呪霊装術   作:戦艦YAMATO

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56話 仙台結界

 

 

 

〜仙台結界(コロニー)

 

仙台結界では、東京結界のそれを遥かに凌駕し、苛烈を極めていた。

そこでは同盟はなく、拮抗した実力と錯雑した相性による三竦みの四つ巴となっている。

 

ドルゥヴ・ラクダワラ

所持得点91点

2度目の受肉、倭国大乱にて単独での列島制圧を成し遂げた宿老。自立型の2種の式神、その式神の軌跡を自らの領域とする。

 

石流龍(いしごおりりゅう)

所持得点77点

泳者一の呪力出力を持つまさに大砲。

伊達藩1の呪力出力を誇った江戸時代の術師でもある。

 

烏鷺亨子(うろたかこ)

所持得点70点

元々は藤氏の直属暗殺部隊、日月星進隊(じんげつせいしんたい)隊長。空を操る呪術師。

 

黒沐死(くろうるし)

所持得点54点

羂索によって解放された蜚蠊(ごきぶり)の特級呪霊。自らに導入条件をつけて現在は休眠している。

 

 

これによって仙台結界は拮抗していたが、その一角が堕ちた。

 

乙骨憂太

所持得点35点

百鬼夜行後、一度は特級から四級へ降格したが、たった3ヶ月で再び特級術師へと返り咲いた五条悟に次ぐ現代の異能。

 

乙骨がドルゥヴを崩したことは、式神が消えていくのを確認した烏鷺と石流もすぐに気づく、だが同時にそれは今まで活動を停止していた強者、黒沐死が動くことを示していた。

 

乙骨憂太は釘崎と三輪を連れて結界に入って以降、巻き込まれた一般人を助けながら得点を集めていた。

 

「乙骨先輩、いいですか?」

 

「うん、もう出てきて大丈夫」

 

釘崎の質問に乙骨が返事をすると、トンネルの影から巻き込まれた一般人とそれを誘導する三輪と釘崎が出てくる。

 

「このまま北上して結界の縁を目指そうか」

 

「確かにそうした方がいいわね」

 

乙骨の言葉に釘崎は肯定、だが三輪が何か言いたそうにしていた。

 

「あの、すみません乙骨さん」

 

「どうしたの?三輪さん」

 

乙骨は三輪目線の先に親子がいることに気づく。

子供が母親に抱っこをせがんでいたが、母親も赤ん坊をおんぶしているので「我慢してね」と諭すように返していた。

 

「…少し休憩しましょう」

「スタジアムは今倒した術師の縄張りだったので、まだしばらくは誰も迂闊には動かないと思います」

 

「さんせーい!」

 

「はいっ!皆さん休みましょう!」

 

乙骨の提案と2人の明るい雰囲気で場が和やかになっている時に

 

ギチチ…

ザザザザ…

 

遠くから何か音が聞こえてくる。

這いずるような何かが、複数あるような

とにかくに耳に障る音だ。

 

その正体に気がついた乙骨が瞬時に刀を抜いた。

 

「釘崎さん、三輪さん、スタジアムに走って」

 

「うそ、なんなのあれ!?」

 

「は、はい!」

 

乙骨の目の前には巨大な黒い波のようなゴキブリの集団とそれから逃げている男性がいた。

 

「(1人、まだ間に合う)」

 

乙骨は手を掴んで助けようとしたが、すぐに下半身をゴキブリに飲み込まれ、さらに上半身に移動する。

グチャ、ボギュッ、など人体からは聞きたくないような音が乙骨の耳を刺激する。

体の内側から爆発するように弾け、男性は一瞬で骨になってしまった。

さらにゴキブリはそのまま乙骨に向かうが、乙骨はすぐにガード。

だがゴキブリ一匹一匹に呪力による強化がされており、この集団での攻撃は乙骨でも脅威になると感じるほどだった。

 

するとゴキブリ達はトンネルの方に向かっているのが見える。

 

「釘崎さん!」

 

「簪!」

 

乙骨の声に応えるように、釘崎は釘をトンネルに刺して崩す。

餌が追えなくなったゴキブリはすぐに標的を変更して乙骨に向かうが、乙骨は刀に呪力を宿して放ち、全て消し去った。

 

その様子を遠くから見ていた石流と烏鷺も驚愕する。

 

