相手は蝶野、千里、諏訪部の女子一人、男子二人から成るチームだった。
三人とも防御魔法の精度が高く、最初のうちはボールを投げてもそのほとんどを弾き返されていたのだが、防御に徹するばかりでなかなか攻撃をしてこない彼らの隙をつくことで、どうにか勝利を収めることができたのだ。
コート係の廻が影の多い場所までコートを移動させ、外野のルクスが威力を増した自身の魔法、
その光が目くらましの役目を果たしているうちに白雪がボールを投げ、その軌道を廻が操作することで、相手の内野を二人同時にアウトにする。
一回戦目、二回戦目で使った戦法を合わせたのである。
「ルクスくんは本当に魔法の操作が上手だよね。相手に攻撃を当てずに
「……べつに、ふつうだろ」
というかお前がそれを言うのか、と呆れたような視線を向けてくるルクスに、廻ははてと首をかしげる。
周辺の空気を操ることでボールの軌道を調整した廻の技術のことを言っているのだろうが、同じ自然物を操る魔法でも、風と光を操るのではその難易度は大きくちがう。
光と闇。その二つに関する魔法は特に扱いが難しいというのが、世界中の魔法使いたちにとっての常識だ。
「影のない世界を創っちまうようなやつに言われてもな」
「あれは概念そのものを改変する魔法だからね。光や闇を操るのとはちょっとちがうよ」
「概念変えんのはふつうじゃねえだろ」
「さすがに世界ごと創り変えるのは難しいから……君と僕二人だけの空間だっていう縛りがあったからできたことだ。魔力もかなり消費するし」
「ああ、それで」
目の色が変わったのか、とまではルクスは口にしなかった。
彼は廻が
その誠実さと、真実を知った上でなおも友人になってくれた彼のやさしさに、廻はたしかに救われていた。
「ねえねえ二人とも。いまからあっちで私たちの決勝相手が決まる試合が始まるみたいだよ。観に行かない?」
廻とルクスが話している間、二人から少しだけ離れた位置で蝶野と談笑していた白雪が近づいてきて、自分たちがいる場所とは反対のグラウンドの東側を指差しながらそう言った。
彼女が示した先にはすでに敗退が決まった他のチームの生徒たちが集まっていて、彼らが取り囲んでいるのは、これから始まるもう一つの準決勝に臨むらしい二つのチームの選手たちのようだ。
うち片方は、撫子、猿飛、敷波のチームだった。
「やっぱり阿夜さんたちのとこがここまで残ったか。ま、当然の結果って感じだけど」
「すごいな。みんなこの試合に興味津々みたいだ」
「そりゃそうでしょ。阿夜さんと敷波さんといったらいろんな意味でうちの学年のツートップ。そんな二人の共闘なんて見たいにきまってるって」
そんな会話をしながら、廻は白雪、ルクスとともに試合の観戦がしやすい場所まで移動する。
撫子と敷波がいるチームだから気になる、と言えば語弊はあるが、廻自身も単純に興味があった。
なにせこの試合で勝ったチームが、自分たちの決勝の相手になるのだから。
「猿飛もご満悦だろうね~ 優勝はもらったぜ! とか最初から言ってたし」
「はは、そういえばそうだったね。猿飛くんは──あれ?」
白雪の言葉に同意し、話題に出た級友がいる方に視線を向けた廻は、次の瞬間思わず目を見開いた。
撫子、敷波、猿飛の三人の様子がどこかおかしかったのだ。
対戦相手を前にして並ぶ撫子と敷波は、互いから目をそむけるように反対の方を向いており、その二人の間の一歩後ろに、力なく肩を落とした猿飛がうつむきながら立っている。
撫子はいつもと同じ無表情。
一方の敷波は眉間にしわを寄せ、胸の前で腕を組んだ体勢で、あきらかに苛立たしげなオーラを全身から放出している。
二人の間に流れる空気は、険悪そのもの。挟まれた猿飛は気まずそうに下を向き、その顔は若干青褪めているようにも見える。
「……どういう状況!?」
「吹雪が見えるな。氷雪系の魔法でも使ったか?」
ルクスの言うとおり、撫子と敷波の周辺はまさに極寒。
