第二のシンザンと呼ばれたくて! 作:DUN.ネコノカンリニン
「―――わかりました……俺を育ててください、トレーナー!」
「……ふふふ、いい返事だ。それじゃあ行こうか。ミホも待ってる」
そう言って、スーパーシンザン……トレーナーはどこかへ歩いて行った。俺は、その後ろを張り付くように着いて行く。
校内に入り、俺には見慣れない廊下を、ずんずんとトレーナーは進んでいく。それに不安を抱いた俺は、それとなくトレーナーに聞いてみる。
「トレーナー、俺たちはどこに向かっているんですか?」
聞くと、トレーナーはすぐに答える。
「トレーナー室だ。これから君の目標について確認する」
そう答えるとトレーナーは廊下に並ぶ無数の教室の中から一つのドアを選んで、そのドアをガラガラと開ける。
そこには、いわゆる事務所というような雰囲気を醸し出しているレイアウトの部屋が広がっていた。
トレーナー室にあるソファには、すでに一人のウマ娘が横たわっているのが見える。
「これ、ミホ。起きろ。後輩来たぞ」
「……む、スーパー。来たか。ならば起きよう」
トレーナーに起こされたウマ娘……ミホシンザンはソファから立ち上がると、ぐーっとストレッチをして再度ソファに座った。そして、こちらを見て手招きをする。
「どうした後輩。私の隣に座れ」
「は、はい! 失礼します!」
俺は緊張しながら、促されるままにミホシンザンの隣に座った。
「わ、ふかふか」
「だろう? 私の、お気に入りの寝床だ」
「おい、勝手に寝床にするな。私のソファだ……」
トレーナーはそういうや否や、俺たちの真向かいに位置するもう一つのソファにドカッと腰を下ろした。
「……さて、では今回は私のスカウトに乗ってくれてありがとう、アナザーミタケ」
「いえ、こちらこそ。俺をスカウトしてくれて、ありがとうございます」
「ふふ、そう言ってくれると嬉しい。―――では、早速だが本題に入ろう。ミホ、あっちからホワイトボードを……いや、いい。私が行こう」
ミホシンザンが俺から離れないと悟ったのか、トレーナーは自分の足でホワイトボードを取りに行った。ごめんなさい、俺が万事円満に解決だったのに……。
ころころとホワイトボードを転がしながら戻ってきたトレーナーはキュポっという小気味いい音を出しながらペンを取り出す。そしておもむろにホワイトボードに『目標』と書いて丸で囲む。
「これは……?」
「察しが悪いね。今から君の目標について話し合う。そしてそれに基づいて―――レースの出走予定を決めていく。さて、君の夢は何だ?」
トレーナーがそう俺に問うと、考えるよりも先に、口が動く。
「シンザンです。第二のシンザンになること。それが、俺の夢です」
「そういうと思ったよ。ではミタケ、それを達成するにはどうすればいいと思う?」
「うーん……?」
「答えは、シンザンを超えることだ。そうすれば自ずと、『彼女はシンザンのようだ』という名声が広まっていくだろうね。―――そこで、この出走計画だ」
そう言って、トレーナーはホワイトボードにいくつかのレース名を書いていく。それはどれも格式の高い、勝てればその年のトップテンには絶対に入るであろうレースが書き込まれていた。
「これから目指すべきステージは、この七つ。
まず、最初に訪れるクラシック三冠の一つ、皐月賞とその前哨戦となるスプリングステークス。当面はメイクデビュー一着とスプリングステークスの上位三着を目指してトレーニングを進めていく。
次に五月の日本ダービー。前哨戦は……一つ目の冠である皐月賞そのものだ。それゆえ、皐月賞はなんとしてでも勝たねばならない。
そして今年度最後のクラシック三冠、十月の菊花賞と前哨戦である神戸新聞杯。これを達成することが、今年度の目標だ」
クラシック三冠。それは達成すればのちの世まで響き渡る名声を得られる、すべてのウマ娘の夢。それだけでも難しいのに、トレーナーは「だが」と続ける。
「これはシンザン―――母上に到達するためのほんの一歩だ。本番は、まだここから。
