夏油傑は静かに息を吐き、周囲を見渡した。
滝夜叉姫が手を振るうたびに、武者鎧をまとった霊たちが次々と現れる。
『なるほどね……。やはり特級はわけが違うな』
夏油の呟きに、滝夜叉姫は品のある微笑みを浮かべた。
『当然でしょう。私は平将門の娘』
『父や母、一族が殺され、国を滅ぼされ......その仇を討つために、術を磨いてきたのですから』
その言葉と同時に、無数の武者霊たちが一斉に動き出した。
鉄の甲冑がぶつかり合う音が響く。
『さて......どう迎え撃とうか』
夏油はゆっくりと右手を掲げる。
空間が揺れ、黒い裂け目が現れる。
『とりあえず、こうしよう』
裂け目から大量の呪霊が現れ
『潰せ』
夏油の一声で、呪霊達が黒い霧のように溢れ出し、武者霊たちへと襲いかかる。
『おやおや、数の勝負をする気ですか?』
滝夜叉姫は一歩も引かず、左手を軽く払った。
武者霊たちが一糸乱れぬ隊列で動き出し、槍が一斉に突き出される。呪霊の一体が貫かれ、体を形成していた呪力が瞬時に弾け、霧のように消えた。
次々と呪霊たちが切り伏せられ、抉られ、押し潰されていく。
攻めあぐねる夏油の呪霊たちとは対照的に、武者霊たちは連携が取れ、無駄のない動きで着実に敵を削っていく。
『チッ......、並の呪霊達じゃダメか(二級もいるはずなんだけどね)』
『当然です。武者たちは皆、かつての戦場を駆け抜けた兵。ただの呪霊では相手になりませんよ』
着物の袖が広がり、空中でなびく。
『これもどうでしょう?』
彼女の手が再び振り下ろされると、
空から無数の矢が降り注いだ。
夏油はすぐに呪霊達を盾にするが、矢が触れた呪霊は軒並み呪力ごと削がれ、消滅する。
『......ほう、厄介だね』
『それも当然のこと。こちらは日の本に名を轟かせた武士の娘、あなたも戦い慣れているようですが、所詮はこの時代での話』
『本当の戦場を知り、経験した私と比べれば、兵の扱いや戦法などは歴然です』
矢の雨が止み、再び武者霊たちが進軍を開始する。
滝夜叉姫は余裕の表情を崩さなかった。
『(数も質も、文句なし......何より優秀な指揮官)相当厄介な呪霊だね、君は』
夏油は不敵に微笑みながら、残っていた呪霊を一斉に集め、一級以上の呪霊も追加で出す。
『それじゃ、こっちも本気を出さないとね』
さらに、夏油は【
滝夜叉姫の顔に、初めて僅かに緊張の色が浮かんだ。
2人の特級が対峙し、戦場はさらに激しさを増していく。
※
一方、千鬼と歌姫は釘崎と真依と合流し、寝ている三輪を起こしていた。
『霞、起きて!』
『霞、起きろー!』
『えへへ......はっ!、おはようございます!』
『よかった。一旦避難するわよ』
『えっ!な、なんで?』
『話は後、一緒に硝子のとこ行くわよ』
『先輩達は先に硝子のところへ戻ってください』
『俺は特級呪霊を対処します。』
『分かったわ。気をつけてね』
『はい』
そう言って、歌姫達と別れる。
千鬼は呪力が濃い方へ走っていった。
少し走ると、向こうからパンダが真希と伏黒を担いでくるのが見えてきた。
『パンダ、2人はどうした?』
『特級にやられたけど大丈夫だ。すぐに硝子のとこに行く』
『向こうで悠仁と東堂が戦ってる』
『分かった。俺が向か...』
その時──
『!』
『どうした?』
