殻木球大は蛇腔病院の崩壊事件後より行方を晦ませていた。
しかし黒霧の密告により拠点が判明。表向きには孤児院として運営されている施設の地下に殻木は引き篭もっていた。そこで脳無を大量生産しているらしい。
殻木の身柄さえ押さえれば脳無は容易に無力化出来る。AFO討伐作戦より少し前、作戦本部は殻木確保のためヒーローを派遣していた。
その数十分後に連絡が途絶えた。
孤児院に向かったレディ・ナガンが最初に発見したのは、門に寄りかかって倒れているヒーロー達だった。その横では子供達が一塊になって震えている。
宥めつつ事情を聞くと、彼らはAFOに誘拐された児童達らしい。
死柄木一派に世話をされて此処で過ごしていたが、つい先ほど銃を持った黒尽くめの集団が押し入ったのだという。
訳も分からず外に逃げればヒーローが倒れているし、施設からは悲鳴や銃声が聞こえるし、地面が割れてバケモノが出て来るし。
子供達は空を飛んで行く化け物を見上げながら気絶したヒーローの傍で震えていたんだとか。
レディ・ナガンは倒れているヒーローの口に耳を近付けた。乾いた紙が擦れるような音がした。死んではいない。
応援と救急医療班を呼び、子供達には此処から動かないようにと念を押して門をくぐった。
施設の中は甘い菓子の匂いがした。
玄関には似顔絵がペタペタ貼ってある。友達や家族に混じってすぴな~のおじちゃんだの、ひみこちゃん!だの、死柄木弔一派の顔もあった。
視線をスライドさせると、クレヨンを握った子供の死体が落ちている。似顔絵の上に倒れているところからして、お絵かきをしているところを背後から撃たれたのだろう。血液はまだ乾いていない。
丸い眼球が飛び出していたので、瞼を閉じた。
建物の奥には階下に続く階段があった。違法建築らしく道中は狭い。換気が不十分なせいで空気が籠り、鉄の臭いが酷い。
脳無の死体と、軍装備に身を包んだ死体が階段から、その先に続く廊下にまでポツポツと点在している。
死体は見知った顔をしていた。公安お抱えの職員だ。
「………殻木の確保に焦ったか、それとも『オールマイト』か。マ、両方だろうな」
常識人のツラをして現公安委員長は過激保守派だ。漁夫の利を狙ってこの様なのだろう。
時折生き残りの脳無が蠢いていたので、頭を潰しながら先へ向かう。経験を積んでから本領を発揮するハイエンドを早期に処分できたのは運が良い。公安部隊も無駄にはならなかったということだ。
公安委員長は怒り心頭であろうが、こっちにゃ関係無い。知るか。馬鹿野郎め。
暫く歩いていると場違いな子供の声が響いた。廊下の突き当りはドアが破れ、そこから光が漏れている。
ドアをまたぐと広い地下空間に出た。頭上がポカンと抜けており、夜空が見える。此処から脳無が出て行ったのだろう。
地下の心臓部にあたる部屋らしい。脳無の保管場所か。今は飛散したガラス片や、千切れた点滴チューブ、積み重なる瓦礫なんかで室内は酷い有様だった。
瓦礫を器用に避けてセコセコと動き回る男がいた。
殻木球大だ。
足元には小型の脳無がじゃれついている。
部屋の隅には死柄木一派の3人が居た。その内の一人、伊口秀一は仰向けに横たわって輸血を受けている。輸血元は伊口の複製体だった。
「上はどうなってんだよ、訳分かんねえぜ!」「スピナー、しっかりしろ!!」
「ドクター、秀一君は丈夫なんですか?コレでちゃんと治りますか?」
「まさか。輸血は時間稼ぎでしかない。手術すれば治るじゃろうが、」
「治して下さい!」
「知らんよ。ジョンちゃんが回復したら儂はここを離れる。なぁジョンちゃん、もうそろそろ回復したかのう」
殻木の言葉に小型の脳無が頷き、ゲロっと口を開けた。
あの脳無もどこぞの家庭で大事に育てられたちんまい子供だったのだろう。
剥き出しの脳を撃った。
ジョンちゃんは脳漿をぶちまけながら吹っ飛んだ。
4人分の視線がこっちを向く。
「あー、初めまして?」
