季節は過ぎる。
春の陽気は雪を拾いにきて、かわりに花を落としていった。
冬の忘れ物みたいな寒さが残りつつも、ゆるやかな暖かさが緑の草木となって現れている。
「ね、もしかしてココア好きなの?」
「え、そだよー。よくわかったね」
「春夏秋冬ずうっと飲んでたらそりゃあね……むしろ1年間気づかなかったのが不思議というか……」
薄桃色の花を踏みつけながら、晴花とましろは帰路を歩いていた。
白い空は青くなり、あたり一面の白雪は桜色の花びらに変わっていた。
2人が出会ってから2度目の春だった。
「ココアって春でも売ってるんだね」
「あのコンビニの常連だからね」
「……えっ、あっ、わざわざ仕入れとるの!?」
「たすかるねー」
「1人で何個買ってるの……?」
機嫌が良さそうに表情を緩ませながら、晴花はココアを飲み込んだ。
熱くない。けれど冷たくもない。
少し温かい、猫舌の晴花にちょうどいい温度のココアだった。
「飲みながらは危ないよ?」
「……気をつけます」
ふーん、と、微笑を浮かべながらましろは晴花を見つめる。
何かやましい隠し事でもあるかのように目を逸らした晴花を見て、ましろは悪戯をする子供のような笑みをした。
「晴花くん、先生に居眠り怒られてる時にさ、いつもそう言うよね?」
「うっ」
「ほんとに不良さんなんやねー?」
ほんの少しの、木々の間から光が漏れるような、やわらかな笑み。
最近、よく見るようになったなと、晴花は思った。
「ましろさん最近よく笑うね」
「えっなんかいつもは笑わない人みたい……」
「……あ、いや笑ってない時もあるね」
「どっち??」
最近のましろを思い出しながら、晴花はましろと共に力強い茶の幹と薄明るい白の溢れる並木道を歩く。
何となく、ましろは出会った事と比べて何かを隠す事がなくなってきていたように感じていた。
具体的に例えるなら、「……いや別に」と誤魔化さなくなった。とも言える。
「なんか最近さ、ちょっと気が楽になってる感じに見えてたんだよ」
「……いや別に? 特に何かあったとかはないけど、そう見えた?」
やっぱ勘違いだったかも。晴花はそう思った。
「最近、やーなこととか……あった?」
「会話が0か100かやん」
「人と話すの、好きだけど苦手なんだよね……」
「上手くなれるとええね……。このままだと、急によく分からない会話始めて、よく分からないまま会話が終わる、いわば会話のひき逃げ犯みたいになってるよ」
「会話のひき逃げ犯……」
晴花は昔、幸郎に「お前俺以外と話せる?」と言われたことを思い出す。
一歩間違えたら、というか幸郎とましろが居なければ、転校初日のましろのように──帰り道に一人だったましろのようになっていた気がした。
「……あ」
「どしたん?」
「いや、そういえばさー」
ふと、思い出した。
真っ白の雪が降る中、ひとりで空を見上げていたましろのことを。
あの時、晴花を見つけた瞬間、お日様のように真っ赤になった頬の事。
「初めて話した時、覚えてる?」
「あぁ、覚えてるよ。晴花くんが急に現れて……えっ、話かけられる理由ないよね? なんでなん? って……」
「そう思ってたんだー……」
ましろの眼にはそれなりに怖く映っていたのを知って、晴花は少しショックを受け少し落ち込んだ。
落ち込んで下を見たら桜の花の絨毯が、コンクリートの上に敷かれているのが見えて、春の中を歩いているのをより一層感じた。
それで少し気分が良くなってる目の前の気分屋を見て、気の移ろい方がダイナミックすぎて、ましろはちょっと、いやとても、複雑な顔をした。
「あ、そうだ。でさ、なんであの時、急に恥ずかしそうにしたのかなって」
「なんでって、そりゃあ歌聞かれたら恥ずかしいやろ」
「えっ……? 歌ってたの?」
