地獄より我らが父へ   作:XP-79

23 / 34
No.23 面の皮

 

 雄英高校とは何か。

 色々と論はあろうが、プロヒーロー達の意見は一つに集約される。

 

 根津を国王とする独裁国家である。

 

「───以上がこれまでの経緯です。それで根津校長、このバカ教員にしたってマジですか」

「マジだよ」

「対地ミサイルにも耐える電磁バリアシステムを増設したと伺いましたが、そっちは冗談ですよね?」

「マジだよ」

「あの、NASAMSミサイル・システムを購入したと伺いましたが、まさか、」

「HAHAHAHAHA!!!」

「おい文部科学省は何やってんだ」

「いや、内乱予備罪だから防衛省だ。なんでこのネズミはまだシャバに居るんだ」

「今の文部科学大臣と防衛大臣は私の教え子だからね!そしてネズミを裁く法律は日本には存在しないのさ!」

「富と名声と力がある職場ってサイッコー!!ワンピースは此処にあったんだZE!!」

 機材も無いのにハウリングするマイクの声に、国家権力の犬たる塚内は口を開こうとして、そのまま噤んだ。

 何か言えば自分が消されると理解したのだ。賢い男である。

 ネズミが支配する夢の国では警察手帳なんぞケツ拭く紙にもなりゃしないのだ。

 

 卒業生達は懐かしの学び舎に気の済むまでツッコミし、さて、と校長先生の前に着席した。

「まぁ今までの経緯は分かったよ。情報漏洩を恐れてウチの会議室を借りた理由もね」

「すみません。AFOの情報網を考えるとこちらが最善かと思いまして」

「それは全然良いよ。それより現状把握のために情報を一度整理しようか」

 

 授業用のホワイトボードに、根津が大きく「レザーフェイス」と書き出す。

「まず、レザーフェイスについて。ヤツは政府から量産型『オールマイト』の作製を依頼された。そして神野区で試作品をエンデヴァーにぶつけ、その威力を示した。確かに凄まじい力ではあったね」

「しかしその後、量産型『オールマイト』は一度も表に出ていない」

「うん。マァ公安が依頼した、オールマイトの代替になり得るものではなかったからね。さらに氷叢家の協力(尋問)により判明したレザーフェイスの拠点を捜査したところ、作成するのにかなりのコストと時間が要ることも分かった」

「とはいえあれから半年以上が経つ。最悪、数十体はあるだろう」

「一体で半径3kmの物質を粒子レベルまで崩壊する力だ。量産型『オールマイト』の回収は最優先事項にあたる」

 

 

「次に、AFOだね。コイツの行動原理が分からない」

 レザーフェイスの隣にAFOの名を書き加える。

「蛇腔病院と神野区の事件後から、AFOは各地で頻回に暴れている。強い“個性”を持つ人間を誘拐し、孤児院を襲撃し、脳無をあちこちで暴走させ、やりたい放題さ。トゥワイスの“複製”を手に入れてからはさらにその頻度が増した」

「複製体は脆いとはいえ、日本各地で起こる事件にヒーローは総動員の状況です。幸いAFOの複製体は同時に数体程度しか現れませんが」

「アイツは我が強い。あまりに増やし過ぎたら自分同士で殺し合いが起こると分かっているんだろう。そしてそのリスクを負ってでも己を増やしているのは“AFO”を“OFA”に押し付けて、己をOFAの八代目継承者にするため、と」

「その理由が全く分からん」

 グラントリノが嫌そうに眉を顰めた。

「継承者が増えるとOFAは力のストックを増やす。アイツの異常行動は俊典を更に強くしているだけだ」

「勿論裏があるだろう。オールマイト、AFOの行動に何か心当たりは?」

「そう、ですね」

 瞼を閉じてOFAの内側を覗き込む。

 

 

 八代目の椅子に座るAFOは俯き、何も喋ろうとしない。

 その隣では与一が両腕でバッテンを作っている。

 

 

 OFAが特異点を迎えてから、継承者とはそれなりにコミュニケーションが取れるようになった。

 しかし死柄木全だけは未だ何の反応も返さない。

 ヤツが喋ったのは木椰区ショッピングモールの一度だけだ。

 

 