「ジョンちゃん!!!!」
「ッ、誰ですか!」
「ヒーローのレディ・ナガンだ。渡我被身子、伊口秀一、分倍河原仁、それに殻木だな……オイテメェだけは逃がさねぇぞ」
「ジョンちゃん!!ジョンちゃん!!!なんと、ああ、なんと酷い!!!可哀想に、何故、何故こんな事をッ、」
「テメェがガキを誘拐して片っ端から脳無に改造したからだろうが。今更被害者面するのは流石に無理あンぜ……」
殻木は危険性と重要度ならばAFOに並ぶ男であるが、身体能力は一般人にすら劣る。
脳無は全て発電所の破壊と、公安への対応に使ってしまったらしい。わあわあと泣き喚く老体は抵抗らしい抵抗もしなかった。
ぐずぐずと泣くばかりの殻木を拘束して、本部に連絡する。既に上まで応援が来ていると返答があり、血だまりに横たわるスピナーを見て「救急隊も寄越せ」と付け加えた。
「うう、ジョンちゃん、ジョンちゃん……」
「黙れぶっ殺すぞ。それで、そいつはどうした。公安に撃たれたか」
「………だから何だって言うんですか。貴女もどうせ公安の味方でしょう」
「今は違う。私はヒーローだ。そいつが怪我してんなら病院で治療を受けさせる。不安ならお前らが一緒について行っても良い」
「絶対嘘だ」「どうせヒーローは俺達なんて救っちゃくれねぇ」
「じゃあこのままソイツを死なせるのか?腹破けてんなら時間がねぇぞ」
「うっせぇ………」
地面に横たわったスピナーが何度かくぐもった咳をしながら悪態を吐いた。
鱗のせいで顔色は分かりにくいが、眼の焦点が合っていない。貧血だろう。傷のせいで熱も上がっているのかもしれない。
「………どうせ、偽善だ。ヒーローなんて、正義ぶって、歪んだ思想を押し付けるんだ。救うだなんて、口だけ………」
「どっかで聞いたフレーズツギハギする程度の知能しかねぇなら脳ミソ使うの止めとけクソガキ。病みカワ系女子みたいな髪色以上に痛いぜ」
己の声を容赦なく叩き潰したヒーローにスピナーはパカンと口を開けた。
いきなり発砲した事と良い、レディ・ナガンはヒーローと名乗るにはあんまりにも口と態度が悪い。
それも当然で、取り繕っていない時のレディ・ナガンは殴り合いが大好きな硝煙の匂いを漂わせている女である。更に今は機嫌が悪かった。
そもそもコイツらがAFOの下で子供の誘拐なんてしていなければこんな事にはならなかったのだ。
「クソ、てめ、俺が異形型だからって、」
「異形型云々一切関係なく、てめぇらはオツムがザンネンなガキだ。ンでAFOの言う通りに動いてんだよ。自分達と同じようなガキの誘拐して、犯罪の片棒担がされてよォ」
「………ここにしか私の居場所は無かったのです。貴女みたいに恵まれた人には分かりません」
「テメェらのために黒霧は死んだ。被害者面は止めろ。アイツの顔に泥を塗るな」
レディ・ナガンは白雲に会った事は無い。
しかし見事な男だと思う。死体になっても人を救ったのだから、自分より余程立派なヒーローだった。
そんな男が命を捨ててまでヒーローに協力したのは、勿論死柄木のためであろうが、死柄木のお友達のためでもある。
そんな事は言われずともトガは分かっているだろう。
それでもイジメの被害者みたいな哀れっぽい顔でこちらを見上げるんだから、マァ「普通の人達」を舐め腐っている。同類ばかりで固まって煮詰まっちまったんだ。
身に覚えのある視線だ。緑髪でそばかすの子供に救われた自身の身がつまされるようだ。
「……個性カウンセリングがクソなのは認める。あらゆる巡り会わせが悪かったってのもある。でも黒霧が全部チャラにしてやったんだ。今死ぬ気でチャンスを掴まねぇとテメェら、救いようが無い馬鹿だぜ」
「無理ですよ。私は、」
「お前について話は聞いてる。好きなヤツの血を吸いたいんだって?」
「……だったら何だって言うんですか」
「良い女になれ」
陰気な顔をしたトガを笑う。
不細工なガキだ。しかし生まれ持った顔立ち自体は悪くない。
