呪霊装術   作:戦艦YAMATO

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31話 影を超えて

 

 

龍山千鬼との対峙を前にして、禍蛇(まがだ)──八郎太郎(はちろうたろう)は静かに目を伏せた。

まるで、これから訪れる“何か”を察していたかのように。

 

──どこか懐かしい、川のせせらぎ。

 

遠くに灯る行灯の明かり。

自分の名を、誰かが呼ぶ声。

 

『……太郎さま! もう少し、肩の力を抜いてください』

 

幼い頃、屋敷で剣の型を教えられながらも、いつも叱られていた。

武家の嫡男として、家を背負い、誇りを守らねばと歯を食いしばっていた。

 

『(……名誉も、責務も……全部、私がやらねばならなかった)』

 

術師としての才能を使い、呪霊を調伏し、祓い、家に恩恵をもたらす。

それが“家のため”だと信じていた。

 

だが、あの日。

 

河の恐れから生まれた呪霊と龍のような呪霊を取り込んだあの瞬間から、すべては崩れはじめた。

 

体の奥に、何かが棲みついたような感覚。

冷たく、そして甘い、沈み込むような呪力。

 

『(あの時……もう、兆しはあったのだ)』

 

止めようと、もがいた。

薬師に頼り、封印術を試し、肉体を削ってでも耐えようとした。

 

だが私は同時に、呪霊と戦い、取り込むのをやめなかった。

 

『太郎、もうやめて...あなた、壊れかけてる』

 

儚げな声だった。

幼き頃から共に育った恋人。誰よりも自分を想ってくれた人。

 

それでも

 

『私は、この力で家を守ると決めた。お前にまで背を向けさせるわけにはいかない』

 

『そんなの、家でも誇りでもないわ! 太郎自身が壊れていくのに!』

 

泣きながら、縋るように抱きついた彼女を、あの日、自分は突き放した。

 

『(……怖かったのだ。人に寄りかかることが)』

 

次に思い出すのは、母の姿。

白髪交じりになったその手は、決して武家の女として誇らしくはなかったが、誰よりも優しかった。

 

『太郎。……もう、よかろう。家の名など、母はどうでもいい。お前が、生きていてくれればそれで』

 

『母上…私は、まだやらねばならぬことがある』

 

『そう言って、お前はずっと独りじゃないか。あの子も、去ってしまった。いつか、お前自身もどこかに』

 

『(母の手を、あの時だけでも取っていれば……)』

 

そして

 

『太郎! お前、もうやめろ! 自分の表情がどうなってるか分かってんのか!?』

 

怒鳴り声が響く。親友だった男だ。

家柄はあいつが上だったのに、対等に扱ってくれる人物だった。

同じ時代、同じ修行を経て、何度も背中を預け合った仲だった。

 

『俺は、お前を失いたくないんだよ!』

 

『…黙れ!お前に何がわかる!』

 

『太郎っ......』

 

誰の手も、届かなかった。

 

いや、自分が拒んだのだ。

 

『(……きっと、それが分かれ道だったのだろう)』

 

“己の力”だけが真実だと、信じてしまった。

その結果が、今のこの姿。

 

それでも最初は、誰も傷つけなかった。

ただひたすらに、隠れ、身を潜め、息を潜めた。

 

だが、

 

『逃げろッ! あれは呪霊だ!』

 

『…違う、私は…ッ』

 

『祓え!』

 

──グシャッ

 

人を殺した感触。

流れる血。温かさ。悲鳴。

 

そして。

 

『(あぁ……これが……こんなにも……)』

 

甘い、快楽。

 

気づけば、自分は人を襲う“禍”になっていた。

 

『名を捨てろ。かつての自分など、もういない』

 

誰に言われたのか、あるいは自分の中の声だったのか。

八郎太郎は、自分の父親を殺した存在の名を取り、自らをこう呼んだ。

 

──禍蛇(まがだ)

 

家の誇りも、名誉も、未来も。

すべてを呪いに変えて、ただ彷徨った。

 

 

『……龍山千鬼』

 

目の前に立つ男を見据えながら、禍蛇は呟く。

 

『お前はきっと......あの頃の俺とは違う』

 

だが、言葉の裏には一つの願いが滲んでいた。

 

誰かを信じ、誰かに支えられた“未来”を、千鬼には掴んでほしい。

 

