地獄より我らが父へ   作:XP-79

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Epilogue
Epilogue and ────


 

 

 

■ 6年後

 

 

 

 

 

『え~、では本日もやっていきましょうかラジオ番組、ヒーローファンズ…………でもあれだね。皆、今日僕達が何を話すかなんてもう分かってるでしょ。分かってんだよコッチもその話を求められてるのは。でも僕は話したくないんだよ。むしろ帰りたい。今すぐ家に帰って布団に引き篭もりたい』

 

『重度のエンデファンやもんねぇお前………さてヒーローマニアの皆さん、特にエンデヴァーファンの方々にとっては寝耳に水だったのではないでしょうか。先日のビルボードチャートJPでなんと、長年のNo.2が突然の引退宣言!ヒーロー界隈では上から下への大混乱が続いています!』

 

『公式サイトには「千切れた腕の後遺症と、あと年齢を鑑みて~」って書いてるけどさぁ………でも6年も隻腕で活躍してるし、オールマイトやヨロイムシャの方が年上だし、ちょっとね、まだ飲み込めてない。飲み込みたくもない』

 

『理由についてはファンの間で様々な憶測がされてるけど、やっぱ一番の理由は6年前のDV発覚事件が原因じゃないかっていう意見が強いねぇ』

 

『そりゃあ確かにDVは良くないよ。絶対に良くない。でも時限爆弾のロングパスを食らった気分。昨日は熱が38度出て寝込みました。ガチで。今でも悪夢なんじゃないかと思ってる』

 

『昨日からトレンドワードの上位に「引退」と「エンデヴァー」がある事からも皆さんのショック具合がよく分かる。僕もね、6年前の事件から「エンデかっこいいな~」って思ってたからそこそこショックでした』

 

『そこそこって何やそこそこって!!伝説のヒーローやぞ!?史上最悪のヴィランを討伐したヒーローの一人としてエンデヴァーは表彰も────』

 

 

 

 

 燈矢、と声をかけられたのでラジオアプリを閉じる。

 見上げると、記憶にあるより少しだけ老けた父が居た。スマホを仕舞って、「よ」と片手を挙げる。

「おひさ」

「………ああ」

「4年間でよく分かったぜ。日本の湿度はクソだ」

「荷物は」

「コレだけ」

 キャリーケースを叩く。父は「そうか」と頷いて勝手にキャリーケースを転がし始めた。その後をついて行く。

 

 成田空港ロビーに設置された大型LEDビジョンは先日引退したNo.2の顔をデカデカと映しており、その真ん前を父は堂々と横切った。

 父は海外俳優みたいなグラサンをかけていたが、勿論そんなもので騙されるヤツが居る訳も無い。ロビーを横断する間にカメラのシャッター音が何十回と聞こえた。

「お父さんさぁ、それ変装のつもり?」

「そうだ。似合わないだろうか」

「いやめっちゃ似合うよグラサン。どう見てもヤクザの親分。もしくは素行の悪いラグビーの監督」

「ヤクザ……」

「てかマジ、なんで来たの?忙しいんだろ引退のゴチャゴチャで」

「今日は偶然暇だったんだ」

 まだまだ平和が遠いこの社会でエンデヴァーに暇な瞬間があろう筈もない。

 相も変わらず嘘が下手な男だった。

 

 

 東京に来ることなど滅多に無いだろうに、隻腕の父はスムーズに首都高速湾岸線を走った。

 今日のために首都高を走る練習をしていたと帰国前に相澤からリークがあったので、むず痒い心情で窓の外を見る。

 街頭ビジョンに見慣れないヒーローの顔が大きく映っていた。

「アレ誰」

「ホークスだ。公安所属のヒーローで、筒美にこき使われているらしい」

「へぇ、かわいそ。ところでこの車どうしたの。レンタカーじゃないじゃん」

「オールマイトに借りた。ヒーローを引退するにあたってヤツと話をしなければならなかったから、そのついでだ」

「マジで辞めんの」

「本当はもっと早く辞めるつもりだった。色々と手続があってな」

「それって、もしオールマイトがAFOに乗っ取られたらお父さんが始末する手続き?」

 ルームミラーにちょっと眼を見開いたお父さんの顔が映った。

 気付いていないとでも思ったのだろうか。

「オールマイトは見た目より楽天的じゃねぇよ。一回AFOに乗っ取られちまったんだから、二回目の対策は絶対に立てる。じゃあ誰がアイツを殺せるかってなったら、相澤かお父さんだ。そして相澤は無理だ」

