呪霊装術   作:戦艦YAMATO

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63話 血は問い、血は抗う

 

 

結界が、音もなく裂けた。

空気が変わる。

薨星宮の静謐な気配がわずかに濁る。

 

現れた男は、まるで招かれた客のように穏やかな足取りで歩み出る。

 

そんな男を脹相はじっと見つめる。

神凪蒼真の顔。

だが中身は違う。

そのことを、この場の誰よりも理解しているのは脹相だった。

胸の奥がざわつく。

血が、騒ぐ。

理屈ではない、魂に刻まれた記憶が告げている。

 

あれは加茂憲倫(かものりとし)だ。

 

「おやおや」

 

羂索は周囲を見渡し、軽く笑う。

 

「殺意しか湧かないとは……ずいぶんと物騒な歓迎だね」

「まぁいい。天元はどこだ?」

 

「あの喋る親指ならお前に会いたくないそうだ。嫌われ者だな」

 

脹相の言葉などまるで気にしていない羂索は余裕そうに見据えてくる。

 

「なるほど、君は前座というわけか。ま、せいぜい頑張りなよ」

「そんな君に一つの終わりの可能性を見せてあげよう」

 

そう言った羂索が手をかざすと、空間が変わってシアタールームへと変貌した。

天元の薨星宮の一部はもう羂索の意のままになっている。

 

脹相は警戒しながらも席に座る。

 

「ここからは神凪蒼真ではない、羂索としての話だよ」

 

シアターに映像が流れながら羂索は説明していく。

 

「私は以前から術師と並行して呪霊の可能性も考えていた」

「新しい呪力の形は呪霊をもう一段階上の存在に昇華させることで生まれるかもしれないと」

「その可能性を胸に、ずっと昔に大嶽丸にも接触したことがあるんだ。あれは呪霊の中でも突出して名実共に最強だったからね」

「まぁ、私が利用しようとしているのを即見破られて殺されかけて断念したがね……」

 

羂索は「あの時ぐらいだよ。自分がしたことに後悔したのは」と言いながら後ろの席に座っている脹相を見る。

その目には失望や呆れが混じった感情が映る。

 

「だからこそ、呪霊と人間の混血である君達に期待してたんだけど……ガッカリだ。普通すぎる」

 

その言葉に脹相は顔を歪めた。

自分が馬鹿にされたからではない、弟達にもその言葉を投げかけられていると思ったからである。

 

「次弟達に触れてみろ。この余興を待たずにお前を殺してやる」

 

羂索はため息をつきながらも前を向いて続ける。

 

「進化した天元はヒトより呪霊に近い。天元と日本の非術師の同化は、一億人の呪力を孕んだ呪霊に成ると私は見ている」

「もしくはなんらかの変化が起こるかもしれない」

「大嶽丸や両面宿儺すら超える“何か”に成るかもしれない」

 

羂索は笑みを深めた。

 

「どんな姿をしているんだろう……私は今、白い画用紙の前でクレヨンを握りしめた幼子のような心持ちだ」

 

そう言って空間を消し去った。

 

脹相は目を細めて質問する。

 

「お前は何がしたい」

 

「…今の話を理解できなかったということかな?」

 

「違う。お前をそれを成して何を得る?」

「何がお前を突き動かすかと聞いているんだ」

 

話を聞くと、羂索に何かメリットがあるとは思えない。

むしろ「一億人で孕んだの呪霊を支配して意のままに操る」と言われた方がまだ腑に落ちる。

 

 

それに対して羂索は笑って

「面白そうだからだよ。だって想像してごらん」

「一億人の呪いがあつまった呪霊がもし面白おかしい見た目だったら、笑えるだろう」

 

言い終わると同時に脹相の両掌が合わさる。

 

空気が圧縮されるような感覚。

掌の内側で血が加圧され、凝縮する。

羂索の視線が、わずかに鋭くなる。

 

次の瞬間、空気を裂く音。

 

【穿血】

 

赤い閃光が一直線に奔る。

 

薨星宮の空間を貫き、羂索の眉間を撃ち抜く……はずだった。

 

だが羂索は回避。

 

「それさえ避ければ君の術式は怖くない」

 

羂索は素直に言う。

 

「直線的だからね」

 

脹相は答えない。

 

穿血の砲身となった腕が弧を描き、赤い軌跡が空間を薙ぐ。

同時に、地面に付着した血液が隆起する。

地面を突き破り、羂索の足場を奪う。

 

だが羂索は崩れない。

札を使って滑るように距離を詰め、拳を放つ。

 

脹相の額に、縦線の紋様が浮かび上がる。

 

【赤鱗躍動】

 

血流が加速し、筋肉が軋む。

拳と拳がぶつかる。

 

衝撃が床を割り、砕く。

薨星宮が低く唸るように揺れた。

 

