地獄より我らが父へ   作:XP-79

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No.30 BOW AND ARROW

 

 

 

 産まれたばかりの赤ん坊には、産まれちまった悲しみなんて一欠片も無いのだろう。

 産声は真っ赤な生命力そのものだ。腕に抱くと「うわっ」と思うくらいに五月蠅くて、しかし焦凍もこんな感じだったなぁと懐かしく思った。

 恐る恐る、産毛みたいな髪を撫でつける。骨が在るんだか無いんだか。シルクのスポンジみたいな独特の感触がした。

 そうやって撫でていると赤ん坊はほんの少し産声のボリュームを下げた。薄い瞼が開く。

 皺くちゃなサルみたいな顔は「失礼ですが貴方はどちら様ですか?」なんて表情をしていて、赤ん坊でも表情ってあるもんなんだなと知った。

 

「悪い悪い。いや、軽いなお前。どっからあんな声出るんだか」

 適当にあやしながら、なんだ、最っ初からこうしておけば良かったのかと思った。

 

 皆が怯えたり、慌てたりするから、余計に驚いちまったんだ。

 大人の勝手な思惑で作られちまっただけで、コイツ自身には善も悪も無かったってのに。

 

 焦凍がそうだったように。

 自分もそうだったように。

 

「ごめんな」

 ちっちゃい手を突っつく。訳も分かっていない赤ん坊が、ぎゅ、と握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

「────とう、とうや!燈矢!燈矢!!!」

「うるさ………」

 片腕が千切れているのに、どうしてこの男はこんなに元気なのだろう。

 瞼を開くとお父さんのドアップが目の前にあった。見るからに必死の形相だ。汗やら涙やらが垂れて酷い有様だった。

「きたねぇ」

「燈矢!!怪我は無いか!?」

「今、テメェの唾がかかったせいで精神に甚大なダメージを負った」

 体を起こす。確か高速道路の上に居た筈が、今は地べたに寝転がっていた。

 そもそも自分はお父さんと一緒に『オールマイト』の爆発に巻き込まれて死んだのではなかったか。

 だが赤ん坊を抱いていた腕はちゃんと体にくっついている。元々折れていた足が痛いくらいで、なんともない。お父さんは元々重症なのでよく分からないが、これだけ大声を出せるんなら問題無いのだろう。

 

 あれは夢だったのか。しかし見上げると、頭上を走る高速道路がポカンと数百m分切り抜かれていた。

 崩れ落ちたにしては瓦礫が無い。『オールマイト』に消滅させられたのだと分かる。

 しかし神野と比べると範囲が狭かった。『オールマイト』一体で、ここから見える範囲全てを粒子にする程度の威力はあった筈だ

 

「………何が起こった」

「お前の炎が『オールマイト』を押し込めたんだ。おかげで威力が軽減した」

「は?いや、でも“蒼炎”はAFOに、」

 はた、と眼を見開く。そう言えばAFOが出した炎は何色だっただろうか。

 緊迫していたのであまり気にしていなかったが、蒼ではなかった気がする。

 そもそもAFOが“蒼炎”を奪うために手を伸ばしてきた時、そういえば、所長が間に割って入っていた。

 

 震えながら指先に意識を集中する。何事も無かったように小さな蒼い炎が灯った。

 蝋燭のような炎は、今や風に吹かれても微塵も揺るがなかった。

「────そうか。所長。そうかよ」

 

 AFOが奪ったのは所長の個性だった。

 そのおかげで“蒼炎”は奪われず、『オールマイト』を抑え込めた。

 『オールマイト』が破壊する筈だった街は何事も無かったように輝き、赤ん坊は誰も殺すことは無かった。

 