磨けば光る。
「良い女ってのは大統領に靴を舐めさせても許される。どうか血を啜って下さいと縋りつく男から血を飲めば、それは同意の上でのプレイだ。何も問題は無い」
「………」
「ヴィランってのは努力の方向音痴か、もしくはせっかちだが、お前は両方だ。小学生で分かって良かったな?」
鼻で笑うと、よくもまぁ偉そうにと幼い自分が頭の後ろ側で嘲笑った気がした。
それはその通りで、結局自分はオールマイトに拾い上げられて、光のあたる場所に連れて行って貰っただけだ。自分では一歩も歩いちゃいない。
その事実がいつまでも惨めで、いつまでも後ろめたい。
だからこの事件が終われば、自分は公安に戻るだろう。
「………あー、レディ・ナガンだっけか?あのさぁ……トガちゃんは子供の誘拐なんてしてねぇよ。殻木の胸糞悪い実験に付き合わされてただけだぜ」「子供を誘拐してたのは俺と黒霧だ!!」
「ほう、」
「仁君!」
話の成り行きを見守っていたトゥワイスが唐突に喋り始めた。
マスク越しにも笑っているのが分かる。
「つか死柄木もスピナーも中学生だろ。児童誘拐なんて無理無理www」「どう見ても誘拐される側じゃねえか。アンタ目ェついてんのか?」
「仁君、止めて下さい。そもそも仁君だってAFOに騙されていたんでしょう?」
「でもこのままだと皆が取り返しがつかなくなっちまうだろ。俺はどっちにしろ前科者だからさ」「これでダメだったら次は世界をぶっ壊そうぜ!」
「私達には少年法があります!でも仁君は、」
「………お前が誘拐された子供達の養育を担っていたことは黒霧が証言した。強盗も、強力過ぎる個性による精神分裂の影響を鑑みて、マァ多少は情状酌量が見込めるだろう」
「マジで!?」「絶対嘘だ!!」
「────死柄木は」
スピナーがパチパチとマバタキした。
夜空の星が瞳に映っていた。
「死柄木は、どうなる。俺はもう、社会より何より、アイツが心配だ」
「その死柄木はどこだ。確か『オールマイト』も連れてんだろ」
「……言えない」
「『オールマイト』を使ってヒーローと戦うつもりか」
「違う。アイツはヒーローと敵対するつもりはない。嘘じゃねぇよ」
「塚内」
『本当のようですね』
インカムの答えは簡潔だった。
キーボードのカタカタという音がして、声には緊迫感のある空気が漂っている。
「どうした。何があった」
『いえ、今回の襲撃について根津校長が公安委員長へ抗議と釈明を要求していたのですが、どうにも返答がなく』
「『オールマイト』を確保するまでは無視するつもりか。さっさと死柄木を保護しねぇとアイツら手段を選ばねぇぞ」
『いえ、そうではなく───レディ・ナガン』
「何だ」
『たった今、公安委員長の襲撃事件が発生したとの報告が、』
■ ■ ■
「はいミクちゃん。大事にされなよ。元気でね。風邪なんかひかないようにネ……」
レザーフェイスは眉をハの字にして人工子宮を手渡した。
我が子との別れを悲しんでいる親の顔である。これが演技でなく、本気で悲しんでいるのだからこの男は恐ろしい。
此処はタルタロスだ。レザーフェイスはその中でも特殊な牢に収監されている。
他の牢と比べると広く、実験器具が山のように詰め込まれている。壁にはプロジェクターでアニメを投影しており、その反対側の壁には人工子宮が整然と並んでいた。
それら全ては政府からの依頼で作製されたものだ。
公安委員長はその内の一つを受け取り、そのまま護衛に渡した。
「確かに受領しました。それと『オールマイト』の話ですが」
「ああ、黒霧が裏切って全部殺されちゃったらしいね。可哀想に!オーイオイ、せめて花火を上げさせてやりたかった!!」
「失敗作の話ではありません。貴方が完璧だと宣った『オールマイト』の方です。力だけでなく、思考も、精神も本物と同等という、」
「あの子?あの子は死柄木弔が連れてる可能性が高いって言ったよね?」
