この世に神様なんて居るのだろうか。
もしも居るとして何故僕には手は差しのべられないのか。
物心がついた頃には僕は捨てられて親は居なかったし、家も当然無く常に劣悪な環境で生きるために過ごしてきた。
生きるためなら何だってした。初めは低賃金でもいいから仕事に就こうとしたが、子供だからといって仕事には就けなかった。それからはレストランの残飯を漁ったり、盗みもした。だけど良心が勝ってしまい上手くできず、直ぐにバレて身体中が痣だらけになるまで殴られた。
(結局2年くらいは生きれたかな…)
身体は既に限界がきていて、数時間前から地面に横たわっているが立ち上がる力すら湧かない。
ふと、まわりの地面が黒く変色し始める。ものの数秒で大きな雨粒が体を強く打ち付ける。
痛い。
突如降り始めた雨にすら存在を否定され、辺りにザーザーと響き渡る冷たい雨音は孤独感をより一層強くさせる。身体だけでなく、心もボロボロになっていることを実感する。
神様なんて居ない。
これが約2年で思い知った現実。
(身体が思うように動かない。僕死ぬのかな…)
「ぅ死にたく…ないよぉ…」
嗚咽混じりの本音は誰にも届かない。頬を伝う涙は直ぐに雨に混じり落ちていく。こんな建物に囲まれた狭い路地にわざわざ誰も助けに来てくれる筈もない。
こうしている間にも雨は無情にも体温を奪っていく。足掻こうとしても、足掻く力すら残ってはいない。
(もうダメかな…)
何もかも諦めかけた瞬間。
「ちょっと君、大丈夫かい!?」
声がした方に視線を動かすと、目が霞んであまり見えないが女性が立っていた。
女性は青色を基調としたジャケットを羽織っており、短いパンツのようなものをはいてて、寒くないのかなぁなんて呑気に思ってしまう。
「大丈夫?君、返事はできるかい?あぁこんな時にヌヴィレットさえいてくれれば…今はボク一人しかいないし…一体どうすれば…」
女性はパニックになっていたが、ひとまず傘で雨を凌いでくれている。
「まだ意識がはっきりしてないし…何かできること、できること…………あっ」
女性は何か閃いたような声を出すと自分が濡れることを厭わず僕を暖めるように抱きしめた。人に抱きしめてもらうなんて初めてのことだから少し戸惑う。
でも不思議と嫌な気持ちは湧かない。見知らぬ人なのに身近な人…母親のように感じる包容力がある。誰かから暖かいものを受けとることは一度たりともなかったから自然と涙が出る。
「ど、どうして泣き出しちゃったんだ?何かダメなことでもしちゃったのか…?あ、安心したまえ!ボクは悪い人ではないぞ!」
アワアワした状態から突然見栄を張るような喋り方になった女性だけど、僕にはまるでスターのように輝いて見えた。もしも神様が居るとしたらこのような女性なんだろう。…あぁ少しホッとしたら頭がぼんやりして意識が…
「か…みさ…」
「何だい?良く聞こえなかったけど…えっ、ちょ、ちょっと君!?」ペチペチ
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(何か喋り声が聞こえる…)
側から聞こえる話し声で目が覚める。いつも外で過ごしていたため目が覚めるときは大概空が見えていたが今は天井が見える。
「そうか、そのようなことが。」
「そのようなことが、って誉めてくれたっていいだろう?いくら軽かったからってボクが運ぶには大変だったんだぞ!」
「確かに君が今回した行動はひとつの命を救ったに等しい行いであり称賛するべきことである。しかし、誉められたいがために行動したわけではないだろう。」
「そうだけどさー…」
寝起きで意識が朦朧とするなか、話し声がする方を向くとさっきの女性(良く見たら女性というより少女に近い姿をしている)と身長が高く髪が腰まで伸びているほど長い男性?がいた。
「あ!目が覚めた?ヌヴィレット様、この子目が覚めたよ!」
「っ!」
近くにいた少女に気づかず、少し驚いた。少女の言葉に二人は直ぐに反応し、僕の近くまで来る。
「私はヌヴィレット、この国の最高審判官だ。あちらはフリーナ。そしてこちらの少女はメリュジーヌのシグウィンだ。シグウィン殿、この少年の容態は?」
