったのだ。
静かに息を吐いてレザーフェイスの研究室を睨む。
広い部屋一面に人工子宮が整然と並んでいた。モノクロの空間にあって、ガラスの中を循環する淡黄色の液体だけが色づいている。
しかし神野区と違い、胎児は普通の人間らしい形をしていた。
それも全てが同じ大きさだ。体長も体重も瞳の色もDNA情報も全て同じ。シンクロナイズドスイミングよろしく、同じ動きでむずがっている。
一つ一つなら可愛らしく見えるのだろうが、大量に並んでいると不気味の谷が目の前に広がる。
心底気味が悪い。
だがその中に一つだけ異質な胎児を見つけた。
外見は他と変わらない。少し大きい程度だろうか。
しかし動きが合っておらず、無機質なロボットの群れに一人だけ交じっている人間のように見えた。
その人工子宮には大量のメモが貼り付けられており、繋がった管は他の胎児よりも多く、他の人工子宮とは引き離されている。
「こいつは何だ?」
「ああ。その子はちょっと特別製なんだよ。それで?」
「………こいつを注文したのは先生か?」
「その特別製は公安。他はAFOだね。マァ世間には他人に利用されるしか能の無い人間って結構いるし、この子達は産まれる前からそうだっただけ。早期診断って大事。鱗滝さんもニッコリ」
「なんで量産した」
「利用価値があるから。ハイQ.E.D.」
「周りを吹き飛ばすだけのガキに何の価値がある」
「オールマイト並みの力があるTNTだよ?そりゃ価値があるよ。公安からは「ンなモンイラネ」って言われちゃったけど……」
新しい公安委員会会長は頭も財布のヒモも固い。
漸く完成した『特別製』をちらっと見遣る。
「マァ僕ちゃん天才だから。AFOの無茶振りに応えつつ、公安委員長も大満足の最高傑作『オールマイト』が作れちゃうってワケ。いやぁ本当に苦労し、」
「先生からテメェに連絡だ。「寄越せ」だとさ」
「ヱ゛」
びくっと肩を揺らす。
この部屋には監視カメラの類は付いていないのに、どこから見られたのか。
「え、いや、あの」
「ソイツを寄越すんなら逃げようとしたのも許すって……マジでそいつ、何なんだよ。最高傑作って、」
「コワ過ぎワロリンぬ」
眼をバッテンにしたレザーフェイスはその場に寝そべった。
「エぇ……僕プロだよ?納入予定品を他の業者に回すなんてヴィランを超えた悪行だよ。普通に損害賠償請求案件。流石にそれは無理です。無理無理」
「俺が知るか」
「うう~~~ん。弔君、トゥワイスにこの子の“複製”を作って貰えないかな?ちょっとの衝撃で壊れるにしても時間稼ぎくらいには、」
「アイツは理解できないヤツの“複製”は作れない」
「AFOに掌でコロコロされるおバカにこの子が理解できる訳ないでしょ!!僕の最高傑作だよ!?!?」
「なら諦めろ」
弔の返事はにべもない。
寝そべったままのレザーフェイスを疲れた顔で見下ろしている。
「ううううう、僕の奥さん出産したばっかなのに!仕事漬けでトラブルばっかり!!もうヤダ!!辞めてやる!!でも怖いから退職代行サービス使っていいかなぁ!?」
「………子供が産まれたのか。可哀想にな」
「ア、そうなんだよ!!本当は立ち合い出産したかったのに、僕ちゃんホント可哀想!!令和の父親としてちゃんと育休とってアルバム作って服にアップリケ縫い付けて離乳食手作りして、」
「お前の子供が可哀想だってんだよ───テメェみたいな親の元に産まれるくらいなら、俺なら死んだ方がマシだ」
そう吐き捨てるとレザーフェイスは瞳を丸くして、唇を両端に引っ張るように嗤った。
「そりゃ誰しもがそうさ。この世は地獄。賢者は産まれる前に死を選ぶってね」
部屋に戻る。青白い顔をしたトガがソファにもたれていた。
「弔君、どうしたのです?」
「………別に」
「ふぅん」
トガは詮索してこないので楽だ。随分と生活感の増した共同リビングの隅に蹲る。
寒かったのか、トガはちまこい身体を起こし、隣によいしょっと尻を付けた。
床にはトゥワイスが買って来た厚めのラグが敷いてある。皆が色んなものを零すので、ラグは色鮮やかなまだら模様になっていた。
「レザーフェイスさんのトコ行ってたんですか?私あの人嫌いです」
「ああ」
