■
それから、翌朝になって。
「なんて私は愚かなことを…………」
目が覚めた瞬間に思ったことは、それだった。
あの後のことはよく覚えていない。
というか、どうやって帰ってきたのか、帰ってからの記憶すらもない。
あの二人の口車に乗せられて、契約の書類を叩きつけたところで昨日の記憶は終わっている。
ただ、少なくとも、昨日の私は冷静さを失っていたのは確か。
話が終わった後のトレーニングも、怒りに任せるだけの杜撰なものになってしまったし。
少し遅れてやってきた彼の話も、まともに聴けてなくて何一つ覚えていない。
それに何より、あんなどこからどう見ても怪しい人と、勢いだけで契約を結ぶなんて。
あの時の私、絶対にどうにかしてたわ。本当に、どうしてこんなことに……。
だから今日は寝覚めも悪くて、目覚ましを止めてから気づけばかなりの時間が経っているのにも関わらず、未だにベッドから起き上がることもせずに、ただただ自己嫌悪に陥り続けていた。
……ここで起きてしまうと、またあの人と顔を合わせることになると思うと、どうしても。
「このまま二度寝してやろうかしら……」
「あ、あはは……相当参ってるね、ヴィルシーナさん……」
ベッドの上でぼそりと呟くと、準備をしている同室のタルマエさんにそんな声をかけられた。
「……ごめんなさい、タルマエさん。あなたにも何か迷惑をかけてしまったかもしれないわ」
「ううん、そんなことないよ。大丈夫」
「そう言ってくれるだけでも嬉しいわ……ありがとう」
「でも、部屋に帰ってくるなり『あいつらァ!』って叫びながら、いきなりベッドに頭から飛び込んでそのまま寝ちゃったのは……ちょっとびっくりしたというか、心配になっちゃったかな?」
「え? 昨日の私、そんなことしてたの?」
「あ、本当に覚えてないんだ……?」
もういよいよおかしなことになってるじゃない。
「とにかく登校の準備しよう? このままだと遅刻しちゃうし」
「ええ、そうね」
まだ顔すら洗ってないもの。急いで準備しないと。
「……なんて口ではいいつつ、体は動かさないんだね」
「できれば欠席したいわ……」
「ど……どうする? 本当に今日はお休みする?」
なんて心配そうに聞いてくるタルマエさんの声で、やっと正気に戻る。
……そうよ。いつまでもクヨクヨなんてしていられないわ。
経緯や理由には不満しかないけれど、今の私には担当トレーナーがいるんだから。
その時点であのジェンティルドンナよりも一歩リードしてるのは、確か。
だから今のうちに、できるだけ彼女よりも先に進まないと。
「……心配をかけてしまってごめんなさい。もう、大丈夫だから」
「そう? なら、いいけど……無理はしないで、いつでも相談してね。せっかくの同室なんだし」
「ありがとう」
きっと彼女も、すぐに自分の担当トレーナーを見つけるはず。
選り好みをしているヒマなんて残されてない。それこそ一日すらも惜しい状況なんだから。
休んでなんかいられないわ。
■
それから、トレーニングの時間になって。
不本意ながらトレーナーに渡した連絡先に、今日のトレーニング場所が送られてきて。
自然と重たくなる脚を無理やり動かして、コートに到着したところで。
「じゃあ改めて今日から二人のことをチームとして担当することになったから。よろしくね」
「ええ。同じチームのメンバーとしてよろしくお願いいたしますわ、ヴィルシーナさん」
「ごめんなさい、無理です」
二人して ? みたいな顔をする前に、まず説明することがあるでしょう。
「ちょっと」
「はい」
「どういうことですか?」
「いや、昨日のうちに説明したんだけど……」
「何も聞かされていないのだけれど?」
「頭に血が上り過ぎて覚えていない、の方が正しいのではなくて?」
「あなたは黙ってなさい!」
確かに私がムシャクシャしたまま走ってる隣で、何かぼそぼそと言っていた気がするけど。
それにしたってもっと、後でメッセージでも送っておくとか、色々しておけば!
少なくとも、こんな当日バッタリ出会うみたいな自体は避けれたでしょうに!
「まあまあ、なっちゃったモンはしょうがないからさ。そんな怒んないでよ。ね?」
「この、ッ……誰のせいだと!」
「味方をするのは実に不本意ですが、彼の言う通りですわよ。もう書類も学園に提出してしまったことですし。まさか今になってまた別のトレーナーを探して、時間を浪費するつもり? それとも、私とチームを組むのがそんなにイヤだったかしら?」
「そんなにイヤです」
だって、こんなの。あんまりじゃない。
こんなろくでもない人と契約を結んだのも、全ては貴女に追いつくため。
貴女を追い越すため、身を削って渋々下した決断だったのよ?
