魔法科目と普通科目の二種類の授業があるオズ魔法学園では、当然テストも一般的な高校生の二倍の数を受けなくてはならない。
魔法科目は筆記と実技に分けられるので、実質的には三倍か。いずれにせよテスト期間のスケジュールはとにかく過密で、多くの生徒がその忙しなさに翻弄されるのは毎年の恒例であるらしかった。
──高校生っぽくて楽しかったな。
そう
後ろの席でうなだれている猿飛にそんな話をするわけにもいかず、その思いはひとり静かに噛みしめるだけにとどまったが。
「小津佐、お前全体2位かよ……!」
教室後方の魔法掲示板に映し出されたテスト成績の順位表。
普通科目、魔法筆記科目、両者の合計に分けて掲示されたそれらの順位を見て驚嘆の声を上げる猿飛に、廻は苦笑する。
編入生である廻のテスト結果が気になるのは他のクラスメイトたちも同様らしい。
ざわざわとした空気の中向けられる彼らの視線は、目立つことを避けたい廻に冷や汗をかかせるには十分なものだった。
実技については単純な数字による評価が不可能なため、今回掲示されているのは純粋なペーパーテストの結果による順位である。
廻の学年順位は234名中2位。魔法科目の筆記が1位で、普通科目は3位だった。
ちなみに全体の学年1位は、魔法科目が2位、普通科目が1位だった廻のクラスの委員長、敷波真夏だ。
「すごいね敷波さん。どちらもほぼ満点だ」
「敷波は中等部のときからずっとこうだぞ。つーか片方だけとはいえ二位になってんのなんて初めて見たわ。なんだよ魔法筆記の合計が満点って。だれも勝てないだろ」
すごいのはお前もだからな、と横目で廻を見る猿飛。順位が載るのは100位の生徒までだが、彼の名前はどこにもない。
とはいえ、今回の結果を自分が誇るのはお門違いだと廻は思う。
なにせこちらはプロの魔法使い。オズの生徒たちとは別の過程、方法で試験に合格し、
今回の試験では、知識だけでは太刀打ちできない魔法の応用問題が普段より多く出題されていたという。
経験値のある廻には、そこが有利にはたらいただけ。
廻はたしかに満点だが、2位となった敷波と廻の点差はそれほど大きなものではない。
学生、それも高校一年生の段階でそれほどの応用力を示す敷波の方が自分よりも優秀だろう──と、廻が思ったとき。
「あ」
「……チッ」
少し離れたところで順位表を見ていた敷波本人と目が合い、舌打ちされた。
「な、なんで……!?」
「そりゃあ完璧な不動の1位をぽっと出の編入生に奪われたわけだからな。優等生さまのプライドは傷つくだろうよ」
はは、と笑う猿飛の無慈悲な言葉に、廻は顔を青褪めさせた。
そんな。まさか嫌われてしまったのだろうか。
「というかうちのクラスすごすぎない? 1位が敷波さんで2位が小津佐くん、3位が阿夜さん。そんで5位はルクスくんでしょ」
トップ5をほぼ占領してるじゃん、と感心したような口調で言うのは、林檎のような赤髪を揺らす快活なクラスメイト、白雪だった。
「いつもは阿夜さんと敷波さんのトップ争いって感じだったけど、これからはそこに小津佐くんも入ってくるんだねぇ」
「え」
「まあそれはいい。小津佐はいかにも勉強できそうな顔してるからな。最近はかけてねーけど編入したての頃はガリ勉眼鏡って感じだったし」
「え……」
「そう、つまりだ。魔法が得意なやつが頭もいいのはわかった。一部を除いて運動ができんのもしかたねえ」
「その一部ってもしかして僕のこと……?」
「けど……──やっぱりお前だけは認めねぇからな!」
びし、と猿飛が指差したのはルクスだった。
廻の隣でなんとなくといったように掲示板の順位を眺めていた彼だったが、自分を睨む猿飛の姿を見留めると、眉をひそめて「は?」と辟易したような声をこぼす。
「お前がふつうの学業面でもエリートなのはもういいとしてよ! 現代文と古文の点数が俺より高いのは納得いかねえ! イギリス人だろお前!」