「その死柄木弔は殻木の拠点に居ると貴方が証言したんでしょう。しかし居なかった。捜索を行った職員は脳無によって殲滅された。どう責任を取るつもりですか」
「セキニン~?」
大きく手を広げてレザーフェイスは子供っぽく笑った。
タルタロスへの収容が決定し、レザーフェイスは全財産を没収された。外部との連絡は遮断され、会話を許されているのは政府関係者のみだ。
そして彼は多くの政府関係者から、優れた“個性”を持つ容姿端麗で頭脳明晰な、富裕層の子弟に相応しい赤ン坊を依頼されている。
公安は彼を害することを許されていない。
そもそも何も持っていない彼が責任なんて取れる筈も無い。
しかしそうと分かっていても、苦言を呈さないで居られる程に状況は甘くなかった。
「………殻木の拠点に脅威となる敵は少ないと言っていたでしょう。あの脳無は何ですか。ハイエンドとは、」
「や~びっくりだよね。この短期間であんなに大量生産するとは。趣味は合わないけどあのジジイ天才だよ」
「殻木球大も近々此処に収容されます。そして貴方と同様、二度と此処から出ることは無い」
「ソコなんだよねぇ」
レザーフェイスはアニメのような挙動で首を傾げた。
「ココから釈放してくれるっていう約束で僕ちゃんは情報を売ったんだ。それがやっぱ無しってンなら、そりゃあトラップカードも発動するさ。オバちゃんの判断ミスで沢山の部下が死んじゃった。この人でなし!」
「ヴィランとの約束なんて守る訳が無いでしょう。貴方は一生釈放されない。ここで己の罪を償って貰います」
公安職員は覚悟の上で孤児院を強襲した。『オールマイト』を“複製”し、平和を維持するための尊い犠牲だった。
だから自分の責任ではない。
全てコイツのせいだ。
その思い込みが透けていたのだろう、レザーフェイスはニマっと笑う。
あからさまに格下の相手を見る目つきだった。菊のバッチが付いた胸を張る。
「今までのようにはいきませんよ幸綱螺旋。時代は移り変わる。社会の暗部は徐々に居場所を無くしていく。貴方の好き勝手を時代は許さない」
「それはそれとして『オールマイト』は利用するし、僕も引き続き利用するし、ドクターも有効活用する予定だって?ダブスタって知ってる?」
「我々は正義と平和のためにやっているのです」
「つまり、赤ン坊だ」
「………」
「胎児以上の正義と平和があるものか。そして僕ちゃんはレザーフェイス。赤ン坊を是とするもの。未だ誕生していない全ての命を僕は肯定する」
「………」
「全ての誕生は祝福されるべきだ。僕が祝福する。命を選別する正義(笑)の代わりにね。居場所を無くすのはどっちかなぁ?どう思うミクちゃん」
公安には完全に興味を失った顔で、レザーフェイスは人工子宮にバチンとウィンクを飛ばした。
「綺麗事を言うのはヒーローの特権さ。アンタの立場で何をほざく………ア、ごめんね。今日はアサヒちゃんにジャズの楽しさを教えてあげる予定だった。きっと君には音楽の才能があるよ。タイチ君とヒメカちゃんは、そうだ、小説の続きを読んであげる約束だったね……」
タルタロスから出るなり戦況の情報が次々と入って来た。
太平洋沿岸でオールマイトはAFOに勝利し、その死体を片手に電磁バリア内まで帰還したらしい。
其処までは良い。しかし唐突に自傷行為を始め、イレイザーヘッドに己の殺害を要求しているのだという。
状況が全く分からない。このままでは日本がオールマイトを失うかもしれない。
そうでなくともオールマイトは人間だ。歳を取るし病気にもなる。
「完璧な『オールマイト』があれば……」
神野で使われた、爆弾としてしか価値の無い失敗作の『オールマイト』ではない。
本物のオールマイトと同等の『オールマイト』が量産出来れば、平和は完璧なものになる。
死柄木が孤児院に“ワープゲート”で移動したことは間違いないのだ。
しかし孤児院を強襲した公安は、一度は死柄木を補足したが、その後姿を見失った。
