雪と共に去る    作:とーしん

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悲鳴のような鼻唄のような吹雪

 

 神城ましろは耳を澄ませた。

 

 コンビニの中で流れる広告、音楽。

 

 硬い靴が床を踏む高い音。

 ときおりコンビニの自動ドアが開いた時に聞こえる、外の風の吹く音。

 

 悲鳴のような、強い風の音。

 

 獅子呂晴花とコンビニに入ってから、どんどん風の音は大きくなっていた。

 何となく、コンビニの外の世界に歓迎されてない感じがして、ましろは短く、ため息を吐いた。

 

 鋭い破片が飛び散っているような痛みを伴う寒さは、ぬるくだるいコンビニの暖房を知ってしまえば、拷問のような辛さを伴う。

 コンビニの中はまるで、暖かい監獄のようだった。

 

 

 

「あったかいね……」

 

「そうやね……何買ったの?」

 

「唐揚げは3個入りのやつ、揚げどり、あとドーナツとりんごジュース」

 

「めっちゃ買うね!?」

 

 晴花はコンビニのイートインコーナーの椅子にゆったりと座っていた。

 恐ろしいほどゆったりとしたその姿は、こたつの上でくつろぐ猫のようにすら見えた。

 

 それはさすがにリラックスのし過ぎだろうと、ましろは内心おそろしさすら持ち始めた。

 初めて来た他人の家で腹を出して寝れるんじゃないかと思わせるほど、彼の雰囲気には警戒心のようなものを感じられなかった。

 

「晴花くん、いつもこうなの……?」

 

「えー? ……なにが?」

 

「いやなんか、警戒心がないというか」

 

「あ、さちろーにも言われたそれ。やっぱり無いように見える?」

 

「見える……実際はそうじゃないと?」

 

「いや警戒心とかは無いけど」

 

「やっぱないじゃん!」

 

 声を少し荒げたましろを見て、晴花は桜を見たように笑った。

 ましろにはまるで、晴花の周りだけ、痛々しい冬じゃないみたいだった。

 

「何でそんなに落ちついとるの……」

 

「……まさか、もうすぐ強盗が来るのを知ったとか?」

 

「別に強盗がこなくとも、そんか無防備な感じには……晴花くん、財布盗られても気づかなそう」

 

「ましろさん、さすがに大丈夫だよ。GPSあるし」

 

「…………? そうなんだ……財布にGPSあるんだ……」

 

 目の前の人は思ったより大変な人なのかもしれないと、ましろは猫がその身についている尻尾一つで地面に立っているのを見て驚くような、心配するような目を晴花に向けた。

 

 晴花は何故か得意気だった。

 

「ましろさんよ……ましろさんはもっとゆったり考えていいんだよ財布が一度盗られても戻ってくればいいんだと……」

 

「そうかな、わたしは晴花くんよりは生き急ぎたいかな。あとちゃんと中身も無事がいいな」

 

「……まあお金はあった方がいいかもね」

 

「お金取られる前提ならいらなくない? GPS」

 

「いらないかも……」

 

 ましろは微笑みをこぼした。

 それは晴花が道端の雪だるまに手袋がつけられているのを見た時のような笑みだった。

 それは暖かい心が漏れ出したような笑みで、何故それが今現れたのか、晴花には分からなかったが、笑顔なのでよしとした。

 

「……雪止まないね」

 

 ましろがガラスの先を見て、晴花も釣られて先を見た。

 いつもは背景のような建物や山が、白く染まって、最初から何も置いてなかったかのようになっていた。

 

「この雪なら強盗とか来なそうだね」

 

「……どないやろ、むしろ警察が来ずらい天候だから……みたいな」

 

「ああ、確かに……なんでこんな日に学校があってしまったんだろうね」

 

「ほんまそう! 朝は行けそうだな……って感じだっただけにさ」

 

「ねー」

 