『硝子が危ねぇ』
『えっ!なんで!?』
『硝子につけた呪霊が戦ってる』
『しかもまだ終わってないから、雑魚じゃない!』
『マジかよ!』
『(呪力を見るに東堂と虎杖は特級相手でも善戦している。なら)天逆毎!』
千鬼は
『悠仁と葵を手助けしろ。必要なら装備化もするように』
『分かった!』
天逆毎は森を飛び越えて虎杖達の元へ向かった。
『パンダ、俺は硝子の方に行ってる』
『おう』
千鬼はものすごい速さで校舎へ向かった。
※
一方、校舎のグラウンドでは
グラウンドには、砕かれた氷や破られた糸、地面にところどころクレーターができていた。
『俺達を相手にやるな』
『凍結というものは厄介だな(まさか備えていたとは...)』
禍蛇達は少し傷を負っていたが、すぐに再生させる。
雪女は、空に両手を掲げると、氷の槍を無数に生成した。
『......穿て』
氷の槍が一斉に禍蛇と土蜘蛛へと飛翔する。
土蜘蛛は糸を張って迎撃、禍蛇は水の壁を出して受け止める。
爆ぜる氷と水飛沫。霧のような蒸気が辺りを包む。
雪女も見たところ傷はなく、大丈夫そうだが、
『....(まずいですね。術式の使用や体の再生などで呪力に余裕がないです)』
硝子達を守りながら戦っていたので、余裕があるわけではなかった。
生徒達に関しても傷は硝子が治しているが、体力は限界である。
『はぁ、はぁ、今のうちに逃げられないかな?』
『いや、下手に動けば敵もバラバラに動いてくる
そうすればもっと守りにくくなる』
『ゴホッ....しゃけ』
『くっ...(もう呪力が...あと一体を数秒止められるくらいしかない)』
全員満身創痍の状態だった。
硝子は5人の後ろで内心舌打ちをする。
『(くそっ油断してた。まさか特級呪霊達がこんなに徒党を組むなんて、五条の言ってた奴らだけじゃないってことか)』
その時──
『おい』
『『!』』
禍蛇達は背後から感じる異様な呪力に気づき、急いで振り向く。
視線の先には
黒く光る金砕棒【
『何してんだ?お前ら』
『!、千鬼』
硝子の言葉に土蜘蛛と禍蛇も反応する。
『ほう、こいつが...』
『....(見たところ特級を2体装備しているのか?だとしたらこの呪力量はうなづけるが......それを考えても多いな)』
『雪女、硝子達を連れて校舎へ避難』
『冥さんのところへ』
『分かりました』
すると硝子は千鬼に向かって叫ぶ。
『千鬼!』
『ん?』
『やられんなよ!』
『お安いご用だ』
千鬼は微笑みながら硝子達が行くのを見届ける。
『さて』
千鬼は禍蛇と土蜘蛛を睨みつけた。
『お前ら、何が目的だ?』
『言うと思うか?』
『だろうな』
『まぁ、硝子を狙ったんだ......覚悟しとけ!』
千鬼は金砕棒を振りかぶると同時に、土蜘蛛の目の前にに迫る。
『!(速い!)』
土蜘蛛は咄嗟に前方へ無数の蜘蛛糸を張り巡らせる。結界のような糸の盾で金砕棒を防ごうとするが、威力を完全には抑えられず少し当たる。
『ぐっ(威力が消せなかった!)』
『ギシャァァァァ!』
下半身の蜘蛛が千鬼に牙を向けるが、軽く避け
ドゴッ!
土蜘蛛の背中を蹴り飛ばす。
禍蛇が背後から刀で斬りかかるが
ガキン!
鎧の硬度に阻まれた。
『!(硬い!)』
鎧の背中から巨大な蛸の足が伸び、禍蛇の腹に当たる。
ドゴッ!