殻木球大が遠距離移動の個性を持つハイエンドを他に作っていたか。もしくは別の手段で移動したか。
いずれにせよ死柄木弔の捜索、処分が急務である。
完璧な『オールマイト』の存在は秘匿しなければならない。駐車場に向かいながらスマホを取る。
作戦本部が孤児院に追加のヒーローを派遣している頃だろう。その人員はレディ・ナガンになるよう手回ししてある。
口では何と言おうとも彼女は公安の使命を理解している人間だ。多少の融通は利く。
「ええ、私よ。レディ・ナガンが孤児院の捜索にあたっているでしょう。殻木と分倍河原は厳重に保護を。渡我被身子、伊口秀一を尋問しなさい。死柄木の行方を、」
吐かせなさい、と口にする前に天地が逆転した。
逆さになった自分の胴体が天に昇って行く。
どういうことだろうと疑問に思うより先に、頭蓋が地面にぶつかって酷い音を立てた。
目の前で、ふらついた自分の身体がシャワーみたいに血を噴き出しながら倒れている。
「アラ、死んじゃったのね」
そう言おうと思っても、ぱかっと口が開くばかりで声が出なかった。
素足でビーチを歩いている時に石でも踏んづけてしまった気分だ。
あらやだ、思っていたより痛いわ。
まぁ良いわ。早く行かないと。私は忙しいのよ。
国の為に自分の命も誇りもとっくに捨てている。行き先を見失って、それでも歩いてきた。
自分でも分からないくらいに疲れていたんだろう。
だから今をもってしてもそんな気分にしかなれないのだった。
「────血は、等しく赤い」
殺害場所は選べなかった。なにせ公安委員長はガードが固く、移動は常に車で、護衛人員を最低2人は連れている。
このためスタンダールが公安委員長を襲撃したのはタルタロスのすぐ近くだった。
公安本部に侵入は困難で、公安委員長の自宅は公安本部に近過ぎる。
しかしタルタロスは、外部からの襲撃や脱獄に関しては鉄壁であるが、許可を得て出入りする人間の安全はあまり考慮されていない。
何よりタルタロスへ入る時、護衛人員の武器が一度取り上げられるのが好都合だった。
「ハア……銃が無ければ戦えないとは、情けない………」
出入りの掃除夫に成りすまし、護衛が持つ銃の銃弾をダミーに入れ替えた。
しかしそれだけで混乱するとは、実戦が足りない。これがヒーローならば殺していただろうという程に弱い。
だが彼らはヒーローではなく、さらに此処はタルタロスだ。人気のない夜の駐車場とはいえ、間違いなく監視カメラに映っている。急がねばヒーローが来る。殺す手間も惜しい。
公安委員長の死体の隣に両手足を縛った護衛を転がした。これで“凝血”が解除されても身動きは取れまい。
女が持っていたスマホを取り上げる。首を仰向けにしてFace IDを破った。
オールマイトとAFOの戦況が凄まじい速度で送られてくる。
それらに眼を通しながら、この女はこれだけの情報を得る立場にありながらヒーローというものを理解していなかったのだな、と思った。
オールマイトは完璧なヒーローだ。そこに議論の予知は無い。
だが完璧の形は時代と共に変わる。
「………オールマイトは混沌の時代を終わらせた。そして新たなる時代は、また新たなる完璧なヒーローを求める………そしてそれは、『オールマイト』では有り得ない………」
彼に感化されるヒーローは良い。彼を目指すヒーローは素晴らしい。
しかし彼の複製は違う。彼が完璧である時代は既に終わりが見えている。
彼そのものを次の時代に持ち越しては、時代を終わらせるための彼の長い献身が無駄になる。
公安委員長はヴィランではなく、ヒーローの贋物ですらない女だが、流石に見逃せなかった。
監視カメラから顔を隠しながら足早に逃げる。事前準備していた逃走経路を頭に浮かべながら、マァ、逃げ切るのは無理だろうと思考の冷静な部分が判断を下した。