 両手を額に押し当てた。堪らなかった。胸に転がり落ちていた塊が僅かに溶けて、所長の笑い声が聞こえた気がした。

「そうかよ。救いは、俺か。俺だったか……」

「寝ていろ燈矢。すぐに救急隊が来る」

「………良かった」

 お父さんが心配そうな顔で背中を支える。自分もそれを、当然みたいに受け入れた。

 それがなんだかおかしくって、笑ってしまった。

 長いこと閉じこもっていた場所から、漸く抜け出した気分がした。生まれ変わったとでも言えば良いのだろうか。

 神野で一度死んでしまったお父さんも同じ気分だったのだろうか。

 

 瀬古杜岳で焼けて、死んで。

 長い夢を見ていたようだった。

 

「お父さん、勝ったな」

「何がだ」

「俺とお父さん、2人分の火力でさ、勝てたじゃん。オールマイトに」

「………それは、」

「俺かお父さんだけなら無理だけど、2人なら勝てる。妥協点じゃねえ?」

「………」

「やっぱ俺を作って良かっただろ」

 

 冗談っぽく問うと、お父さんは俯き、泣き出してしまった。

 あのお父さんがぐずぐずと鼻を鳴らしながら泣いて、しかし必死に首を縦に振るものだから、何だよと鼻を鳴らした。

 

 何だ。

 こんなものか。

 

 思ったほど嬉しくも、悲しくもない。

 今までの人生が全て報われるような劇的な衝撃も無い。

 昔何度も読み返した小説の、分かり切ったエピローグをなぞるような、「フーン」っていう感覚。

 

 震えるお父さんの肩を小突いた。

「遅ぇぜ。もう知ってる」

「燈矢、」

「ホントにてめぇはクソ野郎だよ。しかも遅ぇ。ホントにダメな父親───」

 

 

 

『────緊急連絡、緊急連絡!!イレイザーヘッドがオールマイトを殺害しようとしている、エンデヴァー、オイ、生きているんだろう!?動けるんなら今すぐ現場へ急行してくれ!!』

 

 エンデヴァーの無線がけたたましく鳴って、ナイトアイの悲鳴が響いた。

 緩んでいた全身が引き絞られる。

「は?え、オールマイト、え?」

「ッ、どういうことだナイトアイ。ヤツはAFOを倒したと聞いたが。まさかAFOがまだ何かを、」

『いや、AFOの死体は確かにカメラに映っている。だがオールマイトの挙動がおかしい!それでイレイザーが、』

「待てよ。相澤が自分の意思でオールマイトを殺す訳ねぇだろ。ぜってぇAFOの仕業だ」

「………個性の譲渡」

 エンデヴァーが立ち上がろうと両脚に力を込めた。

 しかし片腕を失っている上に、プロミネンスバーンを何度も撃ったせいで内臓は焼け、AFOに全身の骨をへし折られ、『オールマイト』の影響も尾を引いている。

 ぐらりと傾いた体を燈矢はなんとか支えた。

「おい、ンだよ。どうした」

「ッ、今すぐオールマイトの元へ行けるヒーローは!?」

『電磁バリア内のヒーローはイレイザーヘッドを除き殉職、もしくは重体。ジーニストは脳無の残党と戦闘を継続中』

「外はどうだ!ギガントマキアに対応したチーム、それにレディ・ナガン、」

『ミルコ、マイク、ミッドナイトはギガントマキアの捕縛に成功したが、3名とも重症で救急搬送。レディ・ナガンは、ヘリを飛ばしても2時間以上かかる』

「間に合わん。クソッ」

「おい、何だよ。何が、」

「………ここ数ヵ月、ヤツは“AFO”の個性を何度も喰らっていた。OFAに継承者として残るつもりかと、オールマイトは言っていたが、恐らく、逆だった。グラントリノが正しかったッ」

 

 ────ありえん。ンな迂遠な手段を取るくらいならアイツは俊典をぶっ殺してOFAを奪取する。

 

「AFOは、オールマイトの肉体諸共OFAを奪取しようとしている。でなければイレイザーヘッドがオールマイトを殺害など、出来る筈が無い。オールマイトの同意が無ければ……」

