地獄より我らが父へ   作:XP-79

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No.8 談笑談義

 

 

 

 

「ア、久しぶり。2年振りくらいかな。君ってホント老けないねぇ。僕ァさっぱりだよ。シミが増えちゃってさ」

 

 

「孤児院?ウン、知ってるよ。AFOの遊び場だろ?……録音してるんだね。ドキドキ。君って有名人だから緊張するなァ」

 

 

「そそ、目ぼしい個性の子をポケモンみたいに集めてるの。親?サア……僕、生殖機能のピークを越えた人類に興味ないんだ……ア、奥さんは別ね。僕って愛妻家だから」

 

 

「そうそう、サンサン晴明って言ったかな。あの人は頭ン中にお金しか詰まってないペドフィリアだよ。精子の採取までやってくれるんだ。社会って助け合いだよね」

 

 

「………ヤ、そうは言ってもネ、人工子宮出生児の割合はアメリカじゃあ4%を超えた。欧州は3%、中国じゃあ8%だ。ロシアなんて凄いよ。社会主義はとうとう胎児の配給も始めたのさ」

 

 

「個性社会以前の倫理観なんて時代遅れだよ。僕はちょっと未来を先取りしてるだけ。政府だって分かってるよ。だから他国に負けじと投資してる」

 

 

「僕が言いたいのは、そう、つまり………」

 

 

「───人類の基準が君になれば。君が真に『平和の象徴』になれば。それって理想の世界だと思わないかい?」

 

 

 

 

 狂人との会話は何度繰り返しても慣れるものではない。塚内なんかは面会室から出るなり「嘘は吐いていませんでした」と顔面蒼白で呟くと、そのまま蹲ってしまった。

 しかし煙草を3本纏めて咥えてひとしきり煙を吐くと、「サンサン晴明を引っ張ってきます」と言ってヨロヨロ仕事に戻って行くのだから気丈な男だ。

 

 自分はと言えば、面会が終わるなり緊急通報を受けてその場を飛び立った。

 京都の観光地の中心でビルが丸ごと燃えていた。

 火事を吹き消し、崩れ落ちるコンクリートを粉になるまで砕いて、落下する人々を救助する。家族で旅行に来たのだろう一家を抱き留めながら、レザーフェイスの情報を思い返した。

 

 

 レザーフェイスの父親は塗装店を営む和やかな男で、母親は手芸が趣味の看護師。大手の輸入雑貨店に勤めている妹がおり、小学生の姪と甥がいる。

 身内にヴィランは居ない。過激な思考を持つ者も居ない。生育環境は平々凡々。

 学生時代はやや無口ながら周囲との関係は良好で、研修医時代の評価は「患者に親身な良いお医者さん」。

 

 つまりナチュラルボーンのヴィランだ。

 母の胎内に頭のネジを置き忘れた男。

 

 

 鎮火を確認すると、福井で個性事故が勃発と聞いてすぐさま飛び立った。

 ナイトアイの指示で大通りに向かう。泣き叫ぶ子供と、両足を切り落とされた母親らしき女性、必死の形相で止血する男の姿が見えた。

 子供の個性が暴発して母親の脚を切断してしまったらしい。通報を受けたヒーローも暴走を続ける子供の個性を恐れて近付けていない。

 子供は5歳頃だった。両手を血塗れにして脚を抱えながら、母親の方へと這いずっている。

 

