地獄より我らが父へ   作:XP-79

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No.25 HerE foR yOu

 

 

 

 

 

 

 

 ヒーローや警察の捜索を避けるため、AFOは頻回に拠点を変える。

 今は安っぽいマンションの一室を寝床にしていた。

 モニターが壁を埋め尽くしていて、足を踏み入れるとどこか寒々しい。

 AFOは椅子に腰かけ、片目でこちらを向いた。

 

「弔、どうしたんだい?顔色が悪いね」

「………」

「それと、その子は?」

「………先生に、聞きたくて」

 

 腕の中には、仲間外れにされていた『オールマイト』の入った人工子宮がある。

 レザーフェイスが残し、今はドクターが管理している研究室から勝手に連れて来たのだ。

 既に臨月相応だろう。時折むずがるように足を動かしてガラスの壁を蹴っている。

「てか、アンタは「オリジナル」だよな?」

「必要がある時にしか僕は“複製”を作らないよ」

「そっか……あのさ、先生、俺、出ていく」

 唐突な独立宣言にAFOの片眉が跳ね上がった。

「それはもしかすると、その胎児のためかい?このままだと私に利用されると思ったのなら、それは誤解だよ」

「違う。俺のためだ。俺が、もうアンタに利用されたくねぇんだ。こいつはついでに連れて行くだけ」

「行く宛ては?」

「ねえよ。ねぇけど、此処に居るよりマシだ。俺は本気だよ」

 

 睨むと、地団太を踏む子供を見る視線を返される。

 全く本気だと思われていないのがありありと分かった。

「ついでと言うには大き過ぎる荷物じゃないかな。その子はもう少しで産まれる。そうなったら、」

「コイツは一番『オールマイト』に近い、特別な個体だって聞いた。だったら他の奴らとは違って、産まれても生き残るかも、」

「じゃあ運良くその子が爆発せず生き残ったとしよう。どうやって育てるつもりだい?戸籍は無い。お金も無い。住む場所は?頼る人は?ああ、ヒーローに頼るのかい?なら安心だ。彼らならきっと可哀想な君達を保護してくれるだろう」

「………」

「でもその子は殺されるだろうね」

 

 そんな事は分かっている。

 ヒーローは普通の人間しか救ってくれない。

 

「………ヒーローには頼らない。あいつらは俺達なんざ救ってくれないって分かってる」

 ガラスを抱く。胎児は稚い顔をしている。

「こいつも、トガも、スピナーも、トゥワイスもそうだ。アイツらのせいで俺達は生きにくいんだ。俺は、普通じゃない俺達でも生きやすいようにしたいんだ」

「なら僕の元でそうすれば良い。僕が君の成長を導いてあげよう」

「違うんだよ先生。俺達が求めてるのはそういうことじゃないんだ。アンタに感謝はしてる。でも、」

 真っ黒い溜息がAFOの口から漏れた。

 面倒臭そうに首を傾ける。

「分かっていないね。そもそも、根本から君は分かっちゃいない」

 

 AFOが立ち上がる。

 改めて真正面から相対すると、AFOはあまりに大きい。太い墨のような重い線が体の縁を繕っているように見える。

「良いかい、弔。そもそも最初から君には自由なんて無いんだよ」

「………?」

「君は今まで何一つとして選んだことはない」

 

 声が朗々と響く。どうしてかと思えば、舞台役者と同じ声の出し方をしているのだった。

 自分にとってAFOは恩人であり、命を救ってくれた優しい先生だが、その実は生粋の悪役だ。

 悪役というものは声が美しく、悪事を暴露する場面では一際輝く声を出す生き物だった。

 

「長女は育ち過ぎていた。意志力には方向性が重要だ。産まれた瞬間からコントロール出来る苗床が欲しかった。だから弟妹を作るよう志村弧太郎に勧め、産まれたばかりの君から個性因子を抜き取った」

 

 最初は誰の事を言っているのか分からなかったが、父の名前を聞いて、あ、自分のことかと気づいた。

 大きな掌が自分の頭を撫でる。

 普段はちょっと気恥ずかしい仕草に冷や汗が滲んだ。

 どういう事だ。

 

