■
開催:京都レース場
番号:第五レース
レース名:ジュニア級メイクデビュー
コース内容:芝一六〇〇メートル、右
天候:晴
バ場状態:良
出走人数:九人
発走時刻:一二:三〇分
勝ちウマ:ヴィルシーナ(四番)
備考:なし
「――ま、シーナちゃんには楽勝だったかな?」
「そうですね。思っていたほど苦戦はしませんでした」
私のデビュー戦は、物足りなさを感じるほどあっけなく終わった。
他を突き放しての圧勝、とまではいかなかったけど、それでも着実な勝ちだと自分でも思えるほどの結果だった。事前の調整もほとんど無し。むしろ彼は私がデビュー戦を勝つことなんて当然だと思っていて、その次のレースを想定したトレーニングメニューを既に組んでいた。
……私がもしデビュー戦で敗けたら、どうするつもりだったのかしら。
だけど、結果は彼の想定通り。
「言ったでしょ。シーナちゃんなら飛び入り参加でも勝てる、って」
「……そうですね。とりあえず今は、素直に喜んでおきます」
とにかく、これで私のデビュー戦は無事に終わり。
あとは……。
「さて、ドンナちゃん。今日のご機嫌は?」
「悪くありませんわ。私の初陣に相応しいコンディションです」
京都レース場の控え室。
いつも通り、へらへらとした表情を浮かべる彼の問いかけに、既に体操服へ着替えたジェンティルドンナが満足気な笑みを浮かべながらそう答えた。
「ドンナちゃんがこのレースに勝てば君たち二人は晴れてジュニア級に上がって、チーム"エーデルワイス"としての活動も本格的に始まる。……プレッシャーをかけるつもりはないけど、今後に繋がる大事なレースだ。でも、君なら僕の期待に応えてくれるよね?」
「ええ、もちろん。期待以上の成果と、完全な勝利を捧げることを約束しますわ」
なんて、おほほと笑いながら高らかに宣言するジェンティルドンナを見て、ふと。
「……この人、今日はやたらと機嫌がいいですね?」
「だね。これもシーナちゃんがデビュー戦に勝ってくれたお陰だよ」
「私がですか?」
「あの子、早く君と一緒にレースがしたくて仕方ないんだ」
呆れたような、だけどどこか嬉しそうな様子で、彼はそう答えた。
「何度も言っていますけど私、この人の自己満足に付き合う気はありませんよ」
「まあまあ、そう言わずに。シーナちゃんもドンナちゃんのこと、応援してあげてよ」
「……分かりましたよ。もう……」
「内緒話は終わりましたの?」
絆そうとしてくる彼に諦めた私が答えると、いかにも不機嫌そうに頬を膨らませたジェンティルドンナが、そうやって私たちに声をかけてくる。
「私を置いて二人でコソコソと……。楽しそうで何よりですわね」
「ごめんごめん。そうだね、今日の主役はドンナちゃんだ。寂い思いをさせて悪かったよ」
「相変わらず、言い訳だけはお上手ですのね。それで私の機嫌が治るとでも?」
「……そうだね。昔から君は僕の言葉なんて一つも信用してくれない」
「でしたら、何をするべきか。貴方ならお分かりですわよね?」
「言葉じゃなくて態度で示せ、でしょ?」
くすりと目を細めたジェンティルドンナが、ゆっくりと彼の方へ手を伸ばす。
「相変わらず物好きだよね、君も」
「貴方こそ、相変わらず強がりばっかり。本当は私に尽くしたくて、たまらないくせに」
「……君には敵わないな」
呆れたように笑ってから、彼が静かにジェンティルドンナの手を引き寄せる。
それから指先に落としたキスを、そのまま彼女の手に添えた。
「……ふふっ。よくできました」
「あの……お願いですから、私のいないところで勝手にやってくれませんか……」
どうしてこの二人がベタベタしてるのを、こんな間近で見せつけられないといけないのよ。
なんて私の冷めた視線は意図的に無視しているのか、最後に彼がジェンティルドンナの頭を軽く撫でて、それから何事もなかったかのように話を始めた。
「さてと、ご機嫌取りも済んだことだし。いけるね、ドンナちゃん」
「ええ。貴方の口づけに、応えて見せましょう」
そうしてジェンティルドンナが、高らかに宣言する。