近くにいる猿飛はその冷たさから既に瀕死の状態らしく、彼女たちと向き合う対戦チームの面々も、試合とはまた別の緊張で身体を強張らせているようだ。
ちら、と猿飛が自分の方を見たことに廻は気づいた。
──助けてくれ。
虚ろに揺れる彼の瞳が、たしかにそう訴えていた。
**
──結果は、撫子たちのチームの圧勝だった。
試合が開始し、ジャンプボールにより相手チームが先制の権利を手にした瞬間、敷波が自身の魔法を発動した。
水生成魔法。
魔力で生み出した水を自在に操る、比較的よく使われる自然生成魔法の一種だが、敷波のそれはプロの魔法使いも顔負けの精度を誇るものだった。
彼女の周囲に出現した複数の水の球。
一度に放たれたそれらの攻撃に翻弄された敵チームの内野の一人が、自身が持っていたボールをコートの外に勢いよく飛ばしてしまった。
空高く舞い上がったボール。
落下してくるそれをだれが最初に手にするのか、見学の生徒たちが固唾を呑んで見守っていたとき。
──撫子が地面を蹴って跳び上がり、一瞬のうちに空中のボールの位置まで移動した。
ボールが落ちてくるのを待つのではなく、自分から取りに行くことを選んだのだ。
そこからはあっという間だった。真上から撫子が投げたボールが相手チームの内野の一人に直撃し、跳ねたボールを外野にいた猿飛がどうにかキャッチし、慌てて追撃し。もう一人の内野もアウトになった。
あまりにスピーディーな展開に、倒されたチームの三人はおろか、観戦していた廻たちも呆気に取られるばかりだった。
「──阿夜撫子!」
試合終了後、敷波が撫子を怒鳴りつけた。
「貴様……さっきのような動きをするつもりなら、なぜ事前に相談しない!?」
「さっきのような動きというのは?」
「ボールを取りに跳躍魔法を使ったあれだ! 私がコートから出ていれば、ファウルになっていたんだぞ……!」
二人の様子をはらはらした気持ちで見ていた廻だったが、敷波の言うことにも一理はある。
魔法ドッジボールのコートは可動式。チームの内野はペンダントを持つコート係が生成した直径五メートルの球体の中でのみ動くことが許されており、そこから身体が出ることは、このゲームの基本のルールに抵触してしまう。
彼女たちのチームのコート係は撫子だった。
ボールを取りに空高く跳び上がる際、撫子はルール違反を避けるためコート自体の移動も同時に行ったが、そのせいで同じ内野の敷波がコートから外れてしまえば意味はない。
だが、あの撫子の行動で彼女たちのチームにファウルの判定が下されることはなかった。
とっさの判断で撫子に合わせた敷波が跳躍魔法を発動し、宙に浮かんだコートの中に飛び込んだからである。
「たしかに、あなたが合わせてくれなければファウルになってたでしょうね。助かったわ」
「しらじらしい。結果論だろう。たしかに同じ魔法ばかり使うのはどうかと言ったが、ファウルの危険を冒してまで好きに動けとは言ってない」
「ならあのとき私がボールを取ると宣言すればよかったの? それだと不意打ちの意味がなくなると思うけど」
「私はもっと協調性を持てという話をしているんだ……!」
「私と協力する気がないのはあなたの方でしょう」
「……っ!」
抑揚のない声で返された撫子の言葉に、敷波が図星を突かれたような反応を見せる。
ぎり、と唇を噛みしめた彼女が何かに堪えるように押し黙るのを、やはり表情は変えないまま、撫子はじっと見ていた。
「仲悪いな」
「やっぱライバル意識とかあるんじゃない? 特に敷波さんはプライドが高いし、闘争意識とかすごいありそう」
「……」
ルクスと白雪の会話を隣で聞きながら、本当にそれだけだろうか、と廻は思う。
期末テストの結果で敷波に睨まれたことのある廻も、彼女の向上心の高さや、他の生徒に負けまいとする闘争心の強さを、なんとなくは理解している。
だが、いま彼女が撫子に向けている苛立ちはそういった敵愾心とは別の、もっと複雑なものであるような。そんな気がした。