「猿はそもそも使う言語からしてちがうんだからしかたねぇだろ」
「だれが猿だ! くっ……魔法でカンニングとかしてねぇだろうな!?」
「そこに関してはオズ側が厳重な対策をしてるはずだが」
「わかってんだよチクショー!」
悔しげな叫び声を上げて床に崩れ落ちる猿飛を、冷ややかな目でルクスが見下ろす。
私もそっち側だから安心してよ、と笑顔で励ます白雪と、とか言ってお前ギリギリ順位載ってるだろ、と力なく答える猿飛。
そんな二人の姿を眺めながら、廻はルクスに話しかけた。
「ルクスくん、数学満点だったんだよね。すごいな。僕はあまり計算が得意じゃないから尊敬するよ」
「オレより合計点が高いやつが何言ってんだ」
「ああ。ほら、僕は
「急に重いな」
魔法の力も、学力も。己の努力とは関係のないところで手にした力を褒められるのは居心地が悪い。
廻がそう言うと、ルクスはわずかに顔を歪めて不服そうな視線を寄越した。
何かを言いたげなその表情に、廻が首をかしげたとき。
「──あ、三条先生」
ガラ、と教室の前方の扉が開いて、片手に数学の教科書を持った髪の長い女性が入ってきた。
最初に彼女に気づいた生徒がその名を呼ぶのを皮切りとして、掲示板の前や窓際で談笑していた者たちが次々と自分の席に戻っていく。
そんなクラスの様子を教壇の上から見回し、長髪の女性は言った。
「私が早く来過ぎただけよ。まだ予鈴も鳴っていないのだし、着席する必要はありません」
テストの結果で盛り上がっていたのでしょう、と。
にこりとも笑わず、淡々とした口調で言い放つ彼女の名は──三条冬香。廻たちの学年の数学を担当する年若い女性教師だ。
堅物で厳しい態度が目立つこともあるが、魔法や数学の教え方は上手く、美しい容姿も相まってか生徒たちからの人気も高い。
──なにより彼女は、御三家に次ぐ有名な日本の魔法使いの家系、三条家の跡取りでもある。
「冬香さま!」
自身で調べた三条家の情報を廻が頭で整理していると、弾かれたような勢いで掲示板の前から飛び出した影が、ざっと教室を移動して他の生徒たちを驚かせた。
すたん、と忍者のような動きで教壇に着地した影の正体は、敷波だった。
「申し訳ありません!! 冬香さま!!!」
真面目で冷静なふだんの彼女からは想像もつかないほど大きな声が、教室中にこだまする。
「冬香さまの側近ともあろうこの私が、三年間取り続けた魔法筆記一位の座を他人に譲り渡してしまうなんて……!」
一生の不覚です、と。
教卓の前に立つ三条の隣に跪き、
武士?
「真夏」
「はい!」
「学校でその呼び方はやめなさいと何度も言っているでしょう。それにあなたは総合一位。十分以上に優れた結果を出しておきながら不覚などと口にするのは、それこそ驕りというものではないかしら」
「……! も、申し訳ありません!」
平素の凛とした姿はどこへやら。さっと顔を青くして、再び謝罪の言葉を口にする敷波。
彼女の家は、魔法が世界に普及した二百年前から三条家に仕え続ける、従者の家系であるという。
三条家と敷波家。
日本のオズを調べ始める以前から、廻の中に知識としてはあった名前だ。
「けど──」
「……」
「今回もがんばったわね、真夏」
ふっと微笑んだ三条が、廻が初めて聞くような穏やかな声で敷波に語りかける。
その瞬間。頭から煙のようなものを吹き出して、敷波は倒れた。
「我が人生に一片の悔いなし……!」
「敷波さん!?」
恍惚とした表情を浮かべて胸の前で両手を組み、いまどき小説の中でも目にしないような台詞を口にする敷波に、廻は驚愕する。
また始まったよ、と苦笑いを浮かべる猿飛たちの反応からして、彼女のあの様子はそれほど珍しいものでもないようだが。
(敷波さんって、三条先生の前ではあんな感じなんだ……)
資料だけでは知り得ない意外な一面が人間にはあるのだと、そのとき廻は学んだのだった。