人気のないダム。
不気味なくらい静かな地下で、与幸吉は初めて痛みのない息を吸った。
ごわついた包帯の感触は消え、焼け爛れていた皮膚も、針を刺すような痛みもない。
指を握る。掌を開く。
動く。震えも痺れもない。
『……本当に、治った……のか』
潤んだ瞳を隠すように前髪をかきあげると、粘つく声が降った。
『ははッ、もっと跳ね回るかと思ったけど? 自由ってやつを満喫しなよ、メカ丸クン』
真人が頬杖をつき、学舎のいたずらっ子のように笑う。
幸吉はまっすぐ見つめ
『それは、全部終わってからだ』
呟きと同時に、無数のメカ丸素体が現れる。
隣にいる神凪が目を細めた。
『手伝おうか?』
だが真人は、片手を払う仕草でそれを制す。
『ダメダメ。オレの玩具だよ』
次の瞬間、真人の腕が肥大化し、掌が半円を描き、迫り来るメカ丸群をまるで紙細工のように叩き潰した。
駆動音と火花が散り、鋼板が破砕する。
爆煙が晴れた床に、与 幸吉の姿はない。
『(逃げた?まぁあいつは俺たちを殺す必要はないしね)』
真人は唇を尖らせ、つまらなそうに頭を掻く。
ゴウン。
聞き慣れない地鳴りでコンクリートが震えた。
床面が裂け、鉄骨を押し退けるように何かが出てくる。
真人は驚きつつも、跳ねるように外へ飛び出した。
そして真人の前に現れた、【
巨大なメカ丸を前に
『いいねえ……!』
真人が歓喜の息を漏らす。
頭部のコックピット内では、幸吉が動作確認をしていた。
〈拡充比正常、知覚フィードバック遮断〉
外部カメラには、帳がここら一帯を覆う場面が映る。
『チッ(帳が降りてる...神凪だな)』
『五条悟のようにはいかないか』
『(...俺の勝利条件は、どんな手段でもいい。五条悟、夏油傑、龍山千鬼のいずれかへ連絡をとり、渋谷の計画を伝達する。そして保護してもらう)』
『(だが、帳を下ろした神凪に集中するには真人は危険過ぎる)』
幸吉は楽しそうにこちらを見る真人に目を向ける。
『(まずは真人を祓う!)』
神凪に視線を向けると、こちらに気づいたのか『どーぞお気になさらず』と言った感じで合図した。
『(劣勢だが、勝機はある)』
『(俺を縛ってきた年月、それで得た呪力)』
『(出し惜しみはしない)』
幸吉の脳裏に三輪の笑顔が浮かんだ。
操縦桿を前へ倒すと、絶対形態が手のひらを真人へ向ける。
『チャージ1年!焼き払え、メカ丸!』
【
白熱光が奔り、真人がいる場所を吹き飛ばす。
肉を焦がす匂いが立つ。
だが真人は表皮を黒く焦がしながらも、核へ届く傷は皆無だった。
『(オレの呪力が尽きるまで焼き続ける気か?)』
余裕そうに笑い、『まず操縦席から引き摺り出してやる』と呟く。
対する幸吉も読み切っている。
『(メカ丸の直接砲撃では魂まで届かない。奴も確信したはずだ)』
メカ丸の巨腕が振り下ろされる。真人は斜めに跳躍し、ダムの貯水槽へ飛び込んだ。
水面下で身を伸縮させ、鱗と尾鰭を生やし、マグロの如き流線形へ姿を変える。
幸吉は両腕を左右に掲げ、
『チャージ二年【
両掌からの収束ビームが貯水槽へ突入。
瞬時に沸騰した水が膨張爆発を起こす。
暴水と蒸気が噴き上がる最中、真人が姿を現す。
肥大化した拳が弾丸の速度で迫る。
ゴインッ!
