「……っ、ん……」
……消毒用アルコールの匂いがする。身体は……すごく鈍い。同じだ、あの時と。
だとしたら、此処は……
「……」
やっぱりそうだ、見覚えのある病院の天井。少し頭を横にしてみれば点滴も添えられている。
何で私は……ああ、そうか。
フェンリルを解放しておまけにその状態で絶唱を使用してバックファイアを100%その身に受けた、我ながら良く死ななかったものだ。
了子さん曰く私はグレイプニル、もといフェンリルとの適合係数が異様に高いらしく……グレイプニルでの絶唱はまだ許容できるバックファイアになる計算らしい、とはいえそれはグレイプニルに限った話。
死ななかったということはフェンリルとの適合率の高さが文字通り異様だったのか、それとも……
「……ひびき、は……」
あの後響はどうしたのだろうか、最後にクリスと話していたのは覚えてる。あの様子ならあの後逃げた、なんて事もないだろう。
……問題はその後だ。私がこうやって病院に運び込まれたあと響はどうしたのだろうか、1人で去ったのか、それとも……
「……」
……まあ、考えた所でどうにもならない。私は絶唱を使った結果此処に居る、それだけが事実。それに暫く……とまでは行かないだろうがそこそこの時間病院生活なのは確実だ。
「……絶対、怒ってるだろうなぁ……」
司令や了子さんはともかく、ツヴァイウイングの2人とクリスちゃんはどう考えても私のやらかしに対して怒っていることだろう。もう少し皆を頼ると言ったらすぐ後にこれだもんな、うん。
「はあぁ……」
……この後の事を考えるとため息しか出ない。悪いのは私だが……仕方なかった、という言い訳くらいはさせて貰えないだろうか?……ダメだろうな。
あの場にはクリスちゃんが居た。2人で協力すればフェンリルや絶唱を使わなくてもどうにかなっただろうに「一刻も早く響を助けたい」というエゴで好き勝手やってしまった。
うん、擁護できる要素なし。諦めて大人しく受け止めよう。
「……?」
思考をある程度纏めて居ると聞こえる戸が開く音。こんなに目覚めてすぐ関係者が来るわけでもないだろうし、看護師の人だろ……う……か……
「律姉っ!」
「……ひびき?」
……予想は大外れ。目覚めてからのファーストコンタクトは……なんと最も想定していなかった妹だった。
律姉が倒れて、その場に居た女の子とちょっと喧嘩しながら駆けつけた人達が律姉を搬送するのに付いて行って……
「あったかいもの、どうぞ」
「……どうも」
……気づけばその女の子……雪音クリスから飲み物を手渡されて、向かい合って座っている。
「……その」
「どうかした?」
「律姉は……助かるの?」
「少なくとも一命は取り留めたらしい。けどいつ意識が戻るかすらわからない……最悪このまま植物状態の可能性もある」
「……」
……律姉の事は私が1番よく知ってる。あの時律姉は私を守るためにあんな無茶をした。昔っからずっとそうだ、自分の優先順位は低くて、私が常に最優先で……
たまに私が律姉の役に立ちたくても「響はまだ小さいし私はお姉ちゃんだから」の一点張りで譲らない思ったより頑固な人、それが律姉。私が大事っていうのはわかるけど日頃のお礼ぐらいはさせてほしかったのに。
……だから、今回も、やっぱり……
「……私の、せいなのかな……」
「何が?」
「私が戦場に出てきたから、律姉はあんな事になったのかな……」
私が居なければ、律姉はあいつに奇襲される事もなかった。
私が居なければ、あいつを食い止めるために無茶をすることもなかった。
私が、私が、私が……
「……確かに、一部はそうだと思う」
「っ……やっぱり、そう、なんだ……」
……何やってんだろ、私。
人助けなんてする気もないのにノイズと戦って。
助けてくれようとした
……結果的に、律姉をまた傷付けた。
昔と同じだ、余計な事して失敗する。笑って済ませられる事もあったけど……この歳になって同じ、しかも取り返しのつかない失敗をして。
私は……もう何もしない方がいいのかな?
