いいこちゃん、本当の意味で結束バンドに入る回。
星歌さんメインでぎゃぐさんは少し控えめですかねー。
カラカラと滑車は少しずつ。
「はぁ……」
「店長美味いっすねこの水! どこ産ですか?」
「水道水だ」
「ひゃあ。東京の水のポテンシャルってすげー!」
「なんなんだこいつ……」
伊地知星歌はライブハウス「STARRY」の店長にして、もとバンドマンである。
今は自覚しているくらいに丸くなっているとはいえ、前にバイトしていた楽器店にて「御茶ノ水の魔王」とまで囁かれたくらい彼女は元々は刺々しい類の人間だった。
故に、未だに愛想よくや可愛らしくといった他に対する媚びなどとは無縁。
面白みだってないとすら思い込んでいる彼女は、だからこそ今隣でニコニコと全身でこの人と一緒にいるの楽しいと叫んでいるようにハイテンションの女子高生の存在が理解できない。
だが、何故かホワイトブリムを頭にちょこんと載っけた井伊直子はいくらギロリと睨み付けようと素知らぬ顔。
確固たる自分を持っている奴はこれだから困るなと、とある酒乱ベーシストの姿を思い浮かべていると、直子はもう耐えきれないといった風にこう言った。
「伊地知店長! 結束バンドのパフォーマンス楽しみっすね!」
「……どうしていいこ、メイド服着て客席側に居るんだよ……つうかそれ私の私物じゃないか?」
「暇してたらPAさんがこれ着たら店長が喜ぶって持ってきてくれました! どーです? 似合ってます?」
「あいつ隠し場所何時から気付いて……ふん。似合うに会わない以前にいいこ、着崩しすぎだ……ちょっと動くな」
「わわ。えっちなのはいけないと思いますー」
「……だから直してやってんだって」
顔を紅くも染めずただきゃー、と目を瞑っているいるだけの直子に、だらしなく下がった首元のリボンと第一ボタンを留めてあげている星歌は白け顔。
終わればあざっすと何故か敬礼までしてくれるところなんかは世話の甲斐はあるが、こんなのが自分の妹じゃなくて本当に良かったと彼女は思うのだった。
そして、今更ながら彼女は本日は何より結束バンドの演奏を楽しみにしていて、だからこそ直子が来るまで朝目玉焼きに誤って砂糖を乗せて食べて悶絶していた妹虹夏に負けず、緊張していたことを思い出す。
なるほどこいつはあたしのナーバスを感じて元気づけにでも来たのかと察した星歌はこいつもかわいいとこあんなと認識を改めてからこう問う。
「……あんた、一緒に演らなくていいの?」
「そっすねえ。あたしとしては合わせんのはらくしょーですけど、今回は弟子の努力を見届けたいな、と」
「ふうん。あんたの弟子ってあの、やたらときらきらしてる奴か?」
「そーっすね。なんだかきたーんとしてる子ですねい」
「……ふうん」
腕を組んで後方保護者面のお手本みたいな顔をしながら頷く直子に、星歌は微妙な表情をする。
彼女が頭に浮かべるのは最近増えた、やたら要領のいいバイトたちの一人。
星歌はなんとなく、何故か手を繋ぎながらバイト面接にやってきた郁代と直子の姿を思い出す。
『あの子は直子ちゃんと違って擦れていないですね』
郁代に質疑応答幾つか終えて退室させた後即戦力だなと頷く星歌に、面接を覗いていた地の底在住と言われても信じられそうなくらい白い肌のPA担当の娘はそうも呟いていた。
なるほどそうかもしれないと、PAの女性と同じく擦れきった大人の部類である星歌もまた頷いている。
空気読めない感じで実は読んでいる井伊直子と正反対に、いかにも空気読めそうなのにそこはイマイチなのが喜多郁代という印象。
もっともそこはこんな駄目な大人達にすら合わせられる直子が異常な女子高生であるだけ。
そしてあの日扉越しに聞いていた星歌は、直子のギターの異常さを理解している。
