オズの十戒   作:木ノ宮

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55 魔法使いのダメなとこ凝縮してる

 

 

 魔法使いとして自分はそれほど優秀ではない、という自覚が猿飛にはあった。

 

 魔力の量は人並みかそれ以下。中等部からの入学で、初等部から在籍している生徒たちには知識も能力も劣っている。

 

 だが、そんな猿飛にも誇れることはある。魔法学園の生徒として自慢するには些か悲しいところではあるが、人間としては持っておいて損のないもの。

 

 体力、筋力、瞬発力。つまりは生身の身体能力だ。

 

「──うっし、6.2秒!」

 

 前回より0.5秒縮まったタイムに思わずガッツポーズをきめる。

 

 魔法学園とはいっても、その課程の半分はふつうの学校と同じものだ。

 体力測定もその一つ。魔法とは関係なく生徒本来の身体能力を測ることを目的とされたそのテストは、毎年一学期の期末試験終了後の体育の授業で行われることになっている。

 

 昨日まで実施されていた期末試験の手応えは、正直なところよくなかった。

 

 だから得意な運動によって多少なりとも活躍できる体力測定は、猿飛にとって自尊心の拠り所とも言えるものだった。

 

「──つーわけだ。こればかりは俺だってお前に負けてねぇからな、ルクス!」

「あ?」

 

 相手の顔をびしりと指差して宣言すると、その声に反応して猿飛の方を向いた男が、怪訝そうに眉をひそめる。

 

 彼自身、たったいま五十メートル走のタイムを測り終えたところなのだろう。わずかに息を切らし、首元の汗を手の甲で拭う姿が異様にさまになっている。

 

 これだからイケメンは、と自分でも理不尽だとわかる僻みを胸に、猿飛は彼に近づいた。

 

「お前五十メートル走何秒だった?」

「6.5」

「ふつうに速いのかよ!」

 

 どん、と地団駄を踏んで澄ました相手の顔を睨みつける。

 

 そんな猿飛から興味なさげに視線を逸らした銀髪の少年、ルクス・ピートはイギリスからの留学生。魔女の家と呼ばれる孤児院出身の優秀な魔法使いだ。

 

 エリート中のエリート。最近は比較的ましになったが、どこか他人を見下したような偉そうな態度がどうしてもいけ好かない。要は相性が悪いのだと思う。

 

「クソ、勝ってるけど勝ってねえ!」

「なんだよ。猿がすばしっこいのなんて人間が言語を話せるってのと似たようなもんだろ」

「だれが猿だ! ……くっ、握力は!?」

「60」

「こっちも勝ってるけどお前スポーツやってねぇんだよな!? やっぱり勝った気がしねえ……!」

 

 まさかこの男は運動までできるのか。

 

 まだ二種目の結果しか聞いてはいないが、この調子だとこれからさらに悔しい事実を突きつけられてしまう気がする。経験則的に。

 

「つーか、オレたちは魔法使いだぞ。評価されんのは体力じゃなくて魔法だろうが」

「バッ……お前、んなことここで言ったら……!」

「おい」

 

 まずい、と思ったときには遅かった。

 背後から響いた怒気を含んだ低い声に、猿飛はびくりと肩を震わせる。

 

「ルクス・ピート。まさか貴様、魔法使いには体力なんて必要ないと思っているのか? ──そんなわけないだろうが!」

 

 般若が咆哮するような顔でルクスを叱りつけたのは、白い半袖シャツに赤いジャージの長ズボンを履いた短髪の女性だった。

 

 佐伯隆子。猿飛たちの学年を担当する体育教師だ。

 

「いいか! 私たち魔法使いも人間であることに変わりはない。そして人間の資本は体! 体力もない、身体を動かす技能もないじゃあ人はやっていけないんだよ!」

「な、なんだよ急に」

「魔法使いって生き物はそこのところを勘違いすることが多くて困る! 移動も魔法、重い荷物を運ぶのも魔法、洗い物も洗濯もゴミの分別もぜんぶ魔法! 挙げ句の果てには体調不良ですら魔法でなんとかしようとして……!」

 

 佐伯は背が高く筋肉もあり、がたいがいい。同じく筋肉質で身長が百八十ある猿飛と比べても引けを取らない体格だ。

 

 そんな女性に気迫に圧倒されたのか、さすがのルクスもわずかな怯みを隠せないようだった。

 

「私はお前らをそんな腑抜けに育てるつもりはないぞ! 自分の苦手をすべて魔法で補完する、魔法使いのダメなところを凝縮したような人間をこれ以上増やしてたまるか……!」

「おい、なんか妙に例が具体的じゃねぇか」

「佐伯は旦那さんも魔法使いだからな。いろいろあるんだろ、たぶん」

 

 呆れたように目を細めるルクスの横で、猿飛が苦笑したときだった。

 

「きゃ~! 二人ともかっこいい!」

 

 何かに興奮したような甲高い女子の声が聞こえてきた。

 