『(さあ、始めようか。呪霊となった俺を、終わらせられるか)』

 

風が吹く。

水の気配が揺れ、戦いの幕が静かに上がった。

 

 

 

 

『小手調べだ』

 

穿水(せんすい)

 

禍蛇は指を鳴らす、水から鋭利な数本の槍が空を裂き、千鬼へと放たれた。だが、千鬼は涼しげに神壊を一閃

水槍は霧散し、霧状の粒子となって地に落ちた。

 

『(やはり生半可なものでは意味がないな...)』

 

『そんなもんか?』

 

『生意気な、ならば...』

 

禍蛇は腕を交差させる

 

千鬼の足元から水が噴き出し、千鬼を包み込み、球体となった。

 

水牢(すいろう)溺滅(できめつ)

 

本来ならば窒息し、息ができないので呪力を練るのも阻害されるような技だが、

 

ビキッ…ビキキキーン!!

 

水牢が一瞬にして凍りつき、内側から粉砕された。

 

『ふぅ、焦った焦った』

 

千鬼が涼しい顔で出てくると同時に、周囲に水が巻き起こる。圧縮された水流が鋭い刃となり、千鬼へと襲いかかる。

 

斬流(ざんりゅう)

 

斬撃は金属をも容易く裂く威力。

しかし、千鬼は一歩も動かず、右腕に呪力を集中させると

 

『破ッ!』

 

拳を振るった瞬間、空気が爆ぜ、水の刃が衝撃波で打ち消された。

 

『フッ...ならば変わるぞ、千鬼!』

 

禍蛇の身体が液体のように崩れ、水龍となってうねる。

圧倒的な水圧と質量を伴う大河の如き龍が、空を切り裂き、千鬼を呑み込もうと迫る。

 

『喰らえ!【水禍龍(すいかりゅう)流葬(りゅうそう)】!』

 

水流が一気に空を切り裂き、千鬼に迫った。

 

だが千鬼は

 

『遅い』

雷のように一歩踏み込み、そして神壊を担いで渦中へと突っ込む。

 

水の激流の中、千鬼の姿がかき消えるかに思えたその瞬間、

 

『【雷號(らいごう)】』

 

突如、水流が爆ぜ、中心から閃光が走った。

 

一瞬で渦を突き破り、千鬼が姿を現す。

漏れる呪力が、稲妻のように四散していた。

 

禍蛇が一瞬だけ怯んだ。

 

『……あの水を...突き破っただと…?』

 

だが、すぐに顔を引き締める。

 

『もはや、これしかあるまい...』

 

次の瞬間、禍蛇の周囲に広がる水面が闇色に染まり、空間がねじれる。

 

禍蛇は智拳印のような印を結び

 

『領域展開【八龍溟海(やつためいかい)】』

 

広がる水の世界。

そこは水中にあるかのような重圧がかかり、すべての動きが鈍る。

その中に、八体の水龍がゆらりと姿を現した。

どれも人の何倍もの巨体を持ち、意志を持つかのように千鬼を睨みつける。

 

『....呪力の流れが鈍いな』

 

水中では呪力が乱され、術式の起動にもタイムラグが生じる。

それは術師にとって致命的な制限。

 

そこへ

 

ズオオッッッ!!

 

一体、また一体と、八体の水龍が巨大な顎を開けて千鬼へと襲い掛かる。

 

咄嗟に神壊で一体を粉砕するも、すぐさま別の龍が背後から食らいつこうとする。さらに何度も龍を撃破しても、すぐにまた別の龍が現れる。

 

攻撃を防いでいる千鬼に禍蛇はあることを教える。

 

『ちなみに、ここの領域では私は水そのもの』

 

禍蛇の声が耳に響く

 

『もう単純な攻撃は効かないぞ』

 

禍蛇が勝ちを確信したかのように笑みを浮かべる。

 

『(さて、体力が切れるのが先か、龍に食い千切られるるのが先か......)』

 

対する千鬼の表情は

 

────笑っていた。

 

『面白れぇ!だったら真正面から破ってやるよ!』

 

彼は大きく息を吸い、神壊を持ち直す。

呪力が膨れ上がる。領域の海中全体が、圧力に軋み始めた。

 

千鬼の全身から迸る呪力が、まるで雷雲のように水を逆巻かせた。

 

ゴゴゴゴ……!

