〜東京第一結界のとあるホテル〜
伏黒が目を覚ますと、来栖は微笑みながら挨拶をしてくる。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「運命の「恵大丈夫?」…っ…」
来栖の言葉を遮るように美々子が伏黒の前に出てきて声をかける。
まるで来栖に伏黒を見せないためであり、伏黒に来栖を見せないための壁となっているようだ。
「もう2日くらい寝てたから心配したんだよ」
「まぁ津美紀さんのこととか、渋谷のこととかで相当疲れてたんじゃない?」
菜々子も横から声をかけてくる。
「お、伏黒おはよう」
そこへバスローブを着た虎杖も加わる。
その手には大きめのワイングラスにジュースを入れている。
人生初のバスローブでテンションが上がっているようだ。
「おー起きたか少年!腹減ってるか?かっぱらってきたぞ」
夜に似合わない甲高い声の高羽と
「なんともなさそうですね。とりあえず何か口にしたほうがいい」
落ち着いた声の七海がコンビニ袋を持って帰ってきていた。
「やはり電気は通っているようですね。おかげで結界内で過ごすのには困ることはありません」
「虎杖君達も、休める時に休んだほうがいい」
結界内は一応電気は通っている。
地震でもないので取り残された人たちのことを考えて電力供給はストップしていないのが幸いだった。
とりあえず一同は落ち着いて状況整理をしようと各々座る。
「まず伏黒、秤先輩が100点取った。それに乙骨先輩190点。来栖の14点と合わせて合計304点」
「とりあえずは、津美紀の姉ちゃん助かるぞ!」
その言葉に伏黒は目を瞑る。
安心したような、まだやることはあるような、瞼の奥にはそんな考えがあるのだろう。
「…いや待て、来栖の点を使っていいのか?」
伏黒の質問に来栖はにこやかに答えた。
「私は特に必要ないですから。ぜひ役立ててください」
そう言いながらほんの一瞬、菜々子と美々子を見てドヤる。
「「(むかつくなぁこの女)」」
「来栖さんに聞きたいことは他にもあります」
七海は眼鏡を上げながら問いかける。
「私たちは天使と呼ばれる泳者を捜しています」
「あなたは“天使”なのですか?」
「だとしたらなぜ私たちを助けるのか?」
七海の質問に
「天使は私だよ」
この部屋にはいない声が答えた。
「ここから失礼するよ」
よく見ると来栖の頬に口が現れた。
宿儺が虎杖を介して喋るのと同じようなことが起きていた。
「まず君を助けた理由だが、華は君を以前「あぁーーー!」…」
天使が答えようとした時、来栖が遮った。
「困っている人を助けない理由があって?」
「「良いやつだなー」」
来栖の解答に虎杖と高羽はすぐに納得、七海と伏黒も害はないので追求することはしない。
だが菜々子と美々子は察していた。
この女は絶対に恵に気があるのだと、そして渡してなるものかと改めて決心する。
「では、あなたは一体どういう目的でこの結界に?」
「私の目的は受肉した泳者の一掃だ」
「彼らの多くは受肉の過程で器の自我を殺し沈めている」
「故意にしろ無意識にしろね」
「あってはならないことだ。神の断りに反する」
「だから私自身は華と共生という手段をとった」
「天使の術式を使えば、受肉した泳者を受肉前に戻すことはできないのか?」
「無理とは断言できないが、九割九分死ぬ。受肉とは呪物と肉体の融合でもあるからね」
「まだ完全に受肉してないならまだしも、受肉が完了した後だと都合よく片方だけを引き剥がすのは難しい」
「元に戻したい人でもいるんですか?」
華の質問に伏黒は答える。
「いや、それに関しては問題ない。ただ聞いただけだ」
「天使に解いてほしいのは獄門疆と天岩戸と呼ばれる二つの特級呪物の封印だ」
「成程、呪物の封印ならば可能だろう」
天使の言葉に一同は安堵した。
これでまた一歩、いや、だいぶ解決への道が近くなる。
順調すぎて怖いくらいだが、呪物の封印が解けば一気に情勢はこちらに傾くだろう。
「だがその前にこちらに協力してもらう」
