──どうしてこんなことになったのか。
ばくばくと激しく鳴る心音にかき混ぜられた頭で、トーマス・ウォルトンは考えた。
自分はただ、魔法の研究がしたかっただけだ。
十年前。アメリカのオズ魔法大学を卒業しそのまま院に進もうとしたところで、ある人物から自分の研究所の構成員にならないかと声をかけられた。
ダンバースの
魔法使いを含むすべての人間の禁域であるその施設にウォルトンを勧誘したのは、他でもない、原初の魔女ドロシーだった。
──魔法の研究に心血を注ぐ有望な若手がいると聞いてな。調べてみるとなかなか見込みがあるじゃないか。どうだ。私の研究所で働かないか?
この世界に魔法という概念をもたらした、二百年以上の時を生きる伝説の魔女。魔法を愛する自分にとっては神とも言える存在からの啓示に、ウォルトンは高揚した。
禁忌とされる
本来であれば異端者となり得る所業を、十戒を定めたドロシー本人に認められたのだ。断る理由などあるはずもなかった。
実際、ウォルトンを含む施設の職員たちに与えられた任はドロシーの補佐のみで、自分たちの手で
(……そうだ。私はただ、感情を持つ
そんなウォルトンの希望が絶たれたのは、いまから約四年前。
ドロシーが殺され、研究所が解体するという事件が起こった。
ウォルトンの不在時に起こったその事件は、現場にいたすべての
運が良いのか悪いのか。巻き込まれずにすんだウォルトンだったが、研究者としての自身の居場所は完全に失うこととなってしまった。
だからドイツにある現在の研究所への再就職が決まったとき、ウォルトンは歓喜したのだ。
協会に禁じられた非合法の魔法を研究する反社会的な機関だったが、関係ない。
これでまた魔法の研究ができる。神のもとで
たとえ自分が異端者になろうとも。──そう思っていたのに。
(なんで、なんで。いったい何が起こってるんだ……!)
研究室の隅にうずくまり、両手で頭を抱えながらウォルトンは震えていた。
恐怖のあまり歯がガチガチと音を立てる。焦点の合わない目で研究室の惨状を見回した。
壊れた人形のように動かなくなった同僚。そこかしこに飛び散る血。
みんな殺された。
ウォルトンを除く、その場にいた八人が全員。突如ととして現れた侵入者たちによって、魔法による必死の反撃もむなしく惨殺されてしまったのだ。
「──やりすぎだよ。何人かはあとで使うから残しておけって言われたじゃないか」
地獄のような空間に響く、低くも高くもないやわらかな声。
その声に肩をすくめて反応する、もう一つの無邪気な声。
「え~? 残したじゃん、そこに一人」
「一人じゃ何人かとは言わないよ」
侵入者は二名。男と女だった。
少年と少女、と表現する方が正しいか。おそらくは二人ともティーンエイジャーだろう。
真っ直ぐな瑠璃色の髪の毛に、緋い瞳。
少年の方はおとなびており、少女の方は若干のあどけなさが残っているが、顔立ちはどこか似ている。双子だろうか。
──いや、双子であって双子ではない。
ウォルトンは知っていた。気づいていた。彼らは同時に生まれはしたが、正しい意味での人間ではないのだから。
「その人に手を出さなかったのはわざと?」
「うん。だって知り合いに情けをかけて見逃すって、すごく
邪気のない様子で宣う少女に満面の笑みを向けられ、ウォルトンはびくりと肩を跳ねさせた。
同僚たちを殺したのは彼女だ。
こめかみにウサギの髪留めをつけたこの可憐な少女が、魔法使いとしても高い実力を持つはずの研究者たちをいとも簡単に死体に変えた。
少年の方はその様子を笑って眺めているだけで、ほとんど何もしていなかったように思う。
「ためらいなく人を殺すのはあるべき人間の姿じゃないよ。もっと心を痛めないと」
「き、君たちは……」
状況にそぐわない穏やかな態度で少女を窘める少年をおそるおそる見上げ、ウォルトンは言った。
吐息のような掠れる声で、あり得るはずもないことを問う。
「
──その瞬間。
電流にも似た衝撃が、ウォルトンの左半身に襲いかかった。
「う……わあああぁぁ!」
意識を飛ばしたくなるほどの激痛。その痛みが走った箇所を右手で押さえようとしたところで、気がつく。
左腕がない。
切り落とされたのだ。左肩の下から、腕をまるごと。
好青年という表現が相応しい笑顔を見せる、目の前の少年によって。
「全員殺すのはダメなんじゃなかったの」
「殺さないよ。すぐに治すし」
昔お世話になった人だし、かわいそうだからね、と。
人好きのする笑みを浮かべ、少年はゆっくりとウォルトンに近づく。
恐怖で固まるウォルトンの左肩に手をかざし、彼は治癒魔法を発動した。
「はい。ごめんなさい、痛い思いをさせてしまって」
ものの数秒で元のかたちを取り戻した自身の左腕を見つめ、ウォルトンは息を吐く。
痛みはないが、生きた心地がしなかった。いっそいまので殺されていた方がマシだったと思えるほど。
これは、悪夢だろうか。
「でも、次からは気をつけてくださいね。二度と僕らをαとβなんていう識別番号で呼んじゃいけない」
緋色の目を静かに細め、幼い子供に言い聞かせるような口調で彼は言う。
「僕らにはイザヤとアマネっていう──大事な子にもらった、大事な名前があるんだから」
自分の知る子供の姿とはちがう、