午前中は病院でリハビリと検査。
昼飯を病院内の食堂で済ませて、帰りに雑貨店でノートとペンを買った。
家に戻ってから夕方までは勉強。
そして夕食までの時間はヒーロー学。
「……ヒーロー学?」
「おう」
「なんで」
「俺が必要だと判断したから」
ホワイトボードの数式を消し、『ヒーロー学の基礎』と書く。斜め右に捻じ曲がった文字に人柄が表れている。
「別にキョーミねぇけど」
「ヒーロー学を学ばねえと個性訓練はやらせねぇ」
「………は?」
「お前の個性について話は聞いてる。火傷しちまうんだってな」
「だからぁ?個性が体質に合ってねぇって嫌味なら耳タコだぜ」
「イチイチ喧嘩を売るな。売上ノルマでもあんのか」
思いきり中指を立てると相澤は真顔で指ハートを作った。
意味が分からな過ぎて怖かったので、燈矢はすぐに中指を立てるのを止めた。「テメェの指をへし折るぞ」のポーズのつもりだった相澤はそのまま話を続ける。
「炎熱系を含めて自然現象系統の個性のヤツは個性事故の頻度が高い。だから実践訓練の前に理論を学ぶのがキホンなんだよ。テメェは学んだことは、」
「無い」
「だろうな」
相澤はカツカツと音を立てながら、ホワイトボードに『エネルギー増加・減少系個性の制御に関する歴史』と書き加えた。
車のエンジン構造でも解説するような口調が妙に耳に馴染む。
「……でも学んでどうにかなるもんでもねぇだろ」
「コントロールが極まった個性は進化することがある。宙に浮かぶ個性を持ったヒーローが、ある日いきなり筋力増強の個性を得た例がある。思考速度を速めるだけの個性が身体能力にまで影響した例もある。お前は第5世代の走りだ。成長過程で何が起こっても不思議じゃねぇ」
「つまり、ミュータント的な?」
「ならヒューマントーチだなお前は」
「キャップって訳か」
「うぬぼれんな馬鹿」
相澤の口の悪さに早くも慣れた燈矢は「バカって言う方がバカ~」と謳いながらヒーロー学の教科書を捲った。
真新しい教科書は湿った青い匂いがする。辞書と見紛うほどの厚みがあるが、個性の分類やら、参考事例やら、歴史やら、多岐にわたる内容はペラペラ捲るだけでも面白い。
解説役のネズミのキャラクターが著作権的に大丈夫なのかという点だけが気にかかるけれども。
「つかヒーロー学教えるって、俺をヒーローにでもするつもりかよ。もう興味ねぇんだけど」
「別にヒーローになるのを勧めてるわけじゃねぇ。お前の個性制御のためにヒーロー学を使うだけだ」
「ふぅん。マ、ライバルをわざわざ増やしたかねぇか。ヒーロー市場は需要過多だもんな……」
小馬鹿にした物言いに相澤はしゃらくせぇなぁと鼻を鳴らした。
こういう捻くれた子供の対応はホントに苦手だ。同族嫌悪という観点には眼を瞑るとして。
「お前みたいなガキがヒーローになったところで誰のライバルにもなれやしねぇよ」
「あ?」
「燃やせるだけのヒーローなんざ火力発電所でしか役に立たねぇ。ヴィランは生捕りがルールなんだからな。結局ヒーローなんてのはテメェの個性が制御出来なきゃ商売にならんのさ」
「…………」
「だからヒーロー学は個性制御が根本にある。ヒーローに興味が無いにしても、今のお前にヒーロー学は有用だ。強くなりたいならバカみたいに火力を上げる方向に拘泥するよりそっちの方が合理的だろ」
「…………ンな偉そうなことが言えるくらいにアンタは強いのかよ?」
舐め腐った発言に相澤は嫌味な顔で笑って、燈矢の両手足を捕縛布で椅子に固定した。
四肢を締め上げる布を咄嗟に燃やそうとする。
しかし個性が発動しない。手足の関節を全て固定されてしまったので身じろぎすら出来ない。
「え、は!?」
「当たり前だろ。プロを舐めんな。俺は状況によってはエンデヴァーにも勝てる」
「っはぁ!?フザケンナ!!ンな訳ねぇだろ!!」
予想通り父親の話題で眼の色が変わった。捻くれている割に分かりやすい子供だ。
この1日だけでも分かる。リハビリの最中でも、街中を歩いている時も、この子供は父親の姿がテレビに映れば動きを止めて眺めていた。
病院では父親から連絡が来ていないか看護師に尋ね、休憩時間にはSNSで父親の情報を集め、そうしてエンデヴァーの情報が入る度にのっぺりとした平面の顔で歯を食いしばる。この子供の父親への執着心は痛ましいものがある。
そりゃあエンデヴァーにも事情があるのだろう。長年トップヒーローを張り、尚且つ家庭を持つ男の心中を自分程度が推し量れる訳もない。
だがそれはそれとして、連絡の一つも寄越さない父親より、他人にしか面倒をみて貰えない子供の方に肩入れすンのはしゃあねェだろとも思うのだった。