 大騒ぎのど真ん中に跳び下りて子供を抱え上げた。切り落とされた脚がこれ以上損壊されないよう取り上げる。

 脚の断面はスッキリとした切り口だった。これならば手術で繋がる。

「もう大丈夫だよ。私が、「作らなきゃ良かったんだ……」」

 白い顔をした母親の太腿を必死に止血している父親がこちらを見上げていた。

 腕の中で泣き喚く子を昏い眼で睨んでいる。

「お前みたいな個性の子なんて、作らなきゃ良かった……」

 父親の言葉を受けて小さな体が腕の中で震える。息を吐くことも吸うこともできず、空気で喉が詰まったように苦しんでいる。

 咄嗟に子供の顔を覆った。

 スマホのカメラが幾つもこちらに向けられていた。

「大丈夫」

 周囲の人々が笑いながら母親の両脚を切断した子供の顔をネットに上げて、皆で共有している。

「大丈夫だよ。君も、君の個性も、何にも悪くないんだよ」

 子供の耳に刷り込むように呟いた。

 今、こちらを見上げている彼らが他人事のように笑える時代はいつまで続いてくれるのだろうか。

 

 程なくして到着した救急車は母親と父親を乗せて走り出した。

 子供を現地のヒーローに引き渡すと同時にナイトアイから緊急通信が入る。

『オールマイト、たった今新潟のスキー場で雪崩が起きました。20名以上が巻き込まれています』

「すぐに行く。それと今の個性事故を起こした子供の保護とケアを」

『了解』

 バツンと無線が切られる。この程度の事故はよくある事なのでナイトアイの対応は早い。

 

 見下ろすと、現地のヒーロー達は子供を民衆の視線から隠すように車に乗せていた。カメラがそちらに向かないよう声を上げる。

「私はそろそろ行くよ。君達は、どうか彼らを追及しないで欲しい。それじゃあ今日も良い一日を!」

 手を振ると人々の複雑だった顔色は一転して喜色に塗られ、こちらにスマホのカメラを向ける。

 個性事故を防げなかった私をカラフルな声が賞賛する。私を映した動画がSNSに流れる。私に触れようとした無数の手が、届く筈も無いのに伸ばされる。

 

 子供を乗せた車が走り出すなりその場を飛び立った

 一息に雲上まで跳び上がって、北へ向かって空気を蹴る。

 成層圏の太陽は白い。空気は極限まで澄んでいる。そこに命の気配は無い。

 

 

 眼下には人々が暮らす光が見える。

 ただの白い点にしか見えないそれに目を凝らすと、居眠り運転で歩道に突っ込もうとしているトラック運転手、男に襲われている若い女性、崖から滑り落ちた登山客の顔なんかに変わる。

 それらを一つ一つ拾うように、取り零さないように、摘んでは救い、彼らの手が届く前に飛び去る。

 私には誰も届かない。一人きりでレザーフェイスの発言を考える。

 

 

 

 ───レザーフェイスは狂っているが、発言内容の全てが狂っている訳ではない。

 個性の進化はあまりに急激で、人類はそう遠くない未来に強過ぎる『個性』を持つ子供ばかりが産まれる時代を迎えることになる。

 赤ン坊の夜泣きで親が死ぬ時代は既に見えているのだ。

 

 そんな時代が近付く前にSFめいたバースコントロールが法制化されるのは自然の流れだろう。人工子宮に到っては既に一般化が始まっている。

 そうしてお手軽に子供が増やせる状況になると、遺伝的な繋がりがあるだけの両親がいつまで子供を大事に出来るだろうか。優秀な頭脳と体格と個性を持つことが確定している子供より、あらゆる不確定要素を孕んだ自分の子供を望む親の割合はどの程度だろうか。

 レザーフェイスの言った事は、つまりそういうことだ。

 人類は単一化に進んでいく。

 

 そんな合理化が『平和』であるとは認めたくなかった。無個性の八木俊典なんて生まれる前に廃棄されてしまうだろう未来だ。

 それとも自分はより良い未来のために犠牲になるべき存在なのだろうか。

 だけどそんな納得できない蟠りを、妻の両脚を我が子に切り落とされた男に納得させられる言葉が自分の中に見当たらない。

 

 

 真下の大地に白が混じる。春間近の冬山が雪解けによって崩れている。

 悲鳴の只中に向かってオールマイトは落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅したのは3日後だった。72時間連続勤務の疲労だけが原因ではない、どこか晴れない気分で家に帰る。