「しかと目に焼き付けなさい。強き者のレースというものを」
■
開催:京都レース場
番号:第五レース
レース名:ジュニア級メイクデビュー
コース内容:芝一六〇〇メートル、右
天候:晴
バ場状態:良
出走人数:九人
発走時刻:一二:三〇分
勝ちウマ:リードフォトブック(五番)
備考:なし
■
「……負けましたわ」
「……………………」
「……………………」
……………………。
「? ……ん? あっ、……え!? ウソ、ドンナちゃん負けちゃったの!?」
「ええ、二着でした。今更お気づきになったのね」
「レースが終わってから今までずっと固まってましたよ、この人……」
「お、おかしいな……。え? ドンナちゃんが、負けた? そんなハズは……」
あのジェンティルドンナがデビュー戦で敗けた現実を受け止めきれないのか、ようやく我に返ったトレーナーはぶつぶつと小言を呟きながら、壊れたロボットみたいにその場をぐるぐると回り始めた。
そんな彼の痛々しい姿を眺めながら、ジェンティルドンナはくすりと笑って。
「見なさいな、ヴィルシーナさん。この人のこんなあられもない姿、なかなか見れるものではありませんことよ」
「貴女のせいでこんな有様になってるのよ!」
だいたい一着を逃したのに、なんでそんなに偉そうなのよコイツは!
「ほら、トレーナーさんも戻ってきてください! 目の前の現実から目を背けないで!」
「ウソだ……ドンナちゃんが敗けるなんて、ありえない……。え、ゲート出た瞬間にコケた?」
「そんな初歩的かつ愚かなミス、私がするとお思いでして?」
「しっかりしてください、トレーナーさん! この人、普通に最終直線で競り負けただけです!」
途中までは順調だった。それこそ、彼女の勝利であっけなく終わると、私も思っていた。
そして最終コーナーを抜けて直線に入ったところで、ジェンティルドンナは加速。
……するはずだったのに、なぜか彼女はコーナーの速度を維持したまま。
「えウソ何ボケっとしてんのあの子」という彼が固まる前に放った最後の言葉のあと、すぐさまジェンティルドンナは何かに気づいたように加速を始めたけれど、最終直線に突入したあの局面ではもう既に手遅れ。
結果的に一人の先行を許して、ジェンティルドンナは二着でゴール板を通過した。
「……それで、ジェンティルさん。今回のレースの反省点は?」
「一六〇〇でしたのね。私、てっきり一八〇〇かと」
「こ、の……! 初歩的かつ愚かなミスを……!」
あのスパートタイミングのミスを見るに、だろうなとは思ったけど!
この人、いくらなんでも浮かれて気が抜けすぎなんじゃないの!?
「…………まあ……。負けちゃったのは、仕方ないか……」
「ぜんぜん納得してないじゃないですか……」
しばらくして、ようやく元に戻った彼の言葉に思わずそう返す。
……今日だけは、この人がかわいそうに思えてきたわ。
「同じ轍は踏みません。今度こそ、このチームに勝利を捧げて見せますわ」
「次の未勝利戦、一八〇〇にした方がいいんじゃないですか?」
「うん、そうしよっか。また同じ勘違いされたらこっちもたまったモンじゃないし」
「聞いていますの?」
むすっと頬を膨らませるジェンティルドンナを置いて、トレーナーとスケジュールの確認。
ちょうど一週間後、阪神で一八〇〇の未勝利戦があるから、それに彼女を出走させるしかない。
……まあ、途中までは好調だったみたいだし、勘違いさえしなければ何も問題ないと思うけれど。
不安ね……。
「それにしても、やっちゃったね。もしかして緊張してた?」
「いえ、そんなことは」
「ホントに? ほら、手出してみて」
すると突然、トレーナーがそんなことを言い出して、ジェンティルドンナに右手を差し出した。
一瞬、少しだけ不満そうな表情を浮かべた後、彼女がその手を握る。
「はい、握手。できるかな?」
「……………………」
彼の言葉に、けれどジェンティルドンナは手を動かさなかった。
「……怪我をしたくなければ、さっさと離した方がよろしくてよ」
「僕を傷つけるのが怖い?」