あの自分のない「カラカラ」な音は、しかし見事すぎるコピーにてホンモノ寸前の迫真だ。
少女はよく見れば大きな音一つにびくついている癖して、音を武器にする英雄達をすら砕き得る牙を持ってしまっている。
直子はその上で苦手な大音響を何とか愛して自分のものにすらしようと決めきっているというのだから、それはなんと不憫なことだろう。
好きで得意なものを自然と愛していた幸せな人間である星歌は、彼女がきっと背負っているのだろう大荷物を察して一言呟かざるを得なかった。
「……そりゃあ、擦れるよな」
「そうですね。あたりめにはマヨネーズですよね」
「聞いてないなら独り言に見当外れの返事をするな……私はそれに七味が欲しいな」
「わあ。あたし辛いの無理なんですよ。てんちょーって味覚アダルティっすね」
「ふん。子供からしたら、そりゃな」
褒めてるのだか貶しているのだかよく分からない文言を口走る軽い唇の上に、反して瞳が真実尊敬に爛々としているのだから、憎めない。
星歌はちょろくもそう思いながら、改めてやたら話せるこれでも直子は子供でしかないのだよなと思い直す。
きっと何時も常識はずれな直子なりに必死に合わせてくれているのだろう。
そんな他人の顔色をみつめてばかりいる怪物は、だからこそセットされたステージ上に現れた彼女らを当たり前のように真っ先に見つけるのだった。
「お。来ましたねー」
「……来たか」
『初めまして! 結束バンドでーす!』
遅れて響いたバンドリーダー伊地知虹夏の明るい声色にて、客の視線がステージ上に集まる。
愛らしい三名の女子高生ロックバンド。
よく「STARRY」に通っている者には店長の妹を筆頭にして最近見かけるバイト達の集まりだと理解できたようだが、しかしワンフレーズを耳にしてから彼らも期待の視線を切った。
最初は歓声を上げていたバンドメンバーが集客した彼女らの同級生達も、郁代の歌い出しがあまりに不安定で小さいものであればむしろ心配そうに彼女を見つめてしまう。
汗一つ。それがこんなにも冷たくもなるのだと、喜多郁代はこの日初めて知った。
『~♪』
そう、明らかに郁代は緊張に呑まれていて、ギターに歌に意識が漫ろ。何時もの笑顔、輝きはどこへやら。
正面から見ていた星歌らからすれば、一部の実力すら発揮できていない彼女がまるで現在進行系で泥沼に嵌まりこんでしまっているようであった。
リズム隊の虹夏やリョウがなんとか引っ張りあげようとしても、音は頼りなさげに彷徨うまま。口はぱくぱくするばかりで歌は響ききらず。
思わず目を見開き身を乗り出した直子。その今にも駆け出しそうな少女の肩を取り、星歌はこう言った。
「いいこ。今のあんた、獲物を狙ってる肉食動物みたいだぞ?」
「そう言うてんちょーは、優しいお姉さん丸出しですな!」
「……意外と目ぇ悪いのな」
「恋は盲目ですんで! アイラブミー!」
「ふっ。あんたの目はちゃんと外側向いてるぞ?」
「でしたねぇ」
照れに頬をぽりぽりしながらも、直子の瞳は四苦八苦しながらも何とか楽曲を弾ききろうとしている少女らに心配のために釘付け。
事前にあんだけ仕上げたのだから使うことはないだろうと、勘違いしていたギターを持ち上げ彼女はやがて星歌の制止を振り切って立ち上がる。
すっと細くなった直子の瞳に燃えるものが、宿る。
冗句ばかりを述べて緩んでいた表情は尖り、帯びだしたカリスマ性は空気ピリつかせるよう。
なるほどこれは頼りになるだろうと、星歌は他人事として思う。
だが、本当にこれに任せてしまっていいのか。失敗だって大いに糧になることを知っている大人は、だからこそ迷ってしまう。
「それじゃあ、助けにいきますか」
「……いいこ。それで、本当にあいつらのためになると思うか?」
「そうですねえ……」