「そう思うんならまずはヒーロー学を学べ。そんで俺を真正面から倒してみろ。俺すら相手にできねぇようじゃあNo.2なんぞ夢のまた夢だぞ」
「上っっっ等だクソが!!テメェみたいなアングラ根暗地味野郎がお父さんに傷の一つも付けられるわけねぇだろ!!」
オールマイトの前ではクールぶっているが、こちらが本性らしい
態度悪く床をガンガン蹴りながら「オラァさっさと授業始めろやァ!!」と苛立つ野犬みたいに吼えている。
元気で宜しい。子供は元気が一番だ。元気に生きてりゃマァどうにかなる。
相澤は鼻で笑ってホワイトボードの前に立った。
■ ■ ■
「ごめんね遅くなって。燈矢少年は?」
「飯食ってから部屋に引き籠ってます。俺はこれから仕事ですね」
「夜警かい?」
「はい。オールマイトさんは」
「緊急出動が無い限り今晩は大丈夫。それより丸一日燈矢君の面倒を見て貰ったのにこれから仕事なんて、体調は……」
「明日の朝は寝てますよ。アングラはいつもこんなもんです。それよりメールしたと思いますが」
「個性訓練の話だね」
深く頷く。燈矢にはああ言ったものの、彼への実践的な個性訓練は喫緊の課題である。
瀬古戸岳では間一髪で命は免れたものの、そもそもの燈矢の体質は変わった訳ではない。彼の性格が変わった訳でもない。このままではいずれ自らの個性で己を焼くだろう。
そして偉そうに言ったものの、机上の学問だけで燈矢の個性がコントロールできる訳もない。
「元ヒーローで炎熱系個性の知り合いが居るんだけどね、話をしたら快く引き受けてくれたよ。指導経験が豊富な人材が多く働いていて、体を冷却するサポートアイテムもふんだんに使える施設の所長をされている方だ。彼には最適の環境だろう」
「あいつ結構人見知りですよ。素直に言う事聞きますかね」
「最初は難しいだろうね。だから君が付いていてくれ。あまりに加熱しそうになったら止めて欲しい」
「分かりました。ぶん殴ってでも止めます」
「個性使ってね!?」
「気が向いたら」
にやっと皮肉っぽく笑った相澤はひらりと身を翻して出て行った。
身のこなしが軽い。若いのに随分と鍛えている。
これで個性教育資格も持っているというのだから貴重な人材だ。彼を紹介してくれた根津校長には頭が上がらない。
「私も資格取ろうかなぁ」
「……おかぇり」
階段を下りる足音に振り返ると、疲れた顔の燈矢が眠気眼を擦っている。
時刻は真夜中に近い。リハビリや勉強で疲れた子供には辛い時間だろう。
「起きてたのかい?」
「まだねむくない」
「ホットミルクでも入れようか」
「ここあ」
「うん。甘くしようね」
燈矢はこくりと素直に頷いて、冷蔵庫に向かう自分の後をカルガモみたいに付いて歩いた。
これは、ちょっと話したいというサインだろう。この子は複雑怪奇に焦げ付いた面もあれば、保護者レベル0のオールマイトでも分かるくらいに素直な面もある。
ミルクパンにココアと砂糖と牛乳を少し入れて、弱火にかけながらよく練る。
ペースト状になったココアにさらに牛乳を追加して少しのバターを入れた。
甘い匂いは疲れた子供を少し目覚めさせたようだった。
「バターいれんの?」
「コクが出るんだって」
ふぅん、と興味なさそうな顔をしながら燈矢はミルクパンの中を覗く。とろみの強いココアが甘い匂いを纏って渦を巻いている。
「ココア好きかい?」
「俺はあんまり……でも冬美ちゃんが好きだった。お母さんがよく作ってた」
「うん」
「寝られない時だけ。寝る前に甘い物は本当は良くないって……」
「でも作ってくれたんだね。優しいお母さんだ」
小さな頭が緩慢に頷く。
沸騰する寸前に火から下ろし、マグカップを2つ持ってきてもらう。
ネコの取っ手が付いたカップにココアを注いで、少しシナモンを足した。
手渡すと、燈矢は湯気に向かってふうふうと息を吹きかけながらソファに座る。
その隣に腰を下ろすと、拳1つ分の距離を開けて隣に寄って来た。テレビをつけていないリビングは静かで、家具が少ないせいか寒く感じた。
「今日」
「うん」
「ヒーロー学を学ばされた」
「そう……学ばされた?」
「個性訓練するんなら必須だって。つかアイツお父さんにもワンチャン勝てるつってたけど何様?机に縛り付けるし。平気でバカっつってくるし。マジありえねぇ」
「うん」
「しかも授業進むのめちゃくちゃ早いし。出来なかったら『これも出来ねぇのか』って鼻で笑うし。出来たら出来たで、」
「うん」
「……『よく出来たな』って言う」
「……うん」
ココアを音もなく静かに舐める。