 薄暗い夜道にあって我が家は明るかった。殊に雑草だらけの庭は真昼のように輝いている。

 

 火の手が上がっているのだ。

 火は蒼かった。

 

「もう限界だって。このままだと国産牛(100g 600円)が炭になっちまう。そろそろ酒かけてバーッて燃やすタイミングだろ」

「いや表面が炭になったら内側は遠赤外線的なアレでいい感じにアレして美味くなるらしい。だからもうちょっと焼くべきだ。多分」

「焼きた●ジャぱん読んだ?」

「うるせえ炎に集中しろ。そもそもオールマイトさんも俺も飲まねぇんだからウチには酒なんて無いだろ」

「酒鋤さん(東京都個性発電所職員、彼女募集中。実家が酒屋)から貰った日本酒がある」

「日本酒って肉にかけて良いのか?」

「米と肉って相性良いから良いだろ」

「それもそうだな」

 

 どうやら火事ではないらしい。

 しかし殆ど火事みたいなものだった。蒼い炎にアルコールなんてかけたら雑草だらけの庭が焼畑農業になるのは間違いない。

 恐る恐る近付くと2人の顔がくるりとこちらを向いた。

「あ、お帰り。3日も帰らねぇとか浮気か?」

「どうせ女だろうよ。燈矢、これからは俺達だけで強く生きて行こうな」

「違うよ2人共、これには訳が!……ところで何してるの?」

「肉焼いてんだよ。見て分かれや」

 燈矢が出す蒼い炎の上で相澤は巨大な炭の塊をくるくると回していた。

 原始人の料理風景かな、と言いそうになった口を素早く閉じる。2人の努力を評価したかったのだ。

「今日はバーベキューなんだね。野菜は?」

「いえ、肉を焼いたら部屋に戻りますよ。寒いし」

「肉はガスで焼くと臭いが付くって聞いてさ。じゃあ蒼炎で焼いたら美味いんじゃねって思って、でもキッチンだと危ないから外で焼いてる」

「っつー訳でこの肉をどうにかして下さい」

「焼いた後のことは何にも考えて無かったんだね」

「米は炊いてます」

 表面が炭と化した肉の塊を2人に突き出される。取り合えず、内側が炭になっていないことを祈った。

 

 

 

 サラダを取り分けながら、オールマイトは燈矢の検査報告を聞いた。

 結果はオールグリーン。むしろ筋力なんかはリハビリのおかげで随分増えたらしい。重度の火傷で鈍った神経も劇的に改善していたという。

「リハビリはクソだるいし薬はクソマズイけど、まぁ、そんな感じ。薬はそろそろ減らせるってさ」

「良かった。流石だね」

「べぇっつにぃ。大した事ねーし」

 ふい、と横を向いた燈矢の頭を撫でる。この子の甘え方は本当に分かり易い。

「それもこれも燈矢少年がリハビリも座学も個性訓練も頑張っているからだよ!燈矢少年は偉い!本当に凄い!」

「……うるせ」

「照れてらコイツ」

「うぜ~」

 口調の割に相澤の弄りを嫌がっている様子は無い。救助されたことで彼への信頼が増したのかもしれない。

 