それなのに、あろうことかその本人が、これから隣で一緒に走ってくるなんて。
こんなのもうイジメよ、イジメ。この二人、私のことを面白いオモチャだと思ってるんだわ。
なんて心の中で悪態を吐いていると、ふとジェンティルドンナが。
「…………その。私と同じチームは、そんなにイヤですの?」
「あ~~~あ! ちょっとシーナちゃん、酷いこと言わないよ! ほら見てドンナちゃんがしょんぼりしちゃってるじゃん! この子結構ナイーブなところあるんだから優しくしてあげないと!」
「知りません! 勝手に落ち込ませておきなさいそんなやつ!」
落ち込みたいのはこっちだっていうのに!
「でもまあ、ドンナちゃんもドンナちゃんだよ? シーナちゃんと仲良くしたいのは分かるけど、可愛がるにも適切な距離ってのがあるの。そこら辺はもっと僕とシーナちゃんを見習ってよ」
「待ってください。まさか、私と仲良くできているという自覚があるんですか?」
「今の状況、アレだよ。この前さ、一緒にドッグランに遊びに行ったじゃん? あの時ドンナちゃんがチワワに近づいたらいきなり逃げ出しちゃったでしょ? ほぼ同じ。分かる?」
「誰がチワワですって?」
どこまで私をバカにすれば気が済むのよ!
「……ええ、そうですわね。あの時に向けられた、畏怖の込められた瞳……思い出しましたわ」
「うん、そうだったよね。何なら親の仇みたいに吠えて威嚇されてたし」
「それと、あなたが沢山の雌犬に尻尾を振られながら囲まれていたことも思い出しました」
「え……あなた、犬からもそんな目で……」
「いやあ、モテモテで困っちゃうね」
嬉しそうにそのことを言える精神性が生理的に受け付けないんですけど……。
なんて彼が嬉しそうに言っている間に、ジェンティルドンナはひとりで歩き出して。
「先に一人で体を温めてきますわ。その間に話を終わらせておいてくださる?」
「……え? ちょ、ちょっと! 何も、そこまで落ち込まなくても……!」
「それでは」
引き留めようとした私の言葉を振り切るように、彼女はコートに向かっていった。
「……シーナちゃん」
「そ、その……ごめんなさい。私も少し嫌味を言い過ぎたかもしれないわ」
「いや、それは別にいいんだよ。もちろん僕が原因ってのはあるし、それはごめんなさいだけど……今回のあの子がチームに合流する話は、本人がだいぶ強引に決めたことだしね」
「本当に? あの、ジェンティルドンナが……自分から、私とあなたに?」
「そう。シーナちゃんの意見も、それこそ僕の考えも、全部無視して無理やりね。だから、これくらい拗れて痛い目は見てくれないと……ね? あの子もそういうこと、学ばないだろうし」
彼の言う通り、確かに自業自得なところは少しあるかもしれないけど。
それよりも気になったのは。
「貴方の考え、というのは?」
「うん。僕、ホントにドンナちゃんの担当をするつもりなかったんだ。むしろ、絶対にしたくなかった。今まで向こうからのアプローチも何度かあったけど、全部なんとなく躱してたし」
「……どうしてですか? あなた達、昔からの知り合いみたいだし、その方が色々と融通も効いて、やりやすいように思いますけど」
「ま、確かにやりやすくはあるんだろうけどね。でも、そうしたくはなかった。事情はここで話すと長くなるし、出会ったばっかりのシーナちゃんに話したところでただのノイズになるだろうから、今は言わない」
「それで私が納得すると思ったんですか?」
「……じゃあ、僕みたいな出来損ないがドンナちゃんみたいな優秀な子を担当するのはおこがましい、ってことでいい? 今はそれくらいしかいい感じの言い訳、思いつかないし」
こっちの気分が悪くなるくらい、卑屈で気の滅入る理由。
それに正面から堂々とウソをつかれて、この場を丸く収めようとしているのも気に入らない。
ただ、だからといってこの話をこれ以上に問いただすのは、なんだか違う気がした。
……きっと、それは彼にとって、本当に触れられたくないことだと思ったから。
それこそ、ジェンティルドンナくらいにしか。
「……分かりました。深くは聞きません。それで納得してあげます」
「ゴメンね。……いや、違うな。ありがとう、シーナちゃん」
すると彼は、いつもの調子に戻ってから、改めて私の方に振り返って。
「で、ホントにあの子と一緒はイヤ?」
なんて。
「説得するつもりですか?」
「うん。シーナちゃんも大事だけど、ドンナちゃんも僕にとって同じくらい大事だからね。あの子がしたいことは、できるだけさせてあげたい。ゴメンね、シーナちゃん一筋にはなれなくって」
「貴方にそういったものは求めていません。でも……私も、彼女を傷つけるつもりはなかったの。というか、私が身を引くつもりだったわ。その方が丸く収まりそうだし。それではいけないの?」