燈矢と相澤の相性は思っていたより良いようだ。相澤のさっぱりとした物言いと、教師らしくない雑多な態度がこの子には合うのだろう。
むしろ被虐待児として懇切丁寧に扱われていたら壁を作ってしまっていた可能性もある。なにせどう見ても燈矢はプライドが高い子供で、目的意識が尋常でなく強い。
その上で自己評価が低いのだから複雑な子だ。内側が複雑骨折したまま治ってしまった小さな頭を撫でる。
「相澤君は自分にも他人にも厳しい人だからね。言葉がキツイことはある。でも誠意のある人だよ。相澤君がそう言ったのなら、君にとってヒーロー学はきっと必要なことだ」
「個性は机上で学べるもんじゃねぇだろ」
「……君はこれまでどんな訓練を?」
「火力上げ」
マグカップを置くと燈矢は手に炎を灯した。蒼く美しい炎だ。しかし炎は大きくなったり小さくなったりで安定せず危なっかしい。
「火力が上がれば理論上は空も飛べる。強力な敵でも一発で燃やせる。だから可能な限り火力を上げてた。それが一番大事だって……」
「確かに私やエンデヴァーの時代はそういう習い方をしたね。特に自然現象系統に関する個性の子はそういう訓練が主流だった」
喋りながら己の訓練方法を思い出す。
とにかく力を付けること。とにかく速く動くこと。それに戦闘技術訓練。
現代では重要視されている人命救助のセオリーや、被害者への適切な声掛け、自身の安全確保なんて影も形も無い時代だった。
なので訓練と言えば気絶するまで走り続けたり、胃袋がひっくり返るまで蹴られたり殴られたりになる。
それでも自分はまだマシな方で、炎や氷を扱う個性の同級生なんかは火傷や凍傷で皮膚がメチャメチャになるまで何時間も個性を使わされていた。
そしてある程度まで仕上がったと判断されたらヴィランと殺し合いをさせられる。
そう、あれは紛れもなく殺し合いだった。ヒーロー免許や仮免の有無なんて関係ない。
なんなら法律も関係が無い。
なにせ社会は崩壊していた。法と倫理の暗黒時代だ。
そんなの気にした方がバカを見る。
「………いやホント、脳筋スパルタ式訓練だったなぁ」
「何それ」
「思い出したら胃が痛くなってきた……私達の時代のヒーロー育成方法だよ。今思うと虐待みたいな訓練だった……みたいというか虐待だったな。うん」
「今は違うんだよな?」
「違うと思うよ。あの頃は毎年生徒から死者が出てたし」
「ハァ!?なんで学級閉鎖になんねぇの!?」
「ヒーロー科でも何でもない学校でも毎年死亡事件が起きる時代だったんだよ。訓練中の死亡事故なんてネットニュースにすらならなかった。偏に治安が悪いせいさ」
思えばあの時期の日本は麻薬カルテルに支配されたメキシコと同レベルの治安だった。
街中を歩いている一般人ですら拳銃で護身する程に死と暴力は身近にあって、毎日のように銃声がどこかで鳴り響いていたし、通学路の道端には薬物中毒でフラつくホームレスと死体が入り混じって寝転んでいた。
いつも気が抜けなかった。いつどこで誰に後ろから撃たれるか分かったもんじゃなかった。空気は焼け付いたようにピリピリしていた。
「それでも雄英に通っている生徒はまだ恵まれていた。いくら事故の危険性があってもね」
「なんで……?」
「自分の身を護る方法が日本で最も効率的に学べたから。それにヒーロー免許を取得すれば自衛や、他にも色々……自分の利益のために個性を使っても咎められない。そんな思惑の生徒が過半数を占めていた。そしてそんな意識だから、あの時期のヒーロー学の教科書は本っ当に薄っぺらかったよ。色々と模索している時代だったっていうのもあるけどね」
「今はこんなだよ。分厚い」
燈矢は人差し指と親指を5cmくらい離した。
「分類別になっててさ、技術とか事例とか歴史とか。アンタも教科書に載ってるぜ。現代ヒーロー学のトコ」
「本当?今度読んでみよっかな」
そういえば教科書に載る許可を出した記憶がある。あの時は特に何も思わなかったが、改めて考えるとこんな自分が教科書に載っているなんて面映ゆいものだ。
あの頃と比べると本当に良い時代になった。まだまだ平和とは言い難いが、社会は着実に前へと進んでいる。
燈矢は「そういう時代ね……」と呟いてマグカップを置いた。
小さな体をこちらに傾ける。眠いのかと思ったが両目は大きく開いていた。
瞳孔の奥に走る血管すら見える。
「今はそういう訓練はしねぇんだな」
「教育機関ではされてないだろうね。もっと安全で、効率化されていると思うよ」
「お父さんはそれを知ってたのかな?」
「………さあ。彼と教育について詳しく話したことが無いから、分からないな」
マグカップを置く。