 それで、と相澤は声を少し低めた。

「レザーフェイスはどうなったんです?流石にすぐに釈放とはならないでしょう」

「暫く警察で拘留にはなるそうだ」

「良い気味だぜ」

 表面の炭を取り除かれ、ソースとにんにくを纏った肉に齧り付きながら燈矢は鼻を鳴らした。

 そのまま米を掻き込む。

「おふぇをコケにしひゃがって」

「お前が独りで路地裏をふらふら歩いてたからだろうが」

「ひゃとひても………ッン、だとしても睡眠薬嗅がせて拘束してナイフで刺す方がダメだろ」

「まあそれはそうだね」

 レザーフェイスが加害者であり、燈矢が被害者である事実は間違いない。

 だがそれにしたって燈矢の行動は軽率だった。注意深く賢い子が何故あんなことをしたのか、3日も先延ばしにしてしまったが、彼と話がしたかった。

「燈矢少年は、お母さんのことが心配だったのかい?」

「………冬美ちゃんから聞いちゃったし」

「そっか」

「…………」

「おい燈矢」

 相澤が強めに燈矢の脇腹を小突く。

 ほとんどボディーブローの勢いだったので燈矢は「いったぁ!?」と喚いた。

「何、え、虐待?家庭裁判所?訴えたら勝てる自信しかねぇけど?」

「テメェが言うと冗談にならねぇから止めろ。それよりちゃんと言うっつったろ」

「ヤ……言ったけどさ」

「この人クソ忙しいから今しかタイミングねぇぞ」

「………ぎィ」

 首を絞められたニワトリみたいな声を零して、燈矢はおそるおそるオールマイトの方を見た。

 眼は天井の方を向いたまま唇をむっつり突き出している。

「あのさ」

「うん」

「……エト……」

「うん」

「…………無茶して、ゴメンナサイ」

 むっつりとした顔のまま俯く。

 

 思わず笑ってしまった。捻くれた傷だらけの子供が素直になるとこうも可愛いものか。

「笑うなよ」

「あ、ごめんね。バカにしたわけじゃなくて………うん、心配したよ」

「……おう」

「お母さんのことを思っての行動だと分かっている。相澤君を信頼して、彼が居るから暴挙に走ったってことも」

「ン」

「でもね、私は君のことを凄く心配した。病院で検査して、問題無いって報告を相澤君から聞いても、大丈夫かなってずっと思ってた」

「……ン」

「君にレザーフェイスのことを秘密にしたのは、私達大人が悪い。でもね、行動する前に私達に聞いて欲しかったな」

「……でもアンタ、絶対に教えてくれなかっただろ」

 ぶすくれた顔でサラダを摘む。

「焦凍がお母さんの子供じゃないって……や、マァ。俺に簡単に言えるような内容じゃないことは分かってっけど」

「レザーフェイスに聞いたのかい?」

「うん。お母さんに依頼されたって。それってつまりさ……半冷半熱の個性を持つ子供を確実に作るために、どっかの女の卵子とお父さんの精子から焦凍を作ったってことだろ?そんなん、俺が聞いてたとしても教えちゃくれなかっただろ……」

「それはまだ分からない」

「分からない?」

 

 首を傾げた燈矢は、焦凍の父親がエンデヴァーではない可能性をハナから度外視しているようだった。

 父親への執着の根深さを思い知る。

 彼にとっての最高傑作とは父の遺伝子を受け継いでいることが大前提なのだろう。

 

「レザーフェイスの個性は精子と卵子のペアから子供の個性を予知するものだ。轟冷さんの卵子とエンデヴァーの精子を大量に用意して、半冷半熱の個性が発現するペアを厳選しただけっていう可能性だってある」

「でも遺伝子検査すりゃ、」

「焦凍君は未成年だ。御両親の許可が無ければ検査は出来ない」

 御両親。

 つまりレザーフェイスに依頼した当の本人であり3年間精神病棟に入院している母親か、オールマイトを超える最高傑作に固執する父親のどちらか。

 許可を得る所の話ではなかった。

「デリケートな問題だ。レザーフェイスについての調査が進むまで、彼らには不確かな情報を与えて刺激したくないんだよ。特に冷さんはね」

「壁に頭打ち付けてんのがよくある事だもんな。最悪、自殺とか……お父さんも、焦凍がレザーフェイスっつーヴィランに「作られた」仔って分かったら発狂するかもなぁ」

 エンデヴァーの狂気に浸って育った燈矢の声には温度が無かった。

「とりあえず、事実は不明ってことかよ。あのモブ顔ヴィランが口を割るか、お父さんとお母さんが腹をくくるまで焦凍はシュレーディンガーの弟な訳だ」

「……すまない」

「何が?」

「君に、何もかもを話すことが出来なくて」

 