「いや、そりゃ、それができりゃあ最強のヴィランだろうけどさ、どうやって?」

「OFAに蓄積した個性因子には人格があるとヤツは言っていた。“AFO”に、AFOの人格があるなら。それを何十、何百と、短期間で取り込ませれば、」

 

 全て仮定の話だ。

 しかしもし、オールマイトにAFOが乗り移ったのなら、それはもう、誰にも、どうしようもなくなる。

 

「今なら、まだ、間に合うかもしれん。だから、」

「今の内にオールマイトを殺すって?」

 燈矢の顔を見てエンデヴァーは眼を見開いた。

 どんな表情をしているのか己でも分からない。

 

 僅かな躊躇の後、頷いた父の身体を地面に落した。

 燈矢、と諭す声を放って、エンデヴァーのヒロスから端末をかすめ取る。作戦本部からオールマイトの位置情報が添付されていた。

「ふざけんなよクソ親父。やっぱテメェぶっ殺しておけば良かったぜ」

「燈矢、アイツは人を害するくらいなら死を選ぶ男だ」

「ンなコト世界中誰でも知ってんだよカス。こっちか……3kmどころじゃねえな。クソ、タクシー拾えねぇかなぁ!」

 

 もう1年以上も前のことを思い出す。

 眼が覚めたらサンサン晴明とかいうヤバいヤツが居て、素足で自宅まで帰ろうとして、3kmの距離が永遠に感じた。

 しかし今は、歩ける。素足でも。足が折れていても。道なんて無くても関係無い。

 行くと決断出来るくらいには強くなった。躊躇いなど無かった。

 

「あっちか」

「燈矢、」

「うっせえ黙ってろ。ヒーローならプラスウルトラってんだろ。俺だって、俺が、」

 

 

「………AFOが、オールマイトに、乗り移った?」

 

 此処に居る筈もない声に振り返る。

 成長途中の幼い顔が、痩せ枯れた小枝のようにやつれていて、一瞬誰か分からなかった。今にも折れて崩れそうな足を、腕に抱え得た赤ン坊のために踏ん張っている。

 死柄木弔だ。

 

 敵と呼称するには被害者の側面が強い子供だった。一応戦闘態勢を取り、睨みつける。

「テメェ、何で此処に居る」

「AFOを殺しに来た。アイツがオールマイトの身体に乗り移ったってんなら、俺はオールマイトを殺せばいいのか?」

「俺が先にテメェを殺すぞ」

 聞き捨てならない言葉に炎を出す。

 父が慌てて肩を押さえた。

「落ち付け燈矢。死柄木、どうやって此処に来た。孤児院から此処まで300kmはあるぞ」

「トガが黒霧の個性を使って飛ばした。詳しい説明は後だ。ンな暇はねぇんだろ」

「その通りだ。だからこそ安易な策は取れん。敵はAFOだ。今までAFOの手足だった貴様を信用するには状況が、」

「黙ってろよお父さん!!マジでテメェはぶっっっっっ殺しておけば良かったぜ!!!」

「それは『オールマイト』だな?」

 エンデヴァーの言葉に死柄木を見れば、腕の中に赤ん坊を抱えていた。

 まさか『オールマイト』がもう一体残っていたのかと瞠目したが、どう見ても既に死んでいる。

 胸の中心の皮膚が裂けて、折れた胸骨が飛び出ていた。引き裂かれた魚のような体の中心には親指サイズの心臓が埋まっている。

「死んでいるのか。何故、」

「自殺した。レザーフェイスはコイツを完璧なオールマイトとして作ったって言ってたから、」

「ッ、いや、でも、」

「でもって何だよ。コイツとオールマイトが同じ性格なら、本物のオールマイトだってAFOに利用されるより死んだ方がマシなんだろ。なら利用されるより先に殺してやった方が、」

「ッ、でも、俺は嫌だ!ふざけんなよ!AFOとかいうクソッタレのせいで諦められるか!!」

「燈矢、落ち着け」

 ぶん殴ってやろうと振り向けば、エンデヴァーは澄んだ顔で弔の腕の中に眠る赤ん坊を見つめていた。

 落ち着き払った顔は、既に全てを賭ける覚悟を決めていた。

 

