呪霊装術   作:戦艦YAMATO

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kimu kimu様、誤字報告ありがとうございます


58話 確かめる雪

 

 

乙骨は即座に距離を取る。

だが澪華は石流を見ていない、否──見てはいるがそれほど興味を示していない。

 

その視線はもっと別の場所を見ていた。

 

澪華の胸の奥がわずかに疼く。

 

「(…いる)」

 

本来の目的は戦いではない。

強者との邂逅でもない。

脳裏に浮かぶのは別れ際に見た釘崎の顔。

 

胸のざわつきを、このモヤつく思いを、この不快感を、それを払拭するそのためにここへ来た。

 

そんな中、石流が一歩踏み出す。

 

「なぁ!今度こそちゃんと──」

 

澪華は、ようやく彼に視線を向けた。

 

ほんの一瞬。

氷点下の瞳。

 

「……」

 

石流の言葉が、喉で止まる。

澪華は静かに口を開く。

 

「……誰ですか?」

 

それだけ。

 

本来なら絶望か激昂するところだが、石流は嬉しそうに笑った。

 

「…流石に覚えてねぇか、まぁ名前すら名乗ってないまま終わったからな」

「だがそれでいい。俺は覚えてる」

 

拳を握り、呪力を爆発させる。

 

「今度こそ、逃がさねぇ!」

 

乙骨は歯を食いしばる。

 

「(……まずい)」

 

今目の前にいる雪女の澪華のことはわかっている。だからこそ、その強さや厄介さも知っていた。

 

空気が張りつめる。

 

石流の高揚と雪女の静寂。

 

だがそれに危機感を覚えたのは乙骨だけではない。

烏鷺もまた澪華に危機感を本能的に感じていた。

 

石流と乙骨は危険だが、まだ“理解できる暴力”だ。

だがあの呪霊は違う。

 

理解の外側にいる。

 

「揃いも揃って好き勝手やってくれるじゃない」

 

烏鷺は舌打ちし、空を踏みしめる。

 

「悪いけどね、私だって生き返るために必死なんだよ!」

 

次の瞬間、空間が歪む。

 

烏鷺の術式が発動し、不可視の歪みが澪華へと叩きつけられる。

同時に石流にも衝撃が向かう。

二人まとめて排除するつもりだった。

 

「邪魔だッ!」

 

石流も反応し、呪力を即座に放つ。

烏鷺の攻撃に重ねる形で、破壊の奔流が澪華を呑み込んだ。

建物が根こそぎ吹き飛び、地面が抉れる。

 

乙骨が息を呑む。

 

「!(回避した!)」

温度がさらに下がった。

 

吹き荒れていた粉塵が、空中で凍りつく。

爆炎の名残が白い霧へと変わり静止する。

 

その中でも平然と澪華は立っていた。

衣服に乱れはない。

髪一本、凍り付いた空気の中で微動だにしない。

 

「ふぅ……」

 

小さく息を吐く。

 

それだけで、世界が軋んだ。

 

「……なッ」

 

烏鷺の背筋に、冷たいものが走る。

 

澪華は、ゆっくりと手を上げた。

 

ただそこにある“冷気”が意思を持ったかのように周囲に氷嵐が爆発した。

 

「ぐっ!?」

 

烏鷺の身体が、空中で叩き潰されるように吹き飛ばされる。

空の感覚が消え、制御を失ったまま瓦礫へと激突した。

 

「がはッ……!」

 

ほぼ同時に、石流も弾き飛ばされる。

 

「…く、そ……!」

 

飛ばされた先で2人はの体は氷で覆われ拘束されてしまった。顔以外を凍らされて動けなくなっている状態となる。

さらに身体能力を強化しようとするが、圧倒的な“冷却”が呪力の流れそのものを鈍らせ、出力をも抑えられていた。

 

「(っ!同時に二人を……)」

 

澪華は二人が吹き飛んだ方向を一瞥することもなく、

興味なさそうに視線を伏せる。

本来ならあのまま凍らせて割るまでが澪華としても面倒ごとが増えなくていいのだが、それよりも優先すべきことがあるのでそれは後回しとしたようだ。

 

「……騒がしいですね」

 

その声には怒りも誇示もない。

ただ事実を述べただけだった。

そしてゆっくりと歩き出すした。向かう先は釘崎のいる方向。

乙骨はその背にぞくりとしたものを感じた。

 