装甲を歪ませる衝撃。警告ランプが赤点滅した。
『(なんてパワーだ。グダグダしていれば装甲が抜かれる)』
幸吉はカートリッジ状の筒を、コックピットの注入スロットへ突き立てた。
『(チャンスは四回……!)』
〈術式装填〉
音声認証が鳴る。
『(一気に片をつける!)』
メカ丸の右手人差し指が真人へ狙いを定める。
対物ライフルのような砲身が真人へ向く。
『撃て! メカ丸!!』
真人の左翼の根元の部分にあたるが、
『意味ないって、今まで何みてきたの』
と呟いた瞬間
ボワッ!
真人の左肩を抉った。
肉片と魂の欠片が弾け飛ぶ。真人の笑顔が一瞬、ひび割れる。
神凪はそれをみて真人にダメージが入っていると確信した。
『効いてるね』
『(一時的とはいえ、特級クラスの呪力出力)』
『(真人対策もしっかりしてきたわけだ)』
『神凪』
神凪の後ろから夜刀神が木の影から現れて声をかけてきた。
『おや、夜刀神。思ったより早かったね』
『まぁな...それよりも、あいつらはどうしたんだ?』
夜刀神の視線の先には五つの追尾弾を真人へ放つメカ丸の姿があった。
『いや、内通者君が私達から離れようとしたからね』
『もう殺すのか?』
『意外に厄介な部分があるし、計画を伝えられては困るからね』
すると真人が領域展開【
メカ丸が領域の結界に包まれる。
『領域を使わせていいのか?』
『別にいいよ。まだ10日以上はあるし、回復もするさ』
そして、領域が解かれる。
そこには、指先で弾ける真人と雄叫びをあげているメカ丸の姿が写った。
『なるほど、簡易領域か...』
『あれで真人の領域内での術式を中和したんだろうね』
『(確かに、あれを内側から発生させられたら、真人でも術式関係なくダメージを負う)』
幸吉は次の相手を見据えた。
『高みの見物もここまでだな神凪!』
『(嬉しい誤算だ。簡易領域1本、呪力9年分を残して神凪とやれる!)』
『(隣に特級がいるが、真人のように魂は関係なくダメージを負わせられるはずだ)』
『(いける!皆に...会える!)』
幸吉は神凪と夜刀神に狙いを定める。
『撃て!メカ丸!』
ありったけの呪力を込めたその一撃は
──バゴォォォン!
撃たれることはなかった。
幸吉の目の前のコックピットの壁が破壊され、そこから笑みを浮かべた真人が入ってきた。
『終わったな』
『そうだね...そういえばどうだった、成果は?』
『順調だ。今見せる』
『お前の言う通り、すんなり達成できた』
夜刀神は影から“成果”を取り出し、神凪に見せた。
一方、コックピット内では幸吉が簡易領域を詰め込んだ最後の1本を真人に向けて刺そうとしたが、簡単に振り払われ、そのまま頭を掴まれてしまっていた。
『残念でしたぁ』
『っ!(クソっ...クソッ!)』
『どうして欲しい?....ん?(あれは...)』
真人は外で夜刀神が神凪に見せているものを確認してニヤリと笑う。
『最期に面白いの見せてあげるよ。ほら』
真人に頭を掴まれ、コックピットの壊れた壁からそれをみた幸吉は目を見開く、
『っ!......な、なぜ!?』
『いい表情だねぇ。実はね、君以外にもいたんだよ...“内通者”』
耳元で言われた衝撃の事実に幸吉は歯を食いしばり、悔しさを露わにする。
脳裏に京都校の面々が浮かび上がった。
『(...皆......すまない...)』
そう思うと同時に、幸吉の意識は途切れた。
記録ー2018年10月19日
2018年10月19日、呪術高専東京校近隣にて、高専関係者の所在が不明となった。
現地調査の結果、行方が途絶えたと推定される地点より、特級呪霊【夜刀神】に由来する残穢を確認。
対象者の生存可否は不明。捜索を継続中。
行方不明者情報
氏名: 家入 硝子
年齢: 28歳
役職: 呪術高専東京校 医師
備考: 失踪時、単独行動中。護衛なし。外傷記録なし。