三連休、そして新成人の方々おめでとうございますー。御多幸ありますように!
今回大分「Ame」さんの過去を少ない情報から捏造していますが、まあこの作品ではこんななんだなと理解していただけると嬉しいですー。
また、しりあすさん多めなのですが……次からはまた平常運転に戻る予定ではありますね!
どうかよろしくお願いしますー。
【わぁっ……!】
堀江照という少女は昔からクジラが好きだ。
大きくなった今も服の意匠などに必ずその雄大な姿がデコレーションされているようなものを選ぶくらいには、それを好み続けている。
はじめてそれを見たのは、水族館で期間限定に行われていた3Dプロジェクトマッピングで何も無いはずだった壁面に広がるその雄大な姿。
カエデの葉にすら似通うほど小さな手のひらを限界まで開きながら背をいくら伸ばしても、お腹のさきっちょまでしか届かず、照はその途方もなさに目を輝かせるのだった。
【お父さん、お母さん、クジラさん大っきいね!】
感動にそう叫びながら振り向けば、微笑ましく見守ってくれる両親の姿。
小さな彼らの同意に満足して再び見上げてみれば、そこには身体を伸ばしてもう全身は映らないほど迫ったザトウクジラの姿。
その中でもこっちを見ているかのような、それともどこも眺めていないのかよく分からないその全長からすれば小さいに過ぎる瞳が青とともに次第に通り過ぎていく。
【わあ】
映写されているだけのそれに思わず意思を覚えて手を引っ込めた照。
通るクジラを追っかけてばかりいる同い年くらいの子達と感性の異なる彼女。向こうも見ているなら恥ずかしいことは出来ないと、おしゃまにも大人しくしだすのだった。
それから彼女は少し距離を取りながら数匹のクジラが限りある空間を突き抜けるように通っていく姿を望みだす。
これほどならば迫力は一歩引いていても感じ取れるし、情報には近視的に触れるべきでもないというのを習う前から知れた天才肌な照は、やがてそれこそ身を引いていたからこそ。
【っ】
その音を真横のスピーカーから背筋がびくりとしてしまうほど体感できたのかもしれない。
――――♫
そう、人ではなくクジラもまた、唄う。
旋律要らずに、いっそ黒に近い海の青に溶けるようにそれは仲間のためにと互い違いに響くのだ。
【すごい……】
この経験から何かを伝えるために、お父さんお母さんと私と同じく大いなるものだって懸命に命のために音を響かせるものなのだと知れた照。
素晴らしいもののいじらしいまでの命に対する真摯さに心打たれた彼女は、以降ますますクジラというものを世界で一番に好きになって。
「ぁ、うぅう……」
だからこそ、照は小さく小さく身体を縮めてそのまま消え去りたくなってしまう、いくじなしの今の自分がこの世で最も嫌いだ。
愛するクジラはその壮大な体躯故に奏でながら生きるものである。
照もせめてそれに倣って音楽だけは棄てていないが、果たしてそれ以外の幼気な少女だった過去の自分から棄てずに残っているものなどあるのだろうか。
「……なぃ、ょね」
純粋を忘れて自信を失った。友達もいなくなれば駆け回りも、歌うことすらなくなって、ただ今は時に口の端ひっついて裏返りすらする独り言を繰り返しながらPCにてDAWソフトを弄ってばかり。
陰キャ。それどころかこんな自らを、クジラのような生き物と呼べるのかどうかすら、照には分からない。
もっとも、こんなゲーミングな輝きばかりの暗所に曲がった背中でPCに張り付くようになったのも、そう昔のことではなかった。
歌手と音楽プロデューサーの両親に導かれるようにして14歳まで照も順調に音楽家の階段を登っており、その年にはCDデビューまで果たしたくらい。
とても楽しそうに大きく口を開けて歌う彼女は可愛らしい調子に見え隠れしていた技巧の高さも含め当初、非常に好意的に見られたものだった。
でも、好くものがあれば、嫌うものだっている。
そして人は往々にしてその輝きに他者の意図を感じてしまえば、勝手にも熱を引かせてしまうもの。
【七光り……って?】
それとなくリスクはあるかもと言われても、私は私だと本名から頑なに変えなかったがために「堀江照」という歌手は直ぐに有名な「あの」両親の子だと特定される。
そして、起こったは、軽い炎上騒動。親の七光りでデビューするなんてズルい、引く等の身勝手な少数の意見をしかし生真面目な照は本気にしてしまう。
でも偉大な父と母の娘である事実からは逃げ出せないし、そもそも確かに親が機会を作りに口を利いてはくれたものの、切符を掴めたのは自らの努力の結果だったのに。
【…………それも、誰も見てくれないの?】
だがこの世の全ての人間に見る目があるわけでもなければ、匿名者たちの中で刺々しい無責任な意見ばかりが主流になってしまうことだってある。
故に、将来性を買われたために拙い部分も併せ持っていた「堀江照」という歌手は、どんなに頑張っても幾ら上達しようとも必死になろうとも、誰かが七光りのくせにと言い続けたせいで、むしろ次第に光を見失っていく。
【もう、いや……】
やがて嫌気に首を振り、逃げて一人ぼっち。そう、こうして「堀江照」という少女は海の底に沈んでいったのだった。