羂索の目が、わずかに見開かれた。

 

「……なるほど」

 

押し合いの最中、羂索の背後に浮かんでいた血の珠が弾ける。

 

【超新星】

 

脹相が自身の術式と向き合い続けて編み出したオリジナルの技。

全方位に散る赤い散弾。

 

逃げ場はない。

 

羂索は札から呪霊を出して盾にした。

 

脹相は即座に距離を縮めて殴りかかる。

 

拳の内で血液が凝固し、硬質な弾丸となる。

 

至近距離で撃ち出す。鈍い衝撃音が鳴る。

羂索の身体が後方へ弾かれ、壁へ叩きつけられる。

結界が震えた。

 

だが壁に叩きつけられた羂索の体は札となって消えた。

目を見開く脹相はすぐにこれは分身だったと察した時には、後ろから呪霊の大軍によって壁に叩きつけられた。

 

静寂。

 

脹相はゆっくりと立ち上がり、口元の血を拭った。

 

「どうだい?分身はいいよね」

「それに低級呪霊の群れでも、なかなか効くだろう」

 

脹相を見る羂索のその笑みは崩れない。

そんな羂索の言葉に答えることもできない脹相は1人考えていた。

 

「(俺は…兄失格だ)」

「(弟達を守り、背負い、手本になる)」

「(それがお兄ちゃんだ)」

 

脹相は奥歯を噛み締める。

自分は兄として、一番最初に生まれてきた長男だったはずだ。

だが結果はどうだ。

自分の選択で弟達が争うことになり、自分の選択で弟を2人失った。

その原因の男は倒れた自分の目の前で笑みを浮かべている。

 

「(弟達を争わせ、俺と悠仁を戦わせ、俺たち兄弟を利用してきたクソみたいな親に一撃も入れられてない)」

「(だが…)」

 

床に倒れていた脹相は起き上がって羂索を睨む。

 

「(これ以上、俺の弟に手出しはさせない!)」

「九相図兄弟ぃぃぃぃ」

 

「ファイヤー!!」

 

脹相が叫ぶ。

血が巡る赤鱗躍動。

 

心拍が跳ね上がり、血中成分が変質する。

筋繊維が膨張し、沈みかけた膝を無理やり押し返す。

そして脹相の背中を弟達が押してくれた。

 

「「「頑張れ」」」

 

涙を堪えながら掌を合わせて、穿血が放たれる。

 

「穿血は初速がトップスピード。それさえかわせばどう軌道を修正しようとも怖くはない」

 

羂索は話しながら回避していく。

だが放たれた穿血はまるで意志を持ったかのように羂索を追尾する。

 

「(壊相のように優雅に)」

 

翅王(しおう)

 

「所詮は真似事」

 

脹相の接近にも難なく対処していく羂索。

さらに札を使って鉄の刃と風を起こして脹相を刺し飛ばす。

 

「追尾を増やしたところで穿血ほどの速度のない技。それに君の血の毒は親の私には効かない」

「今の一連、意味あった?」

 

羂索の問いかけにも答えず、脹相は拳を握りしめる。

 

「(血塗のように自由に)」ブチブチッ

 

脹相の手はちぎれ、まるで鞭のように伸びる。

千切れた手と腕を合わせるのは自身の血で、そのまま羂索を掴んで地面に叩きつける。

 

「悠仁のように」

 

脹相は瞬時に羂索の上で拳を振り下ろす。

 

「パワフルに!」

 

だが羂索は札で結界を作って防いだ。

 

「終わり?」

 

羂索の問いかけに笑って答える脹相。

 

「どうでしょう?」

 

さらに血が脹相から出て羂索を追いかける。

 

羂索は、またお粗末のことをしている。と思ってさっきのように回避しようと動いた。

 

「(追尾するそれは圧縮した血液をお前の近くに運ぶための、運河だ)」

 

羂索の目の前に血の塊が運ばれてきた。

 

「【超新星】」

 

ここで決まる。

そう思われた時、

 

ズンっ!

 

音ではなかった。

空気そのものが沈んだような感覚。

放たれたはずの超新星が、目に見えない何かに押し潰される。

赤い散弾は空中で止まり、

次の瞬間、地面へと叩き落とされた。

超新星は全て“なくなった”

 

「(不発?……違う!全方位の散弾を落とされた!)」

 

羂索のわずかな「クソ」と言うのを脹相は聞き逃さなかった。

これによって脹相は確信する。

 

「使ったな!操符呪法以外の何かを!」

 

その瞬間──

 

「私は一人っ子だけどさぁ」

 

空間が割れる。

そこから現れたのは

 

「最高だぜ、お兄ちゃん」

 

笑って立っている一張羅の九十九由基だった。

 

 

 

 

 

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