「獄門疆の封印を解くのはこれからだ」
天使の言葉に伏黒は少し怪訝な顔をして
「まさか受肉した泳者を全員殺すのを手伝えと?」
「いや、そこまでがめつくはないさ。1人だけ受肉した泳者の中になんとしても屠りたい者がいる」
「それは誰ですか?」
「“堕天”。この泳者を殺すことができれば君達への協力は惜しまないことを約束しよう」
その瞬間、虎杖の視界が変わった。
そこは今1番着たくない場所で、目の前には1番見たくない面があった。
「なんだよ。俺はてめぇの面見てるだけで胸糞悪いんだ」
「クックッ、馬鹿が口を滑らせる前に教えてやろうと思ってな」
珍しく何かを教えてくれるという宿儺に対して虎杖は首を傾げた。
「──堕天は俺だ」
「……は?」
虎杖はその言葉に一瞬理解ができなくなったが伏黒が自分を呼ぶ声で意識が戻る。
「虎杖?」
「!」
「どうした?」
「……ちょっと具合悪いかも…」
か細い声でなんとか誤魔化す。
「来栖、横になりたいからそこ譲ってくれない?」
「いいですよ」
来栖は虎杖にソファを譲り、伏黒の目の前に座る。
「♫〜」
小さな丸テーブルの向かいに伏黒がいるのを見て楽しそうな来栖だが、伏黒の前の左右に菜々子と美々子が陣取って視界を遮る。
「「……」」
ものすごい敵を見る目で見つめる2人に来栖も「邪魔をするな」と言うように睨みつけた。
そんな視線を気にしない菜々子と美々子は無言のまま、伏黒との間に割り込む形になる。
違和感のないよう、自然と来栖の視界に伏黒が全て写さないように
来栖は一瞬だけ視線を横に流し、二人を見る。
微笑みは崩さない。
だが
「(邪魔ですね)」
空気がわずかに軋んだ。
「……」
美々子の視線が鋭くなる。
「(そっちこそ何のつもり?)」
菜々子も一歩も引かない。
「(恵に近づきすぎ)」
来栖は小さく首を傾げる。
「(心配しているだけですが?)」
「(それともなにか困りますか?)」
ピリ、と空気が張り詰める。
「(は?)」
「(調子乗ってんじゃないよ)」
二人の圧が明確に強まる。
それでも来栖はただ穏やかに笑ったまま。
「(大丈夫ですよ)」
「(あなた達がいなくても、私がいますから)」
一瞬。
完全に空気が凍る。
「「「……」」」
伏黒はその異様な沈黙に眉をひそめた。
「なんだ?」
「「別に」」
「何もありませんよ」
3人の声がほぼ同時に重なった。
一方、3人が陰ながらばちばちとやり合っている中、来栖の視界が自分に向いていないことを確認した虎杖は急にジェスチャーを始める。
“堕天” “俺の中!” “宿儺!!”
伏黒と七海はそれを確認すると
「(分からん)」
伏黒は理解でなかった、、、
「伏黒君、おそらくですが」
何かを察した七海が、伏黒にボソボソと話しかけた。
そして伏黒も七海の言葉を聞いて察した。
「(堕天は宿儺か!?つまり天使の標的は虎杖)」
「(また問題にぶち当たったな。だが一番の問題は、天使が封印を解く条件は堕天を殺してからじゃない。
問題は虎杖が自らの命を投げ出すことだ……)」
伏黒は問題に対して眉を顰めたが、虎杖は覚悟を決めている。
「(死んでやるよ。俺が死んで半分以上の宿儺が消えて、五条先生と千鬼先生が復活する)」
「(安いもんだ)」
2人の考えが交差している時、天使が静かに喋り出した。
「…妙だな。すごい数の人間が結界に侵入している」
「分かるのか?」
「私じゃない。コガネ」
「はい」
「10分前から増加した泳者の数を出してくれ」
コガネのお腹にメーターのようなカウントが出される。
500
600
700
800
まだ増えていた。
「これどうなってんの?」
「何か悪い予感しかしませんね」
虎杖の呟きと七海のため息と一緒に出てくる懸念が当たろうとしていた。
※
夜の結界に内に輸送トラックやハンヴィー、チヌークなどの姿が現れる。
米軍のものだ。
コガネが一人一人に声をかけていくが、誰も返答しない。
死滅回游の結界侵入時の転送はコガネの問いかけに応答しなければ起こらない。
