地獄より我らが父へ   作:XP-79

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No.27 地獄変

 

 

 床に放り投げられ、咄嗟に人工子宮を庇う。

 毛足の長いラグが全身を受け止めた。

 腕に抱えたガラスを確認する。罅一つ入っていない。

 

 見回せば、ワープゲートで転送された先は潜伏先の一つである孤児院だった。主にドクターが使用する拠点だ。

 部屋にはトガとトゥワイス、スピナーが駄弁っている。

 

「あ、弔君おかえりです」

「遅かったじゃねえか!」「早くね?」

「死柄木。さっきドクターがなんか焦って、」

「死んだ」

「え?」

「黒霧が死んだ」

 俯いた先には赤い染みがあった。膝に残った黒霧の血だった。

 

 一番先に口を開いたのはトガだった。

 冷えた顔でジロッと人工子宮を見る。

「誰がやったんです?」

「ッ、ンなもん分かりきってるだろ!!ヒーローだろ!!クソッ、アイツらッ、」

「違う。殺したのはギガントマキアだ。黒霧は先生を裏切ってヒーローの味方をしていた。此処にもヒーローが来る」

「……え、いや、嘘だろ?」「黒霧が死ぬわけねぇだろ。それも裏切ったなんて、」

「先生が俺らを利用してたんだ。俺はもう先生には従わない。時間がねぇ。投降の準備をしろ」

「いや、でも……でも、ここまでやって来てヒーローに従うのかよ。ここで終わっちまったら俺達、結局何のために、」

「意味なんて無かった」

 立ち上がる。ギガントマキアに振り回されたせいで全身が痛い。

 しかし頭がカッカと熱かった。休んでいる暇は無いと脳ミソが理解していた。

「俺達は間違えたんだ。自分達で決めなきゃいけなかったのに、先生の言うがままに動いた。間違えたんだよ」

 

 各々、自由を求めて此処に集まった。

 居場所が欲しいとか、普通でなくても生きていきたいとか、異形型差別への鬱屈とかなんかを抱えて、先生の言う通りにすれば何かが変わると期待した。

 

 しかし自分達がやったことなんて、子供達を誘拐して、個性を奪っただけ。

 何も変わらなかった。

 ならばせめて、黒霧の犠牲を無駄にしてはならなかった。

 

「スピナーとトガは全部先生にやらされたっつっとけ。トゥワイス、お前は俺たちを先生から庇っていたと証言しろ。執行猶予は付くだろ」

「あ、いや……でも、」「本当にAFOは悪いヤツなのかよ、そんな、」

「ヤです。家に帰らなきゃいけなくなります」

「ヒーローもバカじゃねぇ。お前は母親に捨てられたって分かってる筈だ。ネグレクト扱いで保護されはする」

「じゃ、お、俺は、」

「自分で考えろ。俺は先生を殺しに行く」

 人工子宮を強く抱える。

 

 本当にコレがレザーフェイスの最高傑作で、オールマイトと同等の力があるのなら、きっとAFOだって殺せる。

 

「黒霧は先生をどこかに飛ばした。ヒーローと協力してアイツを罠に嵌めたんだ。俺はそこに行く」

「どうやって?」

「此処にはヒーローが来るっつったろ、そいつを脅して聞く。ドクターは何処だ」

「それが、なんかさっき慌てて研究室に、」

 

 ガンッ、と低い音が鳴って、その後に扉が軋む音が聞こえた。

 正面玄関の鍵が壊されたのだろう。複数の足音が近づいて来る。

「ヒーローか。到着が早いな」

「……俺が行くよ」

 未だ納得し切ってない顔のスピナーが、それでも立ち上がった。

「おいスピナー、」「待てよ。俺が行くぜ」

「いや、俺がこの中で一番弱い。AFOを殺しに行くってんなら付いてっても足手纏いになる」

「そんな、」

「もう決めた。AFOの居場所くらい聞き出してみせるさ」

 一つ深い息を吐いて、スピナーはこちらを向いた。眉間に深い皺が寄っていた。

「それより死柄木、お前、社会を全部ぶっ壊すって言ったよな。アレは嘘だったのか?」

「───壊したかったよ。嘘じゃねえ」

「ああ。そうだよな。そうだ。もう半年以上は一緒に暮らしてんだ。お前が、この社会の何もかもに本気でキレてンのは分かってる。それで、お前は何でAFOを殺すんだ」

 スピナーの声は疑惑というより純粋な疑問の感が強かった。

 当然の疑問だ。腹いせに殺しに行くには強過ぎる相手だ。恩が無い訳でもない。

 