なんて笑ってから、トレーナーがジェンティルドンナとお互いの指を絡める。
「傲慢な人ね。私とこうも触れ合おうだなんて」
「君が握り返してくれたら僕も満足して離れるよ。それができなかったら、ずっとこのままだ」
「面白い度胸試しですわね。今すぐその手を捻り潰して差し上げてもよろしくてよ」
「利き手だからそれは困るなあ。君が毎日『あ~ん』してくれるなら、それも悪くないけど」
また始まってる……。
「まあ、緊張しちゃうのは仕方ないよ。誰でも、何でも、『初めて』って怖いからね」
「……慰めのつもりかしら」
「お説教のつもりだよ。でも、僕はそういうのが苦手だから……そう受け取ってもらっても構わない。僕の言うことに君が納得してくれるなら、お説教でも慰めでも、何だっていいんだ」
それから、きゅっ、と彼はジェンティルドンナの手を握りしめて。
「ドンナちゃんの課題はやっぱり筋力のコントロールだね。確かに今までは力に任せて勝ってきたのかもしれないけど、公式戦じゃそうもいかないよ。それこそ、今こうして僕の手を握れないくらいじゃあ、はっきり言ってお話にならない」
「手厳しいですわね。これまでの私をこうも否定するなんて」
「君のためだよ。とはいえ、ドンナちゃんのパワーは他の子にはない大きな、優れた武器だ。だけど、それを闇雲に振り回すだけじゃ意味が無い。……優れた武器っていうのは、優れた使い手がいて初めて完全なものになる。僕の言いたいこと、分かるね?」
「ええ、そうね。貴方の仰る通り、残念ながら私はまだ未熟かもしれませんわ」
「焦らなくてもいいよ。ドンナちゃんは賢い子だからね。すぐに使い方も理解できる」
「……ふふっ。おだてるのが上手な人」
喉も渇いてきたし、自販機にでも寄ってこようかしら。
「とにかく、次のレースは一週間後だ。それまでにドンナちゃんは自分の力をコントロールできるようにする。完璧じゃなくてもいいから、今後に繋げられるように。……それと、緊張をほぐす方法もね」
「承知いたしました。次こそは失望させないよう、邁進いたしますわ」
「頼んだよ。シーナちゃんも手伝ってくれるかな?」
「お二人だけでやってればいいんじゃないですか」
財布の中の小銭を確認しながら、トレーナーの問いかけにそう答える。
「そう言わないでよ。ほら、僕たちはチームなんだからさ。協力し合わないと」
「チームという単語を都合よく……」
だけど、彼女がデビューできないままだと、彼も面倒を見ないといけないだろうし。
そうなると私に割く時間も減って、ジュニア級のトレーニングも満足にできないかもしれない。
ジュニア級のトレーニングを疎かにすると、クラシックやシニアの時期にも影響が出るのは明らか。そこで差をつけられないためにも、今のうちにしっかりと基礎を固めておかないといけないのも事実。
……本当、どうしてこうも前途多難なチームに……。
「ああ、もう……わかりました。その代わり次の未勝利戦、絶対に勝ってくださいよ」
「もちろんですわ。貴女が越えるべき壁の高さ、しかと御覧にいれて差し上げます」
「コース内容を勘違いしてた人に言われたくないんですけど……」
私の呟きなんて聞こえていないみたいで、ジェンティルドンナは自信満々に胸を張っていた。
……というか。
「いつまで手を繋いだままなんですか、あなた達……」
「だってドンナちゃんが握り返してくれないんだもん」
「貴方がいつまで経っても離さないからでしょう」
嘆息交じりに呟く彼女に対して、トレーナーはへらへらとしただらしない笑いを浮かべたまま。
「いい加減に馴れ合うのはやめてください。見せられるこっちの身にもなりなさいよ……」
「じゃあ、シーナちゃんも僕と握手する?」
「近づかないでください」
伸ばしてきた彼の手を、ぺし、と叩く。
そんな私たちのやり取りを眺めていたジェンティルドンナが、溜息をつきながら。
「この私に手を出しておきながら、ヴィルシーナさんにまで手を出すなんて。不埒な人ですわね」