「(出力はまぁまぁ、驚きべきは呪力の総量!)」

 

「(そこが見えない?ドルゥヴ殺しはマグレじゃない!)」

「(つーかやっぱ黒沐死キモッ)」

 

乙骨はすぐに目の前にいる黒い異形を確認する。

 

「コガネ、あれも泳者(プレイヤー)?」

 

「あぁ、黒沐死ってんだ!」

 

目の前の異形、黒沐死はドルゥヴと相性が悪いと見ると、ドルゥヴの結果内での生存を休眠導入条件として眠っていた。

無限の食欲を持ち、食べただけ単為生殖を行う黒沐死の覚醒直後の飢餓状態。

黒沐死は食事を妨げる乙骨を本能のまま貪り食うことを決めていた。

 

乙骨は黒沐死と対面し、警戒しながらも別の問題を考えていた。

物資が有限な以上結界の出入りを可能にするルールを追加しなければならない。

だが黒沐死やドルゥヴのように広範囲で無差別に人間を襲う泳者を結界の外に出してはいけない。

さらにこのような泳者は他の結界にもいるかもしれない。そのためにも結界どうしの連絡手段の確立は不可欠。

伏黒の提示したルール追加を含めて四つのルール追加を行わなければならない。

だがみんなは渋谷で消耗している。

いつも頼れる五条達もいない。

 

乙骨憂太はほんの一瞬だけ立ち止まる。

足を止めた理由は自分でもよくわかっていた。

ここまで来て、改めて理解してしまったのだ。

 

——頼れる人がいない。

 

頭の中に浮かんだのは、いつもなら当然のように余裕そうな笑みを浮かべる存在だった。

飄々と笑いながら「大丈夫でしょ」と言う術師。

「無理はしないほうがいいよ」と言って丁寧に教えてくれる術師。

みんなから慕われて、「別に頼ってもいいぞ。お前は学生なんだからな」と言って、乙骨自身もその強さを信じている術師

どんな前線でも、どんな状況でも、全部ねじ伏せるはずだった“あの人たち”。

 

けれど今、その誰もがここにはいない。

 

封印。

重傷。

 

言葉にすれば簡単だが、その事実は重く、冷たく、容赦なく胸に沈んだ。

 

乙骨は無意識に刀を握る力が強まる。

指先に力が入る感触だけが今の自分が現実に立っている証だった。

視線を少し後ろのスタジアムにやる。

そこには三輪がいて、釘崎がいて、さらに呪術の基礎すら知らない人々がいる。

 

——守る側だ。

 

その自覚は、ある種の悟りに近かった。

誰かが決断しなければならない。

誰かが危険を引き受けなければならない。

 

そして、今それが「自分」なのだと。

 

乙骨は静かに息を吐いた。

恐怖がないわけじゃない。

けれど不思議と迷いはなかった。

これ以上、仲間を削らせないために。

 

なら、方法は一つしかない。

 

点数。

この狂ったゲームを動かすために、事態を好転させるために必要な数字。

乙骨は自分の胸の奥に沈む覚悟を、そっと確認するように呟く。

 

「……400点」

 

それは誰かに向けた言葉ではなかった。

自分自身に言い聞かせるための、短い宣言だった。

 

自分ひとりで、この結界を制圧する。

 

その決意に、悲壮感はない。

 

──乙骨は400点を全て自分1人で取ろうと決心した。

 

乙骨が刀を構えると、黒沐死は自身の体から歪な形の武器を取り出す。

 

爛生刀(らんしょうとう)

生と死の混雑する魔剣。

 

黒沐死は爛生刀を振り上げると、乙骨は瞬時にその腕を切り落とし、刀で刺して固定。

そのまま黒沐死を殴り飛ばす。黒沐死が羽を生やして飛び立つ瞬間に切り込むが、黒沐死もガードして難を逃れる。

 

乙骨は戦いながらも第三者達の視線に気づいていた。

 

「(見られている…おそらく得点の高い泳者2人)」

 

乙骨はできるだけ自分の手札を相手に知られてはならないと判断、反転術式と「リカ」を使わずに黒沐死を祓おうとしている。

 

「何故?邪魔ヲスル?」

「何故我々ヲ殺ス?」

 

黒沐死の問いに乙骨も返す。

 

「それはこっちが聞きたい」

 

「……私ハ鉄ノ味ガ好キダッ」

 