 しかし、瞼の裏に黒霧の姿が点滅する。

 それに華ちゃん。お母さん。モンちゃん。

 

 お父さん。それに、お婆ちゃん。

 そして志村転弧。

 

 志村はAFOに騙される家系だった。

 騙されたまま黒霧に救われて、それで呑気に生きていくには、あまりに地獄が深い。

 

「自由に生きたいからだ。そのためには社会が邪魔だと思ってた。でも社会以上に、俺にとってはアイツの方が邪魔だった」

「じゃあアイツを殺したら、その次はどうするんだ」

「社会を壊す。今度は俺の頭で考えて、俺の意思で」

 足音が近い。部屋の扉をガンガンと叩く音が大音量で響く。

 じっとスピナーはこちらの顔を見て、呆れと諦めが半々に混じった笑みを浮かべた。

「………分かった。乗ったよ」

「スピナー、本気ですか?」

「おう。そりゃあ切っ掛けは燈矢の動画だったけどさ、俺はもう死柄木弔に賭けた」

「スピナー、」

「だから絶対、」

 

 扉が破られる。武装した集団が部屋に押し入って来た。

 軍で使われているような黒いベストとズボン。頭にヘルメットを被り、背中に銃を背負っている。

 没個性的な集団はどう見てもヒーローではなかった。

 

「おい、誰だテメェら」

 彼らは問いに答えず、スピナーを撃った。

 トゥワイスが瞬時に増えて肉壁になる。しかし銃を乱射する連中相手には大して時間稼ぎにもならない。

 咄嗟に床を崩壊させた。大半が地下に落下する。

「こっちだ!」

 壁を壊して隣部屋に飛び込んだ。

 スピナーは腹を撃たれていた。トガは血の零れる傷を抑え、増えたトゥワイスが2人を抱えて走った。

「、何だよ、あいつら」

「喋らないで下さい!血が止まらない!」

「どう見てもヒーローじゃねえじゃねえか!」「アイツらなんで襲って来たんだ!?」

「とにかく走れ!ドクターのトコ行くぞ!アイツならこんな傷すぐに、」

 

 足元が崩れる。

 何故だ。自分は壊していない。

 

 一塊になっていたトガとスピナーが地下に落下した。

「トガちゃん!?」「スピナー!!」

 トゥワイスが増殖する。落下するトガとスピナーのクッションになろうとしているのだろう。

 しかし間に合わない。

 

 崩れかかっている床に触れた。地下まで崩壊を伝播させる。

「リーダー!?」

「時間稼ぎだ!トゥワイス、増えろ!!」

「合点承知!!」「おいおい何だアレ何だアレ!?」

 足元を崩した原因が地下から次々と湧き出した。

 脳無だ。それも恐らくハイエンド。

 

 誘拐した子供達の死体。

 トガに“変身”させて採取した個性因子。

 それにトゥワイスの“複製”。

 それらによって大量生産されたハイエンドが、煌めく魚群のように飛んでいる。

 

 

 

 