「いつまでも君が僕の手を握ってくれないからだよ。それに、君はいつも言ってるじゃないか。僕を自分のモノにしたいなら、態度で示してくれないと。……それとも、僕がシーナちゃんに盗られちゃってもいいのかな?」
「いや、私は別にいらないんですけど……」
「…………へえ?」
「やめてください。ジェンティルさんも、こんな人の言うことなんて聞いてないで――」
ぱきょっ。
「痛ってぇ……」
「あら?」
「……あっ」
■
しばらくして、ジェンティルドンナはデビュー戦を終えた。
コースはもちろん一八〇〇。途中で気を抜くことはなく、ジェンティルドンナは圧勝。
これでようやく、チーム"エーデルワイス"の二人は無事にジュニア級になった。
……いや。この人を含めた三人で言うと、『無事』じゃないわね。
「はい、トレーナー。あーん」
「あ~ん♪」
あのバカみたいなやり取りの後、トレーナーは利き手を骨折。全治四週間の負傷と診断された。
だからジェンティルドンナに粉々にされた彼の右手は今、ギプスで完全に固定されている。
そのせいで生活に多少の支障が伴うようになって、事あるごとに誰かの助けが必要になった。
……具体的には今みたいに、誰かに食べ物を食べさせてもらったり、とか。
「次はどれにしますの?」
「んー……じゃあ、卵焼きにしようかな」
特に誰も何も言っていないのに、彼の手伝いはジェンティルドンナが進んでするようになった。
確か「私が負わせた怪我ですもの。責任も私が負いますわ」とかそんな理由だった気がする。
そのせいで結果的に、私はトレーナー室で二人がベタベタしてるところを見せつけられるハメになって。
「はい。あーん」
「あ~ん♪」
「それで、次は?」
「サツマイモのやつが美味しかったから食べたいな」
「甘いモノばかりですわね……。ほら、ちゃんと野菜も摂りなさい」
「ブロッコリーはイヤ!!」
ぐいぐいと押し付けられるブロッコリーをなんとか回避しようと必死に顔を動かすトレーナーと、何故かひどく嬉しそうに箸を向けるジェンティルドンナにできるだけ関わらないよう、静かに昼食を食べ進める。
……本当、私のいないとこで勝手にやってくれないかしら……。
「助けてシーナちゃん! ドンナちゃんが野菜ばっかり僕に食べさせようとしてくるの!」
「そうやって偏食ばかりしてるから、栄養バランスも崩れて骨折なんてするんじゃないですか」
「え、シーナちゃんもドンナちゃんの味方なの……?」
「まったく、ヴィルシーナさんの仰る通りですわ。あんな大層なことを言っておいて、骨折するなんて本当に情けない……。私のトレーナーを名乗るなら、もっと体を鍛えてからにしなさいな」
「僕、別に自分からドンナちゃんのトレーナーに志願したわけじゃないもん。大好きな僕がシーナちゃんに盗られるのが怖くて、ドンナちゃんが半ば強引に契約を進めただけ……」
「お黙りなさい」
へらへらと適当なことを抜かすトレーナーの口に、ジェンティルドンナがブロッコリーを詰め込んだ。
……やっと静かになったわね。
「それで、どうしてわざわざ今日は私を同席させたんですか?」
「私のデビューも済んだことですし、今後の活動目標について話し合いを進めようと思いまして。とはいえ私も貴女も、お互いティアラ路線に進むのは確定していますが……と、その前に。ヴィルシーナさん、こちらを」
そうして彼女が差し出したタブレットには今年の日本ダービーのネット記事が映っていて。
「一着、オルフェーヴル……」
「貴女はどう思います?」
彼女から渡された質問に、思考を逡巡させた。
暴君、オルフェーヴル。その噂は煩わしいくらいに聞いている。
彼女やその知人と直接的な関わりはないからあまり言えることはないけど……まあ、でも。素行不良というか、何といえばいいのか。とにかく、良くも悪くも目立っている人、というのが私の第一印象だった。
だけどその実力は本物で、先月の皐月賞に今回の日本ダービーと、順調に勝利を重ねている。
……あの不遜な態度もあの実力があればこそ、だと思うと納得できる。
そんな彼女がデビューしたその日に宣言した目標、それは――。