「でも、遅かれ早かれ旋璃さんは同じような事をしていたと思う」
「……え?」
「あの人、いつも危なっかしいから。できる事全部自分でやろうとして、抱え込んで……」
「……」
……同じだ、私の知ってる
「だから今じゃなくてもきっと遠くない未来で似たような事になってたと思う。寧ろ死ななかった分今でよかったのかな、なんて……ごめん、不謹慎だね」
「いや、ありがとう。やっぱり律姉は変わってないんだね」
「昔からそうなの?」
「……うん」
「……そっか」
……目の前のこの子と普通に話せているのはきっと
今更何を言うかって言われるかもだけど……やっぱり、私は
「これでも最近マシになった方なんだよ?それも貴方がきっかけで」
「私が?」
「うん、貴方を絶対に連れ戻すんだって、そのために。正直それ以前にそれ以外の理由で切り出して欲しかったけど……そういう意味では私は貴方に感謝してるよ、響さん」
「……そんな理由で感謝されても、逆に困る」
「だろうね、私もそう。だからこの話はこれでおしまい」
……コーヒーを少し口に含んで目の前の少女を見やる。
同じリディアンの制服の彼女は律姉が一緒に戦って来た仲間……私の知らない律姉を知ってる人。
「……ねえ」
「何?」
「その……律姉は……緒川、旋璃は……どういう人、だったの?」
「急にどうしたの?」
「……私、知らないから。立花律じゃなくなった律姉のこと」
「……」
話してくれるかはわからない、けど、知りたい。
そうしないと私は進めない、そんな気がしたから。
「……私の主観にはなるけどね」
「!」
「強がりが上手い人、かな」
「強がり?」
「うん、私が戦うようになったのは旋璃さんより後だったから翼や奏さんほど詳しくはないけど……名前を、家族との繋がりを捨てるっていうのは相当勇気のいる選択だったと思う」
「……」
「……私はね、パパとママが海外でボランティア活動の最中に死んじゃってさ。色々あって司令……弦十郎さんに助けられて戦う事を決めたの」
「っ……!?」
いきなり語られた重い過去。でも律姉と何の関係が……?
「その時苗字を「雪音」から「風鳴」に変える選択肢もあった。でも私は「雪音」を選んだ。だって私の名前は……パパとママとの、家族っていう大事な繋がりだから」
「繋がり……」
「だから苗字どころか名前までも捨ててしまった旋璃さんには物凄い覚悟があったんだと思う。繋がりを捨ててまで守りたい物があったってことだから」
「守りたい、もの……」
それはきっと、私を含めた家族のことだ。でも……
「……そうまでして守って欲しくなんて、なかったのに……!」
「うん、だから「強がりが上手い人」。貴方がそうなんだから旋璃さんはもっと苦しかったはず」
「……」
「なのにその苦しみを隠して平気なように振る舞ってる。本当は誰よりも泣きたい筈なのに「誰かのため」を理由にして堪えて、無茶をして、傷付いて……今回みたいな深刻な形で表に出る」
「……私の前から居なくなった時もそうだった。勝手に1人で抱え込んで、引き留めた時も泣きそうな顔しながら嘘ついて」
「あんまり今と昔で変わりないんだねあの人、良いのやら悪いのやら……」
……名前が変わっても律姉は律姉だった。隠れて何処かで無茶をして、平気な顔して何事もなく振る舞う、そんな人。
「ならこれは旋璃さんの性格ってことなのかな……正直こっちとしては勘弁してほしいんだけどね。辛いなら辛いって、助けてほしいなら助けてって素直に言ってほしい。秘めたままじゃ思いは分からないんだから」
「秘めた、まま……」
……
「……ねえ、ええと、その……」
「クリスでいい」
「……クリス、律姉は起きてくれるんだよね?良くなるんだよね?」
「それは病院と旋璃さん次第……だけど死ぬなんて事はないと思う」
「だったらそれまで私が戦う、私が律姉の代わりになる!」
「……それ、本気で言ってる?」
……正直まだ律姉以外の他人を軽く信用なんてできないし、本音を言えば1人で居たいのも確かだ、でも……
「冗談でこんな事言う訳がない。私のせいで律姉がこうなって……」
「だから旋璃さんの穴を自分で埋めようと?」
「違う、私は律姉になりたい訳じゃない。まだ他人を信じきれないし、本音を言えば1人でいたい……けど」
