2018年9月
神凪はアメリカのホワイトハウスを訪れていた。
もちろん話す相手はアメリカ合衆国の大統領とそれを始めとした国のトップ層達。
「負の感情やストレス、これらが“呪力”というエネルギーとなって日本人から微弱に漏れ出ています」
「それらが蓄積されて生まれるのが“呪霊”。所謂妖怪や怪異と呼ばれるものです」
「呪力をコントロールし、皆さんが言うところの超能力を発揮する人間。それが“呪術師”です」
すると神凪のそばいた裏梅が大統領達に呪具化した眼鏡を渡す。
「非術師では呪霊だけでなく、術師が起こす超常現象も見ることができません」
そう言いながら神凪は札からムカデの呪霊を出す。
大統領達はそれを見て驚くが、すぐに エネルギー・環境次官であるサイラス・ヴェイルがみんなを落ち着かせる。
神凪はさらにメカ丸の残した映像を大統領達に見せた。
本来、呪霊や呪術はカメラにも映らないが、メカ丸の人形と視覚を共有する技術を応用すれば決してできないことではない。
そして大統領達は見た。
両面宿儺の受肉
五条悟の虚式
交流戦での呪術師同士の戦い
大統領達はまるで映画のようだと笑っていたが、サイラスは違った。
サイラスは
「呪力とはエネルギーなのです。石油天然ガスと言った化石燃料。
太陽光や地熱などの再生可能エネルギー」
「全てに取って代わる人類史上最もクリーンなエネルギー!」
サイラスの真剣な表情に大統領達も笑うことはやめて聞いている。
「特にあのサトル・ゴジョウという白髪の男。下手したら彼1人で一国の電力を賄えます」
「!、まさか冗談だろう!?」
「さらに言えば、スグル・ゲトウやセンキ・タツヤマもそうです。さらに彼らの所持している呪霊達を使えばさらなる電力供給は可能になるでしょう!」
「だからこそ、呪術師という資源をいち早く手中に収め、研究するべきなのです!」
神凪もあと一押しと感じとように口を開く。
「11月、東京は停止します。実質治外法権となった場に、呪術師が集い儀式を行う」
「どうします?大統領」
「!…まさか、呪術師を…研究サンプルとして日本国民を拉致しろというのか!?この私の権限で!」
大統領は目の前にいるサイラスや神凪が自分に求めているものを察して思わず叫んだ。
アメリカ合衆国。
世界の警察ともいわれるその国の大統領が先進国、しかも同盟相手である日本から国民を拉致したとなれば、瞬く間に問題は湯水の如く出てくる。
そんなこと許容できるはずがない。
驚いて叫んだ大統領にサイラスはさらに「研究するには多くのサンプルが必要です!」という言葉を放つ。
これによってただの拉致ではなく、人体実験という決してしてはいけないことを視野に入れた拉致をしろという意味だった。
だがサイラスも、アメリカのエネルギーや環境を考えてさらに発言する。
「いいですか大統領、これは伝染する問題なのです。しかも全世界に!
一刻でも動けば遅れをとるまいと多くの国々が動き出す!」
「やがて呪術師という限定を超え、全世界を上げた日本人狩りが始まります!」
「これは“拉致”ではなく“保護”なのです。この情報を独占し、他国が介入する前に我々の手で日本の呪術師を“保護”するのです!」
大統領はその言葉に言い返せなかった。
“拉致ではなく保護”
これは逃げの文句でもあるだろうが、今の選択を迫られている状況の中ではとてもいい提案にも思えてくる。
『あくまで自分たちは他の国よりも早く“保護”を実施して守るだけ』
そんな考えは大統領の決断を後押しする。
そして大統領はJSOC司令官の陸軍中将ギャリー・K・ジョンソンにあくまで「どれだけの人員を割くべきか?」という“質問”という形で命令した。
※
薨星宮
その中のご家庭にあるような小さな部屋に炬燵に入った九十九、天元、夜蛾学長がいた。
ストーブで沸いたお湯を自分の湯呑みに入れた夜蛾学長は九十九に質問をした。
「由基、神凪蒼真とは一体どういう人物だったんだ?」
「……学長、なんでそれを私に聞くのかな?」
「…私が教師をする時、高専の生徒名簿を一通り見た。その中に神凪の名前があったが、それと同時に神凪の唯一の同期の名前もあった」
「それが九十九由基。君だった」
「……なんだ、知ってたんだね……そこの天元に聞いたら」
九十九はあくまで自分から話したくないのか、少しめんどくさそうに天元に話を振る。
話を振られた天元は
「確かに私は少し見ていたが、別に全てを見ていたわけではない。それに言っただろう、私は人の心まではわからない。
だから君の口から“神凪蒼真”という人物を言ったほうがいいよ」
九十九に返した。
「……はぁ、仕方ないな」
そう言いながらも九十九の顔はどこか懐かしむようだった。
