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あの二人とチームを組んでから、二週間が経った。
……感想としては、思っていたほど悪くない、とかになるのかしら。
ジェンティルドンナは当然と言えば当然だけれど、変に私をからかったりすることもせず、真面目にトレーニングに取り組んでいた。というかむしろ、何かあれば真っ先に私を優先したり、事あるごとに私の面倒を見てくれたり、普段の私に対する態度が嘘かと思えるほど真摯に向き合ってくれた。
確かに、前々から変な先輩風を吹かせたり、やけに私の面倒を見たがっていたけれど。
同じチームになったから、そのタガが外れた、とでも言えばいいのかしら。
世話を焼かれている私自身がそうやって思えるくらいだから、相当よね。
とにかく、今の彼女は機嫌がいいというか、絶好調みたい。
トレーナーの彼も、私の予想に反してトレーニングには真面目に向き合っていた。
メニューの内容も充実しているし、指示も的確。改善点もすぐにその場で伝えてくれるし、こちらが何か要求すれば向こうの出来る限りで応えてくれる……一言で表すなら、やりやすい。日数を重ねるたびに、幸か不幸かジェンティルドンナの言葉を実感する羽目になっている。
普段の態度は相変わらずイヤになるけど、文句はそれくらいしか見つからない。
切り替えが上手なのよね。メリハリがあるというか、頭の中にスイッチでもあるのかしら。
でも、もし仮にそういったスイッチがあったとして、どちらがオンなのかは分からない。
個人的な主観にはなるけど、あの真面目さはやろうと思ってやれるものじゃない気がする。
むしろあっちが彼の素で、普段の態度がオンと言われた方が、違和感が無いというか。
……とにかく。
ジェンティルドンナと彼と私の、三人四脚はそんな風に順調に進んでいて。
「不気味だわ……」
「そ、そんなに変なことかな……?」
改めて感想として呟くと、一緒に昼食を摂っていたシュヴァルはそんな声をかけてくれた。
ヴィブロスは最近できたお店に友達を誘ったみたいだから、今日のランチはシュヴァルと二人っきり。そうしたら珍しくシュヴァルの方から私のことについて聞かれて、今に至る。
「話を聞いてる限り、順調でしかないように思うけど」
「だから怪しいのよ。ジェンティルドンナとあのトレーナーに挟まれた私が、順調にトレーニングできているなんてありえない……。きっといつか、とんでもない反動が来るに違いないわ」
「さすがにそれは姉さんの考えすぎだよ……」
呆れながらシュヴァルはそう言ってくれるけど、それでも不安なものは不安でしかないし。
だからといってチームを抜けようにも、また色々と手続きや書類作成で時間がかかりそうだし。
そうすると、またジェンティルドンナとの差が開いて取り返しのつかないことになる。
何より今のトレーニング環境を手放したくないっていうのも、本音。
私のライバルとして一緒にトレーニングをしているジェンティルドンナと、そのジェンティルドンナが目をつけるくらいには出来のいいトレーナーの彼。その二人がいて、着実に成長が見込めるこのチームを抜けるのはどう考えたって悪手にしかならない。
……私がこうやってチーム脱退を諦めることも、どうせ彼の予想通りなんでしょうね。
「でも、姉さんがあの人と契約するって聞いたときは……正直、びっくりしたよ」
「そうね。まだ私自身がこの状況を呑み込めていないもの。そう思うのも無理はないわ」
「あ……うん、それもそうなんだけど。あの人って担当契約するつもりがあったんだ、って」
は?