「………そうだ。もしそうなったら、俺はオールマイトの殺害を最優先に行動する。ヒーローを引退しようとそれは変わらない。その前提があるからこそ公安はオールマイトの存在を許している」

 

 逆に言えば、その前提が無ければオールマイトは処分されていた可能性もあるのか。

 現公安のトップである筒美は決してオールマイトの処分など許さないだろう。

 しかし公安も一枚岩ではない。

 突然トップに祭り上げられた筒美火伊那に反発を覚えている者も居るに違いない。

 

 世間ウケが良さそうなホークスの整った顔を睨む。

「まだ公安は学ばねぇのか」

「いや、筒美はかなり風通しを良くした。俺の引退は最後の一手だ。これでオールマイトを処分し、俺をNo.1として祭り上げようとする連中を黙らせられる………だがヒーローを引退する一番の理由は、荼毘のシステムを拡張するためだ」

「荼毘?」

 懐かしい名前に首を傾げる。

 あの時は、瀬古杜岳で死んだとされていた自分が、苦しむ子供の窓口になる事に変な皮肉を感じて“荼毘”なんて名前を付けた。

 今となっては嫌味な名前だと思う。その嫌味の矛先は気にする様子も無く、スムーズに首都高を下りた。

「お前が作った荼毘は名前を変え、多くの人の手によって規模を大きくした。“個性”のせいで虐待されている子供を救うシステムには広いニーズがあるんだ」

「それを引退したお父さんがやるって?」

「そうだ」

「それって償いのつもり?」

「そうだな。そうかもしれない」

 父の声は優しかった。こんな声をした強い元ヒーローが救けに来てくれるのなら、そりゃあ子供は安心するだろう。

「大人が犯した間違いのせいで子供が苦しむなんてことは、本当は、あってはならない事だ。でも俺のような親は多く、それも大半が無自覚だ」

「………俺達が全員なんとかなったのはオールマイトと相澤と、あと冬美ちゃんのおかげでしかねぇからな」

「その通りだ」

 

 深く頷くエンデヴァーに、今は小学校教員としてバリバリ働いている妹を想う。

 この6年間、轟家の実質的な家長は冬美だった。

「ずーっとお母さん支えながら家を守って、テメェがまたやらかさねぇか見張って、焦凍と夏君育てて、自分は大学通って卒業して社会人になってさ。どうせ荼毘にも冬美ちゃんが関わるんだろ」

「ああ。家で虐待されている子供が最もSOSを出しやすいのは学校の教員だからと。既に従来の“個性”カウンセリングの改善を訴える運動を起こしているらしい。あの子は本当に強い」

「そりゃ、お前に立ち向かうくらいなんだからな」

「………そうだな。焦凍も夏雄も、お前も。ずっと、俺に立ち向かってくれていたんだからな」

 

 

 

 東京都個性発電所に到着し、キャリーケースを持って宿舎に向かった。

 何人かの顔見知りが「あ、ひさしぶ、」とまで言ってから、背後を歩くNo.2の存在に気付いてパカンと口を開ける。

 炎熱系個性ばかりの職場で、最強の炎熱系ヒーローエンデヴァーの存在はちょっとインパクトが大き過ぎた。

 固まってしまった何人目かの知り合いを見送り、何事も無かった顔で歩く父を睨む。

「目立つなァテメェはよぉ」

「………サングラスで顔は分からないと思ったんだが」

「身長190cmオーバーの赤髪の日本人(隻腕)って時点でバレねぇ訳ねぇだろうが。トガに変装の基本でも教わっとけ」

「あの娘は変装ではなく個性だろう………お前、勤務はいつからなんだ」

「明後日。今晩はオールマイトと相澤とメシ行って、明日はお母さんと冬美ちゃん、夏君、焦凍とメシ」

 エンデヴァーは頭の中で己の予定を確認した。

 今晩も明日も仕事が詰まっている。

 