「君がヒーローを志すよう誘導した。志村弧太郎がヒーローへの嫌悪感を募らせるよう情報操作もした。そして頃合いを見て、破滅にのみ突き進むよう、粗悪に加工した“個性”を君に与えた」

「あたえたっ、て?」

「分解と修復が組み合わさった“オーバーホール”という個性の、分解のみを特化させたのが“崩壊”だよ。ここからは想像になるが、君は父親からの虐待によるストレスを“修復”で治そうとしたんじゃないかな。“崩壊”こと“分解”は本来、“修復”とセットの個性だからね。その結果、君はストレスが溜まると破壊衝動が湧くようになった」

 

 生まれ持った“個性”と体質が合わない人間の話はネットによく転がっている。

 自分もそうなのだと思っていた。破壊衝動に伴う掻痒感はその一種なのだと。

 何もかもを壊したくなるのは自分の意思なのだと。

 

 

 しかしAFOの言う事が本当なら、話は違ってくる。

 “個性”自体に不具合があったから、上手く機能していなかっただけ。

 何もかもを壊したいという衝動は誤作動した“個性”の影響に過ぎない。

 

 家族を殺したのは自分だ。

 しかし自分の意思ではなかった。

 社会を壊したいと思っているのも自分の意思じゃないかもしれない。

 

 頭の中が切り抜かれたように空白になる。

 何も無い。最初から自分には何にも無かった。

 ただ、どうしようもなく痒い。

 

「ま、そういうことさ。今回の君の行動、発言も僕の想定通りだよ。本当に、上手く育ってくれた」

 

 気付けば喉から嗚咽が漏れている。

 微笑む先生の顔は美しい。きっとお父さんに向ける顔も同じように美しかったのだろう。

 この男は人の感情を掴む造形をしている。常に心地良い声で喋り、所作の全てに華があり、傍に居るだけで夢のような気分が味わえる。

 

 最悪のヴィランだ。

 

「今更だけど返すよ。君の“個性”だ。祖母に似た雑魚個性だけれどね」

 掌から何かが自分に移る。本来の自分の“個性”だろう。今更どうでも良い。

 

 それより、ふと、モンちゃんのことを思い出した。

 惨めったらしい嗚咽が喉の奥で止まった。

 モンちゃんは───そう、頭を撫でると、分かり易く楽しそうにした。

 

 お父さんはバカだったから。社会は愚かだから。大人は身勝手だから。しょうがない。

 AFOに奪われようが、壊されようが、そう選択したんだから。

 しかしモンちゃんには選択肢が無かった。

 

 俯く。腕の中の胎児を見る。薄い瞼はシィンと絹のように白い。

 何一つとして選んだ事の無い命。

 

 選びたいかな。

 選びたいよね。

 

 俺は選びたかったよ。

 

 

 

 頭を撫でる手首を万力込めて握る。

 そのまま壊す。黒い塵に変わる。食い縛った歯の隙間から息を吐いた。

「殺してやる」

「良い心意気だ。検討を祈るよ」

 能面みたいな笑顔を掴み、壊す。

 崩壊は首に達し、腕から肩、首、頭までが黒い塵になって床に降り積もった。

 

 塵を踏み潰す。動く気配は無い。

「ッ、フー、フーッ、」

 全身が恐怖と緊張で震えた。殺した。殺した筈だ。

 いくら先生でもこの状態から戻るとは思えない。

 だが、あの先生だ。何をしてもおかしくない。

 人工子宮を脇に置き、先生だった塵を確かめるためにしゃがんだ。

 

 

 同時に足元から巨大な腕が生えた。

 掌が自分の身体をオモチャみたいに握る。

 そのまま凄まじい勢いで振り上げ、頭がガツンと天井にぶち当たった。目の前に星が散る。

「ッ、ギ、」

「………甘やかされ過ぎだ。反抗期にしても限度がある。主に反乱を起こすとは」

 腕の先が床から這い出て来る。

 ギガントマキアだ。階下で待機していたのか。

 

 バケモノ染みた力で胸が潰され、呼吸が出来ない。“崩壊”させようにも喉が詰まって集中できない。

 なんとか掌から抜け出そうと身を捩るが、ギガントマキアは間髪入れずに自分を握ったままの腕を振り回した。

 それだけで壁が砕け、天井が落ちる。バケモノ染みた、じゃない。コイツはバケモノだ。

 