「強かったよ。最初から一級相当で術式も理屈も頭の回転も、家柄も、全部揃ってた」
夜蛾学長は頷く。
「資料でもそうなっている」
「資料に載ってるのは能力だけでしょ」
九十九は湯呑みを持ち上げ、湯気越しに目を細める。
「蒼真はね、“自分が特別だ”ってことを疑ったことがない人間だった」
天元が問う。
「傲慢だったということかい?」
「いや、傲慢っていうより……確信してた」
言葉を探すように九十九は天井を見上げる。
「自分は上に立つ存在で、世界を動かす側で、弱い者を守るために生まれたんじゃないって本気で信じてた」
夜蛾学長の眉が僅かに動く。
「危うい思想だな」
「危ういね。でもブレなかった」
九十九は炬燵布団をぎゅっと掴む。
「私とは真逆だったよ。私は“呪力をなくす世界”を考えてた。蒼真は“呪力を持つ者が支配する世界”を目指してた」
「ならば最初から敵対していたのではないか」
天元の問いに、九十九はゆっくり首を振る。
「違う。あいつはちゃんと笑うし、ちゃんと疲れるし、ちゃんと……隣にいた」
その言葉だけが、ほんの少し揺れる。
夜蛾は静かに言う。
「止められなかったのか?」
九十九は一瞬、目を閉じた。
薨星宮の結界が、低く脈打つ。
「……あの時は無理だったね」
きっぱりと。
「蒼真は誰かに洗脳されたわけじゃない。利用されたわけでもない。全部、自分の意思だった」
炬燵の上に置かれた湯呑みが、小さく鳴る。
「だからね。あいつは“堕ちた”んじゃない」
九十九は真っ直ぐに言った。
「最初から、あの方向に歩いてただけ」
沈黙。
遠くで何かが軋む音がする。
天元が静かに問う。
「では君は彼をどう思っている?」
九十九は少し考え、それから肩をすくめる。
「…嫌いだよ。特にあんなやり方」
一拍。
「でも、否定はしない」
夜蛾学長の声が低く落ちる。
「……何をだ」
「覚悟」
九十九の瞳が、まっすぐ前を見る。
「あいつは自分が作る世界のためなら、全部捨てた。家も、地位も、名前も……私も」
炬燵の中で拳を握る。
九十九の心にどんな想いがあるか、夜蛾学長にも、天元にもわからない。
だが九十九がこんな空気を出すのは、この2人にとっては初めてだった。
「中途半端じゃなかった」
「だからあいつの覚悟は認めてるよ」
そんな九十九を見て天元はあることを聞いた。
「寂しくはなかったのかい?」
九十九は少し眉を上げて答える。
「まぁ寂しくなかったと言えば嘘になるけど…そういうお前は分かるのか?私の気持ちが」
九十九は少し天元に投げやりになるように質問した。
天元のことをよく思ってない九十九は、「お前にわかるはずがない」と言いたいのだろう。
「……完全には分からない。だが似たような経験を私もしたよ」
「まだこんな姿になる前の話…いや、私がこの薨星宮にきて呪術界の要となる話だ。
私には忘れることのない恩人2人がいてね。」
「だからあの2人が死んだ時は……」
「へぇ、お前にもそんなことがあったんだな」
すると九十九の目は鋭くなる。
「だったらその2人が守ってくれた姿を変えて、危ないリスクを冒してまで12年前の同化を拒否したんだ?
天内理子が拒否したとしても、他にいたはずだろ」
「天内理子ほどの素質を持った子はいなかった。それに拒否というより現実を受容した。もしかしたら結界術を利用して理性を保てるかもしれないと感じてね」
すると九十九は湯呑みのお湯を一気に飲み干して声を低くして天元を睨む。
「……ふざけるなよ。子供達に勝手に業を背負わせ、利用してきたくせに、あまつさえ失敗したら「同化しなくても大丈夫でした」だ?」
「そんなことを理性と呼べるなら、私のことは大聖とでも呼んで崇めろクソジジィ!!」
「由基、少し…」
「いや、大丈夫だ」
「九十九由基、私は性別というものは無くなったが、どちらかというとクソババァの方が正しいよ」
夜蛾学長は九十九を抑えようとするが、天元が止める。
さらに、それ今いるか?という情報も教えてくれた。
「年の功やご立派な理屈で自分は悟ったつもりになってるんだろうが」
「させない、絶対にお前に楽なんてさせない」
「それが元星漿体の私の責任だ」
そう言って九十九は天元を見る。
天元も決して目を離さず、九十九を見る。
だが天元は感じた。
「もう少し、君と話していたかった」
そう言った瞬間、薨星宮の結界が崩れる。
そしてそこには神凪蒼真、否、羂索が姿を現した。
羂索は天元はどこかと周りを見ると、見知った人物を見つける。
「おや、君にはもう用も興味もないんだけどね」
羂索の視線先、脹相は羂索を見据える。
「俺は用がある。お前には殺意し湧かないからな」
そう言って睨みつけた。
ここから先は、それぞれの因縁がぶつかる戦いの始まりでもあった。
次の話は九十九と神凪の話です。