「作戦とも言えない、一つの可能性だが、案がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燈矢の両足には罅が入っている。歩けるが走れない。

 死柄木弔も全身のあらゆる骨に罅が入っている。だがAFOによって返却された志村転弧本来の個性は、円を力場にした飛行だった。

 

「方向を間違えたら見当違いの方向に着地する。死柄木、」

「うっせえ黙ってろDV野郎!!」

 オールマイトの方向に向けて円を作る。産まれ持った個性とはいえ使い慣れておらず、全く勝手が分からない。

 何となく分かることと言えば、この個性は浮遊というより、足場のようなものであること。

 

 エンデヴァーに言われずとも脳の神経が痛む程に集中している。角度が僅かにでも違えれば全てがパァだ。

 作った円の中心には燈矢が立っていた。

「個性名なんだコレ。発射台とか?」

「知らねえよ、さっき初めて使ったんだぞ!?つかお前はちゃんと飛べるんだろうな!?」

「お父さんが飛んでるの見たからな。やり方が分かればなんてことは無ぇ」

 見よう見まねで赫灼熱拳も撃てるようになった。空を飛ぶくらい、なんてことはない。

 何より今、かつてない自信があった。

 

 燈矢の腕の中には『オールマイト』が居る。

 心臓が剥き出しのまま、しかし、静かに眠っていた。まだ暖かい身体は直に冷たくなるだろう。

 

 つい先ほど頭を撫でた『オールマイト』を思い出した。あの赤ン坊の遺体は粒子になって消えてしまった。

「お前は還ろうな」

 まかり間違っても燃やしてしまわないよう、内冷の範囲内である腕の中でしっかりと抱きしめた。

「俺がお前を飛ばしたら、お前は方向を調整しながら速度を上げろ!とにかく速く!!」

「ハイエンドの残党はジーニストが対応している。殻木はレディ・ナガンが捕獲した。これ以上追加が来ることも無い───燈矢、行けるな?」

「言われるまでもねぇや」

 

 空を見上げる。視界が眩い。

 根拠の無い自信なんてロクなもんじゃないと分かっているのに、力が湧いて来る。

 夜空の星が明るく、何故か、手を伸ばせば届くように見えた。

 

 身体が僅かに浮いた。足元の円は加速度を上げるべく、さらに強く輝く。

「すげぇな死柄木。実はヒーロー向いてるんじゃねぇの?」

「ッ、志村だ!!」

 転弧は歯を食いしばり、円を支えるように両手を伸ばした。

 

 個性が発動する。空に向かって、矢のように飛んだ。

 発射のエネルギーを維持するため蒼炎を噴出し、速度を上げる。

 

 

 

 

 

 燈矢が飛び立った瞬間、ソニックブームが吹き荒んだ。

 衝撃のあまりその場に伏せる。

 漸く瞼を開けるようになると、矢のように飛んで行った燈矢が既に遠くの空に蒼く見えた。見送りながら、今更、と思った。

「…………ヒーロー、なんて」

 息を吐き、すとんと蹲る。

 己の両手を見た。家族を殺した手だ。

 

 もう幼い頃のようにヒーローになりたいなんて無邪気に思えない。

 ヒーローはヴィランを倒して人を救うなんていう、分かりやすいものじゃないと知っている。

 だって、ヴィランだって人だ。

 

 ずっとヒーローのせいで酷い目に遭って来た。自分だけではない。多くの人がそうだ。

 ヒーローのせいで社会が捩じれて、歪んだ。孤独になって、行き場も無くなった。

 

「───俺、そんな奴らのヒーローになりたいんだ。ねえ黒霧、俺ってヒーローになれるかなぁ」

 

 返事は無かった。しかし彼なら、「きっとなれますよ」なんて、優しい返事をくれただろう。

 聞かなくっても分かる。

 

 俺のヒーローだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聳え立つ送電塔の位置からして方向は間違っていない。転弧を信じて真っ直ぐに進む。