シグウィンさんがヌヴィレットさんに問いかけられると、僕の身体を小さな道具で触ったり、口を開かせて口の中を見たりする。
「目立った外傷や病気の症状は無いけれど、栄養が不足しすぎてて栄養失調気味になってるのね。脱水症状も少し。あとは雨にあたってたからこれから風邪を引く可能性はありそうなの」
シグウィンさんは、的確に状態を説明した。
「そうか。ではすぐさま水分と回復食を用意させよう」
ヌヴィレットさんがそう言うと、すぐさま部屋を出ていき数分後、再び戻ってきた。手にはトレーを持っていて、何やらいい匂いがする。
トレーの上には手のひらサイズのパンが2個と湯気がほんのり立っているスープ。それとポテトとハムを細かく刻んで炒めたおかずが乗せられている。どれも生まれてから見たこと無いほど豪華な料理だ。
「一先ず食べるといい。落ち着いてから少し聞きたいこともある。だがゆっくりと食べて欲しい、こちらも急かすつもりはない」
促されたものの、こんなに豪華な料理は僕にはもったいなくて食べられない。
「こ、こんな豪華な料理食べられません」
「豪華って、ただの回復食だろう?少しオーバー過ぎないかい?」
「今まではレストランの捨てられた料理とか、そこら辺の草とかを食べてたので…」
僕がそう言うと、皆顔をしかめた。言わない方が良かったのかな。
「それにお金も持ってないので、やっぱり食べられないです」
その瞬間、フリーナさんが整った顔を少し歪ませながら僕に掴みかかった。あまり怒らなさそうな人なだけに少し体が震えた。
「お金なんか払わなくていい!君はまだ子供だろう?そんなこと考えなくていいんだ…」
「フリーナの言う通りだ。君はなにも心配せず食べてくれればいい」
そう言われ、僕は一緒に乗せられていたスプーンでスープを口へ運ぶ。
「おいしい…」
気づいたらそう呟いていた。こんなに暖かい料理を食べたのは初めてだ。一口、また一口。飲むほど温かさを感じる。
「ど、どうしたんだい?味に何か問題でもあったかい?」
「…え?」
ふと、頬に冷たい感触があることに気づく。無意識に涙が出ていた。
「えっ、あ…あれ…ご、ごめんなさい…そういう、わけじゃな、ないです」
「…ヌヴィレット、少し部屋から出て行ってくれるかい」
ヌヴィレットさんは唐突にそう言われて少し考える素振りを見せたが、すぐにみんなを連れて部屋から出て行った。するとフリーナさんが僕の隣に腰掛ける。
「大丈夫だよ」
フリーナさんは僕を抱きしめながら優しく、宥めるように言った。たった一言の言葉に僕の心の何かが崩れた気がする。
「ふっ、うぅ……ぁああああ!!」
僕はフリーナさんの胸に飛び込みおもいきり泣いた。もしかしたら拒絶されるかも、なんて思いもしたが逆に優しく受け入れてくれた。
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「落ち着いたかい?」
「はい…あ、あの、ありがとうございました。…それと服を汚してご、ごめんなさい…」
時間にして5分か10分程たった位で気持ちも落ち着き、フリーナさんと軽く会話をする。
短い時間だったけどフリーナさんに泣きついたから服が汚れてしまったと思う。そんな心配をしていたら「こんなの全然大丈夫さ」と軽く微笑みながら頭を撫でられた。
「そういえば、キミの名前を聞いていなかったね。よかったら教えてくれるかい?」
「僕の名前、ですか?」
名前を聞かれて、返答に喉が詰まる。別に答えたくないとかそういうのではないけれど、どう答えればいいかわからない。だって僕はーーー
「あ、答えたくなかったら全然答えなくてもいいからね!ごめん、ボクの配慮か足らなかったね」
「あ、謝らないでください!その、名前が答えられないのは…僕に名前がないからです」
物心ついた頃から親がおらず、名前をつけてくれる人もいなかった。呼ばれるときはいつも、二人称で呼ばれていた。
「な、名前がないって?」
フリーナさんは当然のように困惑していた。多分この世に生まれて名前がない人なんてそうそういないだろう。僕みたいに捨てられた人間以外は。
取り敢えず僕は今までの生活を軽く話した。親から捨てられたこと、生きるために盗みをしようとして失敗したことなど。僕の話を聞いてフリーナさんはやっぱり顔を歪めた。