 一つではないその歓声がした方に視線を向けると、女子生徒たちが測定を行っている、男子たちから少し離れたグラウンドの一か所に、何やら人だかりのようなものができている。

 

 きゃあきゃあと浮き立つ女子たちが囲んでいるのは、猿飛のクラスメイトである二名の女子生徒だった。

 

 長い黒髪を頭の後ろの高い位置で結んだクールな印象を抱かせる美少女と、肩より短い真っ直ぐな茶髪を揺らす、真面目そうな顔つきの美少女。

 

 御三家の令嬢である阿夜撫子と、学級委員長の敷波真夏だ。

 

 どうやら女子たちはその二人の測定結果で盛り上がっているらしい。彼女たちを称賛し、尊敬すべき同級生として持ち上げるさまざまな声が遠くにいても聞こえてくる。

 

 当の本人たちは、いつもと同じ何食わぬ顔で毅然とした様子を貫いていたが。

 

「さすがはA組の二大才女。つーか、あいつら魔法だけじゃなくてふつうの体育の成績もいいのかよ……」

 

 天が二物を与えたどころの話ではない。

 

 もしかして魔法の実力が高い者は運動もできるのでは──と、自分にとっては都合の悪い仮定に顔を歪めたところで、猿飛はふと気がついた。

 

(そうだ小津佐! 小津佐はどうだ……!?)

 

 猿飛のクラスの編入生、小津佐(おづさ)(めぐる)は、遅咲きであることが信じられないほど高い魔法の能力を有している。

 

 お世辞にも体格がいいとは言えず、どちらかといえばひ弱そうな彼でさえも運動ができるとなれば、猿飛の仮定は残念ながら正しいものとなってしまうのだが。

 

「お、ちょうど終わったか。なあ小津佐、記録は──」

 

 たったいま五十メートルの距離を走り終えたらしい廻の気配を感じ、猿飛は彼がいるゴールラインの方を振り向く。

 

 すると目に入ったのは、大量の汗を流しながら腰をかがめ、激しく息を乱す黒髪の少年の姿だった。

 

「はあ、はあ……ああ、猿飛くん……お、お疲れさま……」

「めっちゃヘロヘロになってる!」

 

 お疲れさまと廻は言うが、疲れているのはあきらかに彼だけだ。

 

 病気ではないかと思うほどの息の切れ方にさすがに心配になり、猿飛は慌ててその同級生のもとに駆け寄った。近くにいたルクスも同様だった。

 

「うっ……」

「えっ、吐く!? 吐くのか!? お前具合悪かったのかよ……!」

「……ご、ごめん、ちがうんだ……単に、運動が苦手なだけ……」

「苦手ってレベルじゃねぇだろ! ちなみにタイムは!?」

「じゅ……13秒って、言ってたかな……」

「小学生の平均より遅い!」

 

 運動の得意不得意は人それぞれ。平均と比べてどうこう言うのはデリカシーに欠けた行為だとわかっている。わかっているが。

 

 ──そのスピードで走ってその疲れ方は、さすがに体力なさすぎだろ!

 

「いや、お前オレと戦ったときはふつうに動けてただろ」

 

 怪訝そうな、それでいてどこか困惑したような声でルクスが言うのに猿飛ははっとした。

 

 そうだ。あれほど軽やかな身のこなしでルクスが放つ光速の攻撃をかわし続けた男に、運動能力がないわけがない。

 

「ああ、あれはぜんぶ魔法で補ってたから……回復魔法による体力の随時回復、強化魔法による跳躍力や動体視力、反射神経の向上。戦闘において生身の僕ができることなんてほとんどないよ。魔法があるかぎり日常生活では困らないけど……」

「魔法使いのダメなとこ凝縮してる!」

 

 指で頬をかきながら困ったように微笑む廻に、猿飛は驚愕した。隣のルクスも若干引いているように見える。

 

 いや、すごいことはすごいのだ。

 

 種類がちがう魔法の同時発動にはそれなりの技術が要求される。

 学生のレベルであれば二つまで発動できれば十分だとされている中で、複数の強化魔法を実践中に使用するというのは、並大抵の能力では不可能なのだが。

 

「困ることはあるだろ。学園の外に出たら俺らは魔法使えないんだから」

「そ、それは……」

「つーか編入前はどうしてたんだよ……それに体育の成績は大丈夫なのか? 技能点が低すぎると単位にも影響するんじゃ」

「そこは筆記で補うから大丈夫だと思う」

 

 そうかこいつ頭もいいのか、と感心し、同時に猿飛は心配もする。

 

 人間の資本は体。佐伯の信条を尊重するならば、運動不足に直結する彼の生き方は正されるべきではないだろうか。

 

「廻……お前少しは体力つけた方がいいぞ。魔法だけで生きていけるわけじゃねえんだから」

 

 真面目な口調で忠告するルクスと、きょとんとした表情を浮かべる廻。

 

 そんな二人の様子を見て猿飛は思った。

 

 

 ──いやお前、ルクスにそれ言われるって相当だぞ。

 

 

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