 蒼炎を噴き出すと高度が上がった。人気のない森のことなので空には無数の星が見えるが、下は真っ暗だ。目印も何もあったもんじゃない。東京の夜空とは随分と違う。

 

「懐かしいなぁオイ」

 たった1年しか経ってないのに、振り返ると長い。

 

 前を向く。風圧で眼球が痛い。内冷があるとはいえ、長時間炎を出し過ぎて眩暈がした。

 しかし何故か、喜びが勝った。炎の勢いが今までになく、限界を超えて上がる。

 

 誰かが背中を押しているとしか思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───どうやら、エンデヴァーによって爆発は食い止められたようです。しかし依然としてオールマイトとイレイザーヘッドは膠着状態を保っているようですね。救急医療チームが動く様子も無く───』

「……ンが、起こってんだよ」

 

 勝己はテレビを食い入るように見つめていた。

 都市の近く、高速道路上で生じた爆発をエンデヴァーが防いだ。

 数百m分の高速道路が消滅したが、付近のヒーローによる避難誘導が間に合ったため被害は軽微。それは良い。

 だがオールマイトの状況が分からない。

 報道ヘリの映像を信じるならば、敵は倒したようだ。しかし身体が半分千切れていて、夥しい量の血が流れている。さらには千切れた胸に自分で手を突っ込んで内臓を引きちぎったらしい。

 味方のヒーローも、何故かオールマイトを助ける様子が無い

 

「何だよ。あれ、敵は倒してんだろ……」

 毒でも喰らっちまったのか。それとも精神に関与するタイプの個性を持つヴィランだったのか。

 いずれにせよ様子がおかしい。オールマイトの顔に笑顔はなく、しかし苦しんでいる様子もなく、穏やかで平らな、別人のようになだらかな顔をしている。

「かっちゃん」

 静かな声だった。さっきから幼馴染が静かで、それも不気味だった。

 横を見れば、出久は食い入るように画面を睨んでいる。

「オールマイトは、勝つよ、ね」

「っ、たりめーだわ」

「だよね。でも、なんだろう。心配なんだ」

 心配。

 

 そういえば、今までオールマイトを心配したことはあるだろうか。

 

 思い出す限り、無い。いつだってオールマイトは笑顔で、最強で、誰にも心配なんてさせやしなかった。

『上空からでは詳細な情報は分かりません。今回の敵についてヒーロー協会側は未だ黙秘を続けており───』

「ヒーローが心配な時、僕達はどうしたらいいんだろう」

 

 

 

 

「………がんばれ、オールマイト」

 

 か細い声に振り返る。母が迷子の子供みたいな顔で、祈るように手を組んでいた。

 いつも気丈な母のそんな顔は見たことが無かった。

 しかし思えば、母が物心つく頃には既にオールマイトは居たのだ。

 どんな時でも頼れる人だった。幼い子供の頃から見上げ続けて来た、それこそ、父親のような人だった。

「ババア、」

「がんばれ」

「そうだ、がんばれ」

 出久が拳を握った。そうだ。

 自分も拳を握る。画面の向こうを睨んで息を吐く。

 

 意味の有る無しではない。

 力の有無でもない。

 個性があっても、無くても、平和を祈る事は誰にでも出来る。

 

 多くの人がその事を忘れていた。優しい夢に溺れていたから。

 しかしオールマイトが傷つき、倒れ、夢が醒めようとしていた。

 

 

 

「がんばれ……がんばれ!!オールマイト!!」

 

 

 

「あのお方から連絡が無い。この状況で我々は一体どうしたら……」

「優雅のためにもこのまま手を引けるのなら……」

「ママン、パパン!テレビ、テレビを観てッ、」

 

「……了解しました。ホークス、緊急事態です。今日の訓練は終了、連絡があるまで部屋で休憩を」

「じゃあテレビ観て良いですよね目良さん。エンデヴァーが戦ってるなら俺も応援したくって」

 