 トゥワイス達が敷き詰められた床に着地した。

 地下はドクターの研究室だ。広い空間には脳無の入った生命維持装置が整然と並び、次から次へと空へ飛び出している。

 砕けたガラスや溶液を器用に避けながら、ドクターが部屋を小走りに駆けていた。

「おいドクター!」

「ひぃ!?……っと、なんじゃ、死柄木か。邪魔をするな。儂は忙しいんじゃ」

「何で脳無を出した。あと此処を襲撃してきた連中は何だよ!アイツらスピナーを、」

「知るか。儂はハイエンドをAFOの元に向かわせなければならん」

「待ってください、この脳無達はAFOの応援のために出て行っているんですか?ならAFOがどこで戦ってるのか知っているんですね?」

「ああとも。AFOから発信があった」

「俺をそこに送れ」

 ドクターは「無理じゃ」とだけ言って、子供にするように手を振った。

「人を乗せて飛べるだけの知能を持つハイエンドはおらん。それより手伝え。早くせんとAFOが、」

「それより秀一君の傷を診て下さい。本業はお医者さんなんですよね?」

「時間が無いと言っておろうが!」

「だから今すぐ治してくれって言ってんだろこのヤブ医者!」「ちげぇよコイツはタダのマッドサイエンティストだ!」

「おい、来た、来た来た来たっ」

 

 発砲音が連続して鳴った。ゲームで聞くより乾いた音で、その威力もFPSとは訳が違った。

 あっという間に研究室の扉が穴だらけになり、鍵が弾け飛ぶ。

 

 一瞬の沈黙の後に扉が蹴破られた。

 飛び込んで来た武装集団がパチリと銃口をこちらへ向ける。

「死柄木弔、『オールマイト』をこちらに寄越せ」

「ッ、その前に自己紹介しろや。ママから教わんなかったか!?」

「我々は公安、」

「フードちゃん!助けておくれ!!」

 研究室にドクターの悲鳴が響く。

 

 脳無はドクターとAFOの命令には必ず従うよう作成されている。

 名前を呼ばれたハイエンドは薄く瞼を開き、ドクターに銃口を向ける武装集団を視界に入れた。

 

 フードの下で大きな口が笑う。お許しが出たとあれば大人しくする理由は無い。

 黒い巨体は点滴を易々と引きちぎり、ガラスをぶち破った。

「ッ、なんだこいつッ、聞いてないぞ、」

 あからさまに恐ろしいバケモノに、武装集団は一歩後退した。

 それがかえってハイエンドの暴力嗜好に火を付ける。

 巨体が影のように飛翔し、獲物へ襲い掛かった。

 

 

 銃声と悲鳴の隙間でドクターの声が安っぽく響いた。

「ああ、可哀そうにフードちゃん……慣らし運転も無しに起こしてしもうた……まだ完成もしておらんのに、」

「逃げろ!」

「何処に?ココ最下層ですよね」

「ドクター、逃亡に使える“個性”の脳無はねぇのか」

「無い。ジョンちゃんは飛行能力の無いハイエンドを外に出すので疲れ切ってしもうた。それよりフードちゃん、アア……」

「弔君失礼します」

 トガがいきなり跪いて、膝にこびり付いていた黒霧の血を舐めた。

 お、とドクターは悲し気な顔を一転、好奇心に眼を輝かせる。

「“変身”は外見だけでなく遺伝子情報も模倣出来る。しかし、ふむ、個性因子も変わっておるなら理論的には可能か?発動は難しいと思っておったが、もしや個性が進化を、」

「集中したいから黙って下さい!」

 額に冷や汗を滲ませるトガの後ろで、公安はハイエンド相手に健闘していた。

 ドクターの言った通りフードちゃんとやらは未完成なのだろう。銃の乱射を受けるだけで動きが鈍っている。

 

 だがハイエンドが扉に立ち塞がっている隙に、険しい顔をした女子小学生が黒い霧の男に姿を変えた。

「AFOの居場所は?」

「いや、待て。あいつらが狙ってんのはこのガキだ。俺は残る。お前らが先に逃げろ」

「トガちゃん、“ワープゲート”は何回使えそうだ?」「何回だって余裕だろ!」

「血の量が少ない。1回が限界でしょうね」

「決まりだ。AFOの居場所を教えろ」

「待てっつってんだろ。あいつらぶっ殺してからでも遅くはねぇ。幸いハイエンドがまだ残ってる」

「でもAFOがオールマイトと戦ってるなら時間無いですよ!」

 黒霧の姿をしたトガはドクターから聞いた住所をスマホで調べていた。

 