 ぼんやりと2人は目の前のガラスにぶつかり続ける雪を見ていた。

 そこからしばらくの静寂が2人の間に流れる。

 気まずいというより、ただ2人してぼんやりと目の前の白い粒を見ているだけ、といったふうだった。

 

 しばらくして、ましろが口を開いた。

 

「ここってさ、けっこう雪積もるの?」

 

「そうだなー……まあまあ、けっこー? って感じ」

 

「まあまあ結構かー…….晴花くん、やっぱり帰った方がいいんじゃない?」

 

「それがね……大丈夫なのよ」

 

「なんで?」

 

「すぐ近くだから」

 

「へぇー…………ん? えっ、でもさっきバスって言ってなかった!?」

 

 ふふん、と、晴花は鼻を鳴らした。

 

「別にバスに乗っちゃいけないみたいな校則は、うちにはないんだ」

 

「歩きな。ずっとバスやと運動不足になるよー?」

 

 そっと、晴花は目を逸らし、雪の積もっていくコンビニの駐車場を見た。

 

「この雪いつまで残るかなー?」

 

「あ、図星なんや。結構運動苦手なん?」

 

「……この雪いつまで残るかなー?」

 

 くすりとましろは笑った。

 笑って、晴花と同じように、ガラスの外の雪景色を見た。  

 

「いつやろうねー、ずっと残ってたらいいのに」

 

「そうなの?」

 

「そうじゃない? すぐ消えちゃうの、なんか寂しいよ」

 

 そう言って雪を見るましろの横顔を、晴花は捉えた。

 初めて彼女を見た時も、こんな顔だった。

 ついさっき、雪を見上げていたのを見つけた時も、こんな目をしていた。

 もしかしたらあれは悲しい顔だったのかもしれないと晴花は考えた。

 触れる勇気は、あまりない。

 それにはまだ数時間しか話してないという要素もあり、かさぶたを引っ掻くような行いにならないかという不安が、晴花の中にあった。

 

「別に雪がぜんぶ溶けても、雪の全部がなくなっちゃうわけじゃないでしょ?」

 

「……あー、そう思ってるんだ。晴花くんは」

 

 薄い目で流し目で、ましろは晴花を見つめた。

 晴花の心臓が少し跳ねた。

 蛇に睨まれたようだ。

 それは晴花が、雪の結晶がこんなに冷たいと、初めて覚えた時の驚きと似ていた。

 

「とけたらさ、もうただの水だよ。水はすぐ消える」

 

 ましろは一気に紅茶を飲みこんだ。

 さっき棚から取ったばかりで、温め初めたばかりだったのか、ぬるいぬるいストレートティー。

 あまり甘くない。どちらかと言うならば渋い。

 渋みを一気に飲み込んだ。

 一息吐いて、晴花に目を向けた。

 

「……あっっ」

 

「えっ?」

 

「あちかった……」

 

 晴花の手にはコンビニで買ったばかりのココアが握られていて、こちらはしっかりと熱されているようだった。

 ずっと熱いココアしか手に入らない姿が、ましろにはどこかおかしく見えた。

 

「……えっと、大丈夫?」

 

「うん、ごめんね、せっかく話してくれてるのに遮って……」

 

「いやいいよ。別に、大した話やないし」

 

「いや、大事そうだったよ。なんとなくだけど」

 

 目を見開いた。

 目を見開いた事がバレてないか不安になって、咄嗟に笑った。

 

「何となくって何よ。本当に大したことないよ」

 

「……そうー?」

 

「そうそう!」

 

 動揺が行動に出た事に気づいた。

 ましろは今、さきほどの言葉を聞いてもらいたかったんだと、言われて初めて気がついた。

 なんだか恥ずかしいからか、少し熱い気がした。

 

 晴花は熱いココアをずっと握っている。

 熱いココアを握ったまま、晴花は白い空を見て口を開いた。

 

「俺は、『ぼくぁ、お前が気に入らないよ』って言われたことがあるんだ」

 