「(目的は戦いじゃない)」

 

本気だったら澪華はさっさとこの結界を全て凍らせる勢いで攻撃してくるだろう。

だがそれをしないのは、澪華が戦いが目的ではないことを示していた。

 

乙骨はすぐに理解する。

澪華は強者と戦いに来たのではない。“何かを確かめに来ただけ”なのだと。

 

一方、釘崎は雪女の接近を真正面から受け止めていた。

逃げる判断は、最初からなかった。

 

「(……来る)」

 

足音はない。

ただ温度だけが近づいてくる。

 

澪華は釘崎のすこし手前で立ち止まった。

見下ろすでもなく、威圧するでもない。

まるで同じ高さのものを見るように視線を合わせる。

 

視線が絡む時、釘崎は唾を飲み込んだ。

 

「(なによ……この感じ)」

 

──呪霊

 

──敵

 

そう理解しているはずなのに、

それ以上に『攻撃してはいけない』という思いがあった。

澪華の瞳は、氷のように澄んでいる。

そこには敵意も殺意も、ほとんど見えない。

 

「……釘崎」

 

唐突に澪華が口を開いた。

低く静かな声だった。

 

「さきほどから、あなたのことが頭の中をよぎるんです」

 

釘崎は一歩も引かない。

 

「ふっ、なにそれ?悪いけどそういう趣味ではないのよ」

 

強がりの言葉。だが声はわずかに掠れていた。

 

澪華は気にした様子もなくさらに一歩踏み出す。

 

冷気が釘崎の肌を刺す。

 

「あなたと別れてから、私の中に澱みが残りました」

 

「……は?」

 

意味が分からない、という顔をする釘崎。

釘崎自身ももう割り切ったのだからそちらからこないでほしいという思いもあったが、どこか心の隅で気にかけている部分もあり、真っ向から否定はできなかった。

 

澪華は少しだけ首を傾げる。

 

「不快と言いますか…でも怒りでもない」

「名付けられない、よく分からない感覚です」

 

そして、ゆっくりと手を伸ばした。

乙骨が息を詰める。

 

「待っ」

 

制止の声は間に合わない。

冷たい指先が釘崎の頬に触れた。

 

「っ……!」

 

冷たい。

だが凍らせるほどではない。

生きている温度を確かめるような触れ方。

 

釘崎は歯を食いしばる。

 

「な、なに……触ってんのよ」

 

澪華は至近距離で、釘崎の顔を見つめる。

 

まるで標本を見るように、

だがどこか迷うように。

 

「……あなたが」

 

指先が、ほんのわずかに頬をなぞる。

 

「消えれば」

 

釘崎の背筋が、ぞくりと震えた。

凍らされてないはずなのに体が動かない。

 

澪華は淡々と続ける。

 

「私の中の澱みは、消えるのでしょうか?」

 

——あまりにも、さらりとした声。

 

殺す。とも、消す。とも言わない。

ただ“確認”しているだけ。

だからこそ恐ろしかった。

 

「……っざけんな」

 

釘崎の声が低く震えた。

 

「人を気分転換みたいに言わないでくれる?」

 

澪華はきょとんとした表情になる。

 

「……気分転換?」

 

「そうよ」

 

釘崎は怯えを押し殺し、真っ直ぐに睨み返す。

 

「ムカつくとか、分かんないとか、そんな理由で人殺してたら」

「それ、ただの最低じゃない」

 

一瞬。

 

澪華の瞳が、ほんの僅かに揺れた。

指先が止まる。

 

「……最低」

 

その言葉を噛みしめるように繰り返す。

なぜか澪華の心の澱みが増え、不快感を覚えた。

 

「それを呪霊である私に対して言うのですか?」

 

釘崎は即答する。

 

「当たり前でしょ」

 

「……そう」

 

澪華は静かに手を離した。

頬から冷たさが消え、遅れて感覚が戻る。

釘崎は気づかないうちに息を止めていた。

 

澪華は一歩下がり目を伏せる。

 

「まだ分かりません」

 

その声は、先ほどよりわずかに小さい。

 

「消せばいいのか」

「消さなくてもいいのか」

 

そしてもう一度釘崎を見る。

 