「志村、煙、終わった。俊典がやった。やってくれたよ。あとはどうか俊典を無事に、どうかそっちに行かねぇように………」

 

「現場近くのヒーローを全員送れ!予言は必ず外れる!外してみせる……っ、我々は、我々に出来ることを!」

 

「馬鹿キャシー!!止まれ!!いくらお前でも日本まで何時間かかると思っているんだ!!」

「どっちの政府からも許可が下りてねぇんだ!!領空侵犯になる!!」

「マスター、あと少し、あと少し待っていて下さい。すぐに私が向かいます」

 

「おい、映像をもっとアップにしてくれ。解析度を上げろ。事態が分かればすぐに対抗策を送る」

「マイトおじさま、おじさま!!頑張れ、頑張って!」

 

「お茶子、もう今日は休みぃ」

「でもヒーローが戦っとるやん。応援せんと、」

「前に助けられたんだ」

「どうなっちゃうんだろ」

「関係ないよ。どうせ違う国の事だし」

「見たくないよ。怖い………」

「オールマイト、オールマイト!」

「頑張って!!」

「頑張れオールマイト!!!」

 

「……オールマイト、死んじゃやだな」

 

 

 

 

 

『あれは、あれは何でしょう。現場付近に、蒼い、流れ星のような───』

 

「燈矢兄!!!!!」

「行けクソ兄貴!!」

「燈矢、がんばって」

「がんばれ燈矢兄!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 ────ごうごうと風がうねる。

 星が絨毯のように溢れている。それぞれが小さな丸い生物のようで、自分もその一粒のように思えた。

 

「俺は最高傑作じゃないと……身を護るためにって、あんたは言ったけど。俺はもう死んでるから、それより───」

「うん」

「自分の身なんてどうでも良くて、それより、強くならねえと……お父さんが、」

「強くなって、力を得て、それで、君はどうしたい?」

「…………」

「私はね、平和の象徴になりたかった。そのために力が欲しかった」

「…………」

「力は道具でしかない。君は、力を手に入れて、それで?」

 

 

 

「強く生きたい」

 ふと思い出した。空が近いせいだ。

 星になった気分だった。

「そして今は、お前を救いたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 

 AFOに言われずとも、黒霧は自分のせいで死んだと相澤は理解していた。

 死ぬと分かった上で黒霧に内通させた。

 だから黒霧が死んだのは自分のせいだ。

 自分が黒霧を殺した。

 

 黒霧は死柄木弔を護って、最期までヒーローとして死んだ。

 彼は最後まで、オールマイトが見せた、優しいヒーローの夢を見ていたのだろうか。

 

「ンなワケねぇだろクソが」

 彼はそんなものからとっくに醒めていただろう。

 そうして、クソみたいな現実の地獄を生き抜いたのだ。

 紛れもなくヒーローだった。

 

 ナイフを握り締める。

 今までの人生で一番、手が震えている。早く殺さなければ。一度でも瞬きしてしまえば、自分は殺され、AFOがオールマイトを乗っ取る。

 そうなれば全てが終わる。社会も、平和も、何もかもが。

 それらが全て、今、己にかかっているのだ。未だオールマイトが身体の支配権を持っている内に、首を切り落とさないと。

 そうと分かっていて身体が動かない。

 

 頭が痛い。吐きそうだ。涙が溢れて止まらない。

 思考回路がメチャクチャだった。理屈と感情と倫理観が脳の中をぐちゃぐちゃに荒らしている。

 誰かに代わって欲しくてたまらなかった。今のこの立場を誰かが代わってくれるのなら、いや、そうなれば、オールマイトを殺そうとするヤツを自分は大声で罵倒するかもしれない。

 

「────無理そうかな」

 ナイフを構えたまま、数十秒。身動きすらしない相澤にオールマイトは控えめに問うた。

「いえ、いや、俺は、」

「うん。頑張れそう?」

 大人が子供にするような口調だった。

 普段なら子供扱いするなと顔面を殴っているだろう。

 しかし今は首を縦に振るしかなかった。意味も無く涙が出た。

「はい。やれる。やります」

 にじりよって、首筋にナイフの刃を当てる。皮がぺたっとナイフの刃にはりつく。

 刃を横にして、薄皮を裂く。血が一筋首を伝った。

 オールマイトの身体は、当たり前だが、人間のものだった。そのことに驚く自分に驚いた。

 

 これなら殺せる。一太刀で切り落とせる。殺せてしまう。

 嫌だ。やらないと。ヒーローなんだ。本当に?