 燈矢の部屋の前には段ボールが山のように積まれていた。4年間の留学帰りにしては随分と荷物が少ないと思ったら、郵送していたらしい。

 中に入ると、燈矢は何も無い真っ新な部屋を見回して鼻を鳴らした。

「結構広いじゃん」

「そうか?」

「テメェの家を基準にすんなバカ野郎」

 一人暮らしには十分なのだろうが、エンデヴァーから見ればあまりに狭い。

「荷物は全部入るのか」

「入らなかったらオールマイトんトコ持ってく。俺の部屋そのまんま残してあるっつってたから」

「………どうしてアイツの家に戻らなかったんだ。同じ都内だろう」

「良い歳した男がいつまでも実家で暮らせるかよ。つか結構遠いんだわ」

 たった1年暮らしただけの家を実家、と称することに燈矢は一切躊躇いを見せなかった。

 自分の家にも燈矢の部屋はある、とエンデヴァーは言おうとして、しかし口にはしなかった。

 静岡はあまりに遠いし、それを言うのも少し筋が違うように思えた。

 

「じゃあ。俺は帰る」

「おう」

「体に気をつけろよ」

「へいへい」

「何か困ったことがあればいつでも連絡しなさい」

「分かった分かった」

「………よく4年間頑張った。俺はお前を誇りに思う」

「待て」

 言うだけ言ってさっさと踵を返そうとした父に下唇を突き出した。

 呼び止められた父は首を傾げながら、しかし素直に突っ立っている。

 

 留学していたので忘れかけていたが、そういえばこの男はこういう所が本当にダメだった。

 妻も子供も居るっていうのに口下手で、言葉にせずとも相手は理解してくれると思っている節がある。

 甘ったれなのだ。きっと6年前であればこの男は何も言わずに帰っていただろう。

 しかし今、父はしっかりとこちらを見ている。

 

 ここで燈矢は、どうしようもなく己が父親に似ていることを認めた。

 その気づきはストンと腕の中にあって、飲み込むのに大した労力もいらなかった。

 ただ、そうなんだ、と。

 そうであって良いんだと。

 良くも悪くもなく、大した感慨も無く、単なる事実として、燈矢は己の父が轟炎司という男であることを受け入れた。

 

「………時間あるなら、荷解き、手伝えよ」

 

 

 

 BGM代わりにラジオを流しながら段ボールを運び込む。

 エンデヴァーは重い専門書を詰め込んだ段ボールをひょいひょい運び、燈矢は段ボールを次々に開けて中身を出した。

「アメリカはどうだった」

「ヤバかった。つか英語がさ、雄英の3年間で勉強しまくったのに通じなくって焦ったぜ」

「そうか。友達は出来たか?」

「小学生かよ……いや、マァ、出来たけどさ。個性の火力発電についての専門講座があって、ソコの連中全員炎熱系個性の火力狂いっつーか、もう国際的に炎熱系は頭がおかしいんだなって─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────そして話題はエンデヴァーだけじゃあない。“スクラップ&フライング”ヒーロー、トムラが初のトップ30入り!!前期が57位だったことを考えると驚異的な大☆躍☆進!!』

 

『この前の災害対応凄かったもんな、瓦礫を一気に砂にしてさ。トムラの活動はヒーローの新たな役割として認知されつつあるけど、これを機に活躍の場も増えるでしょう』

 

