真依視点
きっかけはあの人達が家に来ると言う話を聞いた時だった。
夏油傑、家入硝子、龍山千鬼。
現代の呪術界にその名を轟かせ、夏油傑や龍山千鬼はあの五条悟にも引けを取らないと言う実力者。
家入硝子も、その若さで反転術式を他者に施すという才能の持ち主。
特に龍山千鬼と家入硝子は、先日の大嶽丸の件で話題が持ちきりだった。
最初の印象は『怖い』だった。
家の外からくる人間は珍しくないが、その誰もが無関心、軽蔑、値踏み。
このどれかだった。
しかも特級まで行くような術師が2人もいる。
そこまで行く人達は、呪術師としての考え方で凝り固まっているのだろう。だから呪力のない姉と役に立たない私は、粗相をしたらどんな目に遭うのかわからない。
なおさら最悪な人達。
そう思っていた。
禪院家に3人がきた時、母は家入硝子に、真希は夏油傑に、私は龍山千鬼に給仕をしていた。
だが連日の雑用の疲れか、それとも緊張のせいか、足がもつれて料理をこぼしてしまった。
しかも客人である龍山千鬼にかけるというとんでもないことまで。
ぶたれる。
蹴られる。
殺される。
だが、龍山千鬼は私を優しく受け止めてくれた。
父は怒り、周りは少しざわめく中、「大丈夫か?」と声をかけてくる。
初めてだった。
男の人に優しく声をかけられたのは、それに料理をかけた私に「また持ってきてくれないか?」と頭を撫でながら言ってくれた。
このおかげで、私は裏で仕置きをされずに済んだ。
料理をこぼした時に私の中に流れた最悪の考えは一瞬で消え、鼓動が少し早くなる感覚になった。
しかもこの後に、龍山千鬼は禪院家の術師を薙ぎ倒すということまでしていた。
恐怖の対象でしかなかった男達が、いとも簡単に倒されていく。
そんな光景を見た私は、どこか救われたような気持ちになった。
※
しばらくして真希が実家を出た。
真依を置いて、しかも当主にほぼ宣戦布告のような形をして。
そこから真依の環境も変わった。
真希が出て行ってすぐに真依は呪術師になるように言われ、躯倶留隊と訓練をさせられた。
どうせ真希への嫌がらせだろうが、真依にとっては最悪でしかなかった。
蔑まられる日常に明確な暴力が加わった。
いつもボロボロにされて、それに加えて雑用をきちんとしないとまた罵られ、殴られる。
さらに当主の息子である直哉が「真依ちゃん、えぇ女になったなぁ」と言っていたのも聞こえた時は、真依の身が震えた。
近いうちに相手をしなければならいないということだったからだ。
「もう諦めるしかないよね……」
真依がそう思っていた矢先に、千鬼が禪院家に来た。
しかも真依の訓練をしてくれるという。
当主である直毘人はすぐにこれを許可して、真依は千鬼とたまに稽古をするようになった。
真依が「なんでわざわざ来たんですか?」と聞くと、
「真希から妹がいると聞いていた。それで気になって来た」こういうことだった。
だが、真依にとっては、わざわざ来てくれたことに対して嬉しかった。
千鬼が稽古を、してくれるおかげで、余計な怪我などはさせないようにということで真依の訓練は軽くなった。
さらに龍山千鬼が目をかけているということで、真依の扱いはマシになった。
千鬼がいたから真依は助かっていた。
一番衝撃だったのは当主達で話し合いをするときに真依が部屋の外から聞いていた会話だった。
「真依には手を出すな」
直毘人が当主候補達などに向けてそう言った。
その言葉に一番反応したのは直哉だった。
「はぁ?どういうことや?」
「もう少し成長したら、真衣ちゃんを好きにしていいって、言うてたやないか」
語気を強めて言葉を発する直哉の疑問に答えたのは直毘人ではなく、直哉から見たら叔父であり、真依から見たら父親である扇だった。
「真依はいま龍山千鬼に目をかけられている。わざわざ個人的に稽古をしにここまでくるんだ」
「これがどういう意味かわかるよな?」
「何を今更。出来損ないとか言ってたくせに、今更娘当てにすんの?」
「これやから叔父さんはタマなしやねん」
「貴様…」
「やめろ」
刀を抜く気配をした扇と拳を構えた直哉を制するように直毘人な言葉を放つ。
その瞬間、直毘人の呪力によってその部屋にいた者達は自然と体に緊張が入った。
老いたとはいえ歴戦の術師であり、禪院家当主という立場を背負えるくらいの器と実力者ではあるのだ。
「扇の言ったことが理由だ。
真依を使って龍山千鬼をこちらに引き入れることができるかもしれん」
「だから真依に手を出すな。以上だ」
そう言って話し合いは終わった。
禪院家当主が言うなら手を出すことはできない。文句があったとしても、それは直毘人に逆らう、もっと言えば真依を気に入っているとされる千鬼を相手にしなければならないと言う意味であり、禪院家にいる者でそんなことをできる者はいない。
拒否などできなかった。