 床に叩きつけられ、身体をくの字に曲げて胃の中のものを全て吐き出す。

 このまま胃袋まで出るかと思う程に苦しい。呼吸をする度に胸が痛いので、恐らく肋骨が数本折れている。

 しかし、恐ろしいことに、ギガントマキアは全くもって本気ではなかった。

 此処の壁は防音性で分厚い。それを容易に砕く力を有しているのだから、もし本気で叩きつけられていれば自分は床のシミになっている。

「弱い、弱過ぎる。この程度でAFOに逆らうとは」

「、知るか、ッ」

「ああ、主よ、この子供は処分した方が良い。もしくは私に性根を叩き直す許可を!」

 

「───ダメだよマキア。君が仕置きなんてしたら弔は死んでしまう。子供なんだから許してあげなさい」

 

 壊れた壁の残骸を乗り越えて、薄笑いを浮かべた男が近づく。

 AFOだ。その後ろには黒霧を引き連れている。

 厭味ったらしいスーツには皺すら無い。血混じりの痰をその足元に吐いた。

「ッ、オリジナルってのは嘘か、」

「嘘じゃないさ。私は必要な時にしか“複製”を作らないと言っただろう?近々君に反抗期が来ると分かっていたからね」

 一切悪びれていない声である。

 その後ろに佇む黒霧は、そもそも表情が読めない。黄色い眼球は部屋のモニターを注視している。

「ところでAFO、ご確認されマシたか」

「ああ、予定通りだよ。君は矢張り優秀だ」

 

 脳無はAFOに逆らえない。AFOの声に従うようプログラムが組まれているのだ。

 黒霧も例外ではない。イヤな予感がした。

 

「てめ、何、」

「ヒーロー連中は気付いていないようだね」

「妨害はありまセンでした。それと、あちらは公安に納入予定だった個体でスか」

「そうだよ。このままだと産まれてしまうかなぁ」

 床に落ちた人工子宮を黒霧が拾い上げる。

「おい、触んな……」

「レザーフェイスは最高傑作と言っていましたが、コレはどう使うのデスか?」

「それはヤツの再現度が高過ぎる。公安に渡したくないから奪ったが、脳無の材料にでもするよ。ハイエンドの準備は」

「予定通りデす」

「『オールマイト』の爆発に合わせてハイエンドを各地に解き放て。オールマイトがこまごまと潰して回るだろうが、ヤツにも限界がある」

「時間稼ぎですカ」

「うん。20秒でも稼げれば上出来だ。それで全て終わる」

 

 モニターの向こうには雑多な街並みが映る。

 廃ビルの一室。

 高架下に群れる放置自転車の隙間。

 公民館の倉庫。

 人が詰め込まれた電車の座席下。

 

 そこにはバッグに詰められた、またはゴミ袋や新聞紙に包まれた人工子宮があった。

 薄いガラスの中には胎児が揺蕩っている。どれも臨月だ。いつ産まれてもおかしくない。

 『オールマイト』だ。

 

「タイムリミットまで1時間かな。それまで弔はお友達と一緒に隠れていなさい。話はその後にしよう」

「ッ、ふざけんなクソ!死ね!!テメェら全員死ね!!!」

 

 社会なんてどうでも良い。自分達を救ってくれないヤツらばっかりだ。

 『オールマイト』の爆発で、誘拐された子供達を材料にした脳無のせいで、大量に人が死ぬから、なんだっていうんだ。

 

 なんだっていうんだ。

 どうでも良い筈だ。

 でも気に喰わなかった。大声を上げて身を捩った。

 自分達が救われない原因がそこに在る気がしてならなかった。 

 

 

 

 

 

「────AFO、弔は私が連れて行きましょう」

「うん。頼んだよ」

 AFOは既に弔に興味を失っていた。視線はモニターに向いている。

 ギガントマキアは主に対して罵声を吐く弔を睨んでいる。

 モニターに映るデジタル時計が予定時刻を指す。

 

 根津の予想は全て当たっていた。

 AFOの足元にワープゲートを開く。

 

 

 真っ先に事態を察したのはAFOだった。

 黒霧が裏切ったのだ。

 

