オズの十戒   作:木ノ宮

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49 想像してください

 

 

「──あなたの言うとおりです。四年前に僕は一度死んで、蘇生魔法によって生き返りました」

 

 屋上の入り口を塞ぐように立つハンスと向き合い、相手の目をまっすぐに見て(めぐる)は答える。

 

 背後で真島が衝撃を受けているのが廻にはわかった。

 

 当然だろう。死んだ父親を生き返らせようとする自分の行動を非難してきた相手が、まさしく魔法によって蘇った人間そのものだというのだから。

 

「そのとき犠牲になった六十五人の命は、たしかに僕の中にあります。正しくは、その全員分の魔力が。……どうしてそんなことが起きたのかはわかりませんが」

 

 なんとなく、イザヤとアマネのしわざなのではないかと廻は思う。

 

 命を懸けて廻を生かした彼らの、呪いと祝福。

 

 その罪を背負って生きていくことを廻は選んだ。ドロシーのしもべ、異端審問官(インクイジター)の一人としてユダを追う使命を受け入れたのだ。

 

「四年前に何があったか、詳しいことはオレらも知らねえ。研究所の解体の理由は、ドロシーにつくられた魔法で造られた人間(ホムンクルス)の謀反だなんて噂も流れちゃいるが」

 

 結果的には同じようなもんか、と冷ややかな声でハンスが言う。

 

 そういった噂が流れていることは廻も知っていた。まさかクラスメイトの明智まで聞き及んでいるとは思わなかったが。

 

「……ちがいますよ。ドロシーと僕がユダに殺されたことと、イザヤたちがみんなを死なせて僕を生き返らせたことは別の話です」

 

 呟くように廻が返すと、ハンスははっと鼻を鳴らして呆れたように肩をすくめた。だからなんだ、とでも言いたげな表情だった。

 

「テメェがその異端者に肩入れすんのは、そいつが犯そうとしている罪が自分を生かした罪と同じだからだろ。魔法で生き返った自分に、他人の蘇生魔法の邪魔をする権利なんかないと思ってんのか?」

「……っ、ちがう!」

 

 そんなこと思うはずがない。逆だ。

 

 他者の命を犠牲にして生き返った経験のある自分だからこそ、何があっても真島の行為をとめなくてはならないと思う。

 

 杖を握る両手に力を込めてハンスを見ると、彼はわずかに目を見開き、やがてふっと笑みをこぼした。

 

「まあそうだよな。──だがその女はどうだ。テメェの説得なんざ聞く気はねぇみたいだが」

 

 嘲笑を含んだハンスの視線が、廻の背後で立ち尽くす三つ編みの少女に向く。

 

 灰色の瞳が鋭く光った。廻に向けるものとはまたちがう、憎き仇を睨みつけるような眼差しだった。

 

「そいつの手の中にあるもんが紛れもねぇその証拠だ。いいか、その林檎の水晶は“蛇”が生み出した魔道具。──魔力を持たない者に戒律違反を犯させるための、禁断の果実なんだよ」

 

 ハンスの言葉に、廻は大きく目を見開く。

 

 禁断の果実。“蛇”が生み出した魔道具。初めて聞く話だった。

 

「生贄のことを知ってなおその女は蘇生魔法を使おうとした。それが答えだろうが。そいつは結局、自分のことしか考えてねぇ最低最悪の異端者なんだよ」

 

 真島がびくりと肩を揺らす気配がした。

 

 廻は強く唇を噛みしめ、ちがう、と内心でかぶりを振る。

 

 真島は優しい人間だ。強くて、真っ直ぐで、愚かしいほどにいつも正しい。

 

 本当の正しさとは何なのか。そんなことは廻にもわからない。

 

 それでも彼女が──真島文美という自分の恩人が、正しい人間であることを信じたいと廻は思う。

 

 真島はまだ、罪を犯していないのだから。

 

「……ったく、テメェも諦めねぇな。ドロシーもとんだガキを同僚にしてくれたもんだぜ」

 

 はあと深いため息を吐き、頭をがしがし掻きながら、吐き捨てるようにハンスは言った。

 

「まあいい。なら証明してみせろよ」

「証明……?」

「その女が異端者にならないっていう絶対的な証拠を見せてみろって言ってんだ」

 

 そんなことどうやって、と廻が問おうとしたときだった。

 

 ドスン、とハンスが長杖の先で自身の足元を強く叩いた。屋上に穴を開けんとするような勢いだった。

 

 途端、複数の魔法陣がハンスのまわりに浮かび上がる。

 

 じゃらりと金属の音が響いた。彼が生んだ魔法陣の中から出現し始めた、鎖の音だった。

 

 自分たちに向けて放たれるであろう攻撃に身構える廻だったが、その予想に反してハンスの鎖はすぐには飛んでこなかった。じゃらじゃらと絶え間なく伸び出てきては、青年の周囲に網状に張り巡らされていくだけだ。

 

 いったいなにを、と廻が呟いたとき、ハンスの魔力が格段に膨れ上がった。

 

 廻ははっと目を見開いた。

 

 次の瞬間、ハンスを取り囲む幾本もの鎖が、閃光のような眩しい光を放って一斉に弾け飛んだからだ。

 

 一瞬のうちにバラバラになった鎖だったが、その破片は消えることなく上昇し、鉛色の空を覆い尽くす無数の光の塊となった。

 