エンデヴァーは教育者という面では自分の遙か先を行く。サイドキックを多く育て、インターンで毎年何人もの学生を受け入れている熟練だ。
彼の元で育った炎熱系個性のプロヒーローは多い。
自分でも知っているようなことを、彼が知らない筈が無い。
「お父さんは」
「ん?」
「……お父さんは、俺を、」
「うん」
「俺を、最高傑作にするつもりで、」
「……うん」
「……火力が高けりゃ最高傑作なのか?」
じぃいと燈矢は己の顔を見上げていた。この子供は考えている。
複雑に焦げ付いた己の執着を、溶かすことはできないまでも、それが何なのか分析しようとしている。
オールマイトは乾いた唇をゆっくりと開いた。今は慎重に言葉を選ばなければならない時だった。
「……そもそも最高傑作というものが私にはよく分からない。世間から評価の高いヒーロー、多くの人々を救えるヒーロー、只管に強力な個性を持っているヒーロー、全て違う意味を持つから……ただ、火力が高いだけでヴィランに勝てるって訳じゃあないから、私は違うと思うけれど」
「………多分、アンタより強いヒーローに成り得る個性を持ってるってこと、だと思う」
「そうかぁ」
中々にエンデヴァーも拗らせている。自分が原因なのだろうけれど、思い当たる節は何も無い。
だが、多分、自分のせいなんだろう。どうにも自分は感情の機微に疎いところがあって、柔らかい心を持つ人を傷つけてしまう。
本当に、エンデヴァーに申し訳なかった。
彼の心情が全く理解できないことも含めて。
自分は人間としてあまりに足りていない。
「俺は最高傑作じゃないと……身を護るためにって、あんたは言ったけど。俺はもう死んでるから、それより───」
「うん」
「自分の身なんてどうでも良くて、それより、強くならねえと……お父さんが、」
「強くなって、力を得て、それで、君はどうしたい?」
「…………」
「私はね、平和の象徴になりたかった。そのために力が欲しかった」
「…………」
「力は道具でしかない。君は、力を手に入れて、それで?」
燈矢は押し黙って顔を背けた。答えが分かっていないという訳ではなさそうだった。
「………あんたの父親って、どんなヤツだったの」
あからさまに話を逸らしたい子供の拗ねた口調に目を伏せる。
父親。
「オールマイトの家族ってぜんぜんメディアに出ねぇだろ。ヴィランに狙われないように隠してんの?アンタに似てる?」
「……いや、私は母親似だったかな」
「へぇ。俺もお父さんよりお母さんの方に似てるってお婆ちゃんに言われた。瞳の色はお父さんと同じだけど。アンタは父親に似てるトコあんの?」
首を横に振る。自分の色合いは母と全く同じだった。
顔立ちについては、分からない。
瞼を閉じると今でも母の姿を鮮明に思い出せる。
長い金髪に青い瞳をした、ミルクとバターの匂いがする人だった。
とても子供を一人産んだとは思えない細い身体を裾のほつれたワンピースに包み、いつも体のどこかに痣があった。
白い真珠の粒のような少女だった。
「知らないんだよね」
「知らない?」
「うん。私の父は、まだ未成年の母を妊娠させて、一度も顔を見たことが無い」
燈矢はぱちりと瞬きして、恐る恐るこちらの顔を覗き込んだ。
大昔のことなので今更動揺も無く、別段隠していることでもない。複雑な背景を持つ燈矢に嘘をつきたくなかったから喋っただけのことだった。
微笑んで頭を撫でると燈矢は少し安心した様子で口を開いた。
「恨んでる?」
「恨んでないよ」
「どうして?」
「母が私を2人分愛してくれたからね。それに、顔も名前も知らないから恨みようがない」
「お母さんからお父さんのことを聞かなかったの?」
「聞かなかったなぁ。本当に子供の頃だったから、父親が居ないことに疑問を持つことも無かったし」
つまり、父親が居ないことに疑問を抱くより先に、母が亡くなった。
それから師匠に出会うまでは孤児院育ちだ。大量の孤児達の面倒を見ていた職員達は良い人ばかりだったが、「親代わり」という感じではなかった。
「だから、父親……うん。父親らしい人は、私にはいないんだ。だからどういう人が正しい父親なのか、私には分からない」
「………ん」
「でもこういう仕事をしているとね、色んな父親を見るよ。ヴィランから子供を庇う父親や、自分の命乞いのために子供を差し出す父親。子供の病気の治療代を稼ぐために犯罪行為に手を染める父親。本当に色んな人が居る。心底碌でもないと思う父親もいるし、心から敬意を抱く素晴らしい父親もいる」
「うん」
「そういう人の中にはね、ああ、私が子供の頃にこういう人が居てくれたらなって思うような立派な父親もいる」