「OFAの中のアイツは何も喋りません。しかしショッピングモールでは『倒されないため。自分を忘れられないため』だと言っていました」

「倒されないため?」

「ええ。それに弟に会いたいとも。もしかすると特異点に到ったOFAに継承者として残り、OFAの中で弟の与一さんと再会したいのかもと思いましたが、」

「………そんな殊勝なことを考える男ですか」

 相澤に視線を向けられたグラントリノが首を横に振る。

「ありえん。ンな迂遠な手段を取るくらいならアイツは俊典をぶっ殺してOFAを奪取する」

「でしょうね。何か企んでいると言うのは間違いない」

 

 

「そのAFOについてだが、ここ最近は死柄木弔の活動も目立つ」

 根津はAFOの下に死柄木弔(志村転弧)の文字を付け足した。

「子供達の誘拐だったり、破壊活動だったり。AFOの配下は殆どが使い捨ての駒扱いだが、死柄木は明らかに己の直属として育てている」

「彼は被害者ですよ」

「分かっているとも。彼はAFOに拾われ、洗脳され、AFOの命令に従わなければ処分される立場だ。しかしそれはそうとして、彼は多くの現場でAFOに付き従い、子供を誘拐し、多くの施設を破壊している。そしてその彼にも部下が居る」

 根津はその下にさらに名前を付け足した。

「白雲朧の遺体より作られた脳無、黒霧。連続強盗犯トゥワイス。誘拐児童のトガヒミコ。木椰区で死柄木に賛意したスピナー。この4人だね」

「問題なのは黒霧とトゥワイスだ。貴重な“個性”を持つ人間を黒霧が誘拐、トゥワイスが複製。そうして複製した人間の“個性”をAFOが奪う。AFOは凄まじい勢いで“個性”を増やしているだろう」

「睡眠時にやられて気づかなかった被害者も居るでしょう。被害状況も分からない。どれだけ厄介な個性が集まったか……」

「“個性”は脳無にリユースも出来る。こうなってしまったら長期戦は悪手。何より志村少年とトガ少女、伊口少年が心配です」

「短期決戦を計画する必要がある。そのためにはAFOを引きずり出さなくてはならん。やや強引な手段も取らなくては」

 

 根津は頷き、AFOの隣に「被害状況」と書き加えた。

「それで、“荼毘”への通報はどうかな」

「唐突に無個性になったっつー通報がこの一週間で14件。全部地方で、殆どが異形型だ。それと虐待されてるガキからのDMが多数」

「AFO関連以外の通報が目立ちますね。それはそれで保護活動に役立つので良いんですが」

「………つか、虐待児童向けの連絡先とかググったらすぐ見つかんだろ。何で俺に言うんだっての」

「君は轟家で暮らしていた頃、ヒーローや学校の先生なんかに頼ろうと思ったかい?」

 根津のビーズみたいな瞳に見上げられて、首をブンブン横に振る。

 

 そういえば轟家に居た頃、どれだけウチが普通じゃないと分かっていても、ヒーローや学校の教師に頼るという発想は無かった。

 自分がイカレているせいではない。あの家で一番しっかりしている冬美ちゃんや、一歩引いて客観視していた夏君ですら外部の大人に頼るなんて発想は無かった。

 

「そういうことさ。傷ついた子供達は、傷ついていない人間に近寄ることを恐れる。既に精神的にギリギリなのに、正論で自己否定されるのは彼らにとって死活問題だからね。伊口秀一もそうだった」

「………あん時は俺が対応ミスったンか」

「あれは君一人に任せた私達の責任だよ。今は雄英教師陣や、トップヒーローによるバックアップがある。君は、彼らがSOSを出しやすい“あっち側”と“こっち側”の橋渡し役をしてくれれば良いのさ」

 

 燈矢の知名度を利用し、AFOによる被害状況を把握するために設置した通報システムが“荼毘”である。

 つまりは燈矢の偽名だ。

 “荼毘”は突然無個性になったり、ヴィランに誘拐されかけた、もしくは誘拐された後に家に帰された若年層の相談窓口として機能している。

「対応は?」

「殆どはジーニスト事務所がやった。でも虐待でヤバそうなのは俺が相澤と一緒に行ったよ」

 親指で相澤を指すと、「被害児童は全員保護しています」と頷く。

「流石だねイレイザーヘッド。もしかしたら教員に向いてるんじゃないかい?」

「子供の対応をしたのは燈矢です。俺は両親を捕縛しただけで、なんというか……予想より“荼毘”の求心力が強い。個性カウンセリングから漏れてるヤツがかたっぱしから連絡してくる」