 思えば保護者である自分がこうなのだから、不信が募って軽率な行動に走るのも無理はなかった。

 ましてや難しい立場の子だ。秘密主義の自分に何もかもを聞けと言う方が間違っている。

 そうと分かっていてこんなことしか言えないのだから愛想を尽かされてもしょうがない。

 

 

 しかし燈矢は大人の都合をよく理解している子供の顔で緩く笑った。

「そりゃしょうがねぇだろ。一緒に暮らしてるからって何でもかんでも話さなきゃいけない訳じゃねぇし」

 それより、と箸の先でオールマイトを指す。

「今日顔暗いけど、なんかあった?」

「……うーん」

「話したくねぇならコレも話さなくて良いけどさ。話して楽になるなら話せば?別に家ん中まで『オールマイト』じゃなくてもいいだろ」

 肉を咀嚼しながらどうでも良さそうに言われる。

 あっけらかんとした口調に、むずがゆいような、嬉しい様な、新鮮な感覚がした。

「───大したことじゃないよ。レザーフェイスと面会して、ヤツの活動内容やら他のヴィランの情報やらを聞き出していたんだ」

「ああ、それは……」

「そりゃあ気分も悪くなるわな」

「大体は受け流せたんだけどねぇ。ただ、その、個性社会が進んだら……都合が良い子供ばかりが望まれるようになるって言われてさ」

「……当然っつーか、今でもそうだろ」

「でも私は、それが凄く悲しくって」

 

 悲しい。そうだ。納得出来ないのではない。

 自分はただ、悲しかったのだ。

 

「何でだろうね。それが凄く気にかかってしまって。いつかそうなってしまうにしても、今、それを肯定してしまうのは嫌なんだ」

「………おう」

「私は今の時代が間違っているとは決して思わない。勿論、これから先いろんな問題が起きることは分かっている。でも、何にも問題が無い子供だけしか親に愛されないっていうのは寂しいだろう」

 そう言うと、燈矢はフ、と眼を伏せた。

「………ヤ、あのさ……個性婚の失敗作として言わせて貰うけどな、んな未来は絶対に来ねぇよ」

 何とも思っていないような顔を作って訥々と断言する。

「いくら計算しても最高傑作ばっかりが産まれる訳がねぇんだ。レザーフェイスだっていつかは死ぬだろ。あいつの“個性”が無くなったら個性選別なんて出来なくなるんだ………つか、そもそも性格は遺伝子検査じゃ分かんねぇんだろ。いくら個性が良くても性格がクソならそいつは失敗作だぜ」

「そもそもデヴィット・シールド博士のような“個性”に依らない天才だって居るでしょう。人間の正解が存在しない以上、どう足掻いても『何にも問題が無い子供』だけが産まれる未来なんて来やしまんよ」

「………そうかな」

「そうですよ」

「杞憂だキユー。アホらし」

 そう2人に断言されると、そんな気がする。

 

 

 単純な自分に呆れながら、そもそも自分より燈矢の方がずっと前からこの問題に囚われていることに気付いた。

 自分などよりよっぽど悲しく、寂しい思いをしながら、彼はずっと向き合っているのだ。

「燈矢少年は強いね」

「は?」

「君は自分自身から一切逃げていない。自分のことを失敗作だなんて言いながら、君は焦凍少年になりたい訳じゃないんだろう」

「………」

「ありのままの君が強くて、格好良くて、最高だって示すために頑張っている。最高だよ。クールだ。惚れ惚れする」

「………」

「私が女の子なら『キャー!!素敵!!』って黄色い声出してるよ」

「………アンタの女体化とかキッツ」

 誤魔化すように、燈矢は喉を振り絞って笑った。

 