「それにしても今日も大変でしたねぇ。黒霧さんが子供を誘拐して、仁君が増やして、AFOに渡して、ついでにマキアと戦闘訓練して、邪魔な人達ボコボコにして」
「……おう」
「ココア飲みます?」
「飲む」
トガはむくっと起き上がり、牛乳をレンジで温め、ココアの粉を適当に入れて持って来た。
牛乳には大量のダマが浮いている。
「入れすぎ」
「多い方が美味しくないです?」
「溶けてねぇンだわ」
じゃりじゃりする触感のココアをしょうがなく飲み込む。イヤになるくらいに甘い。
暫くそうやってボーっとしていた。トガはYouTubeのメイク動画に夢中で、隣に自分が居ることすらすっかり忘れたようだった。
ココアが冷えた頃、ふと口を開く。
「そういやお前、なんでココいんの?家に帰りたいとかねぇの?」
「唐突過ぎません?」
「聞いたこと無かったなって」
“変身”の個性は貴重だ。しかし既にトゥワイスによって複製され、AFOに渡っている。
帰りたいと言えば何時でも家に帰れるだろう。
「家には居場所が無いので帰りたくないです。ココの方が居心地が良いので好きです」
「そっか」
「弔君も好きだし。仁君も、秀一君も好き。黒霧さんも好き。かぁいい子をちうちうしても変な目で見られないし、みんなも普通じゃない」
「仕事は、イヤじゃねぇの?」
「ヤですね。でも妥協範囲内です」
トガは殻木から特殊な仕事を任されていた。
一度見たことがある。幼い子供に、それも女の子にさせる仕事ではなかった。
「今日は3人分でしたね。少ない方です」
「……渡された血を飲んで、“変身”して、」
「ええ。精子とか卵子とか血液とか、沢山取られました。不思議ですよね。なんで私に血を飲ませて、また私から血を取るんでしょう」
「ハイエンドを量産するためだろ。そのためには個性因子が大量に要る」
「アレかぁいくないので好きくないです。かぁいい脳無って作れないんでしょうか」
「……個性“ネコ”と“巨大化”のハイブリットとか?」
「かあいいかも!!」
ちっちゃい女子小学生がきゃらきゃら笑う。
毎日、知らないヤツの血を飲まされて、射精させられたり、腹に針を刺して卵子を取られたり、献血なんてメじゃない量を採血させられたりするのに。
家に帰るより此処の方が居心地が良いなんてほざくココアの作り方も知らないガキ。
「生きにくいヤツだな」
「生きにくいですね。好きに生きたいものです」
トガの声は耳に心地が良い。自我がまっすぐだからだろう。トガは自分自身が好きなのだ。
だから声もすっきりと真っ直ぐで、何を喋ってもよく鼓膜を通る。
それが自分には難しい。レザーフェイスが作った胎児達は先生に必要だと分かっていて、しかしどうにも不快だ。
大嫌いなオールマイトの量産型だからだろうか。お父さんを捨てたお祖母ちゃんが、自分の子供みたいに大事に育てたヒーローなんだから、そりゃあ、嫌いだ。嫌いさ。
ヤツは今日も自分に救えない人間はいないみたいな顔をして、溢れんばかりの賞賛を浴びている。
「俺達は救われないのかな」
燈矢は救われた。自分の行いを反省して、父親と戦うことを止めて、ヒーローの言う通りにしたからだ。
自分よりよっぽど頭のイカレたヤツでも、ヒーローの手にかかれば「普通の子供」に矯正させられてしまうらしい。
それは、何より恐ろしいように思えた。
「カウンセラーの人が言ってました。“普通”になりましょうって。だから多分、普通にならないと救われないんです。私はムリでしょうね」
「じゃあ、レザーフェイスに作られた胎児は救われないのか」
「そりゃあどうやっても普通にはなれない子達ですから。ヒーローに見つかったら処分されちゃいますよ」
「ケンタも殺されたもんな。そうか。そっか」
先生ですら量産型の『オールマイト』は兵器としか思っていない。“抹消”のケンタも利用されるばかりで、結局踏み潰された。
他の胎児達も、産まれる前にミキサーにかけて捨てられた。22週を超えたら人権がどうのということで、不都合らしい。
苛々した。身体が痒くてしょうがなかった。
今もAFOの命令を聞いて働いているだろう黒霧とトゥワイスが哀れで、社会を変えられると信じているスピナーが悲しい。
もたれ掛かるトガの小さな体が暖かい。
「俺達が生きやすいようにしたいな」
「そうしたいですね」という軽い声が、妙に耳に残った。