「仲悪い人だったの?」

 

「うん、あっ、いや今はいいから大丈夫」

 

「ああ、仲良くなったんだ」

 

「うん、でね……あー」

 

 何というべきか、晴花は唸りながら思案する。

 何と伝えるべきか、どんな言葉を言うべきか、何を伝えないべきか

 どうすれば傷がつかないように言葉が伝わるか、考える。

 

「その時、俺は咄嗟に『こっちだって嫌いだ』って言っちゃってさ」

 

「……あ、後悔してるの?」

 

「うん、そうなんだよ」

 

 その顔、後悔だったんだ。

 晴花が初めて見せた顔の正体を、ましろはぼんやりと掴んだ。

 そしてふたたび、晴花の言葉を待った。

 彼女の耳には、悲鳴のような雪風も、コンビニを流れるポップなBGMも、どこか遠くに聴こえていた。

 

「で、それから8年くらい経ってさ……」

 

「うん……ん? 8年!?」

 

「うん、8年経って、そいつとまた会ったんだよ」

 

 それは雲を見つけるような再開で、ありきたりで、さっぱりした再開だったと、言外に語るような口調だった。

 

「そいつと話した時さ、俺、真っ先に謝ったんだ。あの時はごめんって」

 

 一瞬、晴花の雰囲気が柔らかくなる。

 先程の後悔した表情とは、まるで違っている顔をましろは見た。

 暖かい顔だ、春の陽気みたいな。

 

「そしたらさ、『まだそんな事気にしてたのか』って言われた」

 

「……結局、何で喧嘩したん? 大した事やなかったって事?」

 

「うん、大した事じゃなかったみたいで。……えっと、うまく言えてる分からないけどさ、ましろさんに言いたいのはね」

 

 恐る恐る、といったようだった。

 晴花の表情がころころ変わるのは、天気模様がすぐに変わる不安定な空のようだったが、ましろはその全てにどこか暖かさを感じていた。

 

「足跡ってあんがい残ってないけどさ、歩いてきたのはちがいないというか……えー……いや、ごめん。上手く言えないかも」

 

「……? なんか、気を使ってくれた?」

 

「うん、つかおうとしたけど失敗した」

 

「ふふっ、何やそれ」

 

 陽に照らされた緑葉が揺れるように、ましろは微笑んだ。

 

「あんま気をつかわんでよ、気持ちは助からんこともない」

 

「ごめんね、よけーなことしちゃったよ」

 

「いや大丈夫よ」

 

 花が咲いたような笑顔のましろ。

 なぜそんな顔をしているのか、晴花は分からなかった。

 分からないが、悪くはない理由で笑ってる、そんなふうに見えた。

 

「雪、すごいね」

 

「ね、凄く音」

 

 気づけば雪は景色を染めて、風の甲高い音が聞こえる。

 雪は全ての上に降り積もり、しばらくは外に出たくなくなる風景が、透明なガラスの先にあった。

 強い雪風が、甲高い音となって空を舞っていた。

 

「……なんかさ」

 

「どしたん?」

 

「雪が降ってる時の風ってさ、歌ってるみたいな音がするよね」

 

「あー……『ビュー』みたいな」

 

「そうそう、『ビュー』って感じの」

 

「……私は悲鳴に聞こえるよ?」

 

「……なるほど、ましろさん的には『ひゃー!』って感じだ

 

「いやいや、『ビュー』だってば」

 

 優しい雪のような柔らかさで、ましろは笑った。

 柔らかい顔に安心して、晴花は目の前に置いていたココアをつかむ。

 まだ少し熱かったが、それでもいいと、おもいきって掴んだ。

 

「……お」

 

「どしたん? ……あ、熱くなかった?」

 

「うん、いい感じ」

 

「おー、よかったやん」

 

 風の音が響く中、晴花はまたココアを飲んだ。

 冬の轟音(うた)が弱まるまで、二人は飲み物を飲み続けた

 

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