雪と共に去る    作:とーしん

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白い道に足跡を残して

 獅子呂晴花は自分達の住むこの街が、比較的田舎──どこと比較しているのかは定かではない ──である事を思い出していた。 

 

 つまり次のバスが来るまであと20分はあったのだった。

 

 図らずとも、赤いマフラーをつけた転校生の少女、神代ましろの帰宅を妨害することになった晴花は、お詫びのしるしとして自販機からココアを2つ買ってきて、そのうちの1つをましろに渡した。

 

「ココア好きなん?」

 

「あったかいからね。トウモロコシのやつもあったかレモンなやつも好き」

 

「なるほど……寒いしね」

 

「ね、寒い」

 

 晴花は自分のココアを握った。

 

 痛みすらともなうホットドリンクの熱さが、痛みすらともなう雪の空気の冷たさを誤魔化して、痛みだけが残る。

 残った痛みも誤魔化したくて、晴花はココアを手で握るのをやめて、防寒コートについているポケットに入れこんだ。

 

「神代ましろさん、家こっちなの?」

 

「うん、バス無くても行けるんだけど、そっちの方が近いから」

 

 ましろは晴花から貰ったココアを開けた。

 こじ開けた栓が、かちゃりと金属音を鳴らすと、真っ黒なココアが皆見えた。

 手のひらの熱さを無視しながら、ひとくちごくりと、ココアを口に含んだ。

 舌に移った焼けるような熱さも、寒さよりはマシだと無視をした。

 

「ありゃ、大丈夫?」

 

「……えっ?」

 

「いや、神城ましろさん、ココア熱そうだったから」

 

「えっ、ぜんぜん大丈夫大丈夫……えっ何? ずっとフルネーム?」

 

 顔に出さないようにしてたのに、気づかれた事が少し恥ずかしくて、ましろは話題を変えようと試みた。

『無理して熱いココアを飲んで、結局火傷しそうです』なんて言うのは、少し恥ずかしかった。

 

「じつはなんて呼べばいいか分からない」

 

「苗字に名前、どっちでもええよ」

 

「えー……じゃあましろさん」

 

「名前なんだ」

 

「何となく名前で呼ぶ事が多いんだよね、さちろうとか」

 

「えっ誰?」

 

「同じクラスの男子、今度紹介するよ」

 

 そう言いながら晴花はポケットに入れたココアにふたたび触れた。

 もうそろそろ持てるかな? と伸ばされた手は、燃えるような熱さによって、反射的にポケットから飛び出した。

 

 猫がびっくりしたような勢いで飛び出す腕を見て、ましろは吹き出しそうになったがなんとか堪えた。

 

「……ましろさん、結構笑うタイプ?」

 

「い、いや別に……えっとじゃあこっちもハルカくん」

 

「あ、はい。ハルカです」

 

「なんか珍しい名前だね。『ハルカちゃん』なら見た事あるけど、私は『ハルカくん』初めてかも……あっ、気にしてたらごめんね?」

 

「いーや、気にしてない。晴れるの晴るに、花火の花だよ」

 

「へえー、なんかかわいい名前やね」

 

「うん、ありがとう。よく言われます」

 

「名前がね?」

 

 ふふん、と鼻を鳴らす晴花に、ましろは微笑を浮かべた。

 暖かそうな笑顔のましろ見て、晴花もまた笑みを浮かべた。

 

 笑顔の晴花の鼻先に白い雪の花が1つ落ちてきて、それを見たましろは口に手を添えて微笑んだ。

 

「ましろさん、やっぱり結構笑うタイプ?」

 

「……いや、別に?」

 

「……? そっか。ましろさんの名前はどう書くの?」

 

「朝黒板に書いてなかった?」

 

「違うとこみてた……」

 

 晴花は逃げるように上に広がる白い空を見上げた。

 ずっとましろさんを見ていました。なんて言うと怖がられてしまうかも、なんて考えが頭を過ぎる。

 

「えー、結構不良さんなの?」

 

 