公安委員長を殺害したのだ。後ろ暗いNo.2ヒーローの自宅襲撃などとは訳が違う。ヒーローも警察も、己の威信にかけてスタンダールの逮捕にかかるに違いない。
だが、後悔は無い。一切無い。コレは己の正義だった。
正義などというのは正気の人間が口にする単語ではないが、己はつい先ほど人殺しをしたばかりのヴィランなので、堂々と口にする権利があるように思った。
「時代の染みは常に残る。正義の色は常に黒い。後悔無きは狂人の白が常………」
轟燈矢とエンデヴァーが『オールマイト』に対応中。
付近住民の避難は困難。
公安委員長のスマホに入って来たその2文を流し読んで、スタンダールは鼻を鳴らした。
「ヒーローとは、
■ ■ ■
「うげっ」
地面に落ちた衝撃が折れた肋骨に響く。そもそも痛まない場所の方が少ないので、立ち上がることすら困難な有様だった。
どう考えてもAFOと対峙出来る状態ではない。これで『オールマイト』がスカだったら自分だけではなく、黒霧も死に損だ。
呼吸する度に痛む胸を抑えながら、死柄木は周囲を見回した。
視界に映る人工物は送電塔と山並みを這う高速道路、遠目に見える街灯りだけ。酷い田舎だ。耳が痛い程に静かで、とても戦闘が行われているとは思えない。
唯一異常なのは星だ。
頭上の星が一粒、トンデモない速さで飛行している。
飛行機でも流れ星でもない。人間だろう。あのスピードで飛行出来る人間は限られる。
つまりオリジナルのAFOか、AFOの複製体か、オールマイトか、エンデヴァーだ。
「………賭けかよクソが」
しかし他に手がかりも無い。
星は街の近く、高速道路上に墜落した。
そこで突如として白く発光する。
エンデヴァーの炎の色ではない。AFOの複製体ならば消し飛んでいるだろう強い光だ。
あの光がオールマイトであるのならば、AFOと戦っているのだろう。どちらにしろAFOは近くに居る。
行かないと、と思った瞬間、身体が浮いた。
「あ゛!?」
バランスが崩れて空中で半回転する。
逆立ち状態の身体はそのまま空高く浮き始めた。
「おい、は、えっ、」
必死に『オールマイト』の入った人工子宮を抱えながら両足をばたつかせる。
よく見れば足元に光る円が浮かんでいた。意識を集中すると体は真っ直ぐに安定し、高度が上がる。身体を斜めにすれば前にも進めた。
「………コレ、お婆ちゃんの個性か、」
“浮遊”とでも呼ぶべきだろうか。空に浮くだけの個性。
AFOの言う通り雑魚に分類される個性だろう。単体では何の脅威も無い。
しかし今の自分にとっては必要な個性だった。
白い光に向かって飛ぶ。腕の中の『オールマイト』が羊水の中でむずがっていた。
もう少しで産まれるのだろう。
産まれてすぐの『オールマイト』がどの程度力を持っているのか知らないが、爆弾めいた他の『オールマイト』より強いのは間違いない。
なにせレザーフェイスの最高傑作だ。きっとAFOだって殺せる。
『オールマイト』は死ぬだろうし、なんなら自分も死ぬだろうが、今更そんなことはどうでも良かった。
「ごめんな。俺も一緒に死んでやるからさ、許せよ」
どうせ生き残った所で利用される命だ。
ならここで死んだ方がマシだ。自分だってそうだった。
華ちゃんや、モンちゃんを殺す前に死ねるんだったら、その方が良かった。
そうかな。どうだろう。
自分でも分からない。案外、どっちでも良いのかもしれない。
そう思うと、何故か燈矢の言葉を思い出した。
────俺は、お前がやりたい事を見つけられたらいいなって思ってるよ。そんでお前が、それを楽しめたらいい。
「………やりたい事は見つけたさ。楽しくなくても良い。お前はどうかな。何がしたいかな……」
人工子宮を優しく撫でる。自分がこれから殺す命だ。最悪の偽善だ。分かっている。
偽善は自分のためにするのだ。胎児に話しかけるなんて奇行は、自分を納得させるためのものでしかない。
十分、分かっている。
分かっている上で聞いている。返事なんて期待しちゃいなかった。
