硝子は首都高速で臨時の診療所を作り、夜蛾学長とその呪骸たちに護衛されていた。
硝子は外の景色を見ながら隣にいる夜蛾学長にゆっくりと声をかけた。
「…学長、呪骸もいるし私1人でいいですよ」
「そうはいくか」
「ここがバレれば敵は今度こそお前を殺しにくるぞ硝子。菜々子と美々子もそう言って向かわせたんだろうが、俺は残らせてもらうからな」
「…大袈裟ですよ」
「大袈裟なものか、それはお前が一番分かっているはずだろ?」
「……」
「反転術式を他人に施して治す。悟達でもできないことだ」
「猪野も伊地知も灰原もお前がいなかったら死んでいた」
「それに、お前を死なせてしまったら悟達…特に千鬼に合わせる顔がない」
夜蛾学長の言葉に硝子の瞳が僅かに揺れた。
「…死ぬ気はありませんよ。何がなんでも生き残って、あいつを助けます」
硝子が拳に力を込めながら宣言すると、背後から不気味な音を立てて声をかけられた。
「相変わらず気の強い女だ」
「「!」」
夜蛾学長と硝子が振り向くと、椅子に大嶽丸が座っていた。
手には壊れた呪骸の一つが握られている
首がもげ、綿が漏れている呪骸をブラブラと揺らしながら見せつけるようにして、「邪魔だったから壊しておいた」と言って投げ捨てた。
そして硝子を見て笑みを浮かべると
「久しぶりだな。家入硝子…どうした?顔が強張ってるぞ?」
硝子の背筋に一筋の汗が伝った。
どうやってここまで来た?
そもそも、あの岩戸に千鬼と一緒に封じられていたはずでは?
千鬼は封印され、術式も使えないはず、大嶽丸がここにいること自体が異常なのだ。
「……あんた、一体どうやって?」
「少し裏技みたいなものだな。それに俺だけじゃない、
「何!?」
夜蛾学長は驚愕した。
ただでさえ今この状況は、術師達が劣勢に立たされている。
そんな状況に特級呪霊が6体も追加されてしまった。
これがどれだけまずいことかは、術師であれば誰でも理解できた。
硝子はそっとポケットの中にある注射器に手を添えた。わずかに指先が震えている。
「何しに来たの?」
硝子はあくまで取り乱さないように質問する。
大嶽丸はニヤリと笑い、一言だけ呟いた。
「“挨拶”だよ」
※
「こんぶ」
声はいつものように淡々としていたが、狗巻棘の額にはうっすらと汗がにじんでいた。
渋谷の街を埋め尽くす喧騒。人々の叫び声。崩れた瓦礫。
改造人間たちは獣のような叫びをあげながら、人間を無差別に襲っている。
狗巻は渋谷の街中で一般人を守りつつ改造人間達を止めながら避難誘導をしていた。
改造人間や一般人に呪言を使用してもさほどリスクはないが、なんせ数が多い。
補助監督や他の術師も手伝ってくれているが、さすがに狗巻でも呪言の連発は疲れが出てきた。
すると遠くの方で女性が転んでしまい、その後ろから改造人間が飛びかかろうとしていた。
「きゃあぁー!」
「高菜!」
ザシュッ!
突然、改造人間が背後から斬られた。改造人間はその場で絶命し、ぐったりと崩れ落ちる。
女性は何が起こったかわからないが、助かったと思いすぐに走り出した。
だが狗巻には見えていた。
改造人間を斬ったのは。生気の欠片もないような青白い肌をした武士だった。
「こんぶ?」
怪訝な顔で辺りを見渡した瞬間、声がした。
「こんにちは」
「!」
狗巻は声が方向にすぐに視線を向けると、滝夜叉姫が立っていた。
「おかか!」
「はい?何を言って……あぁ、呪言師の方でしたか。通りで」
「すじこ!高菜!」
滝夜叉姫は首を傾げ、ふっと笑う。
「……何も言ってるか分かりませんが、まぁ言いたいことは察せます」
「大丈夫ですよ。今のところあなた達を害そうなんて思っていません。なんなら手伝いにきました」
滝夜叉姫が手を振るった瞬間、空間が揺れた。
音もなく現れたのは──無数の武者。
鎧に身を包み、槍や刀を構えている。
そして怨霊武者達は改造人間達をどんどん切り伏せていく。
悲鳴と肉の裂ける音があちこちで弾けた。
「あなたは一般人の保護を、私はこの改造人間を相手します。それでいいですね?」
狗巻は、ほんの一瞬だけ考える。
この呪霊が敵であれば、今すぐにでもここを地獄に変えることができる。
だが──今は、そうしていない。
そして──人を殺していない。
──少なくとも、今は”敵”ではない
「しゃけ!」
正直、滝夜叉姫が味方だとは分からないし、なぜ手伝ってくれているのかも分からない。
だが今は一般人をできるだけ助けることに集中したい、それを手伝ってくれるなら断るわけにはいかなかった。