ちなみに言えば、千鬼は硝子と結婚しているので、禪院家に婿入りまたは真依と結婚するなどはあり得ない話なのだが、それは公表されていないので知らないのが当たり前である。
この会話を聞いた真依は自然と千鬼のおかげだと感じていた。
自分という存在を見てくれて、救ってくれて、初恋の人。
真依は例え嫌いな父親に利用される形でも、千鬼と一緒になれるならいいとすら感じていた。
そして真依は、そんな千鬼に少しでも役に立てるように呪術師としての鍛錬も励んだ。
いつか自分を見てもらえるように、隣に立てるように。
※
「女のタイプもなにも、結婚しているわよ」
高専に入学して少しした後、真依は歌姫から衝撃的な事実を言われた。
千鬼は結婚している。
しかもだいぶ前から、少なくとも真依に稽古に来てくれたときには結婚していたのだ。
相手は家入硝子。
あの時、禪院家の会食に一緒に来たメンバーの1人。
仲のいい人達だとは思ってた。もしかしたら恋人同士なのかと子供の時ながら思ってた。
だけどこうして事実を言われると、真依の心に衝撃と痛みが走る。
何かが崩れたような感覚に陥った。
“もう千鬼さんの隣には相手がいる”
真依の頭は真っ白になり、なんとか会話を続けるので精一杯だった。
相手があの家入硝子なら仕方ない。
諦めよう。
そっちの方が千鬼さんに相応しい。
自分にそう言い聞かせていたが、どうしても納得できてない自分がいた。
たまたま同期だっただけじゃないのか。
たまたま周りに家入硝子しかいなかっただけじゃないのか。
もしかしたら結婚したが離婚したかもしれない。
そんな淡い期待や黒い感情がポツポツと出てきて渦巻く。
そんな中、休日の買い物帰りに、ある男に声をかけられた。
「取引しないかい?」
真依は声をかけてきた相手の顔をみて驚愕した。
少し前に夏油傑によって殺された神凪蒼真だったからだ。
神凪は真依の心を見透かしているように語り出す。
「君は、選ばれなかったわけじゃない」
「ただ、選ばせてもらえなかっただけだ」
「世界はね、席が埋まっているから負けるんじゃない」
神凪は淡々と続ける。
「席をどかす力がないから、負けるんだ」
真依の心臓が早鐘を打った。
「私なら、君にその力を与えられる」
「……やるわ」
真依は自分でも驚くほど、声は冷静だった。
神凪はわずかに眉を上げただけで、否定もしなければ急かしもしなかった。
「即答だね」
「迷う理由がないわ」
「あなたはあの人をなんとかしたい。私はあの人が欲しい。そうでしょ?」
言葉にすると驚くほど単純だった。
「家入硝子が邪魔だと思ってるね」
神凪は確信を込めて言った。
その言葉に真依は否定しなかった。
真依の中で硝子は憎いや殺したいとかの感情より、
『ただいなければいい』
それだけ。
「縛りを結ぼう」
神凪は言った。
「君は高専の情報を渡す。家入硝子の拉致に協力し、龍山千鬼の封印に手を貸す」
真依は頷いた。
「その代わり、私達は君の恋路を邪魔しない。
そして手に入れるための“手段”を与える」
夜の闇の中で、真依は言葉を受け入れた。
その瞬間、後戻りできない線を容易に越えた。
※
その日は静かに訪れた。
自宅からでた硝子は、長い一日の始まりに大きく伸びをした。
「ふぅ……さて今日も頑張りますか」
高専に向かうために道を歩き出す。
だが出て少し歩いたところで、人影が見えた。
「……真依?」
電柱のそばに立っているのは京都校の禪院真依だった。
わざわざ東京にいるのは珍しい。
交流会が終わった後なら尚更だった。
「なんだ、どうした?」
硝子が近づいて声をかけると、真依は気まずそうに顔をそむける。
「……ちょっと話があるんですけど」
「話?」
「はい...」
珍しく真剣な様子の真依に、硝子は首を傾げた。
真依とは高専の交流会などで顔を合わせる程度で、個人的に話す機会はほぼない。
「(私に何か相談ごと?…わざわざ東京にまで?) 」
硝子は軽く肩をすくめる。
「真希のことについてなんですけど……」
真依のこの言葉に硝子は色々と察する。
ふーっと息を吐いて、
「まぁ、高専行く途中でもいいか?」
「…ありがとうございます」
真依の返事は妙に硬かったが、硝子は特に気にせず歩き出した。
だが数歩進んだその瞬間──
「……っ!」
突然激しい衝撃が首を襲った。
強い痛みが走り、視界がぐにゃりと歪む。
『(何、が……)』
足元が崩れ、意識が闇に飲み込まれた。
硝子が気絶したのを確認した真依は、自身の影に声をかける。
「連れてっていいわよ」
すると真依の影が盛り上がり、そこから出てきたのは夜刀神だった。
「さすがだな。警戒もしてなかった」
「当たり前でしょ。早く連れてって、私もすぐ京都に戻るから」
「承知した」
夜刀神は硝子を縛って、袋に入れ、影の中に入り込んで移動した。
それを確認した真依は何事もないかのように、歩き出した。
「(待っててね、千鬼さん)」
近いうちにあるアンケートを出すので、よろしくお願いします。