「ダメだろうね。あの子、僕もシーナちゃんも欲しいんだよ、きっと」
「ワガママすぎる……!」
前から強欲というか、欲しいモノは全部獲りに行くみたいな性格だとは思っていたけれど。
「あの子ってさ、昔っから強かったんだよ」
そうやって呆れていると、ふと、彼がそんな風にぽつぽつ語り始めて。
「素人の僕でも分かるくらいだった。ああ、この世代はこの子なんだ、ってね。だから、ライバルって呼べる子がいなかった。君だってなんとなく分かるでしょ? 今だってあの子に食らいつこう、なんて生徒は
「……厳しいことを言いますけど、それは自分が望んだことではないのかしら? 彼女が普段から言っている通り、至高の強さを求めた結果、誰も並び立つ者がいなくなった。それを寂しいと感じるのは、少しだけ幼稚に思います」
「ま、シーナちゃんの言うことにも一理あるね。でも、だからってあの子をずっと一人にさせて、寂しい思いをさせるのも違う、って僕は思う。誰かが寄り添ってあげないと」
彼の考えは理解できる。一人が寂しいということは、私だって知ってるから。
……なんとなく、彼女が私に妙な先輩風を吹かせている理由も、分かった気がする。
ただ。
「そこまで彼女のことを考えてあげられるのに、トレーナーにはなりたくなかったの?」
「そうだね。僕には僕の考えがあったから。それに、僕一人だけじゃあの子の寂しさは埋められない。だって僕はウマ娘じゃないから。レースも走れなければ、同じ景色を見ることすらできない」
「……どうしようもない話だ、って言いたいようにみえるけど」
「まあ、無力感はあったかな。僕だけが寄り添ったところでダメなんだろうな、っても思った。そこまで腐るつもりはなかったんだけど、こればっかりは自力で解決しようがなかったしね」
そこで彼は一度振り返って、コートの方へと視線を向ける。
その先にあったのは、一人で走っているジェンティルドンナの姿だった。
……諦めているような口ぶり。これ以上の説得は無駄だということも、何となく理解できる。
ああ、そうか。彼がこうだから、ジェンティルドンナも強引にならざるを得なかったのね。
………………。
「あなたたち、めんどくさいわね……」
「あはは、まあね。あの子の方は知らないけど、僕も自分でそう思ってたよ」
なんて笑いながら言ったところで、また改めて彼が私の方に向き直って。
「でも、そうやって悩んでいる時だったんだよ。シーナちゃんを見つけたのは」
「……私が、ジェンティルドンナに執着してるから?」
「そう。あの子に挑み続けてライバルになってくれるかもしれない子が、ついに現れた。君ならドンナちゃんの寂しさを埋めてあげられる。それに、シーナちゃんと走ってる時のドンナちゃん、楽しそうだったしね。だから、シーナちゃんが僕の代わりになってくれるかも、って思った」
「だから、私に近づいてきたの?」
「ま、そんな感じかな。利用……とは少し違うけど、君に協力したいな、って思ったから」
「私のことが好みだとか、脚がどうとか言っていたのも、全部そのためについたウソですか?」
「あ、いや、それとこれとは別。普通にシーナちゃんのことはドストライクだから安心してよ」
「安心どころか、今の発言を聞いても不安しか感じないのだけれど?」
一応と思って訊いた私が悪かったわ。
「まあ結局、僕もシーナちゃんもまるごと、あの子に頂かれちゃったんだけどね」
「いちいち語弊を招くような言い方をしないでください」
……ここまでの話で、なんとなく彼の考えていることは理解できた。
でも、それよりもずっと、彼に対する疑問の方が多くなった。
私だって無暗に詮索するつもりはないけれど、こうしていくつかの疑問を並べられると、どうしても気になってしまう。ジェンティルドンナのトレーナーになりたくない理由とか、そもそもの彼女との関係とか。他にも聞きたいことはあるけれど、全てを私に話すつもりはないみたい。
でも、これまでの話を聞いた上で、どうしても一つだけ聞きたくなったことがあって。
「……あなた、どうしてトレーナーになったの?」
トレーナーの仕事に執着がないということは、契約する前に聞いた。
ジェンティルドンナと昔に何か約束したとか、そういうわけでもない。
むしろ、彼女のトレーナーになることは避けていたみたいだし。
才能はあるみたいだけど、それを理由に仕事を選ぶような性格にも見えない。
それこそ、彼がトレーナーをしていること自体に違和感があるというか。
彼にはもっと何か、別の目的がある気がしてならなかった。
「僕がどうしてトレーナーになったか、って?」
思考を重ねて行きついた私の疑問に、彼は。
「そんなの、シーナちゃんと出会うために決まってるじゃん」
「あ、もういいです。聞いた私が間違ってました」
真面目に考えてた私がバカみたいじゃない!
