オズの十戒   作:木ノ宮

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57 全力でドーピングしてよ

 

 

 七月中旬に行われる期末テストと体力測定を無事に終えると、オズ魔法学園には夏休みがやってくる。

 

 オズは日本で唯一の魔法学校。全国から生徒が集まり、中等部以上になると寮生の割合も高い。当然、約一か月の夏休みを帰省にあてる生徒も多く、毎年この時期は学園全体がどこかいつもと違う雰囲気を漂わせているのだと猿飛は言っていた。

 

「ま、私たちは実家が近くてときどき帰ってるからそれほど特別感ないんだよね。帰省組が寮からごそっといなくなるのは寂しい感じするけど」

「白雪さんは長期の帰省はしないの?」

「あんまりちょこまか帰ってくるなっておばあちゃんに言われてるんだ~ そんな暇あったら学校で魔法の技術を磨いてろって」

「うちも似たようなもんだな」

 

 (めぐる)の問いに苦笑いを浮かべ、やれやれと肩をすくめて答える白雪に反応したのは猿飛だった。

 二人は寮生だが、今回の夏休みは数日間だけ家に顔を出す程度で、本格的な帰省をする予定はいまのところないという。

 

 廻は授業のないこの期間を利用してより細かに学園中の人間をリストアップし、ユダの捜索を進めていくつもりだった。それに加え、“禁断の果実”によって魔力を持たない者も標的にし始めた“蛇”の調査も続けていく必要がある。

 

「ねえねえじゃあさ、私らみたいな帰省しない組と実家組で予定合わせて遊びに行こーよ。海とか、お祭りとか」

「!」

「お、いいなそれ」

 

 軽やかな調子で放たれた白雪の提案に、廻は目を見開いた。

 笑顔で頷く猿飛の隣で身体を震わせ、高鳴る心臓を誤魔化すように胸のあたりを右手で握る。

 

 海。夏祭り。いつか保護者の卑弥呼が言っていた──青春だ。

 

「よし、そうと決まればいい結果を残して夏休みに入らねぇとな。がんばろうぜ、二人とも」

「同じチームになるかはわかんないけどね~」

 

 勝気な表情を浮かべ、ぱし、と手のひらを拳で叩く猿飛。

 

 彼と、彼の前でにこにこ笑う赤毛の少女はどちらもジャージ姿だった。体育の時間に着用する学校指定の運動服だ。半袖短パンの彼らとはちがい上着を羽織っているものの、廻も同じ格好である。

 

 いったいなぜか。それはいまから運動をするからだ。

 

「ついに今年もやってきたな……魔法ドッジボール大会の日が!」

 

 ただの運動ではなく、魔法を使った特殊な球技なのだが。

 

 

 **

 

 

「チーム分けはくじ引きで行う。全員、私がいまから出すくじ球を一つずつ手に取れ」

 

 一年A組の生徒たちが集合したグラウンドで、体育教師の佐伯が自身の魔法を発動させる。

 その瞬間、野球ボール程の大きさをしたいくつもの球体が上空に出現した。

 

「6番だ」

 

 ゆっくりと落ちてきた球の中から一つを選んで手にした廻は、その表面に浮かび上がった「6」という数字を口にした。

 

 すると少し離れた場所にいた一人の少年が、ほんのわずかに目をみはって廻を見る。

 その視線に気づいた廻は、彼の手元にある球に書かれた数字に気がつき、ぱっと笑った。

 

「ルクスくんも6番? いっしょのチームだね!」

 

 うれしいな、と自分と同じ数字の球を手にした銀髪の少年──ルクスのもとに駆け寄る。

 すると彼は廻から目を逸らし、「まあ、べつに」とよくわからない返事をした。その顔は心なしかほんのりと赤い。

 

「え、待って。私ふたりと同じチームなの!?」

 

 超ラッキーじゃん、と興奮したような様子で廻たちに近づいてきたのは白雪だった。

 同じチームになるかわからない、と話していたばかりだったが、どうやら彼女も廻と同じく6番のくじ球を引き当てたらしい。

 

 魔法ドッジボール大会。

 

 毎年夏休みの直前に実施されるオズの恒例行事で、その名のとおり魔法を駆使したドッジボールで勝敗を競う、体育の授業の延長線上にあるイベントだ。

 