「これからは色々と見直さなきゃならないね。トガヒミコにしても、スピナーにしても、志村転弧にしても。大人の手がもっと早く届けば救える子供達だった」

「そのためには若い世代の力が必要です。私では彼らの共感性は得られない。子供達の傍に寄り添えるヒーローが、」

 

 緊急のサイレンが鳴り、空気が張る。

 鳴ったのはオールマイトのスマホだった。

 通話をするなり眉間に深い皺が寄る。

「───分かった。すぐに行くからね。大丈夫だよ」

「どうしました」

「夏雄少年からだ。レザーフェイスと遭遇したと」

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 都会の夜は湿っぽくて、燻したムスクの臭いがする。

 レザーフェイスは東京23区のやや外れを歩いていた。

 悲しい程に体幹が虚弱なので、足を踏み出す度に背負ったリュックが左右に揺れてガシャンコガシャンコ音が鳴る。

 

「ハナオ君は外に出るのは時めてだよね。ヒロムちゃんは2回目かな。そう、あれが高層ビルだ。あの光は残業に苦しむ現代人の血が灯っているんだよ」

 鼻歌を歌いながらヘタクソなステップを踏む。街の中心を貫く大通りなだけに、夜であっても人が多い。

 予想時刻ぴったりに目当ての人物が現れた。

 

 距離にして約100m。蕎麦屋の暖簾をくぐった女は胡乱な視線に素早く気付いた。流石のトップヒーローである。 

 レディ・ナガンは信じられないという形相でこちらを見ていた。

 挨拶代わりにへらっと笑って片手を挙げる。

 

 銃弾が片耳を掠めて弾け飛んだ。

 

「ッ、いった、え、いいいきなり撃つ!?威嚇とか無いの!?」

「オイ嘘だろ、おいおいおい、レザーフェイス!レザーフェイスじゃねぇか!両手を挙げてその場に這い蹲れ!!冷さん、すぐに通報を!」

「あ、れ……え、あ、」

 麗しの魔性、轟冷はコチラを見るなり硬直した。

 無理もない。レザーフェイスの顔は彼女の罪の形をしている。

「酷いなぁ。僕には借りがあるデショ冷さん?そこに居る焦凍君は誰が作ってあげたんだい?」

「ぶっ殺すぞ!!」

 ヒーローというものは声が大きい職業だ。でないと大混乱の街中で指示なんて出せやしない。

 それにしたって公安の犬だった頃とは比較にならない大声である。

 突然の銃声に大通りは大混乱だ。さらにトップヒーローの轟くような大声に、尋常な事態ではないと悟った民衆の悲鳴があちこちで劈いた。

 

 逃げ惑う群衆の中、メタリックな美女が仁王立ちで立ち塞がる。

 カッコ良すぎて口笛を吹いた。

「アララララ……そんな強い言葉使わないでよ。僕が死んだら公安が困っちゃうよ」

「私はもう辞めた!!」

「そっか。ホワイト企業へ転職成功おめでとう。ビズリーチ?」

「今すぐ這い蹲れ!!従わない場合は足を吹っ飛ばす!!」

 既に銃口は足に標準を定めている。

 その後ろには全身を震わせる轟冷と、彼女を庇う冬美と焦凍。夏雄はスマホを取り出そうと頑張っているが、焦って手が震えていた。

「なっさけない母親だね。子供に庇われて震えてらぁ」

 きゃは♡と笑う。片脚が根元から吹っ飛んだ。

 

 トンデモナイ衝撃だった。痛いなんてもんじゃない。

 あまりの激痛に呼吸が止まる。視界で花火が弾け飛び、意識が飛んだ。

 気付けば斜めに傾いた星空が頭上を覆っている。

 喉の奥がカヒュッ、と鳴って、それがビールのプルタブと同じ音に聞こえた。

 