「……じつは俺はそうとうなワルだよ」

 

「なんてこった。悪い人と絡んでしもうた……あ、バスきたよ」

 

「あ、きたね」

 

 道路の先、白い雪に隠れながらも、バスが一台、2人のいるバス停に近づいてきた。

 

「じゃあまた明日ね、晴花くん」

 

「えっ、ましろさんは乗らないの?」

 

「うん、乗らない」

 

 そう言ってにこりと笑うましろ。

 晴花はその笑顔が、なんだかひどく白く見えた。

 雪が、何かを隠してしまう時のように白かった。

 

「家にはこのバス使わなきゃなんでしょ?」

「まだいいんよ」

 

 やはり、にこりと笑っていた。

 バスが2人の前に泊まった。

 扉が開き、人が数人降りていた。

 少女は晴花に向かって、お別れだからと手を振った。

 

「ねえましろさん」

 

「……ん? どうしたん?」

 

「さっきから気になってたんだけどさ、それどこの方言? なんか色々混ざってる気がするけど」

 

「ああ、たぶん混ざってるんだよね。今までいろんな場所に引っ越してさ、人と話してるうちに……ってバス行っちゃうよ!」

 

「あー、じゃあキメラ弁だ」

 

 ぴたりと固まり、いや、それはなんか……ちょっと……えー、キメラ? と言わんばかりにましろは唸った。

 

「……他のない?」

 

「えー……じゃあ寄せな弁」

 

「寄せ鍋か……さっきよりは……? いやバス行っちゃうよ!」

 

 ましろがそう言った直後、バスは扉を閉じ、雪をかぶりながらふたたび走り出した。

 ほら言わんこっちゃないと、ましろからじと目で語りかけられて、晴花は少し苦笑した。

 

「いいよーバスくらい。べつに帰っても予定ないし」

 

 苦笑した晴花に釣られたのか、ましろもふわりと微笑んだ。

 痛い寒さを忘れたように柔らかく微笑んだ。

 

「ならいいけどさ……風邪ひいてもしらんよ?」

 

「ましろさんもまだ帰らないんでしょ? ならもーちょっと話そ」

 

「……まあ帰らんけどさ? 変わってるね晴花くんは」

 

 釈然としない様子でましろは晴花を見つめた。

 白い雪が晴花の頭に積もっているのに気付き、ましろはパッと手で雪を払った。

 一瞬びっくりした晴花はすぐに手で自分の頭に触り、ましろを見る。

 

 

「もしかして俺、今かさ地蔵のかさ無しになってた? わざわざありがとね」

 

「ちょっと初めて聞いた例えやけどそのとうりやね。寒いしどっか行く? 風邪ひいたらようないし」

 

「いいね、お腹空いてきたしコンビニでも寄る?」

 

 

 にこりと晴花はましろに笑顔を向けた。

 晴花の手には先ほどまでは熱くて持てなかったココアが握られていた。

 どうやら新しいココア、つまるところ新しいあったかい飲み物が欲しいのだと、ましろは気づいた。

 

 

「お、いいじゃん。私もアイス食べたい」

 

「おー? 驚いた。冬にアイスとはね」

 

「ほんとに驚いてる……? ……アイスはいいよ。どこで食べても味が一緒なの」

 

「どこで食べても冷たいしね」

 

「うん…………うん……? いや、まあ、そうかな……」

 

「よーし行こうましろさん、近くのコンビニこっちだよ」

 

「晴花くんはずっとこの街に住んでるの?」

 

「ん? そうだよー。ようこそ新たな地元へ」

 

「あなたの地元よね」

 

「住めば地元だよ」

 

「都みたいに言うやん……」

 

「気楽にしていいよって感じだよ」

 

「……いやいや、別に息苦しくとかないよ晴花くん」

 

 白い雪に足跡を残しながら、黒い靴が二人分の足跡を残しながらコンビニへと向かう。

 雪をのせた風は、楽譜の線と音符のように、冬らしい冷たく高い音を奏でて、ふたりのもとへ吹いていた。

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