「もう一度律姉と向き合うためには……このままじゃいられないから」
……信じない聞きたくないの我儘じゃとても律姉の前に立てない。何より律姉が命をかけてまで私を守ったのにその私がこんな有様じゃ浮かばれない。
だから……変わらないと。私がもう一度私になるために、変わらないと。
「……本当に冗談や酔狂で言ってる訳じゃなさそうだね」
「最初からそう言ってる。付け焼き刃の技で通用するかは不安だけど……律姉と同じ場所に立たないと、私は変われない」
だから、戦う。憂さ晴らしじゃない、ちゃんとした理由で。
「……私にそれを決める権限はない。全ては司令の判断次第……それと」
「?」
「もし仮に司令が許可したとして……付け焼き刃程度じゃ到底旋璃さんの代わりなんて務まらない。私が貴方を鍛えることにする」
「鍛えるって……同年代の子に教わるほど私は「ついさっきあの女に叩きのめされた後で言えるの?」っ……わかった、やってやる」
「うん、それでいい……言っておくけど旋璃さんは今の貴方の数倍は強い。代わりになるというのなら……それ相応の力を身につけてもらうよ」
「望むところ……」
「……やっぱり姉妹なんだなぁ」
「何か言った?」
「ううん……とはいえ決めるのは司令。私と対峙する前にまずあの人と話して来ること、いいかな?」
「分かってる、話はそれからでしょ。順序をすっ飛ばす程子供のままじゃない」
「そう……多分悩んでるだろうから簡単に行くとは思わないで」
「……だから私、二課の人達と一緒に戦う事にしたの」
「……」
……響の口から語られたのは私が倒れてからの事。やはり司令も難色を示していたようだが……どうにかこうにか説得して二課の一員として鍛え、ノイズと戦う事にしたらしい。
奏さんと翼さんの対応が気になるところだけど……今は正直それどころじゃない。
「戦って欲しくないっていうのは分かってる。けど、それじゃあ今までと同じ」
「響……」
「あの時……私はまた昔みたいにお姉ちゃんのやっている事を見ていることしかできなかった。なにもできなくて、却って律姉の足を引っ張って……」
……確かに絶唱を使ったのは響の身を優先した緊急手段、けど響が何もできない事を咎める気なんてさらさらない。元々響はこちら側に来て欲しくなんかなかったんだ、こんな命懸けの戦場に身を賭したりしないで普通の女の子として、普通の生活をしてほしい。そのために私はこちら側に来たのだから。
「……司令は、なんて?」
「あんまり良い顔はしてくれなかったけど……その」
「……?」
何をするかと思えば響は自分の胸を指差した、何を言いたいのだろうか。
「私……心臓にガングニールってギアの破片が融合してるみたいなんだ、それで律姉と同じようにシンフォギアを纏えるみたい」
「……!」
ガングニールの、破片。
じゃあ、あの時響の胸を貫いたのが、そのまま……!?
「それにあの女は私と律姉を狙ってるしで……結果的に二課に居た方が安全って事で協力する事になったの……検査の後翼さんと奏さんに凄い謝られたのは驚いたけど」
「……」
……最悪だ。響に普通の生活をして欲しくて繋がりを、名前を捨ててこちら側に来た。新しい名と家族を得て戦ってきた、全部全部響が普通に生活できるようにするため。
……でも、その響もあの時に普通じゃ居られない後遺症を負って、結果的にこちら側に行かざるを得なくなって……
「律姉、律姉が私を巻き込みたくないってのは分かる。でも私だって「響」……律姉?」
「……ごめん、ちょっと今日は、帰ってくれないかな」
「……」
思考が纏まらない、気付けば無意識に涙が零れ落ちていた。受け入れるしかないのに受け入れたくない、癇癪のような、そんな感じ。
「……分かった。病み上がりなのにごめん、律姉」
「ぁ……」
私の心情を察してくれたのだろう、響はバツの悪そうな顔で病室を後にした。
「……最低だ、私」
……退院すれば、私も多分響と一緒に戦うことになる。
その時私は……正気で居られるだろうか?
「……やっぱりこうなっちゃったか。律姉の心配性は昔からよくわかってたけど……面と向かって否定されると、辛いな」
「……今日は特に予定もないし、どうし……え?」
「……ひび、き?」
「……未来?」