「悪かったな、もうやんねぇよ。つかテメェはサラダじゃなくて肉食え肉」

「そうそう、これ燈矢がバイト代で買った肉ですよ。食ってやって下さい」

「バイト代?」

「東京都個性発電所でイベントがあって、コイツ屋台で焼きそば焼いたんですって」

「え、燈矢君料理したの!?」

「ネギを全部繋げて切っちまってからずっとガスバーナー係だったわ」

「へえ!頑張ったんだねぇ」

 大声で褒めると白い頭がちょっと恥ずかしそうに頷いた。

 

 食事の時間が終わる頃には、自分の気分はすっかり上を向いていた。

 

 

 そして次の日の朝、塚内から連絡が入る。

 移送中のレザーフェイスが襲撃され行方不明という報告だった。

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■

 

 

 

 

 ヴィランのアジトと聞いたらラグジュアリーな高層マンションの天辺か、コンクリートが剥き出しの地下空間なんかを思い浮かべるのではなかろうか。

 しかし現実はそうドラマチックなものではない。レザーフェイスの家は3LDKの賃貸で、そこに妻と2人で慎ましく暮らしている。

 妻はちょっとアングラな家の出身だが、感覚は一般人そのもので、外見も中身も十把一絡げの量産品に過ぎない。今でも自分の夫は普通の産婦人科医であると信じ込んでいる。

 

 比べるとAFOは身の上話からお気に入りのコーヒーカップまでザ・ヴィランのテイストで揃えてあった。彼はコミックスから抜け出て来たようなヴィランなのである。

 

 

 警察の移送車からの誘拐こそ荒っぽかったものの、その後の扱いは非常に丁寧だった。

 革張りのソファが柔らかいロールスロイスの後部座席に乗せられ、都会の夜景を堪能し尽くした頃を見計らったように高層マンションの前で車が停まる。

 コンシュルジュに案内されながら天辺まで直通のエレベーターに乗ると高級エスコート嬢に出迎えられた。

 彼なりの気遣いなのだろう。つくづくとヴィランらしい振る舞いが似合う男である。

 

 

 レディ・ナガンが絶妙なタイミングで自分の「遊び場」に来た時点で、誰が自分を誘拐したのかなんてもう分かり切っていた。

 公安を手足のように使い、移送されるヴィランを誘拐した挙句に堂々とマンションの最上階に連れ込んで何の騒ぎも起こさない男など一人しか思い当たらない。

 

 

 エスコート嬢が下がり、この世の天国みたいな心地のまま待っていると、やはり、見知った顔の男が「やぁ」と白ワイン片手にやって来た。

「やっぱり君かぁ……おひさ~、相変わらずめちゃイケメンだねぇ」

「久しぶりだね幸綱君。元気そうで何よりだ」

 手を差し出されたので洋画のワンシーンの如く握り返して大きく振った。

 

 子供達は誰も連れて来ておらず、戦闘能力が皆無の自分では魔王から逃げられない。

 ならば可能な限り友好的であるべきだった。上下関係なぞヴィランが気にする筈も無いが、己の命を握られているとなれば媚び諂って愛想も作る。

 

 AFOは親友みたいな距離感で白ワインを注ぎ、「あ、ワイン大丈夫?」と首を傾げた。

「大丈夫だよ。むしろ好き」

「良かった。此れ美味しいんだよ……ところで怪我は無いかい?ヒーローに暴行されたと聞いたけれど」

「ウチの子のお陰でなんとも無かったさ。レディ・ナガンも助けてくれたし」

「彼女は強くて優しい人だからね。彼女みたいなヒーローが居るなら公安も安泰だ」

 素知らぬ顔でワインを舐める顔が若い頃のジュード・ロウに似ているなァと思う。

 AFOの飛びぬけて美しい顔を眺めていると、実は公安とも犯罪とも関りの無い善人だと思いたくなってしまうのだから不思議だ。美貌は説得力とも言い換えられるのかもしれない。

 

