オズの十戒   作:木ノ宮

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期末試験編
54 忘れてた


 

 

 放課後の図書室はいつもそれなりに人がいるが、それにしても今日は多いな、と(めぐる)は思った。

 

 比較的生徒の少ない古書コーナーの方へ進み、奥にある棚から一冊の本を取り出す。

 

 赤い表紙の分厚い本だった。編入前に卑弥呼から渡された魔道具で、中には廻によるこれまでの調査結果が記されている。

 

 オズ魔法学園日本校に潜伏するユダの捜索。それが異端審問官(インクイジター)としての廻に与えられた任務だが、相手はあのドロシーの殺害を成功させた相当な実力者だ。一筋縄で捕まえられる異端者ではないことは、廻とて最初から理解していた。

 

 学園に在籍する人間の数は、生徒、教師を含め全部で約二千五百人。

 

 姿を変え、経歴を隠しているだろうその中から特定するのは容易ではない。下手に魔法を使って調べれば相手に勘付かれ、逃げられてしまう可能性もある。

 

 廻の正体を知られてしまってもそれは同じだ。

 

 この調査記録を学園の図書館に隠しているのも、自分の部屋に置いておくことで何かあったときに廻の身分が疑われることを避けるため。

 

 事前に登録された人間の魔力に反応し、その者だけが視認可能な文字が浮かび上がる魔道具なので、万が一他の生徒に見つかっても問題はない。

 

 

 ──私たちが追っていた異端者。その人物も“蛇”の林檎によって力を与えられた魔力を持たない一般人だった

 ──今後も増えるだろうな。“禁断の果実”の被害者は

 

 

 一週間前、オズ魔法協会の日本支部でグレーテから聞いた話を思い出す。

 

 グレーテとハンス。ドイツ出身の双子の魔法使い。彼らは廻と同じ異端審問官(インクイジター)だった。

 

 母国で“禁断の果実”による戒律違反の対応をした二人は、その元凶である“蛇”の拠点となった日本の協会と情報を共有するため、真島が騒動を起こす数日前にはこの国を訪れていたという。

 

 そこで真島が“蛇”から林檎の水晶を受け取った事実を知り、彼女を捕らえるべく異変の起こった桜倫高校に突入した。

 

 廻と遭遇したのは本当に偶然だったらしい。

 “禁断の果実”の情報はその時点では廻には入ってきていなかった。

 

 詳細を聞かされたのは、騒動後にハンスとグレーテを交えて行われた会議でのことだった。

 

 

 ──まさか我々がお伝えする前に真島さんと接触し、戒律違反が起こるのを防いでしまうとは。さすがは廻くんですね

 

 

 そう廻を称賛したのは、協会に勤める若き魔法使いで、廻の秘密と任務を知る数少ない協力者の青年、櫛名(くしな)鳴海(なりうみ)だった。

 

 肩口まで伸ばした黒髪をさらりと揺らして微笑む彼は、年が近いこともあってか出会った頃から廻に対して友好的だ。

 

 そいつはオレたちの邪魔をしただけだろうが、と向かい側に座っていたハンスには睨まれてしまったのだが。

 

(ユダと“蛇”が本当につながってるかはわからない……けど、“蛇”を放っておくわけにはいかないのは事実だ)

 

 幹枝や茂雄、真島のような人間をこれ以上増やしてはいけない。

 

 自身に課せられた使命の重さをあらためて実感しながら、机に広げた本のページを廻はめくる。

 

 そこに書かれていたのはある三名の人物の名と、彼らについての情報をまとめた詳細なプロフィールだった。

 

 音無侑生。廻が所属する高等部一年A組の担任教師。

 

 小松瑞歩。新聞部の部長を務める高等部の三年生。

 

 茨目麻子。一年前にアメリカから赴任してきた養護教諭。

 

 この二ヶ月間で廻が特に気になった者たちだ。

 

 三人とも経歴に不自然な箇所はない。世話になっている担任を疑うのは忍びなく、思い違いであることに越したことはないのだが、ユダほどの実力者であればその出自から偽ることも可能だろう。

 

 もう少し調べてみるか、他のめぼしい人物を当たるか。

 

 二人の女性と一人の男性の写真が浮かぶページを見つめ、廻が悩んでいたときだった。

 

「ずいぶん熱心じゃねえか。さすが、優等生だな」

「……!?」

 

 突然上から聞こえた声に廻はびくりと肩を跳ねさせた。

 

 とっさに手元の本を閉じ、自分に話しかけてきた相手の顔を確認する。

 

 紺色のローブをなくした半袖の夏服に、さっぱりとした茶色い短髪。クラスメイトの猿飛だった。

 

「何の勉強してたんだ?」

「え? 何のって……」

「テスト勉強してたんじゃねぇの?」

 

 テスト勉強? と廻の口から呆けた声がこぼれ出る。

 すると猿飛は不思議そうに首をかしげた。

 

「来週から期末試験だろ。ここ乗り切らねーと無事に夏休みに入れ……って、小津佐?」

 

 黙ってしまった相手を怪訝に思ったのか、眉をひそめた猿飛が廻の顔を覗き込むように腰を屈めた。

 

 だから廻は、素直に白状するしかなかった。

 

「忘れてた……」

「はあ?」

 

 あと一週間だぞ!? という図書室には相応しくない猿飛の大声を咎める者はだれもいなかった。

 

 いつもより人が多いのは期末試験の勉強のためだったのかと、廻が気づいたのはそのときだった。

 

 

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