『ぐはっ!』
禍蛇は鈍い衝撃音と共に、禍蛇の体が数メートル吹き飛ばされるが、すぐに起き上がった。
『なかなか痛いな(さっきの触手は装備している2体とは別のやつだな....確認できるだけで特級を一度に4体使用している....)』
『なるほど、これは歴代でも強いかもしれないな』
『腹を貫くつもりでやったんだがな』
『体は硬い方なんだ』
土蜘蛛も体勢を立て直し、悪態をつく。
『おのれ....金砕棒とはいえ、少し当たっただけでこの威力か....(神凪が注意するわけだ)』
土蜘蛛は襲撃前のことを思い出す。
※
夜刀神、滝夜叉姫、禍蛇、そして土蜘蛛が高専の近くで待機する前に
『五条悟、夏油傑、龍山千鬼には気をつけること。足止めならいいが、本気の戦闘はあまりおすすめしないよ』
『できればすぐに攫ってくるように』
『....おい、神凪』
『なんだi、(シュルッ)っ!』
神凪が返事をしようとしたところに、首に糸が巻き付き、軽く絞めていた。
『....なんのつもりかな?』
『それはこっちのセリフだ』
『お前は.....何様のつもりだ?』
土蜘蛛の呪力が少し上がり、明らかに怒っているのが分かった。
『俺はこの国の“人間”に復讐するという目的のためにここにいるんだ』
『しかも誘ってきたのが、お前ではなく呪霊である漏瑚だからだ』
糸がさらに絞まり、神凪の首に一筋の血が滲む。
土蜘蛛の目はまるで仇を目の前にしているような目になっていた。
『忘れていると思うが、俺はお前も心底嫌っている』
『家入硝子もだ。本当は生け捕りなど面倒なことはせず、その場で嬲り殺しにしたいくらいだ』
そう言って、神凪の首から糸を外した。
『いいか。次、俺に命令するようなことを言ってみろ』
『殺すぞ!』
......沈黙が流れた。神凪は無言で、喉元を抑えながらわずかに息を整えると、わざとらしく微笑んだ。
『....分かった.....気をつけるよ』
『あと夜刀神、少し話があるから君は残ってくれないかい?』
『承知した』
『では、先に行ってるぞ』
『さっさと行くぞ』
※
『(確かに、あまり戦わないほうが良い....それほど強い......)』
『だからこそ』
土蜘蛛は静かに呟いた。
『お前、自分が誰と話しているか分かってるのか?』
土蜘蛛の質問に、千鬼は訝しげに眉をひそめた。
『はぁ?...お前、土蜘蛛だろ?』
『ああ、名はそれでいい。だが、名前だけを知って存在を理解したつもりになるな』
千鬼が無言で構えると、土蜘蛛はにやりと笑った。
『“化け物”……お前達、俺のことをそう呼ぶだろう?』
『ああ。俺たちの中では特級呪霊……まぁ一般的には化け物ってやつだな』
その言葉に、土蜘蛛は静かに、そして哀しくも不気味に笑った。
『ふっ...“化け物”...か』
『?...何がおかしいんだ?』
『俺からすれば、お前達が化け物だけどな』
『?』
『俺はかつて大和朝廷に滅ぼされた“土蜘蛛”と呼ばれたもの達の怨念が集まり、呪霊として具現化した存在だ』
『特に、まつろわぬ民....つまり大和朝廷に従わず、反抗した勢力が虐殺された場所で生まれた』
『伝承のせいか、このような姿でな』
『...なるほど....今の日本は、謂わば大和朝廷が元になっていて、今の日本人はその子孫達のようなもの』
『お前は今の時代の日本人に復讐したいと考えているんだな』
土蜘蛛はその通り、とばかりに瞳を紅く光らせた。
『あぁ、そうだ。朝廷は従わない俺達を鬼や蜘蛛という存在に仕立て上げ、挙げ句の果てに『あれは日の本の民ではない』などと言った!』
『俺たちは“人”であることすら否定された!』
『言葉も、文化も、命も奪い尽くし、歴史の片隅に“伝説の妖怪”として封じた』
『滑稽だろ?自分たちが殺した者に“化け物”の仮面を被せて、自分達の正義を守ったつもりでいる』
土蜘蛛の目には憎しみの炎が絶え間なく燃えていた。
『ふざけるな!お前達が先に仕掛けてきたんだろう』
『俺達はな、人間だった!土地を愛し、命を繋ごうとしていた!ただ、自分達の故郷を守るために戦っただけだ!』
『だから今度は俺がお前達を苦しめてやる。根絶やしもいいな....お前達が俺達にそうしてきたように』
土蜘蛛は歯を食いしばり、千鬼を睨みつける。
千鬼は少し目を瞑り、言葉を返した。
『.....お前達の事情は分かった』
『だが、同情するわけにはいかないな!』
言葉とともに、金砕棒を投げる。
金砕棒は30mほどにおおきくなり、質量の塊が、轟音と共に土蜘蛛めがけて飛ぶ。
『チッ!』
土蜘蛛は急いでガードするが
ガン!