 レディ・ナガンは血溜まりにカチカチと踵を鳴らしながら踏み込み、冷えた笑みを浮かべていた。

「気分が良いな。実はここ最近、お前を殺したくてたまらなかったんだ」

「、ッ、ハ、なんでェ?、生理不順?」

「欲求不満だよ。丁寧な生活ってのがどうにも性に合わなくってさ……リュックの中身は何だ」

「、分かってるでしょ?『オールマイト』だよ♡」

 べろっと舌を出す。

 持って来たのは最初期に作成したトライアルの残り、計3つ。

「最近作った子と比べると弱いけど、ッ、それでも、この街くらいは粒子レベルまで吹っ飛ばせる!ドカーンってね!」

「今すぐリュックを渡せ」

「気を付けなよミス・レディ。人工子宮は、そんなに耐久性が高くないんだ。もし今ので罅が入ってたら、あはっ、ちょっとした振動で産まれちゃうよォ?」

 太腿から血を噴き出しながら、しかし笑みが浮かぶ。

 自分よりずっと強い連中を掌で転がすより面白い娯楽って、浮世にゃナカナカ無いもんだ。

 

 

 

 レディ・ナガンは一瞬戸惑った。

 

 下手なリスクを犯さず、オールマイトを待つべきか。

 それとも今すぐに『オールマイト』を殺すべきか。

 

 判断に迷う。その瞬間に黒い霧が立ち込める。

 

「あ、ヤバ」

「………探しましたよレザーフェイス。それはAFOのモノでス。貴方が勝手に使用するのは許さレナい」

 レザーフェイスの肩に黒霧の手がかかる。

 即座に黒霧の頭を撃ち抜いた。

 銃弾は霧に吸い込まれ、そのまま射線が反転する。

 咄嗟に身を捩る。銃弾は腕を掠め、血が噴き出た。

「ズルいなその“個性”!なんでもアリかよ!」

「真っ先にヘッドショットとは……ヒーローに許されるのは警告・拘束・通報、」

「そして状況的に許される程度の中軽傷まで!しかし一般市民への危険性が高い場合はぶっ殺しても御咎めは実質無い!!」

 

 レザーフェイスは戦い始めた黒霧とレディ・ナガンを置いて、リュックを背負ったまま、千切れた足を抱えてヨタヨタと距離を取った。

 冷と子供達は塊になって震えている。その中で、夏雄がスマホに向かって助けを求めているのが見えた。

 

 ここで『オールマイト』が産まれたら全員死ぬ。

 安全に『オールマイト』を処理出来るのはオールマイトしかいない。

 自分は、オールマイトが到着するまで、黒霧が『オールマイト』を奪わないよう妨害するのが最優先事項。

 

 だが、黒霧の個性は“ワープゲート”。銃弾をこちらに撃ち返すことも、無防備な子供達に向かって撃つことも出来る。

 “ライフル”との相性は最悪。

 

「つまり、話は単純だ!!テメェを素手(ステゴロ)で殴り殺す!!」

「銃身で殴るのは素手なのでスカ??」

 

 返事をせず、足を払う。

 あまりに“個性”がチート過ぎて体を鍛えちゃいないのだろう。それともバカ真面目にライフルで殴るとでも思っていたのか。

 霧のように見えるが実体はあるらしい。思いきり蹴り飛ばした脛の骨がバキンと嫌な音を立てた。

「ッ、」

「イレイザーには悪ぃが、テメェの“個性”は厄介だ!!ここで始末する!!」

 体勢を崩した黒霧の胴体を蹴りつける。こちらは予測していたのか、足が吸い込まれた。

 背後に飛びのく。靴の先が削れていた。

 空間を切り替えて切断できるのか。便利にも程がある“個性”だ。

「軍靴でスか。汚いなぁ」

「個性がチート過ぎんだろ!!何でAFOなんぞに従う、勿体ない!!」

 ライフルで殴りかかる。

 腕を切断しようとしたのか、ワープゲートを腕の周りに出現させる。

 ニヤッと笑った。やはり、この男。近接格闘に慣れていない。

 

 腕を即座に引き抜き、体を半回転させ、そのまま足を振り上げる。

 鉛を仕込んだ軍靴が思いきり顎先にぶち当たった。

「あはは!!全身をワープゲートに覆うことは出来ねぇんだな!!」

「ッ、“個性”は遠距離の癖に、」

「素人の考えだ!苦手分野を克服してこそのプロだ!!」

 

 頭が揺れてふらついた胴体に巻き付いて、腕をへし折る。

 呻きながらもワープゲートを出現させようとしたので、すかさず胴体にライフルを叩き込んだ。

 肋骨がへし折れて、何本か内臓に突き刺さった感触がする。

 