「………」
「そんな人に出会うと、やっぱり私は子供の頃に寂しかったんだな、って思うよ」
大人になってから冷静に思い返すと、意外にも幼い自分は寂しがり屋で、しかしそのことを滅多に口にはしなかった。
母はとても若い人だと幼心に分かっていたし、自分のせいで無用な苦労を背負っていることも、また、理解していた。薄い肌着のような服を着て仕事に出る母に、私は声をかけようとして、しかし、毎回口を噤んだ。
そんな時の母はいつも、何も不安はないと錯覚させるような笑顔で、寂しい私を抱きしめた。
「父親って、母親と比べれば居なくてもなんとかなるというか、そこまで重要な存在ではないように思うんだけど」
「………それは、家庭環境で差があると思う」
静かな燈矢の声に深く頷いた。
「そうだね。私に父親がいなかったからそう思うだけなのかもしれない。ただね、うん……いざという時に頼れる人が欲しいっていう気持ちが、ああ、父親がいてくれたらなっていう感情に近いようにも思うんだ」
マグカップを握る自分の手は規格外に大きい。
母の体格は平均程度だったから、きっと自分の父が極端に大柄だったのだと思う。
だから子供の頃はよく、母が殺された時に父がいてくれたら、母は死ななかったのではないだろうかと考えていた。
その感情は今や遠い。どちらかというと、どうして私はあの時に母を救えなかったのかという後悔の方が強い。
「だからね、私は、そういう人のようになりたいと思う。それが突き詰めて言ったら、平和の象徴になりたいっていう願いなのかもしれない」
「………いざという時に頼れる人になりたい?」
「そう。困っている人たちの父親になりたい……って言うと語弊があるけれどね。感覚的にはそれが近いのかも」
言葉にすると、平和の象徴には相応しくない、何とも子供っぽい感傷だ。オールマイトという存在に夢を抱く人々にとっては肩透かしですらあるだろう。
結局のところ私は母を護りたかっただけだ。それはつまり、少女のようだった母の父親になりたかったということで、しかし、願いは叶わなかった。
これから先も永遠に叶うことは無い。
だから平和を護っている。頼りになる父親が欲しい全ての人の、たったの一瞬でも良い、理想の父親をやっている。
それだけの話だった。父親が居なかった子供が、理想の父親ぶっているだけのことだった。
「………俺は」
「うん」
燈矢は空になったマグカップを置いて、視線を彷徨わせた。
「俺は……お父さんが、」
「うん」
「………それでも、」
手が震えている。寒さに凍える小動物みたいに全身が打ち震えている。
ぱくりと口を開けて、何か、燈矢は答えを出そうとしていた。
甲高いサイレンが鳴る。
音源は自分の携帯だった。緊急呼び出しのサインだった。
反射的に立ち上がる。瞬時にヒーロースーツに着替えて携帯を起動させた。
銀行強盗発生。距離にして13km。対応可能なヒーローは近場に居ない。
携帯の向こうで燈矢が膝を抱えてソファに蹲った。
「何だよ」
「………いや」
「忙しンだろ」
さっさと行け、と繰り返す眼には力が無い。
マグカップを置く手がだらりと落ちる。開きかけた重い扉が目の前で緩やかに閉まろうとしている。
オールマイトの優先順位は何があろうと動いてはならない。そう、燈矢を引き取ると決めた時にイレイザーヘッドと確認した。
第一に優先するべきはオールマイトのヒーロー活動。燈矢へのケアはそれより下と決まっている。
非情だと思う。しかし自分に来る救助要請はそこらのヒーローが代わりになれるものではない。緊急性は高く、数秒遅れるだけで人が死ぬ。迷っている暇は無い。
───しかしそれは優先順位1番目と2番目が両立出来ないという意味ではない。
犯行は4分20秒前。耳を澄ますと3人の犯人が車内で言い争っている声が聞こえた。
エンジン音からして走行速度は120km前後。車体より5m以内に一般車両無し。
うん。良し。いける。
こういう時の自分の勘は大抵当たる。オールマイトは燈矢へ向けてニカリと笑った。
「燈矢少年、マスクして」
「へ?」
「あと髪を全部この帽子の中に詰めて。コートも着て。うん。取り合えずこれで良いか」
「は?」
「机上のヒーロー学も大事だけどね。やっぱり現場こそが第一!私って現場主義の古いオジサンだから!よし行こう!」
「どこに??」
疑問の答えは直ぐに出た。
強烈な風圧は針金のように肌に刺さるということを、燈矢は「脳筋スパルタ式訓練」の言葉と共に身をもって思い知った。
■ ■ ■
ガシャーン。パリーン。グシャッ。ワタシガキター!