 公安にレディ・ナガンを動かすよう命令したのは間違いなくこの男であろう。

 そうと分かっていてレザーフェイスは何食わぬ顔でワインを舐めた。

 今ならきっと靴を差し出されても舐め回す。

 

「ホント、真面目な人だよね。僕の仕事の進捗が気になってせっつきに来たんだと思うんだけど……面倒なカノジョみたいでカワイイ人だよ」

 あ、とレザーフェイスは自分の胸に手をやった。

「僕、奥さん一筋だから。これはオフレコでお願いね」

「勿論さ。君は誠実でモラルに溢れた人だと僕はよく知っているよ」

「ありがとうAFO。僕をそんな風に言ってくれるのは君だけだよ。なんだかなぁ、僕って誤解され易くて」

 エヘヘと笑う。

 

 自分は人に怪我をさせたことも無い、善良な一般人だ。後から治した燈矢はノーカンである。

 個性を仕事に使用しているからヴィランではあるのだろうけれど、犯罪とは無縁の生活を送って来ているし、何度か誤解で逮捕された時も全て釈放されている。

 まるで人非人のように自分を罵る人もいるけれど、それはレジ打ちがトロいというだけの理由でコンビニ店員に土下座を要求する誹謗中傷と全く同じものだった。

 

「僕はただ人類の未来のために出来ることをしているだけなんだけどね」

「しょうがないさ。あまりに進歩的な考えは大衆から非難されるものだ」

 空っぽの器みたいに笑ったAFOは、「ところで」と声を低く切り替えた。

「ウチとの業務提携、まだ考えてくれないのかい?」

「………うん。やっぱりね、僕のスタンスとは合わないかなって」

「ドクターの研究は知っているだろう?『脳無』にも興味は無いかい?」

「むしろアレで彼とは協力出来ないって確信したよ。『脳無』にするためだけに子供を作るなんて、どう考えても許されない」

 

 子供、と口にした瞬間に全身に力が満ちた。

 子供は偉大だ。彼らのことを思うと心が温かくなり、魔王に逆らう勇気すら湧いて来る。

 

「生命ってのはさ、産まれた瞬間が最も完璧なんだ。産まれてからは劣化する一方なのに、更に後から加工するってのは酷い事だよ……だったらせめて、ちゃんと潰してあげて、最初っから完璧な子供を新しく作るべきだ」

「人間は成長する生き物だろう」

「成長した結果、嘘をついたりヴィランになったりするだろう?産まれた瞬間の無垢と可能性こそが至上の美しさなんだ。透明こそが世界で最も美しい色だ。ドクターってセンスはイイんだけど、考え方がね」

「彼とはオトモダチになれない?」

「難しいな。いつか全人類を胎児にするのが僕の夢なんだから。人類を加工する彼の方針とはそもそも合わないんだ」

 ワインを舐める。甘い。

 

「今まで聞いたことが無かったけど、君って夢があるんだね」

「子供みたいって思う?」

「まさか。素敵だよ。目標が無いと生活にメリハリが無い。僕も全人類を支配したいっていう夢があるし」

「いいねぇ。君の吐く空気はゴヤの絵みたいだ。美しいよ」

「ありがとう。それで、君の夢は実現可能なのかい?」

「理論的にはね……胎児の細胞から配偶子を作成する技術はもう確立した。だから後は自動で配偶子を選別して人工子宮で育てるシステムと、それらを恒久的に持続させる環境を整えるだけだ」

「ほう」

「管理はAIにやらせればいい。そうすれば戦争は無くなる。個性終末論を恐れることもなく、無垢で透明な胎児ばかりが残る。人類は蚕になるのさ」

「凄いねぇ」

 AFOは全くの他人事みたいな顔である。

 実際他人事だった。「コイツは狂ってるなりに頑張ってるんだナァ」としか思っていない。

 