『いや僕めっっっちゃファンで!!デビューからずっと推してたからめっっっっちゃ嬉しい!!おめでとうトムラ君!!ありがとうトムラ君!!今度是非ラジオ呼ばせて下さい!!!』

 

『職権乱用が過ぎる。てか彼ってヴィランっぽいヒーローランキングでNo.4だよね。別に顔は怖くないのに何でだろ。アレかな、雰囲気?』

 

『トムラ君はソコが良いんでしょうがぁああああああ!!』

 

『ガチ勢コワ………』

 

 

 

「ほら、SNSでも話題ですよ転弧君。ラジオでも名前が出てるし、すっかり有名人の仲間入りですねぇ」

「どうせ来期にはまた落ちるわ。つーかチャートなんざどうでも良いし……」

「え~~~~ホントですか~~~~?」

「アングラなんだから当たり前だろ。つかお前喋り方がトゥワイスに似て来たな?」

 若干20歳にしてトップ30入りした転弧だが、未だに孤児院に住んでいた。

 

 転弧達が誘拐した子供は、その殆どが家に戻された。

 しかし親が見つからなかったり、無個性となった我が子の引き取りを拒否した親も居る。

 行き場の無くなった子供達はオールマイト事務所が運営する孤児院に引き取られた。

 その中にはトガとスピナー、転弧も含まれている。

 

「おい2人共さっさと朝飯食えよ。トガは学校遅刻すンぞ」

「今日は代休です!秀一君こそ大学間に合うんですか?」

「今日は二限目からだわ」

 子供達に朝食を配り終えたスピナーは2人の横に腰を下ろした。

「代休かよ。良いなぁ高校生はよぉ」

「転弧君もちょっと前まで高校生だったでしょ。相澤先生相澤先生うるさかった癖に」

「………うるせ」

「声ちっっっさ」

「あ、私今日友達とご飯食べに行くのでお昼要らないです」

「はいよ」

 ごちそうさま!と元気に声を上げたトガは、お出かけ前にメイクするのだろう。速足で自室に戻って行った。

 

 子供達の朝支度を手伝うスピナーの横を通り、スマホを確認する。

 新入りのコンプレスから連絡があった。ずっと張っていたヴィランに動きがあったらしい。トゥワイスに電話をかける。

「よう。出所したばっかの所悪いな。動けるか?」

『当たり前だぜ!』『仮釈放のヤツにやらせる仕事じゃなくね?』

「俺もすぐに行く。事件が起こったら住民の避難を最優先にしろ。テメェならワンツーマンで抱えて避難させられんだろ」

 了解、と賑やかな声が返った。

 

 ヒロスに着替えて外に出ると、流行りなのだろう、薄く見えるアウターを着たトガが門の前に立っていた。

「なんだそのスケスケな服。ブラ紐見えてんぞ」

「シアートップスですよ。これはブラじゃなくてキャミです」

「ふぅん。気ぃ付けろよ」

「何かされたら刺します」

 ニコッと笑うトガだが、多分冗談ではない。

 何年経とうがトガの気の強さと惚れっぽさは微塵も変わらないのだろう。強く、自由な女だ。

 

「あ、唇切れてますよ転弧君」

「またかよ。コレばっかりは治んねぇな」

 唇を舐めると血の味がした。

 

 粗悪に加工された“崩壊”はAFOを持つオールマイトが修復した。

 おかげで耐え切れない程の掻痒感や、崩壊に向かう衝動は治まった。しかしアトピーのような症状は治らず、酷い肌荒れは人相を悪くしている。

 

 罅割れた唇から首まで伝った血に、トガが唐突に顔を寄せた。

 止めるよりも先に濡れた舌が肌を伝う。 

 

 おい、と声をかけるとトガは大きな唇を緩く開いて、赤い舌の先を白い歯の隙間から覗かせた。

 重たげな睫毛の下で、蜂蜜色の瞳がじっと薄く切れた唇を見つめている。

 女王蜂みたいな顔だと思った。

「………転弧君の血って、甘いんですね………」

 