これによって米軍は問題なく結界内に入ることができた。ただ泳者としては登録される。
米軍は到着してすぐに、各隊で結界内の術師の“生捕り”を開始した。
※
「おそらく羂索の狙いは呪霊による非術師の一方的な大量虐殺だ」
虎杖達はホテルの階段を急いで降りながらこの事態の整理をしていた。
「なんで!?」
「死滅回游の泳者の呪力によって結界が満ち切らなかった時の保険だな」
「だとしても1000人単位の一般人がどうして結界に押し寄せる!?」
「俺のせいかもな」
高羽の言葉に一同はギョッとするが、
「俺の人気が人々を狂わせる」
その発言に内心大きなため息をついた。
今はそういう本気か冗談か分からないことを言わないでほしい。
そう言いたいが言わないようにする。
「こういう時はふざけない方がいいよ」
虎杖は普通に言った。
ある意味感心できる性格である。
だがホテルのロビーに来たところで、物陰から何かを投げられる。
虎杖はすぐさま蹴って天井にぶつかり、爆発した。
さらにそれを合図かのように武装した集団が銃を虎杖達に向けていた。
「(自衛隊じゃない!何が目的だ?)」
「(保護?でも今のはスタングレネード)」
伏黒が考えている間に発砲してくる武装集団。
一瞬で保護の線は消える。
まるで躊躇がない。
「直接聞くしかねぇな」
伏黒は鵺を出して武装集団を攻撃させる。
集団は鵺が見えないのか、簡単に攻撃が当たって行動不能となった。
そしてなんとか意識があるやつを見つけて問い詰める。
「詳しくはしらねぇよ。俺は末端も末端だ」
「お前らが使う呪力とやらを代替エネルギーとして研究することになったらしい」
「米軍らしいけど、日本人だぞ」
「現地のガイドですよ。要は裏切り者です」
来栖の言葉に高羽はすぐに男の胸ぐらを掴んで
「この売国奴!」
と叫んだ。
「売国奴って言ってみたかったんですね。黙っててください」
来栖はみんなの言葉を代弁するように高羽に言う。
だがこの米軍の言葉で、謎の非術師集団は国の軍隊だと言うことがわかった。
羂索は新エネルギーを餌に招き入れた非術師を呪霊の餌にすることも。
すると男の無線がなった。
「助けてくれ!化け物…化け物がいる!」
「なんだこいつ!?硬いぞ!誰かロケットランチャーとか持ってないのか!」
「何人もやられて『ブツッ!』……」
無線で何人もの米軍が助けを求めていた。
しかもただことではない。呪霊に襲われているんだと予測したが、それ以上に一度に何人もの軍人が無線を使っていることから、同じ場所で“何か”が起きたことが分かる。
無線が聞こえると同時に、巨大な呪力が動いたのを確認したのだ。
虎杖達は急いでその方向に向かうことにした。
※
これは米軍が東京第一結界に来る日の昼の出来事。
虎杖達がホテルで休憩している時に、結界内では動きがあった。
「ダーリン大丈夫?」
「あんのガキ、人の頭を…絶対に許さんでぇ!」
高めのビルの屋上付近で、羽場と羽生がいた。
虎杖に返り討ちにあったが、なんとか命は助かって傷も回復してきたところだった。
「今度あったらタダじゃおかん!」
「そうね。でも今はもう少し狩りを続けましょ」
憤る羽場を諫めた羽生は空の上に何かが降ってくるのが見える。
「噂をすれば…行ってくるわダーリン」
「気をつけてな」
羽生は頭部をジェットに変えてすぐさま目標に飛んでいく。
今度は落ちてきたところではなく、落ちてくる瞬間に狩ると言う作戦に出ていた。
相手に考える暇を与えない。
そう思って羽生は高く飛び上がる。
そして影しか見えなかった目標がやっとはっきりと視認できるようになった時
「っ…!」
無意識に止まって無線を手に取っていた。
羽生から無線が来たので羽場はすぐに出る。
「ダーリン大変よ!今すぐn『グシャ』……」
「…おい、どうしたんやハニー!」
羽場は何度も無線を繋げようとするが繋がらない。
原因は確実に空の上の“あれ”だと分かる。
羽場は怒り、すぐにプロペラを回転させて落ちてくる影に迫った。
「コラァ!人の女に何しとん……じゃ……」
