がしゃどくろが動き、遠くのビルの壁面が内側から押し潰されたかのように砕けた。
轟音が街に響く。
「接触か!?」
「どこだ!?どこからだ!?」
兵士たちは混乱しながらも隊形を維持する。
だが、彼らのほとんどの目には何も映らない。
ただ分かるのは、建物が崩れて地面が軋むだけ。
見えている少数の兵士だけが、呼吸を荒くする。
「目の前だ……目の前にいる……」
巨大な骸骨はゆっくりと一歩踏み出した。
アスファルトが沈む。
だがそれは誰の視界にも映らない。
見える者と見えない者。
兵士達は同じ場所に立ちながら、まったく違う戦場に立っていた。
街の上空を覆うように、巨大な骸骨は静かに近づいてくる。
がしゃどくろは眼窩の奥の淡い紫の光を揺らす。
「お前達は異国の人間か?」
低く、軋むような声が響く。
骨と骨が擦れ合う音と共に、空気そのものが震えた。
がしゃどくろも、普段見ないような人間達がいるのを不思議に思って、純粋に聞くことにする。
「何をしに来た。」
だが、がしゃどくろの質問に答える者はいない。
「……何か言ったか?」
「いや、何も聞こえない。」
それはほとんどの兵士には届いていないから。
聞こえているのは一握りだけ。
呪い見ることができる者、そしてここにきて見えるようになってしまった者が、がしゃどくろの言葉を聞けた。
その一人が蒼白な顔で前を見つめている。
「喋ってる…あの骸骨、喋ってる……」
「落ち着け。何が見えている。」
「目の前だ……目の前に」
がしゃどくろの巨大な頭蓋がゆっくりと傾く。
眼窩が、まっすぐ兵士を見下ろす。
骨の顎がわずかに開いた。
その瞬間。
兵士の理性が切れた。
「う、うわぁぁぁぁ!」
ダンッ!
見えていた兵士の1人が撃ってしまった。
兵士からすれば、見たことないような巨大な化け物がこちらを見て、しかも喋ってきている。
恐怖心で撃ってしまうのも分からなくもないが、これが合図となってしまった。
「なるほど…敵か……」
「撃てッ!」
乾いた銃声が、静寂を裂く。
放たれた弾丸は、確かに“何か”に命中した。
火花が散る。
見えない空間で、硬質な音が鳴った。
キィン、と金属を打つような反響。
周囲の兵士たちは息を呑む。
「……命中?」
だが彼らの目には依然として何も見えない。
ただ弾丸が空中で止まったように見え、弾かれ、地面に落ちた。
がしゃどくろはゆっくりと顎を閉じた。
「なるほど」
骨が軋む。
「呪力はこもってないな」
その瞬間、巨体が動く。
見えている兵士の視界いっぱいに白い骨が迫る。
巨大な腕が振り下ろされた。
衝撃。
アスファルトが爆ぜ、衝撃波が兵士たちを吹き飛ばす。
見えない“何か”によって、仲間が叩き潰された地面だけが惨状を語る。
「な、何が起きた!?」
「おい!なんだあの化け物は!?」
「銃火器構えろ!接敵だ!」
だがこの時、兵士達は“全員”が見えた。
がしゃどくろから出た呪力の影響か、それとも謎の攻撃で仲間が簡単にミンチになったことへの恐怖か、原因はわからないが今ここにいる兵士は全員がしゃどくろを確認すると同時に、指が自然と動いて引き金を引いていた。
荒れ狂うように弾丸の嵐が来る中、がしゃどくろはおもむろに地面に指を刺すように入れる。
無数の骨が槍のように変形し、地面から飛び出して空間を貫く。
兵士が宙に弾かれる。
貫かれる。
血が舞う。
正体不明の怪物が確かにそこにいる。
そしてそれはもう、対話するつもりはなかった。
「そこだ! 俺の指の先だ!」
はっきりと見えている兵士が必死に叫ぶ。
震える指が虚空を指し示す。
だが幸いにも全員が指の先にいるがしゃどくろを視認していた。
「全隊、あの方向に集中砲火!」
さらに銃口が一斉に向けられる。
装甲車の機関銃が唸りを上げ、曳光弾が一直線に走る。
いらないと思ったが、念のため用意していた自動擲弾銃もここで即座に使用した。
本来なら何もない空間。
だが──
キィン、と硬質な反響音。
火花が散る。
弾丸が、確かに弾かれている。
「……当たってる。」
「目標、存在確認!」
兵士たちの顔色が変わる。
もはや見えない者はいない。ただ目の前の化け物を倒そうと無我夢中で引き金を引き、リロードする。
機関銃の弾幕が止まらない。
擲弾が放たれ、空中で爆ぜる。
爆炎が広がり、衝撃波が街路樹をなぎ倒す。
煙が晴れ、それを見えている兵士の喉が引きつった。