「そうだったんだ。ごめん、嫌なことを話させてしまったね」
「いえ、フリーナさんが謝ることじゃないです。その、全然大丈夫ですから」
さっきとは逆に僕が謝られてしまった。会話がなくなり、部屋が静まり返る。その沈黙をフリーナさんが破った。
「…そうだ!もし君が良かったらなんだけど、僕が名前をつけるっていうのはどうだい?」
「僕に名前を、ですか?」
誰かから名前をつけて貰うなんて考えたこともなかった。しかも会って間もない人に。でも不思議と嫌だと言う気持ちは湧いてこない。むしろこの人になら、なんて思ってしまう。
「じゃあ…お願いします」
断ると言う選択肢は無かった。僕の返事を聞いてフリーナさんは目を輝かせる。
「えっと、それじゃあ君の名前は…」
フリーナさんは少し考える素振りを見せるとすぐ納得した様子で答えた。
「君の名前はリュミエール、光という意味だよ」
「リュミエール…」
名前はなかった筈なのに元からその名前だったと錯覚してしまうほどリュミエールという名前は馴染みがあるような気がした。思わず笑みがこぼれてしまう。
「リュミエール、リュミエール…えへへ」
「っ!き、気に入ってくれたかい?」
「はい!」
「それはよかった。気に入ってくれてボクもうれしいよ」
なんだか名前があるだけで生まれ変わったような気分になる。そんなやり取りの最中部屋のドアがノックされ、ヌヴィレットさんたちが戻ってきた。
「話は済んだだろうか」
「済んだよ。あぁそれとこの子の名前を決めたんだ」
名前を決めた、ということを聞いたヌヴィレットさんは軽くため息を吐いた。
「突然何を言い出すのかと思ったがフリーナ、まず勝手に人の名前を決めてはならない。ましてや子供相手に。ペットなどとは違うということを理解しているのか?」
「あのっ、元々僕に名前がなくてそれでフリーナさんに名前をつけて、貰ったんです…」
フリーナさんは悪くないから弁明しようとしたが、ヌヴィレットさんの視線に萎縮して途中から声が小さくなってしまった。無言でこっちの話を聞いてるのが少し怖い。
「君自身が問題ないというのであれば私からは何も言わない。それと差し支えなければ一応名前を聞いてもいいだろうか。」
「リュミエール…です」
さっき名前をつけて貰って今自己紹介っていうともちょっとおかしい気もするけど。取り敢えずフリーナさんが怒られるとかはなさそうで安心した。
「では改めてリュミエール殿、君のこれからのことだがおそらく君には家がなく、行く宛もないのだろう」
ヌヴィレットさんの言葉に無言でうなずく。
「その事なんだけど、この子はボクが引き取ろうと思うんだ!」
「え」
急にフリーナさんが突拍子も無いことを言い出した。そんなことは一言も聞いていない。思わずフリーナさんの方に顔を向けてしまった。
当然ヌヴィレットさんが知っているはずもなく、さっきよりも大きいため息を吐いた。
「…先程も言ったがペットとは違うことを本当に理解しているのか?」
「勿論理解しているさ。だからリュミエールはボクの『従者』として引き取るんだ!まぁ、当然リュミエールが良かったらだけどね」
フリーナさんは満足したような顔で言った。それに対してヌヴィレットさんはさっきと表情を変えずにむしろちょっと怒ったような顔をしていた。
「言いたいことは山程あるが、恐らく君は断固として意見を変えないのだろう」
ヌヴィレットさんは僕の目線に合わせて会話を続ける。
「だが、せめて口先の確認で申し訳ないがリュミエール殿に確認は取らせてもらいたい。…リュミエール殿、君はどうしたい?」
この『どうしたい』には多分この先の色んな運命の選択肢が含まれていると思う。
でも、僕の考えは一つしかない。
「フリーナ『様』、僕なんかで良ければ喜んで御使いします」
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この世に神様なんて居るのだろうか。
この間までは居ないと思ってた。
彼女、フリーナ様が助けてくれるまでは。
これからの生活で何が起きるかはわからないけど、
フリーナ様の側に居たい、あの笑顔を守りたい。
フリーナ様は僕にとっての、
神様だから。