 黒霧。

 俺のヒーロー。

 

「死柄木」

 スピナーがよろよろと起き上がり、胸倉を掴んだ。

 腹からは血が漏れ出ている。

「おい起きるな。余計に血が出るだろ」

「こっちは気にすんな。まぁ何とかなるさ。それに元々、社会のはみだし者の寄せ集めだろ俺らは……」

「黒霧さんが私達を集めてくれたんです。弔君のために。そして私達のために。私、黒霧さんが大好き」

 トガは好きなものを前にすると唇を大きく釣り上げて笑う。

 強い笑い方だった。

 トガは好きを躊躇わない。

「黒霧さんのお陰でこの数ヵ月、人生で一番楽しかったのです。だから楽しいままでいたかったのです」

「ああ、そうだなトガちゃん」「でも黒霧は死んじまった!」

「そうです。だからやり返しましょう。気の済むまで。私達の悲しみのために。そうしないと、きっとずっと、悲しいから」

 トガがワープゲートを開く。

 胸倉を掴んだままのスピナーがその方向に押した。

 

 ハイエンドの高笑いと銃声に混じって、にやっと笑ったスピナーの声が聞こえた。

「やっちまえリーダー」

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 

『何故脳無が!?』

『殻木の身柄確保に向かったヒーローはどうした!』

『公安に妨害されました。どうやら『オールマイト』の確保に動いたようで、』

『何故公安がAFOのアジトの場所を知っている。黒霧の情報は奴らに渡していない』

 

「ワープゲートで現れたAFOをオールマイトが一撃で殺して、それで終わる予定だったんだが」

「こんだけ大規模な電磁バリアを作ってんだぞ。コレも想定の範囲内だろ」

「脳無は想定の範囲外だ」

「そうか。で、どうする所長」

 ディスプレイは発電所に迫る脳無を映している。

 悪夢に出て来るようなバケモノの群れを眺めながら、東京都個性発電所が所長は涼しい顔をしていた。

 

 AFOの手下からの襲撃に備え、個性発電所には複数名のヒーローが警護に付いている。

 だがハイエンドの集団に真っ向から応戦することを想定した戦力ではない。

 

「元No.1ヒーローとして言わせて貰うと、今すぐ全員逃げるべきだ。一般人である君達を危険に晒すなんて事はあってはならない」

「頭のイカれた火力狂いの頭取としては?」

「君達はどうせ生き残ったところで燃えるしか能が無い馬鹿共だろう。だったら此処で死ね」

「おい聞いたか!!所長の御命令だ!!」

「りょーかいショッチョー!!」

 

 職員達は大声で笑いながら炎を出す。

 警告音が大音量で鳴り響いているし、外からは爆発音が轟いているし、警護役のヒーローは通信越しに『さっさと逃げろ!』と叫んでいるが、誰も気にしちゃいない。

 

 なにせ、ここまで全力で炎を出せる機会なんて滅多に無い。

 此処に居るのは揃いも揃って地獄に堕ちる予定の火力狂いだ。家族や恋人を燃やしておいて、今更自分の命に拘泥するマトモな人間なんて此処には誰も居なかった。

 

「つかテメェは何部外者ツラしてんだよ。コッチに参加しねぇの?」

「幸いAFOのオリジナルはエンデヴァーが居場所を割った。オールマイトがヤツを補足するまでの時間稼ぎをする」

「………おいおい、マジかよオッサン。狂ってンな」

 へらっと笑うと、乾いた梅干しみたいな顔がニッと笑う。

 所長は浮足立ちながら外に向かった。

 同時に轟音が響く。発電区画の防熱壁に罅が入る。

『ハイエンドが臨時発電所を襲撃中!誰か応戦してくれ!』

『こちらジーニスト、既に応戦中。しかし職員の避難を最優先に、』

「ヤ、無理だろ」

 ディスプレイを見れば、翼の生えた脳が剥き出しのバケモノが虫のように発電所に集っていた。

 ヒーロー達が必死に応戦しているが、どう見ても形勢は不利だ。

「なんだアレ、やべぇ」

「化け物だなぁ。お、あのヒーロー逃げた」

「もう結構な数のヒーローがAFOに殺されちまったみたいだし、そりゃビビるわ」

「こんな状況で逃げないなんて頭がオカシイヤツしか居ねぇよ」

 