「ちょっと待って、どういうこと……? ねえシュヴァル、あなたまで彼と知り合いだったの? まさか……私だけじゃ飽き足らず、シュヴァルにまで手を出すつもり!?」
「違う違う違う違う!! 僕は本当に関係ないから!!」
ぶんぶんぶんぶん、なんてそのまま首が取れそうな勢いで、シュヴァルが首を振って。
「知り合いっていうか、こっちが一方的に知ってるっていうか……よく、噂が流れてくるんだよ。基本的には、その……あんまりよくない話ばっかりで、いいイメージはない、けど」
「でしょうね。だって普段がアレなんだもの。陰口を言われるのも自業自得だわ」
「……でも、そういうのが好きな人は好きみたいだよ。僕はそういう話に興味が無いから、詳しくは知らないけど、一部の生徒が……お、追っかけ? してるみたいな話もあるらしくて」
「この学園の風紀はどうなってるの……?」
まあその、確かに、ああいうのが好きな生徒にはとことん好かれているだろうし、何なら彼の方からそういう子たちに近づいて、粉をかけにかけ散らしていきそうなものだけれど。
さすがにそこまでいくと、今後の私たちの活動にも支障が出かねないから勘弁してほしいわ。
くだらない痴情のもつれに巻き込まれてレース出走取消しだなんて、心底イヤなんだけど。
「そんな風に特定の誰かと一緒にいるイメージがなかったから、姉さんと契約したのが意外だっただけ。トレーナーとしてこの学園にいる以上、契約するつもりはあったんだろうけど……」
「どうかしら。本人から聞いたけど、この仕事に執着してるわけじゃないみたいだし、私がいなかったら本当に誰とも契約もしないまま、ひっそり退職してたかもしれないわね」
「え、そうだったの? 他のトレーナーさん達からは、ずいぶん期待されてたみたいだけど……」
「……シュヴァル、あなたって意外と噂話が好きなのね?」
「そ、そうじゃないって……! たまたまだよ、たまたま……!」
現時点で私よりも彼のことを知ってるのは、相当だと思うけど。
でも、変な煙がそこら中で立ってると考えれば、自然と耳に入ってくるのも頷ける。
「それにしたって、あの人が期待されてるって本当なのかしら。私からしたら信じられないわ」
「原因、って言うのもちょっと変だけど、有名なトレーナーの家の息子さんだからじゃないかな」
「ウソおっしゃい」
「……さ、さすがにそうだよね?」
あんな胡散臭くてだらしない人が、まさか名家の出身なわけないじゃない。
どうせ目当ての女性に近づきたいとかで吐いたでたらめを、ずーっと引きずってるだけよ。
……だけど、そんなウソをつく意味なんて彼にあるのかしら。
自分の実力を偽るためならわかるけど、彼にその必要があるとはもないし。
そもそもそんなウソなんてつかなくたって、勝手にそこらじゅうに粉をかけに行くでしょうし。
でも、仮にその話が本当だとしたらやっぱり気になるわね。
「姉さん?」
「……家柄もあって、周囲からも期待されている。トレーナーとしての実力だって申し分なし。なのに、当の本人は『この仕事にこだわりはない』なんて言うくらい、今の立場に執着も思い入れもない。あの普段のだらしない態度もきっとその裏付け。……シュヴァル。あなたはどう思う?」
「どう思う、って言われても……。でも、ちぐはぐだなあ、って感じはするよね。もしかすると、意外とプレッシャーに弱かったり、周りの視線とかを気にしちゃう人なのかもしれないよ?」
「……元々よく分からない人だとは思っていたけど、ここまで来ると深刻になってきたわね。何か裏があるように思えてならない……ううん、違う。何らかの目的はあるのよ。でなければあんな風に私を説得して、ジェンティルドンナと無理やりチームを組ませたりなんかしない……」
考えれば考えるたびに、彼の歪な点が浮かび上がってくる。
「あっ。……ね、姉さん。そろそろその話はやめておいた方が……」
「だけど、その目的が何かは分からない。今のところ手掛かりもないし、聴いたところで教えてくれそうにもないし。ただ、私がジェンティルドンナに勝てるよう協力するとは言っていた。……私が彼女に勝つところを見たい……というより、彼女が負ける姿を見たかった? ジェンティルドンナの担当になるつもりはない、という言葉を考えればそれが一番可能性が高い……」
「…………えっと……こ、こんにちは……」
「でも、それが目的だとは思えないわね。どちらかというと、手段……それも、ほとんど目的と変わらない位置にある重要なもの。彼女を負かすことで手に入れられる、”何か”が目的……?」
自分の実力を誇示したい? いや、彼にそんな自己顕示欲があるようには思えない。
個人的な恨み……は、現に担当契約を済ませてチームを組んでいる時点で無いでしょうね。彼の普段の態度からしても、そんなものはあるようには見えなかったし。
……分からない。考えれば考えるほど、謎が深まっていくような気がする。
一体どういうつもりで、彼は私とジェンティルドンナを――。
「ごきげんよう、ヴィルシーナさん」
「ひゃあ!?」
突然、背後から声をかけられて、思わずそんな声が口から漏れる。
振り返るとそこには、既にジャージ姿に着替えたジェンティルドンナの姿があって。
「シュヴァルさんもごきげんよう」
「ど、どうも……」
「あなた、一体いつから……!?」
「途中からずっといましたわよ。よっぽど探偵ごっこに夢中だったみたいで」
「……盗み聞きなんて、失礼じゃないかしら?」
「聞かれたくないのであれば、もう少し声量を落としなさいな」
「ぐっ……!」
何も言い返せなくなった私を見て、ジェンティルドンナが呆れたような溜息を漏らす。
「それで、私に何の用事ですか?」
「用事も何も、そろそろ時間なので迎えに上がっただけですわ。ほら、今日はトレーナー室でミーティングとトレーナーから連絡があったでしょう?」
「……まだ十五分ほどありますよね。そろそろと仰るには少々早いのでは?」
「私、今日は身体を動かしたい気分ですの。ですからミーティングなんてさっさと終わらせて、トレーニングしますわよ。どうせあの人もトレーナー室で食事中でしょうし。時短ですわ時短」
「いや、そもそも私まだ食事中……」
「サンドイッチなら移動しながらでも食べられますわよね?」
なんて言ったかと思うと、ジェンティルドンナは私のことをひょい、と肩に担いで。
「ちょっ、と……!? お、下ろしてください! やめて、こんな場所でみっともない……!」
「というわけでシュヴァルさん、ヴィルシーナさんをお借りしても?」
「あ、そういうことなら……どうぞ……」
「シュヴァル!?」
「ほほほ、それでは失礼しますわ」
半ば全力で暴れてみても、ジェンティルドンナの手を振りほどくことはできなくて。
遠慮がちにシュヴァルから手を振られながら、私はトレーナー室まで運ばれることになった。
……やっぱりこの人、私とチームを組んでから機嫌が良すぎるんじゃない!?