それからずっと引き籠もっていた照に親の七光りなんて、もうない。
むしろゲーミングPCのアドレサブルRGBの輝きの方ばかりを一身に受けてきた彼女は、といって音を磨くことばかりはやめられなかった。
楽器にはトラウマから触れられない。だからといって幾ら呪わしく思おうとも、好きからは完全には逃れられなかった。
高らかに弾きはせず、ただキーボードにて打ち込むだけ。それくらいなら、重い指先を伸ばすことが照にも出来た。
「ギターヒーロー、さん……」
またそれには、出来なくても上手く行かなくても、頑張り続けた誰かを見守り続けていたことも大きかったのかもしれない。
ギターヒーローなんて仰々しい名で活動する見知らぬ関係もない、ギターを奏でるばかりの誰か。
基礎から音の響かせ方を知る照には彼女の成長がもどかしくすら思えたが、しかしそれでも今ギターヒーローは人気になり広く認知されるようになっていた。
「ゎた、しも……」
だから、といった訳でもない。元々興味を持っていた分野ではある。
でも「ギターヒーロー」なしで作曲家「Ame」が誕生することがなかったのは間違いなかった。
時代が生み出した合成音声ソフト。それを照が「Ame」名義で弄ってみれば途端に楽曲は流行りだし、自然作曲者として彼女の名前は有名になる。
幾ら出しても、どれもこれもが優れる。それは続けてきた者のみが持つ、地金たる実力のため。
顔出しもない匿名の場所にて今度こそ七光りなんて呼ばれることなく、自らの音を広げることが出来て楽しいと思うようになった彼女。
しかし、高い実力は故にこそ世は彼女に多く露出を求められるようになり。
「ぁ、ぅ」
その日アカウントに来た音楽事務所からのダイレクトメッセージに、「Ame」の影の「照」は大いに迷うのだった。
それこそ、さっきまで吸えていた息のやり方を忘れてしまうくらいには。
クジラは泳ぎながら眠るという。しかし、半球睡眠なんて人間業でなければ、照はむしろ不安に眠れないままふらふらと外に出ていく。
太陽を浴びれば眠くなってくれるのかと思いきやむしろ眩さが痛くて直ぐに彼女は影へと逃げる。
「ぅう……」
そして見てくる人から隠れるために、クジラのヘアピンをフードに付けたまま、その入口を照は窄める。
すると人目からは逃れられようが、しかしやはりこんなのでは一息つくなんて出来やしない。
ろくに息すら出来ぬ胸がこのままでは押し潰れそうな、心地。そんなのを感じながら人混みから逃げ続けて、しばらく。
「ぁ、そこだ」
何時からだろうか乗り込んでいた電車内にて、ふらふらと。
空いている席に真っ直ぐ進んだ彼女は倒れるように先客によりかかりってしまう。
柔らかい。そして香るのは、見知らぬ花のもの。そうしてやっと彼女は自分が誰かの邪魔になっていることを理解し恐縮しようとしたのだけれども。
「ぁ」
「なんじゃらほい?」
「ぅ」
しかし、目の前の見知らぬ他人はそんなことすら気にもしないようで首を傾げるばかり。
むしろ真っ直ぐ見返してきたその瞳の深さに照は魅了されてしまい。
「ごめぁ……さい」
「眠いの? まあ、あたしなんて枕にしたって別にいいよー」
「ふぁ」
そのまま大きなモノに抱かれるようにして眠ったのだった。
「っ」
やってしまった。しっかり謝らないと。
だから、少し寝た後まだ隣にその子が居てくれたのは、照にとってとても幸甚なこと。
「っ、上から私を、み、見ないでっ」
そして会話するようになり、絶対にこの子と一緒になりたいからとそんな攻撃的なことまで言ってしまったのはとても恥ずかしくて。
「わ、私と……一緒。絶対に、た、楽しいよ」
でも最終的にギターボーカルとして直子を誘えたのはどうしようもない自分でも誇るべきことだと照は理解していた。
「よいしょっと」
「……う」
堀江家は豪奢で、大きい。
しかし、そんなのを一切気にもせずに、ヒールをトントン。
井伊直子は常に冗談めかしながら最後までその茫洋たる瞳を照から逸らすことはなかった。
連絡先にロインを交換し、照が絶対に離さないからと何とも重くも手を握った後なのに、それはいっそ軽やかにも背を向け去っていく。
あんなにすごいのに衒うことなく、柴犬の子みたいに純だなと照は思うのだった。
「それじゃ、まったねー」
「また、ね……」
そして少女は振り返り手を振りながら光に消えていく。胸いっぱいになるようなものを照に託して。
また会う約束。そんな久方ぶりのものを出来たのはなんと嬉しいこと。
そして足音に振り向いてみれば。
「ぁっ」
「照……」
「ぉ父、さん」
「いい友達が出来て、よかったな」
井伊直子という少女のために目まぐるしく、変わったいち日。
そのほとんど最後に、前にその皺の寄った顔に枕をぶつけてから不通気味だった父からこう言ってもらえたことはなんて。
「ぅん……っ!」
幸せなのだろうと、照は沈みきっていた心を少しだけ浮かせられたのだった。
上手な呼吸を忘れた海底少女は人懐こいクジラに出会い、音楽を教えはじめる。
次第にそれに懸命になって、何時か光溢れる場所に連れられていたことに遅れて気づいた彼女は。
「わぁっ……!」
その時にこそ、あの日と同じような感嘆の息を吐けるのかもしれなかった。