 レザーフェイスの方もそんな感じだ。

 この2人は互いの夢が両立不可能と知っていながら、「こんな狂ったヤツが夢を叶えられる訳が無いから放っておこう」、と微笑ましく見ているのだった。

 

 とはいえ裏社会の立場も、ヴィランとしてのカリスマ性も、AFOは圧倒的に格上である。レザーフェイスは申し訳なさそうに「だからね、」とぼのぼの汗をかいた。

「悪いけど、君に個性を渡すためだけの胎児は作りたくないんだ。それって家畜みたいでしょ?美しい胎児達をそのためだけに作りたくはないよ……」

「そうか。じゃあしょうがないね」

 AFOは軽く肩を竦めて、殊勝にも引いてみせた。

 

 こういうタイプのヴィランはやりたくない事は死んでもやらないと知っていた。

 一度やらないと決めた事は全身の骨を折ってもやらないし、目の前で愛する妻の顔の皮を剥がされても片手間にスマホゲームをやっている。

 加えてレザーフェイスの能力は本人の技量ありきのものであり、『デザイナー・ベビー』の個性を奪っても何の意味も無い。

 ならば相互利益の現状を維持する方が利点が多い。生粋のヴィランであるレザーフェイスはその方が余程利用しやすい男だった。

 

 

「じゃあその代わりに欲しいものがあるんだけど、良いかい?」

「何?」

「君がストックしている遺伝子情報。分けてもらえたら嬉しいんだけど」

「その位ならいいよぉ」

 噂の脳無の作製にでも使うつもりなのだろう。その程度なら許容範囲内だ。

 

 警察に見つかった地下施設は胎児達の遊び場でしかない。己の心臓とも言える遺伝子ストックは別の場所に保管してある。

 惜しいは惜しいが、既に魔王の提案を一度断っている。この要求は突っぱねられない。

 

「でも量が膨大だからね。状態があんまり良くないのもあるし、後からリストを送るよ」

「話が早くて助かるね……それと、」

「燈矢君のだよね。ウン、分かってるよ」

 逮捕される寸前で収拾した新鮮な血液はキッチリと保管してある。

 検査すればきっと面白い結果が得られるだろう。

「彼の個性と体質で大規模火災を生き残れる訳が無いからね。君も気になってたんでしょ。検査すればすぐに結果は出ると思うけど、」

「君は暫く家に帰れないだろう?もし良ければだけれど、私の所でバカンスでも楽しまないかい?設備は君が満足出来るものを用意するつもりだよ」

「最初からそのつもりだったんでしょ。抜け目ないよねェ……その代わりに僕も欲しいモノがあるんだけど」

「何だい?」

「君の精子。ヤ、卵子でもいいけど」

「………あぁ」

 AFOは軽く眉を顰めた。

「一応聞くけど、目的は?私の個性が量産されたら困るのだけれど」

「量産はしないよ。ただね、今ちょっと政府から難しい依頼を受けてて、」

「らしいねぇ」

 その話が聞きたくてレディ・ナガンを嗾けたのだろうに。

 そう思いながらも、うん、と頷いたレザーフェイスは楽し気な丸い顔をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レザーフェイスの話を聞いたAFOは柘榴が割れるように破顔した。

 腹を抱えて息も付けない程に笑っている。それなりに長い付き合いだが、AFOがここまで笑っているのを見るのは初めてだ。

「そ、アハ、そこまで政府は狂ったか……ッ、選りにもよって、フフ、実行するとは、」

「そう?割とありがちな考えじゃない?」

「いや、ッ、フフッ、そうかもしれないけど……あぁ、ここ最近で一番笑ったよ。ありがとう。やっぱり笑いは健康にいいねぇ」

「分かる。笑ったら元気が出るよね」

「うん、うん。それなら──そりゃあ僕の遺伝子があれば話が早くなるね。いいよ、分かった。上手く使うといい」

 2人で微笑み合う。

 

 その場面だけ見れば、気の合う友人同士が和やかに談笑しているようであっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

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