二年目からは八大競争のうちの君の出走できる限りを取りに行く。君が出走できるのは次の三つだ。
まず春の天皇賞と前哨戦の阪神大賞典。
次に秋の天皇賞と前哨戦の京都大賞典。この秋天は最後の有馬記念を走るための前哨戦となる。絶対に勝て。
そして―――最後の有馬記念。これらすべてにおいて一着を取ることで、君は秋古バ三冠を達成し、見事母上の持つ『五冠ウマ娘』を凌駕する。だが―――それじゃあつまらない。
最後に行っとこう、有馬の前にあるジャパンカップ出走、そして一着! これを達成すると、君は史上初の『七冠ウマ娘』となることができる。ここまできてようやく、君は『第二のシンザン』と呼ばれるに足る功績を得ることになるんだ」
最後まで説明を聞いた俺は、呆然として言葉を発せなくなっていた。当然だ。なぜならば、彼女が語るのは、ウマ娘なら一度は夢に見る「夢物語」。それを現実に持ってこようと、そう言っているのだ。それは例えるならば高校球児に「WBC出ようね」と言っているようなものだ。アスリートではあるが、本当に高すぎる壁を与えられたとき、人は言葉を失う。
そんな俺の様子を見て、ミホシンザンが「てしっ、てしっ」とわき腹をつついてくる。そこで、俺はようやく言葉を取り戻した。
「それは、夢物語すぎるのでは」
「そんなことない。私は、君に母上を見た。母上が今も生きていれば、この程度、苦も無くこなすはずだ。そして君はシンザンを目指すのだろう? ならば、やれ。これ以外に道はない」
トレーナーは私にプレッシャーを与えて、そう言い放った。……反論できない。俺の目標はシンザンだ。俺は、これを成し遂げなければ。
「……わかりました。俺、やります。クラシック三冠、取ってやりますよ」
「その心意気やよし! それでこそ母上を超えるウマ娘だ。では明日から本格的なトレーニングを開始する。今日は選抜レースもあったから、ゆっくり休みなよ」
「休め休め」
そうして、俺のレース人生は始まったのである。
―――寮に戻ると、ニシノライデンが自分のベッドの上に座っていた。退屈そうにしてスマホをスクロールしている。だが俺の気配に気づいたのか、ぴくり、と耳を動かし、こちらに首を向ける。
「あ、ミタケちゃん! おかえりなさい」
「ああ、ただいま。ニシノライデン」
「ライデンでいいですよ」
「……わかった、ライデン」
距離を詰めるのが早い。
しかし、俺はある違和感を覚える。
「あれ? 俺、一人部屋じゃなかったっけ」
「ええ。ミタケちゃんは一人部屋ですよ。私、ここ出禁にされているので」
「は?」
さらっととんでもないこと言いやがったぞこいつ。不法侵入者だと分かった俺は、おもむろに自分のスマホを取り出すと入寮したときにもらった寮長の電話番号に電話をかける。
「あ、もしもし寮長?」
『ん? アナザーミタケくん。どうしたんだい?」
「実はですね、うちの部屋に不法侵入者がいまして」
「失礼ですね。ここ、一応私も住人なのですけれど」
「お前出禁にされてんじゃん」
『……もしかしてライデンがいるのかい?』
「はい」
「お久しぶりです、シャダイさん!」
数秒の沈黙の後、寮長はライデンに向かって叫ぶ。
『君、私前に出禁にしたよね! うちの寮には一切立ち入るなって! 何しでかしたか覚えてないの?!」
「覚えてますよ。とても楽しかったです」
『あのね! そっちは楽しかったかもしれないけど、こっちはめちゃくちゃ大変だったんだ! なんなんだあれ!』
「なんなんだと言われましても……私、影に敏感でして。なので影を作らないように、寮中の照明を破壊して回っただけですよ」
『それが問題なんだと言っているんだ!』
え、こいつやば。俺の隣にいるやつ、結構やばい奴だったんだが。
それを察した俺は、すっと部屋から出て行った。そして天を仰いで、
「俺のこれからの寮生活、どうなんの……」
心の嘆きをこぼした。ちなみにその後ライデンは寮長に持ってかれた。南無三。