勢いよく迫った羽場だが、途中でその勢いは失った。
視認できるくらいまでの距離で見えた相手が、あまりにも予想外だったからだ。
「な!…なんじゃこいつは『グシャ』…」
「5点が追加されました」
※
羽場が死んでから“それ”が降り立ち、少し時間が経過した時のある場所では
「はぁ、はぁ…これは……参ったね」
血を吐きながらレジィ・スターが自嘲気味に呟く。
目の前には上半身が潰された針の死体。
さらに黄櫨が必死に攻撃しているが、“それ”に効いている様子は全くない。
麗美は物陰で恐怖で腰を抜かしてしまい、ただ震えてる涙を流しているだけだった。
レジィも“それ”をみた時は、厄介ごとになる前に潰そうとしたが、結果は見ての通り返り討ち。
再契象でトラックを何台ぶつけても、二階建ての家を上から落としても祓うことができなかった。
むしろそれで怒りを買ったのか、横薙ぎに巨大な腕を振るわれて一撃でレジィは壁に叩きつけられて戦闘不能になった。
「本当にこんな化け物が結界に入ってくるなんて…羂索の爆弾かぁ?」
レジィが独り言を言っている間でも、黄櫨は必死に目や歯を何度も打ち出して攻撃していくが、何十発当たろうとも、どんな爆発だろうとも動ずることもない相手に劣勢だった。
「くそ!なんなんだよこいつ!」
「硬すぎだろ!少しはヒビが入るくらいはしろよ!」
そう言っている間に、黄櫨は巨大な手に捕まってしまう。
「離しやがれ!」
自分の歯や目を必死に取って自分を捕まえている手を破壊しようと爆発させる。
爆発の余波が自分に来ようとも気にせず続けるが、“そいつ”は黄櫨を掴んでいる手を地面に向かって思いっきり振った。
「っ!(ちくしょう)」
グシャァ!
コンクリートに血や肉が広がる。
「ひっ…いやぁぁぁぁあ!」
あまりの光景に麗美が恐怖で叫んで手で這いつくばってでも逃げようと必死になった。
「……お前は、なんなんだよ…」
「一体何がしたいんだい?」
まるで死ぬ前に知っておきたいと思ったのか、レジィは目の前の恐怖に質問をした。
「……それは分からん。お前達が攻撃してきたから反撃したのであって、元々お前達を潰そうと動いていたわけではない……」
「自分が何をしたいのかを見つけるために、ここに来たのかもしれない」
目の前の異形から発せられる意外な答えに、レジィは目を見開いたがすぐに笑った。
「なるほど…どうやら、踏まなくてもいい虎の尾を踏んでしまったわけか……」
「今の状況では、そう言うことになるな」
異形は拳を握り、トドメとしてレジィに向けた。
「呪術師は、こうなるのもあるよね」
………
「5点が追加されました」
※
〜その日の夜〜
米軍が結界を越えた瞬間、空気がわずかに重くなった。
各々車やヘリから降りて、周りの状況を確認していざ呪術師を捕獲しようと動こうとした時だった。
「状況報告。」
「異常なし。」
「視界良好、熱源反応なし。」
整然とした足音が無人の東京を打つ。
その中で、一人の兵士が足を止めた。
「……なんだ、あれ」
かすれた声だった。
「どうした」
「前方の高層ビルの向こう……巨大な、骸骨……」
周囲の兵士たちが反射的に銃を構える。
「目標を示せ。」
兵士は震える指で空を指した。
「そこだ!見えないのか!?20mはある!」
全員がスコープを覗く。
だが──
「何もいない。」
「サーモ、クリア。」
「空からの映像にも反応なし。」
静まり返る通信。
だが地上にいる軍人の1人はまだ騒いでいた。
「幻覚だ。落ち着け。」
「違う!本当にいるんだ!今動いた!」
兵士の視界には、はっきりと見えていた。
無数の骨が絡み合ってできた巨体。
肋骨が空を裂き、長い腕がビルの側面をなぞる。
空洞の眼窩の中にある紫の光が、こちらを向いた。
「お前達は……何をしに来た?」
がしゃどくろ
得点31点
変更00回
滞留結界 東京第一
「華、そう言うことははっきりと伝えたほうがいいぞ」
「私は言葉の所々にそう言うニュアンスを入れているんです」
「恋敵は多いようだが?」
「……」