 

『っ!(この領域であれだけの呪力を練っただと!)チッ!』

 

禍蛇は龍を動かし、急いで千鬼を仕留めようとする。

 

八体の龍が千鬼に迫る中、千鬼は腰を捻り、神壊を大きく振りかぶる。

 

そして、全身に雷を纏い、

 

『【鳴神(なるかみ)】!!』

 

ズガァアアアアアアアアアアア

 

神壊が振るわれた瞬間、水中全体が閃光に包まれる。

 

巨大な金砕棒から雷の衝撃が放たれる。

 

千鬼に向かう八体の龍を一瞬にして消し去り、禍蛇へ一直線に向かっていった。

 

避ける暇などない。

 

ドオオン!!!

 

禍蛇の身体が、爆風ごと水の中から吹き飛んだ。

 

水の世界が崩壊し、領域が砕け散る。

 

千鬼が、水蒸気の中から歩いて現れる。

 

禍蛇は、地に崩れ、呆れながらも口元を緩めた。

 

『正面突破か....』

 

咳き込みながらも、どこか清々しい表情で笑う。

 

『まだやるか?』

 

そう問う千鬼の声音は冷たくも、どこか優しさを含んでいた。

 

禍蛇はわずかに顔を上げ、そして首を横に振った。

 

『いいや……もう、満足だ。』

『お前は歴代でも強いよ』

 

そう返す禍蛇の体は徐々に消えていく。

 

だが、完全に消える前に──

 

『最後に、ひとつだけ…言わせろ』

 

千鬼が眉をひそめると、禍蛇は微笑んで続ける。

 

『先輩としての助言だ.....周りを信じろ』

 

『周りを....?』

 

『あぁ...そうすれば、私みたいにはならない...』

『私は、それができなかった。力に囚われて……気づいたときには、誰も傍にいなかった』

『強くなれば、手柄を立てれば、周りも良くなると思っていた……けど、違った』

 

『だから、お前は……そうなるなよ』

 

千鬼をまっすぐに見つめるその目は、どこまでも静かで、どこか切なげだった。

 

『……頑張れよ、千鬼』

 

その言葉を最後に、禍蛇の姿は音もなく消え、水へと還っていった。

 

わずかに残った水の跡へ向かい

 

『.....ちゃんと眠れよ。先輩...』

 

千鬼は静かに呟いた。

 

 

 

 

禍蛇(まがだ)八郎太郎(はちろうたろう)

 

元々、江戸時代に活躍していた【八郎太郎】という呪術師であり、9代目の呪霊装術の使い手。(ちなみに千鬼は12代目)

呪術師だが、久保田藩(今の秋田県)に仕える武家の生まれで、少しでも家を繁栄させようと一人奔走する。

だが、当時調伏していた龍のような一級呪霊と河の恐れから生まれた特級呪霊が成長し、徐々に体を蝕まれていく。

なんとかしようと努力していたが、結局は呪霊になってしまった。

呪霊になった後でも、意識は少しあったので、人を殺さないようにしてきた。だがある日、自分を見つけた呪術師が祓おうとしてきたので、応戦した結果、その呪術師を殺めてしまう。

その際に人を殺す快感を覚えてしまい、人を襲うようになる。

その後、自分を【禍蛇】と名乗り、ひっそりと隠れながら、全国を周り、人に危害を加えていたが、神凪から招待され、それに応じた。

実は一人で奔走する彼を止めようとした存在が何人もいたが、彼は力や名誉を求め、頼れるのは己の実力のみという考えで、それを拒絶した。

もしも受け入れていたら、結果は変わっていたかもしれない。

 

術式:水禍龍顕(すいかりゅうげん)

自身の呪力を水に変換し、自在に操る術式。

術式を極限まで高めることで、全身が水龍のような姿に変化し、圧倒的な速度と破壊力を得ることもできる。

 

領域展開:八龍溟海(やつためいかい)

広大な水の領域を作り出し、敵を海の中に閉じ込める。

領域内では水が意志を持つかのように動き、相手の動きを封じながら八体の水龍が襲いかかる。

水中では呪力の流れが乱され、相手の術式の発動が遅れる。

領域内で禍蛇は完全に水と一体化し、攻撃を回避しながら致命傷を与えることができる。

 

 

 




交流会編はここまで、次回は少し息抜きとして幕間を出そうと思います。
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