「──ではこれより、魔法ドッジボール一年A組の決勝戦を開始する!」
体育教師の佐伯の声がグラウンドに響き渡る。敗退した見学の生徒たちがみな中央から離れた端の方に寄っているのは、決勝戦で使われるのがこの広いグラウンドの全域だからだ。
コートの移動を前提とした特殊なドッジボール。最後の試合は、そのルールを最大限に生かした動きの多い戦いになるということだろう。
(ここまできたら勝ちたい、けど……)
対面に立つ決勝戦の相手──阿夜撫子、敷波真夏、猿飛慎也の三人の顔を見回しながら、
平素どおり無表情の撫子と、仏頂面でいらいらとした様子を隠しもしない敷波。二人の間に挟まれた猿飛はげっそりとやつれており、魂の抜けた表情からは現在の彼の心境がそのまま伝わってくるようだった。
学年一、二位を争うA組の才女、撫子と敷波はあまり仲が良くないらしい。
二人とも幼稚部からオズに在籍しているが、彼女たちが親しく接しているところを見た者はこれまでに一人もいない──というのは、試合前に明智から聞いた話だ。
──まあ、そもそも阿夜さんはあまり人と関わらないタイプっすから、だれと仲が良いとか悪いとかはないと思ってたんすけどね
明智はそう言っていたが、彼女たちの関係の悪さについては阿夜ではなく敷波の方になにか事情があるのではないかと廻は踏んでいる。
「よろしくね、阿夜さん」
目の前の撫子に声をかけると、彼女はぱちりと瞬きをし、廻の顔をじっと見つめて「ええ」と小さな返事をこぼした。
──彼女と敷波の険悪さが気にならないと言えば嘘になるが、この試合を純粋に楽しみたいというのが廻としての本音だった。
仮にこの大会に生徒たちの実力を評価する意図が隠されていたのだとしても、レクリエーションだという前提がある以上、廻はその表向きの部分を大切にしたいと思う。
自分はこれまで学校に通ったこともなければ、同世代の人間と協力して何かを成し遂げるという経験をしたこともない。ドッジボールはもちろん、人とチームを組んでのスポーツをすること自体が初めてなのだ。
チーム分けの際のわくわく感。最初は失敗してしまったが、ルクスと連携したり、相手チームの作戦や魔法に驚かされたりするのも楽しかった。
だから、この時間を大切にしたい。
──小津佐くんも、学校が好きなんでしょう
かつて廻にそう言った撫子も、きっと同じ気持ちのはずだ。
「楽しもうね」
笑いかけると、彼女はわずかに目を見開いた。負けないよ、と宣言すると、すぐさま真顔になった相手に、ふうと小さなため息を吐かれたが。
私も、というその呟きを、廻は聞き逃さなかった。
**
一年A組 魔法ドッジボール大会 決勝戦
小津佐廻(コート係・内野)
ルクス・ピート(内野)
白雪朱音(外野)
VS
阿夜撫子(コート係・内野)
猿飛慎也(内野)
敷波真夏(外野)
──開戦。
「うおぉりゃあぁぁぁ!」
猿飛の雄叫びがグラウンドに響き渡る。
空高く舞い上がったボール。チッと舌打ちをしたルクスが、自身が逃した上空のボールを睨みつけながら、廻が展開したコート内の地面に降り立つ。
最初のジャンプボールを制したのは猿飛だった。体格、筋力ともに六人の中でいちばんの数値を誇る彼が出てきた時点でそうなる可能性は高かったが、対戦したルクスの方はまあまあ悔しかったらしい。
試合の直前、彼は廻に「悪い、たぶん取られる」と耳打ちをしていたので、けっして猿飛の身体能力を低く見積もっていたわけではなさそうだが──それとこれとは別なのだろう。ルクス自身もなかなかの負けず嫌いなのだ、きっと。
「阿夜!」
「ええ」
相手方のコートに入ったボールを、もう一人の内野である撫子がキャッチする。
──瞬間、廻とルクスの足元がぼこりと音を立てて盛り上がった。
割れた地面の下から伸びてきたのは植物の蔓だった。撫子の固有魔法、
「はっ、芸がねえな」
鼻で笑ったルクスと、その斜め後ろに立つ廻の足元がきらりと光る。
ざん、と走る光の斬撃。その鋭い一閃が廻たちを狙っていた幾本もの蔓を切り裂き、ばらばらになったそれが魔力の残滓として空中に霧散した。
ルクスの固有魔法、
本日の天気は快晴。空には雲ひとつなく、いまの自分たちがいるのは木々や建物から離れた位置にあるグラウンドの中央だ。つまり影がほとんどない。
(だから、僕らの影を使ったんだ)
廻、ルクス、それぞれの身体が地面につくる影の割合が多くなるよう魔法の範囲を設定し、その光を斬撃にして撫子の蔓を相殺した。
ルクスはあたりまえのようにやってのけたが、いまの一瞬で効果範囲を絞り込み、扱いが難しい光を操作し、強度のある撫子の植物を切り刻むのはたとえプロの魔法使いであったとしても至難の業だろう。やはり彼は魔法の操作能力が高いのだ。
「お得意の拘束はオレらには通用しねえぞ」
「そのようね」
そういえば撫子はあのグレーテを一時的にでも拘束したのだったか──と協会本部で拘束された本人に聞いたことを思い出す廻だったが、同時に彼女のチームがあっという間に決勝進出を決めた理由を察し、その容赦のなさについ苦笑いを浮かべてしまうことは否めない。
(同じ気持ち、のはずだけど……)
一切の妥協なく行事に取り組む撫子を落胆させぬよう、自分も本気でがんばらなくてはならないなと廻は思った。