 満天の星──と表現するには強烈すぎる大量の光を見上げ、廻は思わず息をのむ。

 

「鎖の弾丸だよ。さすがのテメェもこの数は乗っ取れねぇだろ?」

 

 吹き荒れる魔力の風に激しくローブを揺らされながら、ハンスはにやりと笑みを浮かべる。

 

「悪ぃがこいつぁただの攻撃魔法じゃねえ。すべての防御魔法をぶっ壊すっつうオマケ効果付きの上級魔法だ。──受け切れるもんなら受け切ってみろよ」

 

 テメェが本気でその女を守りたいならな、と。

 

 灰色の石がついた長杖の先端をハンスが廻に向けた瞬間、空を覆う光の大群が流星のように降り注ぐ。

 

 両手で持った杖を盾のようにして前方にかざし、廻は防御壁(バリア)を展開した。

 

 廻自身と、その後ろにいる真島を囲う大きな障壁だ。

 

「……っ」

 

 鎖の弾丸が触れた瞬間、卵の殻が割れるような呆気なさで廻の防御壁(バリア)は砕け散った。

 

 だから廻は、間髪入れずに新たな防御壁(バリア)を形成する。

 

「はっ! そりゃそうだ! そうするしかねぇよなぁ!」

 

 光の攻撃を弾き返すけたたましい音が鳴り響く中、負けじと声を張り、さも愉快だというようにハンスは言った。

 

 彼の鎖が変化した光の弾丸には、すべての防御魔法を破壊する効果が付与されているという。

 

 だが、それは攻撃が防御を無視して突破するという意味ではない。

 

 文字どおり破壊するのだ。

 

 つまり防御自体は可能。しかしそれは一度きりの話で、即座に次の攻撃が放たれれば、壁を失った無防備な状態でその猛攻に晒されるほか道はない。

 

 対処法は、防御壁(バリア)が壊れた瞬間に新たな次の防御壁(バリア)を展開すること。

 

 二重、三重に防御壁(バリア)を張っておくことも有効だが、この勢いの攻撃が間断なく続くのなら、いずれにせよやることは同じだろう。

 

 廻はいま、瞬きをする時間よりも短い間隔で、強固な防御壁(バリア)の練成をくり返し行っている。

 

「小津佐くん……!」

 

 背後の真島が近づいてくる気配を感じ、廻はぐっと杖を握る両手に力を入れた。

 

 持久力と集中力の勝負。守る対象はできるだけ近くにいてくれた方がいい。

 

「……っ、小津佐くん、私はっ……!」

「──想像してください!」

 

 無数の弾丸を防御壁(バリア)で受ける激しい音にかき消されぬよう、必死の思いで廻は叫んだ。

 

「死んでしまった人の気持ちはわからない! 他のだれかが教えてくれることもきっとない! ……けど、僕たち人間は、生きているかぎりそれを想像することができる……!」

「……!」

「先輩ならできるはずです! お父さんのことをだれより大切に思っていたあなたなら……だから!」

 

 次の防御壁(バリア)が形成される間のわずかな隙をすり抜けた弾丸が、廻の肩を激しく掠めた。

 熱を持った鈍い痛みが左腕を襲い、破れた制服に血の滲む感覚がする。

 

 だがそんなことはどうでもいい。集中しろ。魔力を練るスピードを一瞬でも緩めるな。

 

 先輩のことは僕が守るから。

 

 だからどうか。想像してほしい。

 

 あなたの信じた人がどんな人だったのか。あなたがその罪を犯した先の未来で、ただひとつの曇りもなく笑ってくれる人なのか。

 

 まちがっていてもいい。本当は憎んでいるかもしれない。生き返ることを望んでいる可能性もある。

 

 けれど、死者の声は聞こえないから。

 

 残された人間は想像するしかないのだろう。

 

 身勝手かもしれない。傲慢なのはわかっている。

 

 それでも廻は、かつて自分がイザヤとアマネに犯させてしまった罪を、真島には犯してほしくないと思う。

 

 ──そう、願ったときだった。

 

 ガシャン、と。

 

 ハンスとの攻防に負けないほどの、耳を突き刺すような高音が、廻の背後で鳴り響いたのは。

 

「先輩……?」

 

 防御壁(バリア)の形成する手は緩めないまま、廻ははっと真島の方を振り返った。

 

 スカートの横で両手を強く握りしめ、ぷるぷると肩を震わせながら、真島は静かにうつむいていた。

 

「私はっ……」

 

 その足元に散らばる破片。

 

 たったいま砕け散ったのであろう、ガラスのようにきらきらと輝くその残骸の正体は。

 

「……私のお父さんはっ……だれかを犠牲にしてまで生き返りたいなんて、思わない……!」

 

 勢いよく顔を上げて廻を見た真島は、泣いていた。

 眼鏡越しにぽろぽろと涙を流し、くしゃりと眉を下げ、薄い唇をふるふると震わせている。

 

「正しい人だから! 優しい人だから! 私がこんなことをするのを、望まない……!」

「先輩……」

「だから私は──」

 

 真島の黒い双眸が、まっすぐに廻をとらえた。

 

「蘇生魔法なんて……使わないっ……!!」

 

 涙で濡れそぼった瞳。苦しみに堪えるような歪んだ顔。

 

 けれどもそれは、廻があの入学式の日に出会った──強くて正しい、真島文美の姿そのものだった。

 

 

 

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