雪というのは様々な形がある。
花のようだったり柱のようだったり。
そんな事を考えて教室で窓を見つめた日に、外が見える左窓から2列目、後ろから3番目にいた少年、獅子呂晴花は、少女を見た。
「転校生───両親が────少しの───仲良く───」
あたりの声が遠くなるような感覚が少年を襲う。
教壇に立って説明口調で話すめがね先生の声も、少しざわつく周りのクラスメイトの声も、外で吹き荒ぶ雪や風やの歌声もとおい。
視線はただ、1人の少女に向いていた。
「柛代ましろです。よろしくおねがいします」
冬の教室に、ちりんと鳴る風輪のようなかわいらしい澄んだ声が聞こえた。
雪というのは様々な形がある。
花のようだったり柱のようだったり。
晴花には、少女が雪の擬人化のように、綺麗に見えた。
──────
冬の空気は教室のエアコンにかき消され、ここちよい暖かさと、微かな乾燥が教室には満ちていた。
テラスの窓を開けない限りは、暖かい布団に教室全部がつつまれたような、眠たい空気だった。
「……さぶっ」
真横からの刃物のような冷たい風で、晴花は目を覚ました。
「よい、はるかさんよーい」
「おうさぶろー」
「さちろうな、幸郎。転校生人気そうだな」
「そうだねさぶろー」
「悪かったよ窓開けて」
重い体を机からなんとか起き上げて、晴花は幸郎を見上げた。
にこりと笑う彼の瞳には、やわらかい気やすさがこもっていた。
「転校生の事ぼ──ーっと見てた晴花さん的にはどうよ?」
「うわ、さちろうにバレた」
「うわって何だよ、心外だな。ボクぁ新しく来た転校生の話をしにきただけなのにさ」
「……まあ、何だろう。悪い人じゃなさそうだよね」
「挨拶だけで?? だいぶ気に入ってるな」
「よく分かってるね」
「まあな」
ふふん、と鼻を鳴らすくらい幸郎は得意げだ。
幸郎がすぐ調子に乗るのを横で笑うのが、晴花は少し好きだった。
「なあ幸郎、今日部活は?」
「ある、ごめんなー。一緒に帰れなくてよー、なろうかな帰宅部」
「わざわざ!? やめときな? 今日はひとりで帰るよ」
「おう! 今度僕がぁ暇な時にな」
「うん忙しろう」
「じゃあな! あとさちろうな」
ぶんぶんと手を振って幸郎は教卓側のドアから出ていった。
晴花の寝ぼけて曖昧だった気持ちが、笑顔で手を振っていた幸郎に引っ張られたのか、暖かい気持ちに近くなった。
「……あっ、もうか」
晴花は壁にかけられた時計を見る。いまは5時ごろ、もう運動部は走り出していて、もう文化部は机に座っているような時間だった。
よく周りを見渡せば教室にはもう生徒はほぼ残ってない。
それなのに幸郎がわざわざ自分を起こしたのは、『そのまま明日の朝まで学校で伏して寝ているんじゃないか』と考えたのでは? と晴花は解釈した。
彼なりに気遣いができ、それをそのまま行動に移せる。
幸郎のそんなところが、晴花はとても好きだった。
「ありがたやって明日おがんどこう」
友の気遣いに感謝しながら、晴花は教室を後にした。
──────
教室の外の世界には白い雪が降り注ぐ。緩やかな風の歌に乗って。
ふわふわの雲が、かき氷ができあがる時のように削られ落ちてくる。
そんな光景の下を、晴花は歩いていた。
目の前には雪が降り注ぎ、カーテンのように視界を遮る。
こんな雪でも、明日には積もらず消えてしまうという予報を、晴花は怪訝に思っていた。
「さむい……何があったかいやつ買いたいな」
寒い中、手を重ね合わせて温めながら、晴花は白い息を吐く。
目的地はバス停、いつもがらんとしていて、町を巡るバスがたまに何人か人を運ぶ場所。
冷たくなって間もない世界では、まだ誰もが寒さに慣れていなくて、身を縮めながら生きていた。
道端でまだ緑色の草花も、灰色のコンクリートも、白い息を吐く少女も雪を被っている。
「……あ」
晴花の目線に、1人の少女が見えた。
それは晴花が朝初めて見た転校生の少女で、それは学校に指定された赤いネクタイにをつけていて。
学校指定のコートに、学校に指定されてない、ネクタイより少しあざやかな赤のマフラーを巻いた少女で、寒い灰の空に、白い息を贈るように吐いているように見える。
「……───っ」
「神代さんじゃん。今日から同じクラスの」
晴花が話からたとたん、ぴたりと少女──神代ましろは動きを止めた。
「あーえっと、獅子呂はるか君だ。君が寝てた授業の先生からよく寝てるって聞いてるよ…………今の見た?」
「うん」
「そっか……一旦忘れてみん? ほら雪って溶けてなくなったら、道が雪まみれだったことなんて、冬まで誰も思い出さんよ。人の記憶ってそれと同じだと思うんよね。私がやってた事もたぶん同じだ」
「そう? 俺は夏とかでも、雪降らないかなーっておもうよ」
「そう……そっかー……えー、忘れて?」
神代ましろは耳を赤くしながら、10分ほど粘った末、忘れるという言質を手に入れた。
獅子呂晴花の脳内は、神代ましろの事を、『儚げな美少女→面白そうな人』と記録した。
雪とともにバスは去って、バス停には2人の学生だけが残っていた。
雪を乗せて、風の歌は響き続ける。