 だが脳無はAFOとドクターの命令には逆らえない。

 身体が完全にワープゲートに飲まれる寸前、黒霧に向かって大声を出す。

「止めなさいくろき、」

 AFOの声をかき消す大音量が響いた。

 物理的なエネルギーを伴った声が残っていた壁を徹底的に破壊する。

 

「HEYHEYHEY!!!!そりゃあねぇんじゃねえの親玉さんよ!!!昨今パワハラなんぞ流行らねぇZE!!!」

「コソコソコソコソ!悪玉揃ってな~にやってんだ!!楽しそうじゃねえかオイ!!」

「ミルコ!貴女まだ新人なんだから逸らないようにね!……ええ、こちらミッドナイト。拠点にギガントマキアと死柄木弔を発見。予定通りギガントマキアを捕縛します」

 

 

「───確かに、私は貴方の命令に逆らえない。私は貴方の命令通り、誰にも見られないよう『オールマイト』を各地に配置しましタ」

 黒霧は手に持っていた人工子宮を弔に手渡した。

「しかし、その場所を誰にも伝えるナとは言われなかった」

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 

『こ、こちらマニュアル。保須市の、じ、人工子宮、い、1体発見しましたッ、』

『こちらワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ、富士山みはらしで一体発見!』

『こちら大阪担当ファットさんや。なんや、万博にけったいなモンしこみよって……』

『こちらコンパスキッド!四国全域は全て発見済み!九州にある残り1体のため移動中だ!』

 

「こちらチームIDATEN、インゲニウム。東京都に配置された『オールマイト』8体の内7体目を発見。これから窒素処置を行う」

 

 インゲニウムは地面に焦げ跡を残しつつ急停止した。高架下に放置されていた自転車を勢いのままに吹き飛ばす。

 自転車の陰には空き缶やら、弁当の空箱や、割り箸の突き刺さったビニール袋なんかが落ちていた。

 その中に黒いゴミ袋がある。何も知らなければただの不法投棄に見えるだろう。

 ゴミ袋を引っぺがすと涙滴型のガラスがあり、中には赤ん坊が浮かんでいた。

 

 7体目になっても手が震える。

 人工子宮を抱えて高架下から抜け出すと、追いついたSK達が処置用の箱を準備していた。

 箱には窒素が満ちている。

 準備完了と言われ、ヒーロー協会から指示された通りにガラスを捻って緩く開く。

 人工子宮の隙間から黄色い羊水が漏れ始めたことを確認し、すぐさま箱に入れた。

 箱の中は見えない。しかし中で何が起こっているのかは分かる。

 人間は窒素100%の空気を吸うと数分以内に低酸素症で死亡する。出生すらしていない胎児はもっと早いだろう。

 

「……ごめんね」

 箱を撫でる。他に手段は無いと言われた。

 神野の大爆発は記憶に新しい。この胎児は同じ爆発を引き起こすのだという。

 処置が遅れてしまうと東京都が丸ごと壊滅する。

 

 気遣わし気なSK達に首を振る。労わられるべきは自分ではないし、まだ何も終わっていない。

 唇を釣って笑みを作った。こんな時に弱い所は見せられない。トップが揺れると部下も戸惑う。

「よし、あと1体だ!急いで探そう!確か鳴羽田の電車座席下にある筈だ!」

「それが、ありません!!」

「え?」

「鳴羽田担当のC.C.から連絡です!!電車にはどこにも無いと、」

 

 電車に目立つ忘れ物があったとして、誰かに持ち去られていてもおかしくない。

 そして人工子宮はそんなに丈夫な造りをしていない。

 もし持ち去った人間が地面に落としでもしたら、その瞬間に爆発が起こる。

 

「ッ、監視カメラを確認しろ!!黒霧さんが『オールマイト』を配置してからまだそう経っていない!!誰かが持ち去ったにしろ、遠くには行っていない筈だ!」

「あの、インゲニウムさん。それが、たった今連絡がありまして、」

「どうした!」

「その、監視カメラを確認した所、人工子宮はブランドのバッグに入っていたらしく、盗難にあったようで、」

「盗難犯を捜索しろ!!付近の監視カメラを全て、」

「いえ、その、それがですね。偶然現場にヴィジランテが居合わせて、その盗難犯からバッグを取り返したようで………」

 