「だから、少し試させてください」

 

釘崎は眉をひそめた。

 

「……は?」

 

その瞬間、

呪力が大きくうねった。

言葉と同時に彼女の足元から霜が走った。

 

空気が一段階冷え、同時に釘崎は本能で悟る。

 

「(っ…来る!)」

 

澪華の指先が再び持ち上がった。

今度は触れるためではない。

 

氷の粒が音もなく生まれる。

 

「もしあなたが消えたら分かるなら」

 

その刹那。

 

「させない」

 

低くはっきりした声、白い刃が釘崎と澪華の間に割り込んだ。

 

——ガキン

 

硬質な音が響き、放たれた氷塊は乙骨の刀によって真っ二つに断ち割られていた。

 

「……」

 

澪華は僅かだが、初めて明確に目を見開いた。

 

釘崎の前に立つ乙骨の背中。肩越しに迷いのない殺気。

 

「釘崎さん、下がって」

 

「……っ」

 

釘崎は一瞬、悔しそうに歯を噛みしめたが、すぐに後退する。

 

「(分かってる。今は)」

 

澪華は乙骨をまじまじと見つめた。

 

「あなた」

 

声にわずかな温度変化があるように、

 

「邪魔をするのですね」

 

「当たり前です」

 

乙骨は剣を構えたまま淡々と返す。

 

「彼女は仲間だ」

 

「……仲間」

 

その言葉を、澪華は反芻する。

次の瞬間、乙骨の足元が凍りついた。

 

「——ッ!」

 

反応は一瞬遅れたが乙骨は即座に跳躍する。

直後に地面が砕け、氷柱が突き出した。

 

「(速い…!)」

 

呪力の練り上げも殺気も最小限。

それなのにこの制圧力。

 

澪華はまるで散歩の延長のような動作で腕を振る。

空気が刃になる。

 

乙骨は空中で体勢を捻り斬撃を相殺。

衝撃が走り着地と同時に膝が沈む。

 

「……っ」

 

「本気ではありません。そうしてしまうとあなたの生死がよく確認できなくなる」

 

澪華の声は静かだった。

澪華自身も乙骨の厄介さは知っていたので、乙骨の生死を確実にするために、あえて広範囲技は使わないようにしているのだろう。

 

「ですが止められるなら、止めてください」

 

次の瞬間、乙骨の視界が白に染まる。

 

吹雪。

 

視界を奪うほどの雪嵐が局所的に発生した。

範囲の調節も巧みなもので、乙骨と釘崎のいる方にしか吹雪は発生していない。

 

「……!」

 

「(釘崎さんの位置——)」

 

乙骨は即座にリカを呼び寄せ、リカは乙骨を守ろうと盾になるように立ちはだかる。

 

氷の刃が何度もリカを叩く。

 

ガガガガガッ——!

 

吹雪の中心で、

澪華はリカの後ろにいる乙骨を正面から見据えていた。

 

「あなたは強い」

 

ほんの少しだけ声が柔らぐ。

 

「だから邪魔です」

 

次の攻撃は先程よりも鋭かった。

 

氷の槍が一直線に乙骨の胸元を狙う。

 

今度は乙骨が躊躇なく踏み込んだ。

 

「っ!」

 

刀に呪力を最大限込め、真正面から叩き落とす。

 

衝撃で地面が割れ氷が砕け散る。

 

「…!」

 

澪華はここにきて初めて後退した。

 

ほんの半歩の後退。

 

だがそれだけでこのやり取りが“確かめ”から“戦闘”に移行したことを全員が理解する。

 

乙骨は息を整えながら低く告げる。

 

「……これ以上、釘崎さんに手を出すなら」

「──本気で相手します」

 

澪華は、乙骨を見つめる。

 

そしてふと。

 

釘崎の方へもう一度視線を向けた。

その表情は相変わらず無表情だがどこか迷いが滲んでいた。

 

澪華達が睨み合うそんな中、氷によって拘束されていた石流も動き出す。

腕も脚も胸元までもが完全に凍結され、

まるで氷像のように地面へと縫い止められている。

だがそんなことは気にしないかのように笑っていた。

 

「ははははは……!」

 

凍っていない唯一の部位である顔から漏れる笑い声。

 

「甘いぜ……それでこそだ!」

 

ドンッ!!