この間、5秒。
しかし今までの人生で一番長い5秒だった。4DXの120分映画を濃縮して1万倍過激にしたような体験である。
気付けば燈矢は銀座大通りの端に座り込んで泣きながら訥々と話すヴィラン達の喚き声を聞いていた。
異形個性への差別問題だの、社会の在り方への意義だの、自分が就職できないのは社会の在り方が間違っているからだの、それなりの事情を話す彼らにはそれなりの経緯があり、それなりの覚悟で銀行強盗をしたらしい。
その結末は5秒で全部決まった訳だが。割に合わないにも程がある。
オールマイトは叩き潰したハイエースの前で警察を待つ間、ヴィランの話を聞いていた。
周囲の野次馬はそのすぐ近くで呑気にスマホのカメラをオールマイトに向けている。
「………ドラマの撮影じゃねぇンだぞ」
ようやく到着した警察にヴィランを渡す光景を遠目に見ながらコートの中で眉間に皺を寄せた。
テレビで見て分かったつもりでいたが、オールマイトは想像以上に一般市民からの人気がヤバい。ヴィランを警察に引き渡すなり人混みに囲まれて、サインだの写真だの握手だのを次々に求められて身動き一つ取れなくなっている。
このままあと何時間待てば治まるのか。
だがぽつんと佇んでオールマイトを睨むと彼はすぐにこちらの視線に気づき、すぐさま「ごめんね!」と周囲に向けて大きく手を振った。
「私はそろそろ帰らせて貰うよ!皆、夜も遅いから気を付けて!」
快活な声はよく響く。はーい、と夜の街を歩く大人達は子供のように返事をした。
次の瞬間オールマイトはぴょんと軽く人混みを飛び越え、寒さで頬を赤くした自分の目の前に降り立った。
そしてひょいっと小脇に抱える。
マバタキすると足元には東京の大都会があった。
「うぉおあああ゛あ゛あ゛!?」
ごうごうとうねるビル風が全身を殴りつける。
チカチカと回転する視界はド深夜だというのに眩くて目が痛い。耳も痛い。
高速道路で鳴り響くクラクション、喧嘩の罵声、街灯広告が流すCM。無数に重なる都会の音の一番天辺にオールマイトの呑気な声が重なって鮮明に鼓膜を打った。
「舌を噛まないようにね~」
「っ、そ、!!ち、……ッ、!!!」
それどころじゃねぇチクショウバカなのかテメェは脳ミソ腐ってんじゃねぇんだろうなァ!?
そう罵倒を吐こうにも、そもそも強烈なビル風のせいで呼吸をするのが精一杯だ。声なんて出しようが無い。
オールマイトは「HAHAHA!慣れる慣れる!」と笑いながら高層ビルをぴょんぴょんと跳んで渡った。
もう跳ぶより飛ぶと言った方が正しいように思えてならない。重力はこの人だけを特別扱いしているに違いない。
───しかし必死になって瞼をこじ開けると、トンデモない絶景である。
プロジェクションマッピングで照らされる都庁を横目で眺めていると、細胞のように動く車のライトが、灯台のように瞬く繁華街のネオンが、砕いたダイヤモンドのように散らばる高層ビルが、足元を星のように通り過ぎて行く。
どこもかしこも輝かしくて、脳がカッカと熱を持つくらいに情報量が多い。
とても人間の小さな瞳の中に納まるようなものではない。
それは一瞬も留まることが無く、無数の人の声に束ねられ、瞬いた。周囲で輝く丸い一つの生物のようだった。その中には確かに自分がいた。
小さな己を、一時、忘れるような眩さだった。
「───死ぬかと思った、死ぬかと思った」
「ご、ごめんね?」
ようやく地上に跳び下りたオールマイトの触覚を引っ張る。
心底申し訳なさそうな顔が性質が悪い。
「お前、マジ、せめて跳ぶ前に何か言えよ!心構えくらいさせろ!」
「心構えしても驚くだろうから………」
「気持ちの問題ってのがあんの!!」
地上に降りても都会の夜の風は冷たい。
オールマイトは申し訳なさそうな顔をしたまま燈矢と手を繋いだ。爪の先まで冷え切っていることに今更ながらに「ごめんね。寒かったね」と慌てて明るい広場を指差した。
「……何だよ」
「ここはマイトタワーの近くなんだけど、夜景スポットが多くてね。深夜でもやってる屋台が結構あるんだよ。あそこで何かあったかいもの食べよう」
そう言いながら手を緩く引っ張る。
広場に並ぶ移動販売車の群れに向かいながら、オールマイトがやって来たなんて大騒ぎになるんじゃないかと思ったが、少なくともこちらに聞こえる程に騒ぐ店は無かった。マイトタワーの近くともあって店側も慣れているらしい。
夜景目当てだろうカップルからカメラを向けられたりはしたが、オールマイトは気にもせず手を繋いだまま歩いた。