「……無傷だ。」
白い巨体は、微動だにしていない。
無数の骨が重なり合った表面には、焦げ跡ひとつない。
がしゃどくろはゆっくりと首を鳴らす。
骨が擦れ合う重く低い音。
「脆い」
その一言とともに、巨腕が振るわれた。
見た目通りの圧倒的な質量が迫り、装甲車が横転した。
分厚い装甲が紙のように歪み、車体が宙を舞う。
さらに兵士たちが吹き飛ばされ、アスファルトを転がる。
「退避!退避しろ!」
次の瞬間、長い腕が薙ぐ。
衝撃波だけで数名が地面に叩きつけられた。
銃声が乱れ、悲鳴が混ざる。
それでも弾丸は止まらない。
恐怖を振り払うようにただ撃ち続ける。
だが。
がしゃどくろの骨が軋む。
肋骨が広がり、腕がさらに肥大する。
呪力が込められるたび、その巨体はむしろ強度を増していく。
拳が振るわれる。
また装甲車が完全にひしゃげ、火花を散らす。
「なんなんだよ!」
ようやく全員が理解した。
今ある銃火器全て撃っても効かない。
そしてこの化け物は、こちらを確実に殺そうとしている。
「撃ち続けろ!」
隊長の怒号が飛ぶ。
銃声が止まない。
爆発音が止まない。
火花が散る。
だが撃てば撃つほど、弾かれるような甲高い音が響く。
がしゃどくろはまるで意に介していなかった。
20mを超える巨体がゆっくりと腕を持ち上げる。
「地面から来るぞ!地面だ!」
兵士たちが慌てて後退する。
だが逃げ場はない。
次々と地面が割れ、無数の骨が突き出す。
いくら逃げても、兵士たちの居場所が最初からわかっていたように貫いてくる。
まるで戦場そのものが牙を剥いたかのようだった。
その時、遠くの空から轟音が響く。
輸送ヘリだ。
増援部隊が結界内へ突入してきた。
さらに護衛でついてきていた攻撃ヘリもいる。
それを確認した兵士はすかさず通信を飛ばす。
「航空支援だ!」
兵士たちの表情にわずかな希望が浮かぶ。
対するがしゃどくろは、ゆっくりと空を向いた。
空洞の眼窩がヘリを捉える。
骨の腕がゆっくりと広がる。
腕全体に、人の身長ほどの大きさの棘が出てくる。
「空を飛ぶならこれだな…」
次の瞬間、骨の棘が空へ射出される。
空気を裂く轟音。
ヘリの操縦士が叫ぶ。
「何か来r!」
言葉は最後まで続かなかった。原因は骨の棘が機体を貫いたこと。
ガラスが砕け、真正面から一直線に突き刺さった。機体が大きく傾き、墜落。
煙を上げて燃えながら、ヘリはビルの間へと落ちていった。
衝撃と炎が街路を揺らす。
地上にいる兵士たちの顔から完全に血の気が引いた。
「……勝てない。」
誰かが呟いた。
がしゃどくろは戦場の中央に立ち、静かに周囲を見下ろす。
地面から突き出た骨の槍。
貫かれ、叩き壊された装甲車。
炎に包まれたヘリの残骸。
まるで人間の軍隊など遊び道具だと言わんばかりに。
そしてがしゃどくろはまだ攻撃を仕掛けようとする。
自分をあんなに攻撃してきた相手を、逃してやるなんて心はがしゃどくろにはない。
ただ目の前にいる異国の軍隊を潰していこう。
そう考えて、まとめて一掃できる技を出そうとしたその瞬間、
ドゴォ!
がしゃどくろの後頭部に衝撃が走った。
しかもちゃんと呪力がある。
さらに頭上から、何かが帯電しながら体当たりをしてきて、同時に足の方に鋭い痛みが走った。
「いってぇ!硬いなこいつ!」
「(鵺の攻撃でも効果は皆無か…)虎杖警戒しろ」
「(渋谷にいたあの蛸の特級呪霊も硬い、さらにそれを突破しても、果てしないヒットポイントがあるような感じですか)」
虎杖、伏黒、七海だった。
だが虎杖の拳は弾かれ、鵺の攻撃もあまり効果なし。
七海も手応えがなさすぎることに内心ため息をついた。
「君たち早すぎ……おわぁお!なんだチミは!?」
「げっ、がしゃどくろかぁ」
「普通に厄介」
「デカいな…」
「(生半可な攻撃じゃ無理か……)」
そこに遅れて登場、高羽、菜々子、美々子、天使。
七海は全員が揃ったのを確認すると、すぐに指示を出した。
「みなさん、相手は高耐久に巨体、そして汎用性が高い術式。
つまり強敵です。気を引き締めてください」
その言葉と同時に全員が構える。
七対一の構図だが、がしゃどくろは狼狽えることなく、七人を見下ろし、わずかに顎を鳴らした。
「…来てみろ。そして私のやりたいことを見出させてくれ」
その低い声が響く。
この東京第一結界の修羅場はまだ終わらない。