「このまま達成すると思いますよ。三冠」
「ええ、そうね。そして彼女は、この時代を象徴する"最強"のウマ娘になる……」
画面に映るオルフェーヴルを見て、ジェンティルドンナは静かに笑った。
「この私にふさわしい相手だとは思いませんこと?」
「あんなおっかない子とやり合うなんて、勘弁してほしいんだけどなー……」
ようやくブロッコリーを飲み込んだトレーナーが、苦い顔のまま彼女に答えた。
「路線も三冠とティアラで違うんだからさ。向こうは向こうで好きにやらせておこうよ」
「クラシックまではそうでしょうけれど。いずれ、シニア級では戦うことになるでしょう」
「いや、それはそーなんだけどさあ……できれば関わりたくないなあ、あの子には」
「あら、珍しい。私を以て、貴方がそこまで弱腰になるなんて。まさかとは思いますが、私では彼女に勝てないとでも言いたいのかしら?」
「そうは言わないよ。ただ苦戦するとは思う。あの子も一筋縄ではいかない相手だし、そもそも公式戦じゃ向こうは先輩、こっちはまだ新人なんだから。時間の差って無視できないくらい大きいし、どうしようもないものだってこと」
「それを何とかするのが、トレーナーである貴方の役目でしょう」
「無茶言うなあ……」
「もう結構。これ以上、弱音は聞きたくありませんわ。貴方はブロッコリーでも食べていなさい」
「ちょちょちょ」
そうしてブロッコリーを窒息寸前まで口に詰め込まれた彼をよそに、ジェンティルドンナが私に向き直った。
「私の目標は彼女の打倒。そのために、トリプルティアラの達成は絶対条件ですわ」
「……つまり、それまでのレースは貴女にとって、ただの前座に過ぎないと?」
「そこまでの意図はありませんが……もし、私がそのつもりで言ったとしたら?」
そんなの、当然。
「貴女のトリプルティアラ達成……私が、阻止してあげます」
「……ふふっ」
私の答えに、ジェンティルドンナはただ静かに笑うだけ。
「他の方のことなんて知りません。私の目標は、ジェンティルドンナただ一人です。貴方という壁を越えて、私は頂点に昇り詰める……。いずれ貴女の目には、私だけしか映らなくなりますから。覚悟しておきなさい」
「相変わらず私のことばかり考えていらっしゃるのね。ですが今となっては、その視線も心地よく感じられますわ。いいでしょう。その威勢も、執着心も、嫉妬も。貴女の全てを、私の糧にして差し上げますわ」
見定めるような視線を向けたまま、ジェンティルドンナが私に言葉を渡す。
……超える壁の高さは、自覚しているつもり。
だからといって、諦めるつもりもない。頂点に立つためには、多くの犠牲――直近で言えばこんなロクでもないちゃらんぽらんな男を自分の担当トレーナーにしてしまったこと――を払う覚悟もできている。
「期待していますわよ、ヴィルシーナさん」
「……ええ。満足させてあげます」
彼からの言葉が返ってきたのは、そうやって言葉を交わしてからすぐのことだった。
「とりあえず二人とも、当面はティアラ路線の制覇が目標って感じかな?」
「ええ。頼りにしていますわよ、貴方のこと」
「……よろしくお願いします」
「ま、今後に向けて色々と準備はしておくよ。可愛い可愛いシーナちゃんとドンナちゃんのためだし、僕もやることやっとかないとね。大丈夫、二人のために最高のトレーニング環境を提供するって約束するよ」
虚勢なのか、それとも本気なのかはわからないけど、彼はそうやって胸を張った。
「よろしい。……そうだ。食事も済んだことですし、デザートでもいかがかしら。右手を負傷させたお詫びと、今後の貴方の活躍を祈っての贈り物として。もちろん、受け取っていただけますわよね?」
「え、いいの? やったー!」
「では、こちらのプロテインを」
「イヤーーーっ!!!」
……いつまでやってるつもりなのかしら、この人たち。
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書きだめはこれにて終了です
月一、ワンチャン月二でいけたらいいかも~って感じです