 

 

 

「君は逃げないのか。オールマイトに甘やかされた世代のヒーローは全員逃げてしまうかと思ったが………」

「どの時代にも一流は居る」

 建物の外に出れば、一人のヒーローが複数の脳無を同時に拘束していた。他のヒーロー達は地面に縫い付けられた脳無に襲い掛かり剥き出しの脳を潰している。

 強い上に連携が上手い。胆力もある。しかし衣服を着用しない脳無相手には不利な“個性”に見えた。

「チャートNo.3、ジーニストだね」

「そうだ。貴方は───失礼、御挨拶は未だだったか」

「現役時代が被っていないからしょうがないよ。むしろ私の方が会えて光栄だ」

「こちらこそ。しかし呑気に喋るには状況がスキニーデニムだ」

 

 大量のバケモノが建物に喰い付いている景色は壮観だ。

 剥き出しの歯でコンクリートを捕食し、人間の身体より大きい拳を振い、棘の付いた尻尾を振っている。

 揃いも揃って個性的な外見で、共通点なんて黒い肌と剥き出しの脳ミソしかない。

 だというのに同種の虫のように発電所へ張り付いているのだから、モンスター映画さながらの大迫力だった。

「こうして見ると太った蠅みたいだねェ」

「見た目より危険な連中です。どうか避難を、」

 指を鳴らす。

 炎が爆発した。

 

 個性発電所の壁面に脳無の形の焦げ跡が残る。

 足元の雑草は燃え上がり、木々は炭化し、乾いた風が遠くまで火の粉を運ぶ。

 一瞬で周囲は赤一色に変貌した。

 児童誘拐により作成されたというのだから、脳無の原材料は幼い子供の死体だろう。悲鳴は甲高く、生木の割れる音を拍子代わりに、合唱のように響く。

 ここ数十年で一番気分が良い。

 

「……ヒーロー免許は返納されているのでは」

「良いじゃないか。無礼講だよ」

「貴方の耐熱体質はエンデヴァーより弱い。長期戦はダメージデニムと伺っている」

 焼け残った脳無がゆっくりと立ち上がる。

 最大火力だった筈だが、成程、強い。

 

 再び指を鳴らした。脳無の身体の節々に火柱が立ち、関節が焼き切れた手足がボトボト落ちる。

「だから楽しいんじゃないか。人を燃やすのも楽しいが、自分が燃えるのも楽しいものだよ。妻と息子を焼いた時ですら私は楽しかった」

 ジーニストは傑出したヒーローだが、未だ若く、根っからの善人らしい。

 嫌悪感が分かり易く顔に出てしまっている。

 

 しかし自分は、産まれた時からこう(・・)だった。

 根っこが人間の作りをしていなかった。

 個性発電所なんてものを作ったのは、妻と息子を焼き殺しておいて尚、炎を出す場所が欲しかったためでしかない。

 救いようがないなんてことはとっくに分かっている。

 

 それでも妻と息子が死んでから、誰も焼いたことは無い。

 

「楽しいだけの人生は虚しい。だから私はそれ以上(プラスウルトラ)を求めた。情けない私の人生に胸を張るために、私はそう、求め続けたいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

「───楽しいだろうエンデヴァー。オールマイトですら私とここまで長く戦ったことはない。君には胸を張る権利がある」

 珍しく嫌味の無い口調に、事実、そうなのだろうと胸中で頷く。

 

 AFOの複製体は脆く、容易に燃やせる。

 しかし無限に増殖し、さらには気軽に全因解放を撃ってくるのだから攻撃の激しさはオリジナルより格段に上だ。

 既に全身の骨に罅が入っているし、内臓が幾つか潰れている。

 さらに何発も連続して撃ったプロミネンスバーンのせいで頭が茹って上手く働かない。

 