黒沐死は掌印と共に唱え始める。

 

(くらい)(くらい)(くらい)

土虫蠕定(どちゅうぜんじょう)

 

黒沐死の左右に式神が2体現れた。

 

 

式神が迫ってくる中、乙骨は一体を掴んで叫ぶ。

 

「釘崎さん!」

 

するといつのまにか現れた釘崎が、飛んできた式神を足で踏みつけて固定、釘を差し込んだ。

 

「了解!【共鳴り!】」

 

釘崎が共鳴りを放つと、黒沐死にダメージが行った。

 

「!?」

 

黒沐死は何が起きたか理解できなかったが、すぐに釘崎が原因だと予測して釘崎に視線を向けたその時

 

──「もらったよ」

 

乙骨が刀に呪力を込めて一気に放ち、黒沐死は消し飛ばされた。

釘崎もその威力に驚くしかなかった。

 

「やばいわね(さすがは特級、京都校が負けるわけね)」

 

安堵したのも束の間また新たな脅威が乙骨に向けられる。

 

【グラニテブラスト】

 

凄まじい呪力の放出が乙骨を襲った。

 

景色は瓦礫となり、文字通り抉られた破壊痕が目立つ光景となる。

そんな光景をにこやかに見つめるこの景色の原因、石流。

 

「あんなの見せられちゃあ、俺だって腹が減るぜ」

 

さらに石流の笑みが深くなる要因が起こる。

先程の攻撃でも全く衰えることがない乙骨が真っ直ぐに石流に向かっていたのだ。

 

「!(俺を相手に真っ正面から突っ込むのか!?)」

「sweet!いいぜ乙骨!」

 

石流はポンパドールヘアからさらに呪力を拡散させるように撃つ。

 

いくつか回避する乙骨だが、誘導弾のように襲ってくる呪力をうまく回避してまっすぐ向かう。

だが上からも来ており、乙骨のいた場所は吹き飛ばされた。

 

「…おいおい、ガッカリさせんなよ」

 

少し残念そうな声を出す石流れだが、すぐに乙骨がやられてないと気づく、それと同時に乙骨が石流のそばまで来ていた。

乙骨は肘打ちをかますが、石流は難なくガードする。

 

「もう少しコンパクトに戦ってください」

 

「それで腹一杯になんのか?乙骨」

 

石流は手に残る痛みにニヤッと笑いながら続ける。

 

「お前はご馳走を前にしたガキに、ゆっくり落ち着いて食べなさい。って言うのか?」

 

至極当然の問いに乙骨も即答する。

 

「言うんじゃないですか?」

 

「そうだな、これは割と言うな。例えが悪かった」

 

そう言いながら石流はタバコの火をつける。

 

「俺の1度目の人生は“腹八分目”ってとこだった」

「骨のある奴とも戦ったし、いい女にも巡り合った」

「だが……悔いが残るかって言われたら、『そうだ』と答えるな」

「俺は自分の人生にデザートがないことに気がついたんだ。特に人生の最後にそれはより実感したぜ」

「ある日デザートになりそうなやつが久保田藩にいてな、そいつと御前試合みたいな形で勝負する予定だったんだが」

「──そいつは突如行方をくらましちまったんだよ」

 

一度タバコを指に挟め、ため息と共に大きく煙を吐き出す。

 

「確か八郎太郎(はちろうたろう)って名前だったな……」

「仕方ねぇから他に相手になりそうな奴はいないかと思ってたら、すぐにそういうのが来たんだ。

“雪山にいる呪霊を祓って欲しい”ってね」

「それが1度目の人生での最後になったんだ」

 

石流は懐かしむような、寂しいような笑みを浮かべ、タバコを吸う。

 

「いい女だったぜぇ。体が凍りつくような冷たい瞳で俺を一瞬見つめてきだと思ったら、興味がないようにすぐに目を離した。

技を出す前に雪崩に巻き込まれてやられちまったよ」

 

「だがあいつは残念ながら現代にいるかわからねぇ、少し探してみたがいなかったしな。

──だから乙骨」

 

タバコを地面に落として踏みつけてから、石流は乙骨を見据える。

 

「俺のデザートになってくれよ」

 

ドンッ!

 

石流が乙骨を殴ったことで、戦いのゴングは再び鳴った。

 

 

 




三輪はスタジアムで待機です!
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