 黒霧は呻きながらその場に屈みこんだ。

「良いサンドバックだなぁ。冷さんとのデート邪魔しやがってよ。このまま脊椎逝っとくか?」

「ッ、『オールマイト』を回収出来れば、今すぐにでも退散しますヨ、」

「それは無理だな。アレは此の世に生まれちゃならなかった。在るだけで社会が揺らぐ」

 オールマイトの存在が無くなるより、『オールマイト』が量産される方がよっぽどリスクが高い。

「テメェらみたいなのに利用される可能性がある以上、あれらは一体残らず処分しなきゃならねぇ。可哀想だが、」

 

「ッ、可哀想と思うのなら!せめて産まれることぐらいは許しては如何か!?」

 高らかな声に眼を瞠った。

 先程までとは声の感触がまるで違う。声変わりが漸く済んだような、未熟な子供の声だ。

 

 思わず黒霧の顔を見た。黄色い蝋燭みたいな瞳が2つ浮かぶだけの顔がある。

 しかし、いや、よく見ると。

 深い霧の奥に白い雲が浮かんでいる。

 

「……おい、お前、」

「望まれないから殺すのか!それは公安の理屈だ!私達はそんな、俺が、雄英に入ったのは、」

「待て。お前、自分の名前を言ってみろ、」

「俺、、ワタシは、黒霧、ヒーローに、子供達が……だから死柄木はッ、私は、ッ、……!?」

 黒霧が硬直する。一方向を凝視し、腕を伸ばす。

 

 その方向に視線を向ける。

 両足が揃ったレザーフェイスがリュックを背から下ろしていた。

 

「は?」

「ウフフ。キララちゃんのお陰さ……さてさて、ア、罅入ってるじゃん。リュックの中がびしゃんこだぁ」

 レザーフェイスはリュックから卵型のガラスを3つ取り出し、そのまま空高く放り投げた。

 

 内1つは黒い霧に包まれて消えた。

 もう一つは銃弾が粉々に砕いた。

 最後の一つは地面に落下した。

 

 ひゅ、と喉が鳴る。

 砕けた人工子宮から、小さな胎児がその場に転がり落ちる。

 

 

 しかし産声を上げる前に大きな手が子供を抱き上げた。

「会議から抜け出した私が来た!!」

「ッ、オール、」

「ナガン君はレザーフェイスの確保を!!」

 オールマイトは腕に光る子供を抱いたまま、その場に屈み込む。

 全身の筋肉が隆々と湧き立つ。

「『変速』、『発勁』、『浮遊』のトリプルコンボ!!このまま大気圏外までぶっ飛ぶぜ!!」

 次の瞬間、地面が抉れてアスファルトが飛散する。

 ソニックブームの大音響が全身を打ち付けた。

 咄嗟に眼を閉じるが、光が網膜まで貫通した。吹き荒れる衝撃波にたたらを踏む。

 

 しかしそれも、一瞬の後に全てが止んだ。

 

 恐る恐る瞼を開く。衝撃波の影響で吹き飛んだポリバケツやら、三角コーンやらが周囲に散乱していた。

 そして空気がまるっと取り替えられたように澄んでいる。

 空遠くに飛ぶ彗星がよく見えた。

 

「………ッ、子供達、それに冷さん!」

 一塊になっていた子供達と冷は、ソニックブームが直撃したせいだろう、両手で耳を塞ぎ、眼を閉じていた。口を大きく開いているのは流石だ。

「おい、怪我は!?どっか痛むか!?」

「いえ、だ、だいじょぶ。眩しくて驚いただけ……」

「耳痛てぇ」

「蕎麦が口から出そう」

 揃って気分は悪そうだが、重篤な様子はない。

 顔を青くした焦凍の背中を撫でた。

「吐気があるなら吐いた方が良い。我慢するな。冬美さん、救急車を呼んでくれるか?」

「はぁい……」

 周囲を見回す。見える限りで怪我を負っている一般人は居ない。

 

 黒霧は既に退避していた。かなりボコボコにしたが、己一人くらいはワープゲートで移動する余裕があったらしい。

 置いて行かれたレザーフェイスが道路に這い蹲っている。しっかりと耳を両手で塞ぎ、眼を閉じていた。

 

 足音を立てないように近付き、腹を思いきり蹴り上げる。

「うぐっ、ぼ、暴力はんたい!」

「黒霧に見捨てられちまったなァ。おい、このまま此処で死ぬか?」

「じ、じ、じょうだんじゃない!そ、それがヒーローのやり方かよ!」

 わあわあジタバタしているレザーフェイスだが、口の両端が笑っていた。

 楽しんでやがる。

 その口に削れた軍靴の先を突っ込んだ。

 