 

「トガちゃーん、来たよー!ちょっと迷っちゃった!」

「あ、お茶子ちゃん!!久し振りです。駅まで迎えに行くって言ったのに、」

「一回来てみたかったんよ。あ、コレお土産の赤福餅。美味しいから皆で食べて~」

 

 お友達とやらが来るとトガはあっさり転弧から離れた。

 そのまま友達に抱き着いてキャイキャイと騒ぐ。さっきのけぶるような甘ったるい表情は何処に行ったのか、トガは子供っぽい丸い顔で大きく笑っていた。

 ずるずると壁に背を付けて座り込む。

「不覚………」

『トムラ、そろそろ来れるか?』

「行くよ、行く。マジ、あいつ将来どうなるんだか………」

 

 

 ふらふらと空を飛んで行くヒーローを見上げて、お茶子は「もしかしてあの人ってトムラ?」と眼を輝かせた。 

「うん。お茶子ちゃん知ってるんですか?」

「もちろん!アングラヒーローで、更生をメインに活動してる人だよね」

「更生というより、うぅん、ちょっと違うかもですね」

 トムラの活動を言葉にするのは難しい。

 

 孤児院を見学してみたいというお茶子を中に案内しつつ、「転弧君はですねぇ」とトガはこの6年間を思い返した。

「別に更生なんかしなくても良いけど、誰かに操られるのは止めろっていうスタンスなんです」

「操られる?」

「世間の風潮というか、なんか偉そうなヤツとか、家族みたいな。自分がやりたいことじゃなくて、そっちに誘導されて、言われるがままになってないかって。だから自分の意思で悪い事をしている人は、それはそれでOKなんです」

「それはどうなん……」

「型破り系ヒーローなんです。だから私、転弧君が好きなんですよ」

 好き、という一言にお茶子は顔を真っ赤にした。

 初心な女子中学生にトガのストレートな感情表現は強烈だった。

 

 勘違いさせちゃったかな、とトガはお茶子の腕に抱き着く。

「仁君も好き。秀一君も好き。燈矢君も好き。勿論お茶子ちゃんも好き。私、好きな人が沢山なんです」

「あ、そ、そっか。そういう………でも良いね。好きな人が沢山居るって」

「んふふ、きっとお茶子ちゃんも雄英に進学すれば好きな人が出来ますよ」

「出来るかなぁ。ううん、想像できない」

「出来ますよ!雄英にはステキな人や頭がオカシイ変人が山のように居るって燈矢君が言ってましたし」

「それ割合的には?」

「2:8だそうです」

「もう怖くなってきた………」

「それでもヒーローを目指すんだからお茶子ちゃんは凄いですよ」

「そりゃあ夢だからね………トガちゃんは?何になりたいとかあるの?」

「ええ。実は準備もしてます」

 胸を張るトガにお茶子は大きな眼を更に見開いた。

「え、何々?個性からすると看護師さんとか、医療系?」

「向いてませんよ~」

 カラカラと音が鳴るように笑う。

 

 その笑顔はとても可愛くて、そしてそれ以上に強かった。

 お茶子は、きっとこの子なら何でも出来るんだろうと思った。

 

「私は、私の人生全部を使って、私のために生きるのです。それって、人のために生きるのと同じくらいに大変で、ステキなことだと思うのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────まぁ色々と激動のチャートだったけどね、変わらないモノもあります。もうこの名前が発表された時には安心感しか無かった。No.2が引退ならもしかしてNo.1も、って会場が半分くらいパニックってましたもん』

 

『やはりNo.1はこの男。6年前に大怪我をしても変わらずの活躍!揺るぎない平和の象徴!……いや、実は6年前までそこまでファンじゃなかったけどね、もうあの事件で凄く印象変わったわ。テレビの前で声が枯れるまで応援してた』

 