「何がいい?」
「分かんね」
「そうだね。タイヤキと、チュロスと、サンドイッチならどれがいい?」
「……分かんねぇ」
本当に分からなかった。ココアは冬美ちゃんを思い出して飲みたかっただけで、自分が何を食べたいのか、よく分からない。
鈍化した感覚は手術とリハビリによってかなり回復しているが、3年もの間点滴と胃管で命を繋いだ体は未だ食嗜好を取り戻すには至っていない。
オールマイトは残念がるでもなく、「そっか」とだけ言って適当な車に近付いた。
選んだ店は白熱電球をクリスマスみたいにぶら下げており、ヨーロッパの国旗のステッカーを幾つも車体に貼っていた。小さなカウンターにはメニューを書き連ねたミニサイズの黒板がちょこんと乗っている。
店主はオールマイトの姿に目を見開き、しかしすぐに無表情に戻って「らっしゃい」と黒板を顎で指した。
「……」
「何がいいかな」
思えば、買い食いなんて初めてだ。
それどころかオールマイトと相澤、それに医療関係者以外の人間と喋るのも久しぶりだった。
酒臭い路地裏のオッサンでも、頭が太陽のヤバそうなヤツでもない、普通の人間とどう喋るのだったか。パチパチと瞬きをしながらメニューを読む。
「坊主、父ちゃんと一緒に来たのか?」
「お父さんじゃないよ」
店主の言葉を口早に否定する。周りにはこちらにカメラを向けている一般人が居るのだ。
ね、と同意を求めてオールマイトを見上げると、しかし彼は何も言わず微笑み、小さな黒板を指差した。
「これは卵とアボカドのサンドイッチ。これは燻製したお肉とレタスが挟まってるサンドイッチ。これはイチゴとクリームのサンドイッチ」
「アボカドって何」
「野菜かな。ちょっと苦いよ」
「肉がいい」
「分かった。パストラミサンドを2つ……飲み物は何が良いかな」
見上げると、静かな眼が自分を促す。
息を吸っておずおずと車の中に問いかけた。
「……何があるの?」
「坊主が飲めるのはカフェオレとミルクティーだな」
「じゃあミルクティー」
「ホット、アイス?」
「ホット」
「オールマイトはホットワイン?」
「私はカフェオレのホットで」
あいよ、と店主は車の中に引っ込み、すぐに茶色の紙袋とコップを2つ手渡した。
あったかい。
冷えた手で紙袋とコップを持っていると、会計を済ませたオールマイトにひょいと抱きかかえられる。
「ちょっと人目があるからね。マイトタワーに上るよ」
今度は心構えができていたので、ぐ、と歯を食いしばった。
一瞬全身がふわりと浮かぶ感覚がして、次の瞬間にはマイトタワーの天辺に居た。
高層ビルの群れが眼下に広がっている。白く輝く絨毯の向こう、青と金に輝くスカイツリーが空高く光っていた。
「今度は大丈夫だった?」
「おう。あれってスカイツリー?」
「そうだよ。今はジーニストとのコラボライトアップ中なんだって。キレイだねぇ」
「お父さんのはねぇの?」
「エンデヴァーとのコラボは1ヵ月前にやったらしいよ。YouTubeに動画が上がってるって」
「後で観とくわ」
展望台も兼ねているのだろう、ベンチに座って紙袋を開いた。いそいそとサンドイッチを取り出す。
「中の方が暖かいけど」
「此処が良い。座れよ」
促すと隣に座ったので、カフェオレを渡す。ありがとう、と微笑んだ。
「やっぱり寒いと暖かい飲み物が良いよね。ミルクティー美味しい?」
「甘い」
「良かった。パストラミサンド食べよう。これね、ウチの事務員にも評判なんだよ」
手渡されたサンドイッチはスライスされた肉をこれでもかと挟んでいた。
分厚過ぎるために齧り付くのが難しくって、両手で圧縮しながら口に押し込む。申し訳程度に挟まっていたレタスが零れて膝に落ちた。小さく笑ったオールマイトがレタスを摘み上げ、膝にハンカチを広げてくれた。
「美味い」
「ボリューミーで美味しいよね。寒くない?」
「寒くない。アンタは?」
「大丈夫だよ。君は寒さに強いんだったね。凄いなぁ」
気軽に投げられた言葉を塩気の強い肉と一緒にゆっくりと噛み潰して、喉に押し込むように飲み込んだ。
コイツは馬鹿じゃないのかと思った。
耐冷体質は蒼炎という個性とあまりにも噛み合わない。何の意味も無けりゃ価値も無い。少し考えれば分かることだ。
この体質でなければ。冷の個性が無くとも、せめて耐熱体質であれば。
そう何千回と考えて、自分を燃やしてしまうくらいに苦しい思いをしたのに、今更そんな言葉を気軽に投げられて、こちらが何を考えるのか、何を思うのか、この傲慢な野郎はきっとちっとも考えちゃいない。