 

 

 

 

「俺は置き引き現行犯からバッグを取り返した男!ザ・クロウ、」

「それ寄越せやクソガキー!!」

「ッ、わ゛ー!!!!」

 

 お手本のようなランニングフォームで追って来る盗難犯から這いつくばって逃げる。

 

 ヤ、なんでこんな事になったんだろう。

 ぜんぜん、これっぽっちも、分からない。

 自分はただ、オシャレなバッグが電車の座席下に転がっているのを見つけて、「あ、次の駅で駅員さんに渡さないと」なんて思っただけだ。

 そして明らかに持ち主じゃない男がバッグをひっつかんで電車から出ていくのを見ただけ。

 そしてそれをつい追いかけてしまっただけだ。

 

「いやなんっっっっでそこで追いかけんだよ!!テメェのでもねえバッグにンな必死になりやがって!!」

「だって盗みの現行犯じゃないですかー!!」

「馬鹿野郎この世にはGUCCIのバッグを置き忘れて気付かねえバカと、偶然GUCCIのバッグを見つけるラッキーボーイが居るだけだ!!」

「ボーイって歳じゃないでしょ貴方!!」

「トレジャーハンターは誰しもが胸に少年を飼ってんだよお!!」

「ぜんっっっっっぜん上手い事言ってないですよ!!インディ・ジョーンズに謝れ!!」

 

 何が入っているのやら、バッグは非常に重い。

 息が切れるし、バッグを背負った背中は地味に痛い。そのせいで速度が出ない。

 

 そして盗難犯は凄まじく足が速かった。オリンピック強化選手の如きブレのないフォームである。地面を擦る音は爽快で自重すら感じさせない。

「なんでそんな足が速いんですか!!そういう個性!?」

「ちげぇよ素の脚力だ!!俺はこの足で稼いでんだよ!!」

「え、もしかしてスポーツ系のお仕事を、」

「食い逃げとスリと置き引きが俺のライフワークだ!!ちなみに趣味はピンポンダッシュ!!」

「才能の使い方が絶望的に間違ってませんか!?貴方の人生何があった!!」

 

 悲鳴を上げながら必死に逃げる。

 気付けば見慣れた街並みに取り囲まれ、ビルのせいで狭苦しい空は茜色をしていた。

 夜が近い。

 

 ワイヤーロープが空気を裂く音と、空を跳ねる足音がする。

 滑走を急停止する。慣性を殺しきれず体が転がり、咄嗟にバッグを抱え込んだ。

 弟子入りしてから未だ数ヵ月だけれども師匠の気配は勘で分かる。

 

 そして予想通り、急停止した己に眼を瞠った盗難犯が、脇道から現れた大男にぶん殴られて吹っ飛んだ。 

 

「うっっっわ」

 どれだけ勢いを付ければ拳一発で大の男が宙を舞うのか。

 男は暫く滞空し、道端のゴミ集積所に頭から突っ込んだ。

 アレは絶対とんでもなく痛い。

 

 恐る恐る近付く。動く様子が無い。

「あの、し、師匠、、こ、コレ………殺してないですよね?」 

「心配ない。この世の生物はいずれ死ぬ」

「殺しちゃマズイっすよ師匠!!」

 一仕事終えたみたいな顔で師匠は煙草を咥えた。

 その隣に嫌そうな顔をしたポップが降り立つ。

「ちょっとコーイチ、あんたまた何に巻き込まれたのよ。何そのバッグ」

「あ、いやぁ……それが電車で置き引きを見つけちゃって。追っかけてたらこんな事に……」

「また?アンタね、そういう時は盗んだヤツの顔写真撮って警察か駅員に提出しなさいよ。自分で追いかけてもロクな事にならないでしょうが。今みたいに」

「おっしゃる通りですハイ」

 