 この人の首にナイフを押し当てている自分はヒーローだと胸を張って言えるのか?

 

「ッ、行きますよ」

「うん」

 感傷は全て押し殺した。己のちっぽけな罪悪感なんかでどうにかなる事態なら、オールマイトは独力でとっくにどうにかしている。

 オールマイトに頼られたんだ。ヒーローとして。なら遂行しなければ。

 

 痛み無く切り落とすためにナイフを振りかぶった。

 刃先に自分の顔が映る。

 叢雲。

 

 白雲ならどうしただろうか。

 そう思い、一瞬、躊躇った。

 

 

 

 ナイフが炎に叩き落とされて真っ二つに折れた。

 轟音が響く。見上げると、蒼い炎が空を焼きながらこちらに迫っていた。

「……燈矢?」

「相澤君、“抹消”を!!」

 オールマイトの大声に喉が詰まる。視線が外れてしまった。

 オールマイトの身体から黒い鋲が生えてこちらに迫る。

 しかし蒼炎が壁のように吹き上がり、鋲の方向がずれた。

 

 炎をまき散らしながら、燈矢が着地する。足取りはたどたどしく、遅い。

 しかし一歩踏み出す度に周囲が燃える。足元から火種が飛び散り、森は蒼く燃えていた。

「───瀬古杜岳を思い出すぜ。マァ今日死ぬのは俺じゃねぇけどな」

「燈矢少年、何故、」

「事情は大体分かってる。オイ、オールマイト」

 燈矢は腕に抱いていた、赤ん坊の遺体を突き出した。

 

 いや、遺体ではない。生きている。

 心臓が僅かに蠢いている。

 

「AFOでこいつの個性を奪え。こいつはお前だ。お前2人分なら、AFOなんて何百人集まっても蹴散らせるだろ」

 

「……いや……しかし、」

「こいつはこのままだったら意味も無く死ぬ。でもお前に還るんなら、きっと意味がある」

「………AFOがオールマイトを乗っ取りかけているのは、“AFO”の個性因子を多量に取り込ませたからだ。なら、オールマイトが増えれば、」

「だが、いや、そもそもその子はレザーフェイスが作った『オールマイト』だ。私そのものではない。そもそも私は無個性で個性因子は、」

「うるせえ!!テメェはこのガキを何の救いも無く死なせんのか!!」

 

 赤ん坊の小さな体を押し付けられる。

 反射的に腕に抱いた。胸の皮が裂けて心臓が見える。

 

 相澤は“抹消”をオールマイトに向けたまま、さっきまでの動揺は何処に行ったのか、鋭い顔をしていた。

「“AFO”は使えますか」

「使えねぇんなら“個性の強制発動”使え。あんだろ。おい相澤、“抹消”外せ」

「タイミングがシビアだ。オールマイトさん、やれますか。“AFO”発動の瞬間を合わせます。合図を」

「いや、だが、」

「俺はコイツの前でアンタを殺すことは出来ませんよ。それだけは出来ない」

 

 躊躇った自分が答えだ。

 信じたいのだ。いままでずっと信じてきたように。

 この人が証明し続けて来たように。

 最後にはヒーローが勝つと。

 

「覚悟決めろ。貴方はヒーローでしょう。なら全部救ったその上で、生き延びてみせて下さい」

「そうだぜ。生き残ってさ。いつもみたいに理不尽に、勝って、救って!そんで、」

 

「俺達の家に帰ろう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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