『隣で見てたから知っとるわ。まぁ僕も泣いてたけど……あの事件までねぇ、僕も神様みたいに思ってました。でもね、人間だったんだなと。神様みたいなあの人も好きだったけど、なんかもうね、もっと好きになった』

 

『じゃあ最後はこの名前で締めましょうか。ビルボードチャートJP、No.1は、やはり─────』

 

 

 

「マジですか」

「うん。来年から後輩です。よろしく相澤君!」

「………」

「すごく顔が嫌そう!!え、何で?私何かした?」

「あんたの事務能力が壊滅的な事はナイトアイからよく聞いてるんですよ。あんたの尻拭いをするアイツを散々嘲笑ってたのに、次は俺かと………」

「君達仲良いんだねぇ」

 

 暢気な声を出すオールマイトはすっかり相澤の運転に慣れた様子で助手席に座っている。

 赤信号で止まっているが、歩道を歩く人々は骨と皮ばかりに痩せたオールマイトに気付く様子は無い。

 

 相澤だけがラジオから聞こえるオールマイトの名前に「良かったですね」とぞんざいに声をかけた。

「あ、チャートのこと?そうだね、ありがたいよ。でもそれよりトムラ君のトップ30入りが本当に嬉しくってさ。彼みたいな地道な活動こそ高く評価されて欲しいから」

「この前の災害事件で現場が一緒だったらしいですね」

「うん。君の事ばっかり聞かれたよ。凄い尊敬されてるよね君」

「変なとこばっかり白雲に似ちまったんです」

 それより、と相澤はオールマイトを睨みつけた。

 いきなり雄英の見学に来ると言うので何事かと思えば、まさか教師になるとは。

 予想外とも言えるし、予想内とも言えた。

「………教師になるのは九代目を探すためですか。生徒を巻き込むつもりなら賛同できませんよ。返答次第じゃ俺ァアンタのスキャンダルをバラしてでも止めます」

「私スキャンダルなんてあったっけ」

「女性経験なし」

「………うっかり暴露したことを何時までも擦って来るよね君」

「口が滑ったアンタが悪い」

 

 青信号に変わり、車が緩やかに発進する。

 緩い冗談交じりの口調だが、OFAのいざこざに雄英生徒が巻き込まれないか心配しているのは本心のように思われた。

「いや……あの、正直に言ってしまうとね、九代目を探すっていう目的もあるよ。でも一番は若者の力になるためさ。実は近々引退する予定でね。次世代を育成するのが今後の私の役割だと思っている」

「人にモノを教えるにはアンタ程不向きな人材は無いと思いますが」

「それは、あの、うん。はい………なので先輩にご教授頂ければ幸いです………」

 年下の元部下に、オールマイトは何の衒いも無く頭を下げた。

 嘘を言っている様子はない。元より、オールマイトは決して嘘を言わない。

「ならまぁ、別に良いんですが……しかし引退とはまた急ですね。エンデヴァーも引退してドタバタしてる時期に。もしかして死柄木が不安定なんですか?」

「それなりにって所だよ。AFOも活用できている。個性終末論に対抗する術は一つでも多い方が良いからね」

 怪我より死柄木より、引退の理由はそれだろうと相澤は当たりを付けた。

 

 ラジオはオールマイトの話題を続けている。未だにヒーローと言えばオールマイトではある。

 しかし大怪我の後遺症によりオールマイトはヒーロー活動の時間を短縮していた。

 その代わりにAFOを利用した個性カウンセリングを始めており、その活動範囲は広まっている。

 

「産まれ持った個性と向き合い続けることも大事だ。でもそれが難しい場合もある。特に進化し過ぎた個性は己や周囲を傷つけてしまうことがあるからね」

「それでアンタが一回預かって、個性を解析して適切なサポートアイテムを作る、ですっけ」

「うん。デイヴの全面協力があってこそだ。最近だと海外からも依頼が多くて、正直時間が足りない。“複製”は、乱用すると死柄木がまた変なことを企てる可能性があるからね」

