オズの十戒   作:木ノ宮

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25 犯罪だよ

 

 高等部校舎から見て北西、学園の敷地内にある四階建ての古びた建物。

 

 かつて男子寮として使われていたそこは、五年前に建てられた新築の寮にその役目を奪われ、現在では基本的に生徒の立ち入りは禁止されている。

 

「……ああ、僕は……どうして、こんな……」

 

 梅雨の気配を孕んだ生ぬるい風が吹く夜空の下、(めぐる)はがくりと肩を落として深く大きなため息を吐いた。

 

 二十一時十五分。

 

 一般的な学校とはその在り方が一線を画すオズ魔法学園だが、最終下校時間は十九時半と常識の範囲内だ。

 

 つまりこの時間、生徒たちはみな自宅か寮の自室にいるのが普通である。とうに下校時刻は過ぎているのだから。

 

 そう。過ぎているのだ。

 

 十九時三十分という、校則で定められた最終的な下校時刻を。

 

「うう……僕が、校則違反をするなんて……風紀委員なのに……」

「まだ落ち込んでるの〜? 大丈夫だって。これくらいたいした校則違反じゃないよ。遅刻の逆バージョンみたいなものでしょ?」

「遅刻はたいした校則違反だよ!?」

 

 そもそも校則違反に重いも軽いもないよ! という廻の叫びを笑って受け流すのは、クラスメイトの白雪朱音だ。

 夜でも目立つ林檎色の髪が、くすくすと跳ねる肩の動きに合わせて揺れている。緊張感は欠片もない。

 

「しっ! 大声出しちゃダメっすよ小津佐さん! 教師に見つかったらどうするっすか!」

「あっ、ごめん。……ん? いや、ごめんなのか……?」

 

 むしろ見つかった方がいいのでは。

 

 閉ざされた寮の入り口で真剣な顔をする茶髪の少女──今回のできごとの中心であるクラスメイトの明智恵茉を見て廻は思った。

 

 なぜこんなことになったのか。話は昼間にさかのぼる。

 

 

 **

 

 

「──というわけで猿飛さん。今夜私といっしょに旧男子寮に行ってくれないすか?」

「いやいやいや。だからなんでそうなるんだよ……!」

 

 使われていないはずの旧男子寮に幽霊が出現する。

 

 その真相を確かめるべく寮に忍び込むと宣言した新聞部の明智に迫られ、猿飛は見るからに狼狽した。

 

 チャイムが鳴ったことで自然に途切れたと思っていた会話が続いたことに驚いたのだろう。猿飛の後ろの席に座っていた廻も、さすがに目をみはってしまった。

 

「どうしても調べたいなら一人で行けよ! 俺を巻き込むんじゃねえ!」

「こんないたいけな少女を危険な場所に一人で放り込むんすか? 猿飛さんは冷たいっすねぇ……」

「じゃあ最初からやめとけ!」

「あ、なら私もいく~! なんか面白そうだし」

「は!?」

「お、いいっすねぇ」

 

 白雪が会話に参入し、その乗り気な発言で猿飛をぎょっとさせた。

 

「白雪が行くなら俺はいいだろ……」

「なんだ猿飛、やっぱり怖いんじゃん」

「ちげぇよ!」

「ならついてきてくれるっすね。時間は九時でいいっすか? ほんとは日付が変わる頃くらいが一番いいんすけど……」

「だめだよ」

 

 明智が言葉を切り、ぽかんとした顔で廻を見る。猿飛と白雪も同様だった。

 

「校則一の第三条、高等部生徒は十九時三十分までに下校すること。九時って言ったよね。そんな時間に校内に残っているのは校則違反だよ」

 

 これは廻が独自に持ち込んだきまりではない。この学園に最初からある規則だ。

 

「下校っていったって私たちは寮組だよ? 学園の敷地内にいれば同じじゃない?」

「寮生は十九時四十五分までに帰寮すること。白雪さんも知ってるよね」

「はは、バレたか~」

 

 悪びれもなく笑う白雪。

 目を細めてため息を吐く廻を、いいぞ小津佐その調子だ、と猿飛が援護する。

 

「なら小津佐さんも来ればいいっすよ」

「え?」

 

 明智の提案に廻は固まった。予想外の返答だった。

 

「だれに何と言われようと私は旧男子寮に忍び込むのをやめないっす。校則違反は確定。だったら小津佐さんもいっしょにきて、私たちが変なことしないよう最初から見張っておけばいいんじゃないすか?」

「へ……」

「どうせ破られる規則なら目の前で破られた方がまだ安心できるっすよ」

「そ、そうかな……」

「おい待て廻だまされるな。そいつ無茶苦茶言ってるぞ」

 

 いつの間にか近くにいたルクスの声で正常な思考を取り戻しかけた廻だったが、続く明智たちの猛攻には容赦がない。

 