 まだ中学生なのにしっかりしている。

 タハハ、と頬を掻いていると、師匠が背中からバッグを引きはがした。

 中を見るなり動きを止め、幾分か丁寧にバッグを抱える。

「コレは俺が警察に渡しておく。お前は戻れ」

「え?あ、はい」

「ちょっと、ネコババなんてしないでしょうね」

「誰がするか」

 師匠は邪魔っけに手を振って、煙草を捨てて踏み潰した。

 いつもならこんな雑用は自分に任せる。それに、妙に口数が少ない。

「あの、師匠。俺も行きますよ」

「必要ない」

 バッグを開いて、師匠はナックルダスターを付けたままの手を中に突っ込んだ。

 

 大きな手は何かを撫でているように見えた。

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 AFOがワープゲートに吸い込まれて消えた。

 残されたギガントマキアは一瞬呆然としていたが、事態を悟り、黒霧に向かって拳を振り抜いた。

 

 裏切者への怒りが何もかもを超越したのだろう。視認すら出来ない速さだった。ヒーローですら反応出来ていなかった

 黒霧はギガントマキアの拳を真正面から受けた。

 

 

 何が起こったのか分からなかった。

 黒霧の身体はオモチャみたいに吹き飛び、瓦礫に叩きつけられた。

 気付けば瓦礫に埋まっていた鉄筋が黒霧の胸と腹を貫通していた。

 ワープゲートを作ろうとしたのか、ブルブル震えながら自身を貫く鉄筋を掴もうとしていたが、頭ががっくりと落ちる。

 

 一拍遅れてプレゼント・マイクがギガントマキアに向かった。

 ウサギの耳が生えたヒーローとミッドナイトもそれに続く。

 

 自分は、恐る恐る黒霧に近寄った。霧のように見えていたが、普通の人間と同じく内臓が内側に納まっていたらしい。

 不思議だ。煙のように見通しの悪い身体からバカみたいな量の血液が噴き出していて、ひゅうひゅうと泣く肺の声が聞こえた。

「し、しがら、死柄木、こちらに、」

 黒霧は前腕をだらんと垂らし、上腕だけを動かす奇妙な動きをした。肘のあたりで骨が折れてしまったんだろう。

 腕に人工子宮を抱えて、呼ばれるがままに近付く。

「これから貴方を、友達の所に送ります。そこにもヒーローが来る。いいですか、貴方は、今までの全てをAFOに命令されてやったと言うんですよ」

「……何で、」

「貴方の為です。それに事実でしょう。何一つとして、そう、貴方の家族を殺したのも、貴方の意思ではなかった。全て」 

「違うよ。何で、」

 黒霧の手を取った。

 

 

 どんな馬鹿でも分かる。

 黒霧は自分を護るために、AFOに逆らい、ヒーローと協力した。

 しかし脳無は電気信号で遠隔操作出来るように作られている。ドクターはいつでも黒霧を殺せる。

 そもそも脳無は死体で、ドクターのメンテナンスが無ければ早晩腐った肉になる。

 ギガントマキアに殴られていなくても、逆らった時点で死ぬことは確定していた。

 

 そんなことは黒霧も分かっていただろうに。

 

 黒霧の手は冷たい。床についている膝が濡れている気がして、見れば、黒霧の血だった。

 息が荒くなる。嘘だろ?信じられない。

 実感がじわじわとやって来る。

 黒霧が死んでしまう。

 

「なんで俺を救ってくれたの?」

 

 

 

 

 

「私は、ヒーローだから」

 

 指先が僅かに動き、手を握り返した。

 

「貴方を救うために、ここに居るんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死柄木弔の姿が霧に包まれて消えた。ワープゲートだ。

 黒霧が最後の力を振り絞って仲間達の元へ送ったのだろう。

 ギガントマキアと奮戦するミルコとミッドナイトから、マイクは少し離れ、瀕死の黒霧に近寄った。

「白雲」

「………もう違いますよ」

「うん。そうだな」

 

 白雲は死んだ。コイツは黒霧だ。

 しかしそんなことはもうどうでも良かった。

 自分達のことを忘れていても、自分達が一番大事にしていたことは忘れちゃいなかった。

 

「俺達、ヒーローになりたかったんだよな」

 

 膝をついて黒霧の手を取った。手に涙が落ちた。

 ずっと言いたかった事が口を突いた。

「ありがとう。本当に。ずっと、ありがとう」

 

 黒霧は子供みたいにへらっと笑った。

 そうして漸く、永遠の安寧を得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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