「絶対に止めて下さい。というか、それってアンタありきのシステムでしょう。オールマイトに頼り切りの個性カウンセリングなんざ先が見えてますよ」

「私はあくまで切っ掛けさ。ノウハウが確立できれば、次世代の若者たちがきっともっと上手くやってくれる」

 

 オールマイトは痩せた手でスマホを起動した。

 段ボールを運ぶエンデヴァーと、ピースサインが映り込んだ写真が送られていた。

 「無職と荷解き中。メシ期待してる」と、短いコメントが付いている。

「今晩楽しみだねぇ。メリッサ少女からちょくちょく話は聞いてたけど、燈矢君と直接会うのは久しぶりだから」

「俺はまだ意外ですよ。あいつが個性発電所に就職とは」

「でも君が最初に言ったらしいじゃないか、「火力発電所でしか役に立たねぇ」って」

「いつまでもしつこいンだよアイツは………」

 照れ隠しの声色に、オールマイトは返信しつつ「懐いてるんだよ」と笑った。

 

「彼は本当にずっと頑張っているから、子供の頃の何ともない思い出が大事なのさ。ずっと胸を張って生きるってしんどいだろう」

「子供の頃って……あいつはまだガキでしょう。大学は卒業したとはいえ、」

「そりゃあ私から見ればまだ子供だけど、でも初めて君が燈矢君と会った時と今の彼ってもうそんなに歳の差無いんじゃない?」

 むっと突き出した下唇に変わらないなぁと肩を竦めた。

 

 相澤はあの時と変わらず、不器用で優しい。決して子供を見くびる事は無いが、子供を護るべき存在と信じて疑わない。

 教師は彼の天職に違いなかった。

 

「───胸を張って生きるって大変だろう。どうしても俯く時があるし、気が弱くなっちゃう時もある。子供の頃の思い出に縋ることもある。でもそれって、決して悪い事じゃないと思うんだ」

「それは、アンタでも?」

「勿論だよ。何回もあった。そのせいで相澤君に酷いことを頼んだだろう。燈矢君のおかげで何とかなっただけで」

「でも、燈矢があそこで飛んだのはアンタの影響でしょう」

「嬉しいことにね。うん。あの時は本当に嬉しかった」

 

 6年前のことは今でも思い出す。

 幾つもの奇跡が重なった結果、生き残った。

 死柄木全によれば物語のご都合主義展開らしいが、起こった結果は変わらない。

 

「あの時からね、改めて思うんだ。誰もが誰かを見ているんだって。現実でも、フィクションでも。胸を張れなくても、道を踏み外しても、それは、その人だけの人生だ。きっとそれは、それだけで価値がある」

「誰かが見てるだけじゃあ何にも変わりませんよ」

「変わるさ。私達は繋がっているんだ。記憶に残らなくても、本当に大事なところは受け継がれていく。聖火のようにね」

 ふぅん、と相澤は気の無い返事をした。

 炎熱系は暑苦しい性格の輩が多いが、OFAの継承者はロマンチックなヤツが選ばれる法則でもあるのだろうか。

「アンタの考え方はともかく、教師やるんならそういう非合理的な事はあんまり言わんで下さいよ。気が緩む」

「ええ~」

「当たり前でしょうが。道を外してもOKとかヒーローの卵に言うことじゃない。バレたら炎上しちまう。もうちょっとシンプルかつ前向きな事を言って下さい」

「最近は色々と大変なんだねぇ。そうだなぁ………」

 オールマイトは少しの間うぅんと唸って、ポンと掌を打った。

 

 

 

 

 

 そうして画面越しの、貴方に向かって笑いかける。 

 

「がんばれ」

 

「がんばろう」

 

 

 

 

 