こうして狗巻と滝夜叉姫の活躍によって渋谷での一般人の保護と改造人間の掃討が進んでいく。
※
一方で、禪院班は窮地に立たされていた。
呪胎から覚醒した陀艮だったが、最初は禪院直毘人を中心に攻め続け、領域どころか技を出す前に驚異的な速度で潰しにかかる勢いで攻め立てていっていた。
だが陀艮は腹部に呪印を書くという人間には不可能な方法で領域【
砂浜と海岸線に青空と森が広がるビーチのような領域を展開する。
一見穏やかな領域だったが、必中と当たる寸前まで出現しないという式神によって七海と真希は追い詰められ、御三家秘伝の【落花の情】で対応するが、陀艮に直接攻められて片腕を失う重傷を負った。
「はぁ、はぁ(くそっ!このままじゃダメだ!)」
「……次にあの大群で来られたら流石に凌げません」
「されとて、この領域から逃れられるか?一瞬であの式神達に食われて終わりだ」
──絶体絶命
真希だけではない、七海にもこの中で一番経験者でもある直毘人にもこの言葉が頭によぎった。
三人の視線の先で海面の上を浮いている陀艮はさっさと済ませようと印を結んだ。
「(さっさと終わらせて漏瑚か真人と合流するか)…死ね術師ども、
七海達に無数の魚の姿をした式神達が向かっていく。
何も見えないが、七海に言われた通りとにかく打ち落とそうと、真希が舌打ちをしながら構えた。
その時──
ピキピキピキピキ…
空気がひんやりと変わり、式神達が凍った。
七海達は突然式神達が凍ってしまったことに驚いていたが、陀艮も驚愕していた。
「「「!」」」
「!(何が起こった?)」
そして上から何かが降りてきて、七海達の前に着地した。
「間一髪といったところですね」
三人の前に、しんと静かに着地したその姿。
白銀の長髪が舞い、薄い氷膜のような衣が揺れる。
氷の仮面を思わせる無機質な表情を湛えた、美しい女──雪女が、そこに立っていた。
「あなたは!」
「雪女!」
「ほう、龍山千鬼の呪霊か。なぜここにいる?」
直毘人の問いに、雪女はちらりとも目を向けず、静かに口を開いた。
「皆さん、死にたくなければ私の背中に触れていてください。そして離れないこと、離れた場合の命の保証はしませんので」
雪女の言葉で七海達は雪女の着物の帯山あたりに手を添えた。
そして雪女は日輪印のような手印をして領域を展開した。
「領域展開──」
空気が凍る。視界が歪む。
この空間の“理”が、塗り替えられていく。
【
次の瞬間、雪女を中心に周りが氷に包まれたような空間になった。
陀艮の周りではまだビーチのままだったが、雪女の領域と陀艮の領域が綺麗に分かれた。
氷と水、冬と夏。真逆の力がお互いせめぎ合っている。
だが少しずつだが陀艮の領域の海が氷に包まれていく。
「!(この呪霊、私の領域のせめぎ合いに勝っている!?)」
「なぜだ?なぜ人間の味方を!」
「うるさいですよ」
陀艮の怒りの質問を雪女はバッサリと切り捨てた。
そうしている間にも海は凍りついていく。
「おのれ!死累累湧軍!」
無数の式神が口を開き、雪女に向かっていくが、
「
細いの氷の針を生成し、式神の群れを串刺しにする。
凍りついた式神達は砕けた。
「
雪女が手を前に向けると、吹雪が陀艮を襲った。
陀艮はなれない雪の冷たさに体力を奪われる。
──陀艮の肌に、氷が纏わりつく。
──筋肉が凍え、反応が鈍る。
──海が、凍る。
「ぐっ(まずい…体、が…)」
陀艮の下の海は凍り、陀艮自身も氷に包まれていった。
そして雪女は領域を解除する。
目の前には氷像となった陀艮が立っていた。
「さよなら」
雪女の手から放たれたのは、手刀だった。
それが陀艮の氷像に突き刺さる。
──そして砕けた。
陀艮は、そのまま黒い霧となり、静かに、何の痕跡も残さず消えていった。
しん……と、沈黙が降りる。
時が止まったように凍った中で、禪院班は言葉を失っていた。
※
渋谷のある一角でガタイのいい男が何かを求めるように彷徨っていた。
その男は
伏黒恵から奪って剣を持ち、強者を求めて彷徨う。
すると後ろから声がした。
「お前、がしゃどくろが言ってたやつかぁ?」
振り返ると、そこには鋭い牙を持ち、人間とは思えない圧を放つ存在──
天逆毎は甚爾を見ると笑みを浮かべる。
「お前、強いんだよな?」
拳を合わせて天逆毎は甚爾を見据える。
「俺と殺し合おうぜ」
対する甚爾の顔には、
「……フッ」
笑みが浮かんだ。
ここからはほぼ戦いしか出しません。(戦闘描写難しい!)