瞼から何かが零れないように必死に瞬きを繰り返しながら、手をゆるゆると広げて蒼い炎を出した。
油断すると大きくなりたがるばかりの炎を、可能な限り小さく調整する。
そうすると掌を温めることしか出来ないような、弱く小さな炎が出来た。それをオールマイトの前に差し出す。
「ん」
「凄い!暖かいね」
「……ん」
「片手で食べられる?零れない?」
「だいじょうぶ」
頬一杯に肉とパンを詰め込む。目の前がけぶって、溢れそうだった。
そしてどうしようもないくらいに零れ落ちないものが己の中にこびり付いている。
胸が苦しかった。今更どうしようもない苦しさだった。
オールマイトは燈矢の揺らめく炎に大きな手を翳しながら暢気に夜景を眺めていた。
「今度は燈矢少年の好きなもの食べに行こうね」
「ん」
「燈矢少年は何が好き?」
「蕎麦」
「良いね~。鴨南蛮なんてどう?良い店がね、実はウチの近くにあるんだよ」
「行きたい」
そう応えながら自分は、ついさっき、家のソファの上で、オールマイトに言おうとして、しかし胸の中に仕舞おうとした言葉を、歯を食いしばりながら引き出していた。
────そう、俺は、お父さんを愛している。
燈矢の死体の残りカスになった今でも、お父さんが俺を愛していなくも、俺は、お父さんを心から愛している。
お父さんにとって都合が良い存在になりたい訳では決して無いのだけれど。
お父さんに愛されたい訳でも、もう無いのだけれど。
ただ、そう、ただ。愛している。
愛しているのだ。
これはもう理屈じゃなかった。言語化のしようもない。だから諦めようもない。
お父さんの四肢を焼き潰して地面を這いずる芋虫にしたいくらいに、お父さんを愛している。
お父さんの大事な人間全員を生きたまま燃やしたいくらいに、お父さんを愛している。
お父さんを抱きしめながら己の身体を消し炭になるまで燃やし尽くしたいくらいに、お父さんを愛している。
しかしそれは、焦凍を愛しているように見えて、しかし結局は自分のことしか見ていない、あの、お父さんの視線を向けて貰うためには、そうするしかないだけで。
そのために力が欲しかった。
力が無くてはお父さんは気にもかけてくれないし、力が無ければお父さんを愛せない。
────しかし、でも。
例えば、お父さんが、リハビリに連れて行ってくれたとして。
個性を制御するためにヒーロー学を教えてくれたりして。
沢山の人に囲まれていても、寂しそうな自分を見ればすぐさま駆け寄ってくれたりして。
深夜に買い食いなんかして。ベンチに駄弁ってどうでもいい事を喋ったりして。
こんな小さな炎で温まってくれて。
これがお父さんなら、きっと、力なんて無くても良かった。
言葉もなく唇を噛み締めた。
涙が零れてしょうがなかった。何もかもが儘ならない。たった一つの願いは叶わず、代替ばかりが積み上がっている。
それが寂しい。そう、自分は寂しいのだ。
轟燈矢の一番の願いは永遠に叶わない。
「俺が、力が、欲しいのは……」
「うん」
「……お父さんを殺したいから……」
「……うん」
「焦凍をアイツの目の前で殺してやりたい……お父さんの大事なものも全部燃やして、家も、事務所も、お父さんのファンも、みんな、みんな燃やしてやりたいッ!俺もお父さんのために、お父さんの目の前で、焼けて死んでやりたいッッ!」
「………うん」
「でも、でも………お父さんに死んで欲しい訳じゃなくて、」
「うん」
「誰かを、殺したいわけでもなくって……」
「うん」
「………俺って、俺は、」
「うん」
「────俺を見て欲しくて………」
「うん」
言葉にすると単純で、小さな子供の駄々のように聞こえてならない。
そう、それは、自分が、小さい子供だからだ。
それが情けなくって、悲しくって、何より寂しくって、ぎゅうう、と拳を握り締めた。
拳が青く燃えて肌がチリチリと痛んだ。
途端に大きな掌に包まれる。
見上げると青い瞳がこちらを見ていた。
「うん」
オールマイトは肯定も否定もしなかった。
ただ黙って、燈矢を膝に乗せて、小さな子供にするようにゆらゆらと揺れた。
それが、ちょっとどうしようもないくらいに暖かかった。オールマイトの手の中で拳が解けて、炎は小さい蝋燭みたいに揺らめくばかりになった。
意味も解らず涙が零れる。抱えきれないことが今夜はあまりに多過ぎた。
しかし涙を流し尽くした後、少しはマシになっているような予感がした。