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「屈辱よ……あんな姿を学園中に晒すなんて……」
「まあまあ。二人とも仲が良さそうで何よりだよ」
「どこをどう見たら仲良しに見えるのよ!?」
それからしばらくして、トレーナー室で。
呑気にコーヒーを飲む彼を前に、思わずテーブルを叩きながら叫び返した。
「ドンナちゃんもありがとね。シーナちゃんを連れてきてくれて」
「礼には及びませんわ。同じチームの先輩として、当然のことをしたまでですもの」
「後輩を担いで見世物にするのは当然のことではないと思うのだけれど……?」
「アレだね、実家で飼ってるイヌのこと思い出したよ。ボール投げると嬉しそうに取ってくるの」
「今、私のことをイヌだと仰いましたか?」
「え~? ドンナちゃんは大型犬でしょ。で、シーナちゃんが咥えられてるチワワ」
「いつまで私のことをチワワだと思ってるんですか?」
ああもう、まただ。この二人といると、話が無駄に広がって収拾がつかなくなる。
仲が良いのは結構だし、私には関係ないけれど、頼むからどこかで勝手にやってくれないかしら。
「まあ、そんなかわいい仔イヌちゃんたちに今日はお話があるんだけど」
なんて、また調子に乗ったことを言いながら、彼が机の中から二枚の書類を取り出して。
「デビュー戦のこと、そろそろ考えときたいなって」
「……早いですわね。越したことはありませんが」
机の上に出された紙を眺めながら、ジェンティルドンナが彼の言葉に答える。
私も同じように書類へ目を通すと、既に出走するレースの日程と場所は決定されていて、後は私の名前を書けば、そのまま提出できるような状態にされていた。
「まあ、そこまでピリっとしなくても大丈夫だよ。重要なことに変わりは無いけど、そこまで気を張るつもりもない。距離適性も合ってて日程も近いレースに適当に申し込んで、さっさと済ませて目標レースに向けたトレーニングに移行したい、ってのが僕の今の考えかな」
「確かにその方がいいかもしれませんけど……やっぱり時期が早すぎる気もします。もう少し準備期間を用意してくれた方が、万全の状態で挑めると思うのだけれど?」
「前にも言わなかったっけ。二人なら飛び入り参加でも勝てるくらいの実力はあるよ。だから、デビュー戦みたいな勝率の高いレースに時間を割くより、今後出るであろう勝率が五分かそれ以下のレースに時間を割いて、少しでも勝率を上げた方が絶対いいでしょ」
それは、まあ、そうかもしれないけど。
だからってチームを組んでからひと月も経ってないうちに、デビュー戦の申し込みだなんて。
……この人、私たちに対して少しひいき目すぎないかしら?
