絶え間なく降り注ぐ流星群の下、
自分は蘇生魔法を使わない、と宣言して林檎の水晶を破壊した真島の前で、杖を持つ手にいっそうの力が入る。
正面に視線を移し、驚いたように口を開ける茶髪の青年と向き合った。
その間も、彼が発動した鎖の弾丸の勢いはとまらない。
少しでも気を抜けば命に関わる窮地の中、廻が思うのは真島が取った行動の意味だった。
(──先輩は、覚悟を決めたんだ)
大切な人の死を受け入れる覚悟を。
一度は受け入れることができず、取り返しのつかない罪を犯そうとした自分の責任と向き合う覚悟を。
「だから今度は、僕が……!」
この人を守ると誓った。罪を犯させないと決意した。
その覚悟を、想いを。自分は証明しなければならない。
「……っ、ふざけんな! オレは! 異端者の言うことなんて信じねぇ……!」
白い長杖を前に突き出したハンスが叫ぶ。
無数の光が
どれだけの時間その攻防が続いただろうか。
ぐっと唇を噛みしめ、廻が展開した透明で大きな壁。何枚目のものかはわからない。内部にいる人間を守護するドーム状のそれに、全方向から弾丸の雨が襲いかかる。
その攻撃が触れた瞬間──パリンと激しい音を立て、廻の
勢いを失い消失する鎖の弾丸。割れたガラス窓のように宙に散る
廻と真島の間に散らばる、粉々になった水晶の残骸。
そのすべてが混ざり合い、きらきらと星屑のような光を放って廻たちの周囲を舞っている。
廻はもう、次の
いまの攻撃で、ハンスが放つすべての弾丸が消滅したことを悟ったからだ。
「ちっ、防ぎ切ったか」
悔しげに眉を歪めたハンスが両手で杖を握り直す。
ひゅん、と彼の背後に出現した新たな魔法陣に廻はぎょっとした。
まだやるの!? と思わず叫びそうになった。そのときだった。
「──っ、でッ!」
ガン、と金属を殴打するような鈍い音が鳴り響いた。
頭から前方に倒れる青年。その口からこぼれる呻き声。
廻は大きく目を見開いた。驚きのあまり言葉が出なかった。それもそうだろう。
突然空から降ってきた一人のローブ姿の女性が、長い杖の柄でハンスの頭を強打したのだから。
「……~っ、くぅ……! ……いってーな! 何しやがんだ──」
屋上の床に両膝と片手をつき、もう片方の手で後頭部を押さえたハンスが恨めしげな視線を女性に向ける。
「グレーテ……!」
肩より短いダークブラウンの髪の毛に、青みがかった灰色の瞳。オズ魔法協会指定の白ローブ。
たったいまハンスを殴った白い長杖の先端には、彼女自身の瞳と同じ灰色の魔法石が嵌められている。
(同じ杖……? というかこの二人、なんか似て……)
「無抵抗の容疑者に危害を加えようとする弟の野蛮な行いが目に入ったものでな。まったく、あれほど暴走はするなと言ったのに」
「野蛮なのはテメーの方だろ!」
思いっきり殴りやがって、と文句を言うハンスを冷たく見下ろしため息を吐いたあと、女性はすっと廻の方に視線を向けた。
感情の読み取れない能面のような顔で見つめられ、廻はびくりと肩を揺らす。
「君が小津佐廻だな。私たちと同じ
「え……?」
女性が放った思わぬ言葉に廻は戸惑う。
友人。彼女はもしや撫子たちと会ったのだろうか。
「私はグレーテ・エアハルト。ここいるハンス・エアハルトとは姉弟だ。──愚弟が迷惑をかけてすまなかった。こいつは異端者のことになるとどうにも抑えがきかなくてな」
本当にいつまでも子供で困る、とさして困ってもいないような抑揚のない声で女性は言う。
「だれが子供だって!?」
「彼は冷静に異端者を説得し然るべき対応を取ろうとした。貴様はそれを阻止しようとしたんだろう。個人的な感情で。子供じゃないか」
「……っ!」
「自分よりも年下の人間の仕事を邪魔して、挙句の果てには攻撃をすべて防がれて……恥ずかしくないのか? 相手との力量差も察せないほど愚鈍ではないはずだろう。最年少
「……」
「ああでも、いまの最年少は彼なのか」
ふと気づいたように顎に手を当てるグレーテの隣で、ぷるぷると震えるハンス。
いまにも怒りが爆発しそうな彼の姿を見て、廻はとっさに二人の会話に割って入った。
「あ、あの……ハンスさんは、本当に僕たちを殺す気はなかったと思います」
「?」
「えっと、最初は本気だったかもしれませんが、最後のは少しちがうというか……」
グレーテが不思議そうに首をかしげる。
どういうことかと問うような彼女の視線を受け、廻は続けた。
「自分の攻撃を僕がぜんぶ防ぐことを、彼はわかっていたと思います。それくらい僕たちの魔力の差が歴然だってことには気づいていたはずだから」
「……」
「だからその……試したのかなって。僕の覚悟とか、先輩の善意とかを。そうじゃなきゃ、どうせ防がれるってわかってる魔法を発動するような無意味なことはしないと思うので」
「君は……無自覚に人を煽る天才のようだな」
「テメーが言うな!」
ダン、と地団駄を踏むように立ち上がったハンスがグレーテに食ってかかる。
呆気に取られたままその様子を見ていると、小津佐くん、と背後から小さな声をかけられた。
状況についていけず、廻以上に困惑を隠し切れていない眼鏡の少女、真島だった。
「あの、空が……」
「空?」
顔を上げた真島の視線の先を追い、言われたとおりに空を見上げる。
すると、先程まで曇っていたはずの空が次第に元の明るさを取り戻していく光景が目に入った。
学校全体を覆っていた結界が消滅し始めたのだ。
廻はあせった。今回張られた結界には、内部にいる者の意識を奪い、外部から認識を歪ませ侵入者の存在を拒絶する効果が付与されていた。
その結界が解除されたいま、気絶していた人々が目を覚まし、自分が置かれた状況がわからずパニックに陥るのも時間の問題だろう。
「……まずいな。このままじゃ学校中がとんだ騒ぎに」
「ああ、それなら問題ない」
犬が吠えるように文句を言い続ける弟を無視して、グレーテが廻を見た。
「君の友人たちに
体育館で意識を奪われることなく動いていた撫子たちと遭遇し、事情を話して協力を要請したこと。
その頼みを受け入れた撫子たちが、校舎の中で三手に分かれ、それぞれの立ち位置から結界に干渉する魔法を発動させていたこと。
結果、今回の事件に巻き込まれた人々の記憶は不自然ではない程度に書き換えられ、真島が起こした騒ぎの詳細は自分たち関係者の間だけに留められること。
大体そんなようなことを廻に説明し、グレーテは静かに笑った。
「金髪の少女だけは君の正体を知らないみたいだったからな。他の二人が上手い具合に誤魔化してくれていたようだが。──優秀ないい友人を持ったじゃないか」
微笑みと表現するのも難しい、ほんのわずかに口角を上げるだけの小さな笑みだった。
廻はそんな彼女に笑い返し、会釈をして礼を言う。
二人のやりとりが気に食わないのか、ハンスだけはぶすりと頬を膨らませ、廻とグレーテの顔を交互に睨みつけていたが。
「小津佐くん……」
「大丈夫ですよ、先輩」
もう終わりましたから。
自身の後ろで不安げに瞳を揺らす三つ編みの少女を振り返り、晴れやかな気分でそう言って、廻はふっと目を細めた。