「……………………聞いてない?」
ぴたりと、世界の時間を止めたように、ましろは歩みを止めた。
「うん、ないねー」
「えっ、じゃあ? 私、一人で勝手に恥ずかしがって、今勝手に自爆したん?」
晴花はそうだ。と言うように、頷いて肯定した。
ましろは納得いかないようで、不機嫌な鳩のような顔をした。
「恥ずかしがって損した〜」
「恥ずかしいの?」
「鼻歌聞かれたら恥ずかしくない?」
「まあ、そうかも……ごめんーねちゃんと聞けなくて」
「聞かせんって!」
ましろはそっぽを向きながら、手で顔を仰ぐような仕草で、真っ赤な顔に風を送っていた。
まるで手助けするかのように、春の風が二人を通り過ぎた。
「「さむっ……」」
春になっても、冷たい風は吹く。
冬よりは冷たく無いような、春だからこそ冷たいような、身の凍える風。
冷たさに二人はたじろぎ、負けないようにと笑みを浮かべた。
「ましろさん、雪みたいな名前なのに寒さにちゃんとよわいもんねー」
「雪じゃ無いもん。私は生まれた時に白い鳥が居たから『真白』だし。晴花くんはちゃんと寒さに弱いね」
「ちゃんと弱いよ。季節の『春』だしね。あったかい方が好きって訳じゃ無いけどねー」
「じゃあダメだね私たち。二人とも寒さに弱いままだ」
悪戯するようにましろは笑う。
子供同士が悪戯する時に、内緒をかかえて笑うように。
晴花には、とても、秘密を一緒に抱える事のできるような笑みだった。
「次は、寒いところに行くんだ」
「……ここよりも?」
「うん、そうらしいよ」
「そっかー……凄い北なんじゃない?」
「そう、凄い北なんよ……ふふっ、うん、凄い北の方かも」
くだらない事が愛おしいかのようにましろは笑った。
晴花の目には、花を愛でるような、空に手を伸ばすような、夜の星が眩しいような、その全てを混ぜてほったらかしたような、そんなふうな顔に見えた。
「やっぱりあれかなー」
「どれよ?」
「ここより防寒着ちゃんとしなきゃかな」
「やね、もうすぐ夏だしすぐは気にしないでいいかもやけど、冬はちゃんと防寒着着ないと」
「……そうだねー」
ましろの微笑がなんとなく気に入らなかった。
暗い顔をしているのが、何となく気に入らなかった。
『自分には特にやれることないしな』って言うみたいに諦めたような顔が、なんだか。
晴花は、なんとなく気に入らなかった。
「じゃあ防寒着買ってから遊びに行くね」
寂しいって分かってるのに、ずっと我慢してる顔だと分かってから、気に入らないから、晴花は言ってやる事にした。
「───あー、せやねえ。でも遠いよ?」
「べつに遠くたって行くよー?」
「えー何? そんなに会いたい?」
「うん、俺はそう思うよ?」
「…………まあ、なら、ええけど」
ましろはマフラーみたいに赤い顔をした。
反撃される可能性をちゃんと考えてないからだ、と晴花は内心、勝負に勝ったような得意気な気持ちになった。
顔はちょっと赤かった。
「……あ、俺ここまでだ」
「えっ、待ってこのタイミングで帰るのなんかズルいんやけど」
「じゃあねーまた明日ー」
「あっ、待てー! にげるなー! ……は、早い……。あんな早く走れるんか……」
桜の吹雪に紛れるように、晴花はすぐに消えていった。
耳を真っ赤にするぐらいなら言わなくてもいいんじゃないのと、微笑みながら、ましろは再び帰路を歩いた。
「────」
少女は鼻唄混じりに帰路を歩いく。
渡り鳥が春に歌うように。軽やかな歌。
渡った後に残るもの、ついてきたものに思いを馳せる歌を口遊む。
雪と共に去った別れを想いながら、春の出会いを胸にしまって、渡り鳥のような少女は春の歌を口遊んだ。
こちら完結とさせていただきます。お時間いただきありがとうございました。