星歌の呟きのように小さな言葉を拾って、直子は少し考える。
人の心が今ひとつ分からない自分ならば、今からでも緊張ひとつすることなく流行りの曲をコピーしながら盛り上げることは可能だろう。
でも、それはあの子達の今の実力を底上げすることには決して繋がらない。最低でも、今回はダメだったからこの次は頑張ろうとは、ならなくなってしまうだろう。
ならばひょっとしたら、「結束バンド」のためにはいいこちゃん地味た手助けなんて、余計なものなのだろうか。
そう、直子は思うけれどもしかし思っただけで止まりはせずに、その手は力強くギターを掲げる。
「本当にいいのは、あたしが我慢して皆がくじゅーっての呑み込んで成長してくれることかと」
「ならさ……」
「でもね」
直子は、首を振る。
天才ばかりではないこの世では一度「カラカラ」になるまで不足に乾くことが花開かせるまでには必要なのかもしれない。
確かにあの子のように必死に何かを手に入れようと足掻くことはとても美しくて、過ち続けることすらいっそ聞き惚れてしまうくらいに素敵だとは分かっている。
『~、っ』
だが、それでも直子に譲れぬものがあるならばそれは単純。
あんなにきらきらきららと幸せそうにギターを弾いていたあの子が、本番でちっとも音楽を出来ないことが悔しくて泣きそうなそれを、どうにかしてあげたいと思う心。
『わたし、直子ちゃんと最後まで一緒に居れなかったから……』
それだけは人でなしに誰よりも近い井伊直子だからこそ、どうしたって棄てられないのだ。
そして、結局のところただ友達に優しくしてあげたいだけの一人の女の子は、こう言う。
「あたしは今この手を伸ばせるのに、しないなんて無理なお子様なんですよ」
「……そっか」
「それにあたしも含めて……結束バンドですからっ」
星歌が最後に見たのは、はじめての本音に顔を赤くした直子の横顔。
あれで照れるなんてやっぱり可愛いとこあるなと再確認した彼女は、メイド服のまま疾走して舞台に飛び込む少女を許す。
そして直子は、あっという間に友達のもとへとたどり着く。
途端混乱する周囲を前に彼女はまた全体崩れたメイド服にて見事なカーテシーを決めてから愉快に自己紹介。
『バーン! 真打ち登場! あたしこそ「結束バンド」のもう一人のギターボーカル、井伊直子だよー!』
『わ。井伊ちゃんっ?』
『いいこ』
『井伊さん……っ』
『それじゃ、改めて「結束バンド」として続き……いくよっ』
『うんっ』
そして、一つのマイクを大事に二人で支え合うようにして、直子と郁代は笑顔で歌った。
彼女らを助ける上級生達もようやく綺麗な音になったそれに負けずに思いの丈を響かせる。
未だ鈍くもどこか高らかに。そこには先程まで縮こまっていた少女たちの姿は欠片もなかった。
エールは直ぐに歓声に変わった。
「なるほどな」
決して星には届いてはいない。
だが「結束バンド」とはなるほどこういうものなのだと星歌も直ぐに理解できた。
『『~♫』』
弾ける汗を気にせず唄うツインボーカル。他人の曲を我が身より大事そうに歌い上げる彼女らの心は明らかに巧拙と無関係なところにあった。
一人より二人というのは当然なのかもしれないが、それにしてもこれは似合いに過ぎる。
反発なんて全く感じられない二つの音声は、見事なハーモニーばかりをそこに生み出していく。
今や彼女らは篭められた思い故に「カラカラ」と乾くこともなく「空空」漠漠と響きを広げ続ける、そんな音楽そのもののよう。
なるほど誰かのためにという思いだけだってこんなに綺麗な音になるのだなと、この場の多くが知って。
「こういうのも……いい、かもな」
断言しきれないまま伊地知星歌は目を瞑る。
そして彼女は星をも抱かんと足掻く優しい空を見たのだった。