「夜の無人寮で私たちが風紀を乱さないか心配じゃないっすか? ついてくれば校則違反の数を減らせるかもしれないっすよ?」

「そうだよ~ せっかくだからいっしょにいこうよ小津佐くん」

「で、でも」

「いいじゃんいいじゃん。だってさ、友達と夜の学校を探検するって、なんだか肝試しみたいだし。いかにも青春ぽくてよくない?」

「せ……」

 

 青春。セイシュン。せいしゅん。

 

 白雪の放った一言が廻の脳内でやまびこのようにこだまする。

 

 

 ──あなたの使命はトトとしてユダを捕らえることだけじゃない

 

 ──“青春”を謳歌することよ

 

 

 編入前に保護者の卑弥呼から言われたことを思い出した。

 

 友達。青春。

 廻にとっては弱点ともいえる言葉だった。

 

「……っ、わかったよ……」

「やった〜!」

 

 観念したように頷くと、女子二人はハイタッチをして大袈裟に喜んだ。

 

 猿飛が絶望したような、ルクスが哀れむような表情をうなだれる自分に向けているのが廻にはわかった。

 

「あ、阿夜さ〜ん。阿夜さんもいかない? 夜の旧男子寮に」

「私は実家組だから無理。さすがに抜け出せないわ」

 

 いつから話を聞いていたのか。

 離れた席で本を読んでいた撫子が、白雪からの突然の誘いに間髪入れず返事をする。

 

 普段と変わらずクールな態度の撫子だったが、廻に向けられたその瞳には、やはりわずかな憐憫の色が浮かんでいた。

 

 

 **

 

 

「安心してください。さすがに寮の点呼までには戻らないとマズいっすから、そんなに長居はしないつもりっすよ」

「ほんとに頼むよ……それと昼間も言ったけど、明日はみんなで反省文を書こうね」

 

 はあと息を吐きながら廻が言うと、今回の参加者の一人である猿飛が不思議そうに首をかしげた。

 

「みんなでって、小津佐も書くのか?」

「僕はみんなの三倍書くよ」

「なんで」

「風紀委員長の校則違反なんて人より罪が重いにきまってるじゃないか」

「お前さっき校則違反に重いも軽いもないって言ってたよな」

 

 呆れたように廻を見る猿飛だったが、その顔は暗がりでもよくわかるほどげっそりしている。やはり幽霊が怖いのだろう。

 

 どちらかと言えば巻き込まれた側である彼に反省文を書かせるのは心苦しいが、規則は規則だ。甘んじて受け入れてもらうしかない。

 

「けどまさかルクスくんまで来てくれるなんてね〜 お化けに興味あるの?」

「ふん。べつに、ただの気まぐれだ」

 

 無邪気に問う白雪にルクスは答える。彼も今回の参加者だった。

 

「つーかどうやって忍び込むんだよ……ふつうに鍵かかってるだろ」

「ふっふっふ。私たちが何のために魔法を習ってると思ってるっすか?」

 

 げんなりと尋ねる猿飛を見てにやりと笑い、明智はそのローブの懐から長さ三十センチほどの木製の杖を取り出した。

 

 魔法を使うのに必要なのは魔力と才能。基本的に道具はいらない。

 

 だが、自分の魔法を補助するための魔道具を所持する魔法使いは一定数存在する。

 

 その中でもやはり杖は定番の魔道具だ。廻や撫子と同様、明智も魔法発動の際に杖を使うタイプなのだろう。

 

 が、いまはそんなことは問題ではない。

 

「……魔法で開けるの!?」

「鍵開けの魔法なんてどこで覚えたんだよ!」

「独学っす。記者の嗜みっすよ」

「魔法を犯罪に使うのは犯罪だよ!」

 

 平然と宣う明智にツッコミを入れる廻と猿飛。「まんまだな……」というルクスの呟きが静かに響く。

 

「大体そんな簡単に開けられないだろ。俺らの寮だってよからぬ輩が侵入しないよう魔法で厳重に警備されてるじゃねぇか。見習いの魔法でどうにかできるわけ」

「ここは防犯魔法がかけられていないんすよ。ほら、いたずらで忍び込んだ生徒がいたって言ったじゃないすか。それくらい管理が雑で──ん?」

「どうした?」

「すでに開いてるっす」

 

 昼に下見に来たときは閉まってたのに、と不可解そうな声で明智が言う。

 

「なんだか導かれてるみたいっすねぇ」

 

 きらりと眼鏡を輝かせた明智の言葉に猿飛が青褪め、ラッキーだね、と笑う白雪が率先して寮の中に入っていく。

 

「いい記事が書けるといいんすけど」

「ちょっ……待てって……!」

 

 スキップをするように歩き始めた明智を猿飛が追う。

 

 残された廻とルクスは顔を見合わせ、彼らのあとに続くようにその建物に足を踏み入れた。

 

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