 

鈍くしかし圧倒的な衝撃。

 

石流は呪力を上に撃ち込んだ。

 

【グラニテブラスト】

 

呪力は上から下へ一気に急降下し、石流に当たる。

氷が悲鳴を上げて砕け散る。

 

ガシャァンッ!!

 

氷片が宙を舞い、白い粉雪のように散る中、石流の姿が現れた。

 

「ぐ……っ!」

 

肩口に氷が食い込み、自分の技による傷もでき、血が滲んでいる。

 

だがその顔は満面の笑み。

 

「最高だっ!」

 

息を荒くしながら、拳を握り締める。

 

「やっとだ……やっと満足できる!」

 

石流は、澪華を真正面から睨みつけた。

 

「なぁそうだろ!」

 

呪力がポンパドールから噴き上がる。

 

「今度は逃げんなよ!」

 

砲撃。

 

氷の嵐を貫くように、圧縮された呪力弾が一直線に澪華へと放たれた。

 

乙骨の瞳が見開かれる。

 

「……っ!」

 

「(巻き込まれる!)」

 

「乙骨先輩!」

 

釘崎の声。

 

乙骨は瞬時に判断し横へ跳ぶ。

直後地面が抉れ、氷と瓦礫が吹き飛ぶ。

 

澪華は砲撃の直撃地点にいた。

 

だが。

 

「……」

 

彼女の前に、氷の分厚い壁が展開されている。

ヒビが入りボロボロで、砲撃を受け止めた後、すぐに氷壁が砕け散るが澪華はまだ無事だった。

 

「なるほど」

 

澪華は初めて石流を“敵”として認識した。

 

「あなたは危険です」

 

「褒め言葉だな!」

 

石流はさらに呪力を練る。

 

「だがよ、ここまできたら俺は一人じゃ満足しねぇ!」

 

視線が乙骨へと向く。

 

「乙骨!邪魔すんなよ!」

 

「するに決まってます!」

 

乙骨も剣を構え直す。

 

「(澪華を止める、石流を止める。だけど同時は無理)」

 

リカと二手に分かれると言う選択もあるが、この2人は中途半端な力で止められるほどの存在ではない。

だが考える暇はなかった。

 

澪華が静かに一歩踏み出す。

 

その足元から氷が波紋のように広がった。

 

「まとめて静かにしてください」

 

空気が凍りつく。

三者の呪力が、同時にぶつかり合う。

 

衝撃波が、結界内を震わせる。

 

瓦礫が宙を舞い、視界が白と灰色に染まる。

 

「……っ」

 

乙骨は歯を食いしばる。

 

「(このままじゃ)」

 

守るべき釘崎がいる。

止めるべき澪華がいる。

そして、暴れ続ける石流。

 

誰かが一瞬でも判断を誤ればこの戦場は即座に崩壊する。

澪華の視線が再び釘崎へと向いた。

その瞬間を乙骨は見逃さない。

 

「来る!」

 

剣を構え前へ。

 

石流も同時に踏み込む。

 

「どっちが先に満足させられるか。勝負だぁ!」

 

吹雪と砲撃と斬撃が交錯し、

 

仙台結界は完全に“地獄”へと変貌した。

 

爆風が戦場を引き裂き、石流の放った呪力弾が乙骨の斬撃と正面衝突し、相殺しきれなかった余剰の呪力が歪な軌道を描く。

 

「……しまった!」

 

乙骨が気づいた時には遅かった。

 

弾かれた呪力の奔流は戦場の外縁、釘崎の立つ瓦礫の影へと向かっていた。

 

「釘崎さん!」

 

乙骨が叫ぶ。

 

釘崎も異変に気づき、咄嗟に身構えるが距離が近すぎる。

 

「(間に合わない!)」

 

乙骨がそう思った次の瞬間。

白い影が釘崎の視界を横切った。

氷を踏み砕く乾いた音。

澪華が動いたのだ。

 

「……!」

 

釘崎の前に、すっと割り込むように立つ。

 

同時に雪女の腕が釘崎の身体を抱き寄せ、その背後に引き込んだ。

 

「え?」

 

釘崎の頬に冷たい感触。

 

次の瞬間、

 

ドォン!

 

二人の前に展開された氷壁が、直撃を受けた。

 

 

 

 

 

 

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