 どっと疲れた。思いきり溜息を吐いて、煙草代わりに爪を噛んだ。

「………なぁレザーフェイス。ちょっと聞きたいんだが、お前何しに来た?」

「ムー!ムー!」

「街中で『オールマイト』爆発させたところで意味ねぇだろ。お前も死ぬし。テメェは一般人虐殺して楽しむタイプのヴィランじゃねぇし」

「ウ゛ー!ウ゛ー!」

「それにさ、冷さん達と私を狙って此処に来ただろ。待ち構えてたもんな。つか、黒霧が来るのも予想範囲内だっただろ。私に黒霧の相手をさせるつもりだったな?」

「………」

「お前、AFOから逃げて来たのか」

「ぎ、ギクッ」

 

 レザーフェイスは眼をバッテンにした。

 脛を叩かれたので足を抜いてやると、ヘラっとバカな犬みたいに笑う。

「だ、だって、だって!凄いブラック労働で、タコピーにリボン貰っちゃおっかなってくらいに鬱っていうか、産業医さんは「ちゃんと毎日7時間は寝ましょうね」としか言ってくれないし、もうこりゃ転職しかないなって」 

「元々、お前はAFOの信奉者でもなけりゃ味方でもない。そしてテメェは、心底腹立つが、プロだ。任された仕事は完遂する」

「、ヤ………あのォ、そ、そんなに評価してくれるなんて光栄だけど、」

「『オールマイト』が完成したな」

 

 わざとらしい白痴の顔を睨みつける。

 レザーフェイスは暫く黙っていたが、漸く観念した。

 歯を剥き出しにしてプラスチックの宝石みたいに笑う。

 

「うん。性格から思考まで、全てが完璧な『オールマイト』。できちゃったよ。出来たんだ。でもAFOに取られちゃった」

 

「………そいつは今どこにある」

「分かんない。完成したのがバレたらすぐに取られた」

「お前はAFOの元で何をしていた」

「産まれてすぐに爆発する量産型『オールマイト』を大量に作らされてただけ。さっき黒霧に取られたのも含めて、合計で87体」

「作っていた場所は」

「和歌山県の群訝山荘。でも既に撤収済みだと思うよ。僕ちゃんが辞めたのはもう気付いているだろうし」

「………随分とぺらぺら喋るな」

「僕にとってAFOは雇用者でしかない。公安に納品する筈だった『オールマイト』を奪うのは契約違反だ。だから逃げた。それだけ。もう付き合ってらんないよォ」

 レザーフェイスはオーバーに肩を竦めた。

「まぁでも、許してあげるさ。給料はたんまり貰ったし、雇い主の顔を潰しちゃうと次の就職先に悪印象だしね。じゃあヒーロー、僕ちゃんを公安、もとい転職先まで連れてって?」

「殺してやろうか」

「君には無理だよ。君の今の雇い主は誰だい?」

 空を見上げる。遠くで星が光っている。

 

 きっと今オールマイトは、産まれたばかりの子供を腕に抱き、最期の時を迎えるまで小さな頭を撫でている。

「彼は、君が僕を殺したとして、許すかい?」

 

 心底性質が悪い。頭に瞬間的に血が上り、ライフルを眉間に突き付けた。

 レザーフェイスは真っ白なペーパークラフトの顔でこちらを見ている。

 

 ────アア、情けなくってならない。こいつの言う通りだ。

 結局中途半端だ。

 

 あの星の下では人を殺せない。

 自分の負けだ。ライフルを下ろした。

 

 

 レザーフェイスが量産型『オールマイト』を持って来たのは、オールマイトを呼ぶためだった。

 つまり、今やヒーローとして大手を振って活動しているレディ・ナガンが、衝動的に己を殺さないための保険だ。

 

 自分はオールマイトのSKである。それがどういう意味を持つのか、元公安の人間として嫌になるくらいに理解している。

 平和の象徴を穢す真似は決して許されない。

 もしオールマイトのSKが無抵抗な人間を殺してしまったら、公安は醜聞が広がる前にソイツを処分するだろう。

 

「SKって大変だね。マイヒーローの泥に顔を塗ることは許されないンだからさ」

 無言でレザーフェイスを拘束する。公安委員長の知ったかぶった声が脳内にハウリングしていた。

 

 

 貴女は必ず戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。