しかし返事があった。おぎゃあ、と産声が上がった。
「あ、」
慌ててその場に降りる。ガラスを開くと、羊水が全部零れ出て、小さな赤ン坊がコロリと落ちた。
高速道路の上は眼が眩むほどに眩しくって、しかしまだロクに眼が見えていないのだろう赤ん坊は鷹揚としている。
皺くちゃだ。肌が薄くって、血の色が透けているのだろう。全身が信じられないくらいに赤い。
頭頂部には金色の髪がちょちょっと乗っていて、爪の生えていない手をぶんぶん振り回している。
その手が自分の指先に触れて、死柄木弔は怖くなった。
誰か自分を殺してくれ、と思った。ついでにAFOも殺してくれよ。
この子供を殺す前に、自分が死んでしまえば、全てが丸く収まるじゃないか。
本気でそう思った。完全に思考が破綻していた。
そのくらいにAFOが憎くて、そのためなら世界を破壊しても構わないくらいに憎くて、でも産まれたばかりの赤ん坊を利用するのは嫌で、それは、甘ったれな己の最後の砦な気がした。
誰のためにここまで来たのだろうか。
トガや、スピナーや、トゥワイスや、そう、燈矢や、自分のような。
そういったヤツらが自由に生きられないのが嫌で、そのためにAFOを殺したくて、それなのに、この赤ん坊を殺してまで成して、それは、本当に納得出来る結末だろうか。
自分は黒霧に胸を張れるだろうか。
躊躇したのは一瞬だった。
その一瞬で赤ン坊は、赤ン坊らしくもなく達観した顔でゆるく微笑み、自分の心臓を抉り出した。
「は?」
赤ん坊の心臓は飴玉のようだった。
思わず抱き上げる。
胸から引きずり出された心臓は凄まじいスピードで動いていたが、魚の骨みたいな肋骨がひっかかって破けてしまい、シィンと静かになった。
「────完璧な『オールマイト』だってさ。笑っちゃうよねぇ。思考も、力も、精神も完璧な『オールマイト』……政府から注文が来た時には正気を疑ったよ」
可愛い可愛い胎児達に、今日はハズビンホテルのアニメを見せている。
オトナ向け過ぎるかなと思ったけど、でもずっとトムとジェリー or アンパンマンってのも飽きちまう。偶には流行を取り入れないと。
楽しそうにクルクル回る胎児達の入ったガラスを撫でた。
「そんなの産まれた瞬間に死を選ぶに決まってるってのにさ。AFO以上の狂人だよ?完璧に再現なんてバカの発想だよ」
有用な人間の量産に基づく国家運営なんてディストピアに他ならない。
人類の堕落。進歩の停滞。政治腐敗。意識低下。その他諸々。
そんな未来がほぼ確定されちまうくらいなら、『オールマイト』は早めに死んだ方が良いなんてよっぽどの馬鹿じゃなければ普通は分かる。
そしてそうと理解すれば、迷いなく実行出来るのがオールマイトだ。
ヤツなら間違いなくやる。AFO以上の狂人は伊達じゃない。
「あの性格を再現するのが一番苦労したよォ。まぁ僕ちゃん天才だからできちゃったんだけどね。いやぁ完璧だった。線香花火みたいな人生だったけど、きっとあの子も幸せだったさ………」
INSANEを歌っていると外からバタバタと足音がした。何か事件でも起こったのだろうか。
マァ、予想は付く。あのオバサンが殺されちまったのだろう。あれだけの事をやらかしたんだから暗殺されない方がオカシイってもんだ。
そして暗殺した相手にも予測がついている。
「ね、ミクちゃん」
佐々木未来、ヒーロー名ナイトアイの持つ“予知”は政府が喉から手が出る程に欲しい個性の一つである。
その個性の上位互換を持つミクちゃんに、ほんの少しだけ協力して貰ったのだ。
足音が迫る。
タルタロスの職員か。公安関係者か。それとも私欲のために赤ン坊を欲する輩か。
いずれにせよ台詞は変わらない。笑いを噛み潰しながら、口の中で練習した。
「公安委員長は正義の人でした。僕を外に出すと約束してくれたのに、亡くなってしまうなんて……嗚呼、これから先、僕は一体誰の言う事を聞けば良いのでしょうか………?」