「ドンナちゃんはどう? シーナちゃんみたいにもう少し時間欲しい感じ?」
「いいえ、私は意見ありませんわ。日程もこちらでよろしくてよ」
「二人から貰ったスケジュール参考にして組んだから、基本的には大丈夫だと思う。もちろん急な予定とか入った場合は、連絡してくれればこっちで対応するよ。シーナちゃんもそれでいい?」
「……分かりました。ひとまず、あなたのことを信じてみます」
「じゃあ、とりあえずこれで提出しちゃおっか。……って、流れになる前に一つだけ」
すると、トレーナーは書類の下の方を指でさして。
「僕たち、チーム名決めてなかったんだよね」
「そうですわよね? ずっと気になってはいましたが」
……ほんとだ。
他は全て埋まっているけど、チーム名の欄だけが空いてる。気づかなかった。
「こっちで適当に書いちゃってもよかったんだけど、今後のことを考えると二人で話し合って決めた方がいいかな、って。まあ、こういうのもチームの醍醐味だと思うしやってみない?」
「そんなことを急に言われても、何も思いつきませんよ? 特にこれといったこだわりがあるわけでもありませんし。トレーナーさんがつけてくださるなら、私はそれで構いませんけど」
「僕に任せると”しなしなどんな”とかで提出しちゃうよ?」
「それ、私がただ干からびているだけではなくて?」
「すいません、やっぱり自分たちで考えます」
そんな気の抜けた名前を背負ってレースを走れるわけないでしょうが!
「ヴィルシーナさんは、何か案がありまして?」
「急に言われても、何も……一応、他のチームは花とか星とか、そういったシンプルなものから名前を取っているみたいですから、それに倣ってみるのはどうですか?」
「なるほど……」
そこで少し考えた素振りをみせると、急にジェンティルドンナが。
「では、チーム名は”エーデルワイス”に致しましょうか」
「……一応、理由を聞いても?」
「有名な花ですし、高貴なイメージもありますもの。私たちには相応しいと思いませんこと?」
確かにそうやって言われてみると、私たちにはぴったりかもしれないけど。
今考えたにしては、やけに具体的すぎる気もするような……。
「いいね、二人にバッチリ似合う名前じゃん。もしかして前から考えてた?」
「ええ。せっかく貴方とヴィルシーナさんの二人と同じチームになったんですもの。それに相応しく、かつ私たちらしい名前が必要だと思いまして。ここ数日、入浴中や寝る前にずっと考えておりましたわ」
「いくらなんでも浮かれすぎじゃないですか? この人」
「いいことじゃん。それだけこのチームのことを考えてくれてる、ってことだよ」
だとしても、ここまで調子がいいのは一周回って不安になってくるんだけど。
「シーナちゃんも、この子が考えてくれたヤツに賛成でいい?」
「はい、それで構いません。貴方の考えた名前よりはよっぽどマシですから」
「え~? 結構いいと思うんだけどなあ、しなしなどんな。かわいくて」
「どこがよ」
「担当する生徒をしぼませて何が面白いんですの?」
あとその名前だと、結局メインはジェンティルドンナになるのだけれど?
「じゃあ、チーム名は“エーデルワイス”で提出しておくね」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
「そうなると……スケジュールに何か変更がなければ、シーナちゃんのデビュー戦がチーム”エーデルワイス”としての初めてのレース、ってことになるのかな?」
「そうみたいですね。……不安は拭えませんが、貴方のトレーナーとしての実力はある程度評価しています。その貴方が勝てると仰るなら、臨んでみることにします」
「うん、それくらいが一番いいかもね。意気込み過ぎて空回りもしなさそうだし、自信がなくて尻込みもしなさそうだし。何か変な気は入れずにいつも通り、自然体で」
「分かりました」
「まあ、負けちゃっても僕のせいにしていいからね。気楽にいこう」
なんて、卑屈なことを言い足したのが、少し気になりはしたけど。
とにかく、このチームの先陣を切るのは私のデビュー戦ということになった。
言った通り不安は拭えていないし、万全と言うには今一度見直しが欲しい、くらいのコンディションだけど。それでも、デビュー戦なら勝てるくらいの実力がある、ってこの人は言った。
正直、それ以外のことは一切信頼できないけど、ことレースに関して――それこそ、私がジェンティルドンナに勝つという目的のためには、少なくともウソはつかないはず。
……大丈夫よ。きっと上手くいくわ。
「私はヴィルシーナさんよりも後ですのね」
「そうだね。もしかして先がよかった?」
「ええ。この子の先輩として、初めての勝利をチームに捧げる姿を見せたかったのですが」
「そっか。でもまあ、その役目はシーナちゃんに譲ってあげてよ」
「仕方ありませんわね。ヴィルシーナさん、私のチームを頼みましたわよ」
「なんで貴女がもうこのチームの顔みたいになってるんですか!!」
名前をつけたくらいで我が物顔になって、ふんぞり返って私に言いつけて!
あとやっぱり、いつまでも私のことを後輩扱いするのが一番気に入らないわ!
いいわ、次のデビュー戦、絶対に勝って目にモノ見せてやるんだから!
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