「まあまあ。でも実際そんな感じだよ? 運命の相手と出会いたかった、みたいな」
「他のトレーナーが聴いたら怒りそうなほど不純な動機ね……」
「確かにそーかもね。でもそうやって怒ってくる同期や先輩なんていなかったなあ。ま、僕って一応その代の主席で卒業したエリートだし? 口出しできないのも仕方ないかなー、ってね?」
「友達いないんですか?」
「やめてよ…………」
そう言われて項垂れるくらいだったら、普段の振舞いを見直すべきだと思うけれど。
「それで、シーナちゃんはあの子と組む気になってくれた?」
「そういえばそんな話でしたね」
「この調子だと今日のドンナちゃん、しょぼくれたまま帰っちゃいそうだし。それで夜中になったら僕に電話かけてきて、また夜通しあの子のお喋りに付き合うことになるかもね」
「あなた達、普段からそんなことしてたんですか?」
知り合いどころか仲良しの域をとっくに超えてないかしら……?
「とにかく、僕は君たち二人のチームでこれから頑張っていきたいと思ってる」
「彼女を寂しくさせないために、ですか?」
彼の考えは分かるし、ジェンティルドンナにも少しは同情できる。
けれど、だからといって私が彼女とチームを組む理由にはならない。
だってそうじゃない。
「あなたの事情は理解しました。もちろん、ジェンティルドンナのことも。でも、ここまでのあなたの話を聞くと、チームを組んで彼女を満足させろ、と私に言いつけているように思えるけど?」
「……そこまで指図してる気はなかったけどね」
「でも、これは取引じゃなくて、あなたが私にただ”お願い”をしているだけよね? ……私をそんな都合のいい女だと思わないで。同情や馴れ合いでチームを組むつもりはないわ」
「確かにそう受け取るのも仕方ないか。だってシーナちゃんが得られるメリットの話はまだしてないからね。というより、賢いシーナちゃんならもう理解してると思ってたけど……ま、いいや」
そこで言葉を止めてから、彼は少しだけ何か考えた後に、こう言った。
「余計なことは言わない。ドンナちゃんと組めば、君は今よりもずっと強くなれる」
「かもしれないわ。でも、同じペースで彼女も強くなる。差は縮まらずに置いていかれるだけよ」
「はい、卑屈にならないよ。僕の話を聞いて」
「……そうね、悪かったわ。続けてください」
気づけばそうやって、素直に彼の言葉に耳を傾けていた。
「これは持論になるけど、自分より遥かに強い子と走ると、その子の実力は同じ領域まで引っ張られると思ってる。でも、多分これってみんなも漠然と思ってることなんだ。だから前までは僕も、ただの憶測に過ぎないし、真面目に話すにはもっとデータや資料を読み込まないといけない、って思ってたけど……でも、それは事実だって証明された。他でもないシーナちゃんにね」
「私に、ですか?」
「前に言ったよね。シーナちゃんも充分”上澄み”だって。君がそこまで辿り着けたのは、あのジェンティルドンナに何度も勝負を挑み続けたからだよ。今の君の成長曲線は他の生徒を遥かに凌駕してる。もっと伸ばして、どこまでいけるか見てみたい、って単純に興味が惹かれるくらいにね」
「だから、私をジェンティルドンナと組ませてみたい、って?」
「実験みたいなことをさせてる自覚はあるよ。でも、君にとっても決して悪い話じゃないはずだ。もしかすると、君ならあの子を越えられるかもしれない。……目的は一緒だよね?」
「……ええ、そうね」
「同情しろとも馴れ合おうとも言ってない。さっきのシーナちゃんの言葉を借りれば、これは取引だよ。それに賢いシーナちゃんなら、これが自分にとって得のある取引だって分かるよね?」
確かに、彼の言うことには筋が通っている。それに悪い話だとも思えない。
彼の事情を素直に受け止めれば、この話が嘘じゃないことも分かる。
ただ。
「あなた、本当に私とジェンティルドンナの二人を同時に指導できるの?」
さっきからずーっと、へらへらした軽い調子でチームを組もうなんて言ってるけど。
そもそもチームの運営って、それこそベテランにしか務まらないような、大変な仕事なのよ?