 大会とはいっても全校生徒が一度に参加するような大規模なものではなく、生徒数の多い中等部以上の学年ではクラスごとの随時開催が常のことであるという。

 

 廻が所属する一年A組の番が回ってきたのは、終業式の二日前。

 成績や評価とは無関係のレクリエーションのようなものだと、事前に廻は聞いていたのだが。

 

 

 ──判断力とか協調性とか、基本的な魔法の能力以外の部分も見られてるらしいぜ。公表はされてねぇけど、生徒たちの間じゃ裏期末試験なんて呼ばれてる

 

 

 遊び半分で挑むものではけっしてないのだと、そう廻に教えてくれたのは猿飛だった。

 

(ドッジボールは初めてだけど、一チーム三人でやれるものなのかな)

 

 廻のチームのメンバーは廻、ルクス、白雪の三名。他のチームも同様で、三人組のグループが合計で十一組。A組の生徒が全部で三十三名だからだ。

 

 競技自体に参加したことがない廻でも、ドッジボールのルールくらいは知っている。少なくとも一つのチームの人数はこれより多いイメージなのだが、魔法を使ったドッジボールとはいったいどのようなものなのだろう。

 

「ドッジボールってたしかイギリス発祥なんだよね」

「原型はそうらしいな」

「僕たちがいまからやるのは日本のオズのオリジナルなんだって。ということはルクスくんも初めてだ」

「まあ、そうなるな」

「うれしいよね。──新しいことを知れるのって」

 

 そう言って笑いかけると、ルクスはその青い瞳をぱちりと静かに瞬かせて廻を見る。

 彼はやがて長い睫毛をはたりと伏せると、ああ、と小さくもたしかな答えを廻に返した。

 

「天才留学生と天才編入生がチームメイトって、私さすがに幸運すぎない? こんなの優勝決定じゃん」

「ルクスくんはともかく僕は球技……運動全般が苦手だから、どうかな」

「あ、小津佐くんってめちゃくちゃ運動音痴なんだっけ。だいじょーぶだいじょーぶ! このドッジは魔法使い放題だから、全力でドーピングしてよ!」

「ドーピング……」

 

 ばしばしと機嫌よく自分の背中を叩いてくるクラスメイトに廻は苦笑した。

 事実なのでしかたがないが、こうもはっきり運動音痴と言われると多少は傷つく。

 

「ふっふっふ……甘いな、白雪よ」

 

 ざっと地面を踏みしめる音を立て廻たちの前に現れたのは猿飛だった。

 

 胸の前で腕を組み、勝ち誇ったような笑みを浮かべる猿飛に、白雪が怪訝な顔で問いかける。

 

「甘いって、なにがよ」

「たしかに小津佐とルクスがチームメイトなのは大きい。だが俺はルクスとは組みたくねえ」

「こっちのセリフだ」

「正直めちゃくちゃ優勝する確率は高い……と言いたいところだが」

 

 かっと目を見開いた猿飛が、びしりと自身の後方を指差す。

 

「見ろ! オレのチームメイトを!」

 

 彼の指先が示す場所に立っていたのは二人の少女だった。

 

 長い黒髪を後頭部で結わえてポニーテールにした撫子と、肩より短い茶髪を耳にかけた委員長の敷波だ。

 

 どちらも真顔で、猿飛に指を差されても怒るどころか動じる気配ひとつない。否、自分たちが注目されていることすらどうでもいいというような、堂々たる態度だった。

 

「A組の二大才女を味方につけた俺に敵はねえ! 悪いが優勝はもらったぜ!」

「いやいや、こっちだって負けてないんだけど!」

「はっ、小津佐はともかくそこの銀髪野郎に協調性があるとは思えねえ。魔法の能力が高いだけじゃ勝てない競技だってのは、お前もよく知ってるだろ?」

 

 すでに優勝を果たしたような様子で強気なことを言う猿飛に、むっとした表情で文句をこぼす白雪。

 

 そんな二人に「お前らどっちもずるいんだよ!」という他のクラスメイトたちからのクレームが一斉に入り、晴れた空の下のグラウンドが騒々しさを増すのであった。

 

 

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