『く、そっ』
ドスン...
圧倒的な重量の前に押し潰され、金砕棒の下敷きになった。
『龍山ぁ!』
禍蛇は刀を振り上げ千鬼に迫る。
千鬼はがしゃどくろを刀に変化させる。
ガキイィィッ
鍔迫り合いの形となるが、その時、千鬼は雪女が戦っているのを感知した。
『!』
『ふっ、気づかれたか』
『お前らだけじゃないのか』
『だったら、向かわないとな』
『させるか!』
金砕棒をどかした土蜘蛛が蜘蛛の糸を展開して迫る。
禍蛇も後ろから巨大な水の槍を展開させるが、
【
突如、大百足の鎧から紫色のガスのようなものが噴き出した。
『っ!(毒か!)』
『チッ!』
毒に反応し、2人は下がる。
禍蛇達が下がった隙に、千鬼は神壊を回収して姿を消した。
『ぐっ』
急いで避けたが、僅かな量でもあの大百足の毒、
禍蛇は少し顔を歪ませる。
『禍蛇、しっかりしろ』
土蜘蛛は禍蛇に触れ、僅かにある毒を中和する。
『すまん』
『いや、これくらいならまだ解毒可能だ』
『追うぞ』
禍蛇達も千鬼の後を追った。
『今度は俺達が歴史となる番だ....』
その言葉は、呪いそのものだった。
地縛呪操
特級呪霊
かつて大和朝廷に抵抗し、虐殺された者達の怨念から生まれた呪霊
妖怪伝承の影響で、上半身は人だが、下半身は巨大な蜘蛛のような見た目になっている。
基本的に人間が嫌い、今の日本人を大和朝廷の子孫達と捉えている。
特に朝廷に近かった家柄を嫌っており、呪術界では神凪や御三家などの名家を嫌っている。(というか憎悪に近い)
神凪のことをよく思っていないが、誘ったのが、人間ではない漏瑚と一応封印から解いたのが神凪なので、一旦は協力している感じ。
平安時代に猛威を振るい、都の者達や当時の呪術師を殺しまわっていたが、鈴鹿御前に封印されている。
なので、硝子を攫うことは賛成だが、本人的には鈴鹿御前の子孫なので苦しめてから殺してやりたいと考えている。
ちなみに、滝夜叉姫とは朝廷が嫌いなもので共通しているので、意外と気が合う部分がある。
術式:
蜘蛛の糸を操ったりきょうどをちょうせい、毒を行使することができる。さらに地面の中を自在に移動できるが、他の者と一緒に移動する時は、意外に呪力を消費する。
質問コーナー
Q.なんで滝夜叉姫は硝子拉致に参加していないの?
A.当初からそういう作戦でした。
五条を帳の中に入れなくしても、夏油と千鬼は入ってくるので、滝夜叉姫が2人の足止めをする手筈でしたが、夏油しかいなかったので、多少計画がずれています。
Q.雪女っていつから硝子のところにいたの?
A.襲撃があった時からずっとそばにいました。
千鬼達が生徒達を救出に行こうとした時、雪女をペンダントに変えて硝子に持たせていました。
そのおかげで、禍蛇が硝子に触れようとした時に、雪女が出てきて時間を稼いでいた訳です。
(護衛にした理由は、筆者がくじ引きで適当に決めました)
Q.虎杖と東堂の助っ人に行った天逆毎はどうなった?
A.無事、虎杖達と合流しました。
次回の話に少し書こうと思います。天逆毎は身体能力強化系の術式なので、虎杖や東堂とは相性抜群のはずです。(これ花御が祓われるかもしれない)