確かに現状は私とジェンティルドンナの二人しかいない、小規模なチームになりそうだけど、それでも一人のトレーナーが二人の生徒を担当するのだって、それなりに大変だと思うし。
私はトレーナーじゃないから、実際に細かいことを知っているわけじゃないけど、でも、彼と同じくらいの年齢で、二人以上の生徒を担当しているトレーナーなんて今まで見たことがないもの。きっと新人のうちは一人を集中して担当するのが、実力的にも正しいやり方なんじゃないの?
ルールには無いかもしれないけど、だからといって背伸びをされても困る。
もっと具体的に言えば、私か彼女のどちらかに偏りが産まれるのがイヤ。
私のことをほったらかして、ジェンティルドンナに首ったけになられるのは癪だし。
だからといって、私にずっと付きまとわれるのも、なんだか彼女に申し訳ないし。
「シーナちゃん、シーナちゃん」
なんて考えていると、ふいに彼がちょいちょい、と私の肩をつついてきて。
「僕、主席卒業。試験一位通過。他のトレーナー、全員総ナメ」
「ああもうっ、分かりました! あなたが優秀なことは分かりましたから!」
だから、ニヤニヤしながら私ににじり寄ってこないでくれる!?
「じゃ、シーナちゃんも納得したことだし。あの子に改めて報告しよっか」
まだ納得はできていない。けれど、真っ向から断る理由もない。
結果として、いつの間にか彼の思い通りに物事が進んでいる。
……イヤな感覚ね、ホントに。
「ドンナちゃん、おいで」
そうやって彼が声をかけたときのジェンティルドンナは、ちょうどひとしきり走ったあとの、クールダウンをしていたところみたいで。私の方を一瞥すると、心なしかどこかほっとしたような表情になってから、彼の言葉に答えた。
「もうお話は終わりましたの?」
「うん。シーナちゃん、君とチーム組めてちょー嬉しいって」
「そんなことは言っていません。けど、チームは組んであげます」
「まあ、それは……」
「だから、ほら。改めて二人とも、挨拶しよ?」
ね? と促された私よりも先に、ジェンティルドンナが口を開いて。
「これからよろしくお願いしますわ、ヴィルシーナさん」
「……はい。よろしくお願いします」
「そこまで露骨な顔をされると、さすがの私も傷つきますわよ?」
とかなんとか言いながら、嬉しそうな顔してるのは一体どういうつもりなのよ!?
「じゃあシーナちゃんも揃ったことだし、改めてトレーニング始めよっか」
「それなら、私も一人でウォームアップしてきます。ジェンティルドンナさんはもう済んでるでしょうし、暇にさせたぶん彼女の方から始めてあげてください。私は後から合流しますね」
「いやいや……」
「あらあら……」
「ちょっ」
「せっかくだし、今日はとことんシーナちゃんに付き合うよ。僕とドンナちゃんのワガママ聞いてくれたお礼だとでも思ってさ。だから、ほら。遠慮せずにイチャイチャしようよ。ね?」
「もちろん私も付き合いますわ。同じチームの可愛い後輩のためなら、ウォームアップだろうが何だろうが、いくらでも走って差し上げます。手本としての姿勢を見せるのも先輩の務めですもの」
「なんなのよあなた達……!」
仲良くするなら、どこかで勝手にやっててくれないかしら!?
あとジェンティルドンナはまだしも、あなたは勝手にひっつかないでくれる!?
「じゃあ今日は初日だし、簡単に基礎やって最後にタイム計測して終わろっか」
「異論ありませんわ。ほら、ヴィルシーナさん。参りますわよ」
「わかりましたから私のことを引きずらないでくれますか!?」
なんて。
こっちの意見なんてほどんど無視されたまま、強引に話を進められて。
結局、私はこのジェンティルドンナと同じチームを組むことになった。
なって、しまった。
……これからどうなっちゃうのかしら、私。
■