 顔が呆けて見えたのだろう。相澤が背中を小突いた。

「しっかりしろ。オールマイトは大量の複製体に捕まってる。あの人が来るまでアンタが頼りだ」

「……分かっている」

 意識が集中出来ないのは熱だけが原因ではない。

 個性発電所がハイエンドに襲撃されたと報告があった。今はヒーローと職員が応戦しているらしい。

 

 職員とは誰だ。ハイエンドに応戦できるようなヤツがいるのか。

 燈矢はどうなっているんだ。まだ逃げていないのか。どうして。

 

 再度相澤に背中を叩かれた。“抹消”はAFOに向けたままブレない。

 オールマイトが到着するまでは“抹消”が生命線だ。

 AFOは片眉を吊り上げて攻撃の矛先を相澤に変えた。

「そういえば聞いたかいイレイザーヘッド。黒霧は死んだよ。君のせいでね」

「………」

「君が黒霧を裏切らせたんだ。そのせいでマキアに体を潰されて、さぞ痛かっただろう。私としても不本意だ。彼は本当に良い部下だったから」

「テメェに人望が無いせいだろうが。老害は自覚が無くて困る」

「そんな彼が命懸けで護った弔だけどね、『オールマイト』のせいで公安に殺されかけているようだよ。結果としてハイエンドが放たれて轟燈矢が死にかかっているんだから、いやはや、偶然というのは怖いねぇ」

「貴様が公安を動かしたのか?」

「まさか。私が動かすまでもない」

 相澤が強く背中を叩いた。瞬きの合図だ。

  

 複製体ならば瞬殺出来る程度の炎をまき散らす。

 しかし炎の隙間を縫うようにAFOが増えた。相澤がすぐさま視認したが、複製体が数体、視界の外に飛んだ。

 

「あの“私”達は発電所に向かった。ヒーロー達がハイエンドを抑えているようだが、マァ時間の問題さ。そうなったら燈矢君はどうなる?」

「ッ、黙れ、」

「あの子の個性は素晴らしい。冷の個性を発現したおかげで熱が籠るデメリットも無い。君の息子の炎でオールマイトを焼き殺すのも楽しそうだ。別に良いよね?元々、そのために作った子供じゃあないか!」

「黙れ!!」

「エンデヴァー!」

 相澤の声が響くと同時に視界が曇る。

 肉の壁が目の前に聳え立っていた。見れば、逃げたと思っていた複製体の内の一体が膨張している。

 蹄やら翼やら、人体には存在しない構成物が埋め込まれた肉を急激に肥大化し、オリジナルのAFOと己の間に立ち塞がる。

 全因解放だ。触れたら死ぬ。

 

 すぐさま翻って燃やした。攻撃目的ではなかったのだろう。複製体は黒い塵と化した。

 しかしオリジナルのAFOが消えている。

「何処に行った!!逃げるな!!」

「君からは逃げないさ。逃げる必要がない」

 背後からAFOの声がした。

 振り向こうと身を捩るが、空に光が散乱し、一瞬視界が眩んだ。

 身体の重心が唐突に偏る。

 足が何かを蹴っ飛ばした。視線を下ろせば、自分の腕が転がっていた。

 

「弱いね。所詮は凡人か」

 息を詰める。自分の腕なんてどうでも良い。

 頭上を覆っていた電磁バリアが消えた。

「燈矢、」

「もう君は良いよ。死ね」

 目の前にAFOが迫る。燈矢は無事か。作戦本部に問わなければ。

 いや、それより、そうだ。

 父親ならば。

 

 

 AFOの左半身が吹き飛ぶ。咄嗟に天を見上げた。

 オールマイトが到着した。

 

「行け、エンデヴァー!」

 

 弾かれたように燈矢の元へ飛ぶ。

 AFOは電磁バリアが消失したのを良い事に、凄まじい速度で逃亡した。

 それを追うオールマイトの姿が視界の端に映ったが、もう良い。

 もうあの男の背中は見ない。

 

 それより、今度は間に合わなければ。燈矢が死んでしまう前に。

 

 

 

 

 

 

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