「かなぁ」

「はぁ……まぁアンタらしいと言えばそうでしょうが、」

 呆れ声が終わるより早く、緊急のサイレンが鳴った。

 オールマイトは既に車外に飛び出していた。視認も出来ない速度で空気を裂き、雲を割る。

 いつもの事なので動揺も無い。車をすぐさま路肩に止めた。道端を歩く人々は一陣の風に一瞬首を傾げて、何事も無かったかのように歩き出している。

 相澤はスマホで事件の詳細を調べつつ、ふと空を見上げた。

 

 細く千切れた雲が円柱状に弧を描いていた。

 

 暫く、ぼうっと見上げていた。雲はなだらかにこちらを見守っていた。

 ゆるゆると持っていたスマホを持ち上げて写真を撮る。

 珍しい雲の形がしっかりと映っていることを確認して、マイクと燈矢、転弧に送信した。

 『待ち受けにすると運勢が上がる』とコメントも送る。

 転弧からすぐに返信があった。

 

 

『知ってる。黒霧に聞いた』

 

 

「……知ってるって。お前、アイツにも言ってたのかよ」

 なぁ、と声をかける。

 

 白い雲が笑った気がした。

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 緊急通報を受けた事件は直ぐに解決した。ヴィランを警察に引き渡し、車に戻ろうと踵を返す。

 しかし「おい」と頭の中から声がした。

 OFAの内側を覗くと、今までになく穏やかな顔をした死柄木が、どこか遠くを見つめている。

「…………」

「何だ。どうした?」

「…………あっちで、子供がヴィランに襲われている」

「え?」

 死柄木の指差した先から、確かに子供のくぐもった悲鳴が聞こえる。

 

 すぐさま駆け出しながら「何故教えたんだ?」と聞くと、死柄木は僅かに肩を竦めた。

「別に、気まぐれだよ。それに、」

 言葉の続きが子供の苦し気な声に潰される。

 何か口に詰められているのか。ヴィランに襲われているのかもしれない。

 また後で、と死柄木に告げて、足を早めた。

 

 穏やかな顔には僅かな寂しさが混じっていた。

 しかし走って行くオールマイトの背中を見つめながら、死柄木は気を取り直すように厭味ったらしく鼻で笑う

 

「カーテンコールは、盛り上げないとね」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈ー夫。身体を乗っ取るだけさ、落ち着いて。苦しいのは約45秒……すぐ楽になるさ」

「ん゛ーっ、ん゛ー!!」

「助かるよ。君は僕のヒーローだ……まさかあんなのがこの街に来てるなんて思わなかった」

「ん゛ー!!!」

「掴めるわけないだろ流動的なんだから!!!」

 

 

「もう大丈夫だ少年!!私が来た!」

 

 

「ヘイ!ヘイ!!へッ…あ、良かったー!!」

「いやぁ悪かった!敵退治に巻き込んでしまった。いつもはこんなミスしないのだが、オフだったのと慣れない土地でウカれちゃったかな!?」

「しかし君のおかげさ、ありがとう!!!無事詰められた!!!」

 

「そうだ!サイっサイン!どっか…あっこのノートに…してあるー!!!」

「わああ~!!!ありっありがとうございます!!家宝に!!家の宝に!!」

「じゃあ私はこいつを警察に届けるので!液晶越しにまた会おう!!」

「え!そんな…もう…?まだ…」

「プロは常に敵か時間との戦いさ」

 

「それでは今後とも…応援よろしくね───」

 

「ってコラコラー!!放しなさい!!熱狂が過ぎるぞ!?」

「今…放すと…死んっ…!!死んじゃう…!」

「確かに!!」

「僕…!あなたに直接っ…!!色ろ色々…ぼっ!あなっ…」

「オーケーオーケーわかったから目と口閉じな!」

 

「怖っかっった………」

「全く!!階下の方に話せば降ろしてもらえるだろう。私はマジで時間ないので本当これで!!」

 

「待って!あの…」

「No!!待たない」

 

「“個性”がなくても、ヒーローは出来ますか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“個性”のない人間でも、あなたみたいになれますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─── The Beginning.

 

 

 

 

 

 

 

地獄より我らが父へ 劇終

 

 

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